正しいダイナミクス的恋愛のススメ・7

正しいダイナミクス的恋愛のススメ
     

6363文字

 革がいいか、鎖がいいか、それが問題だ。

 長谷部が難しい顔で手の中の物を睨みつけていると、突如後ろからひょいと腕が伸びてきた。
「貴方一体何読んでるんですか」

 現れたのは宗三で、取り上げられたのは一冊の雑誌だった。
「ダイナミクス用の専門誌じゃないですか。……『読者百人に聞いた! おすすめの首輪ブランド』?」
「返せ」

 無理矢理に雑誌を奪い返し、長谷部は眉を寄せて唇を曲げた。

「ああ、例のSwitch、とうとう首輪を贈る仲になったんですか。おめでとうございます。ご祝儀でも包みましょうか?」
「結構だ。それよりなんでここにいるんだ」
「ここの近く、美味しいベトナム風サンドイッチのお店があるんですよ。たまには運動がてら来てみようと思いまして」

 オフィスからほど遠い公園ならあまり知り合いとも会わないだろうと昼休みの早いうちから抜け出して来たのだが、よりにもよって宗三と会うとは。舌打ちをしそうになって、ふと思いとどまる。数少ないダイナミクス性を持つ知人だ。この際意見を聞いてもいいのかもしれない。

「……おまえ、パートナーにはどんな首輪贈ったんだ」
「別に、普通の犬用の首輪ですよ」
「犬用!?」
「ええ。ペットショップに行って一緒に選びましたね」

 プレイの一環と頭ではわかっていてもちょっと引いてしまった。駄目だ。さすがに光忠にそこまでの屈辱を与えたいとは思わない。そもそもそれはプレイに巻き込まれたペットショップの店員が可哀想すぎる。

「貴方変なところノーマル志向ですから、最近流行りだとかいうファッション系のやつとかでいいんじゃないですか」

 白く長い指がすっと指差したのは、『ファッション系 ★シャイなSubにおすすめ★』と書かれた、一見普通のアクセサリーにしか見えないタイプのものだった。首輪というよりペンダントやネックレスと言われた方がしっくり来る。

「これだと首輪感が足りないんじゃないか?」
「貴方と貴方のパートナーの好みなんて知りませんよ。自分達で相談して決めてください」
 馬鹿馬鹿しい、と肩を竦めて宗三は長谷部の隣に腰を下ろし、持っていた紙袋をガサガサと鳴らしてサンドイッチを取り出した。

「でも、貴方がSwitchとパートナーになるなんて意外でしたね」
「まあ、そもそも数が少ないからな。俺も実際に会ったのは二人目だし」
「そういうことじゃなくて。ケアが大変でしょう、Switchは」
「ケア?」
「まあ貴方距離の取り方が下手なだけで、なんだかんだ面倒見はいいですからね。うまいこと行ってるなら良かったですよ。これで僕も毎度フラれて酔い潰れる貴方に付き合わなくて済みます」

 一人訳知り顔で頷いてサンドイッチにかぶりつく宗三に、どういうことだと声を上げかけた時、長谷部のポケットが振動した。会社からの着信だ。

「もしもし」
『あ、長谷部さん! 十三時半から来社予定だった○○様が早く到着してしまったみたいで……』
「わかった。すぐ戻る」

 長谷部は電話を切り、急いで荷物をまとめて立ち上がった。
「悪い。その話はまた今度な」
「はいはい」
 早足で公園から出て行く長谷部の脳内は既に午後の打ち合わせのことでいっぱいになっており、先程感じた小さな違和感は頭の隅に追いやられたのだった。


 舌の上に載せるとするすると解けるように蕩ける牛スジ肉。それを奥歯でぐうっと噛みしめると牛の旨味とじっくり煮込まれたデミグラスソースの滋味が口の中にじゅわりと広がる。思わずほうと溜め息をつくと、「お口に合ったみたいで良かったよ」と向かいの席で光忠が微笑んだ。

 夕飯に何か食べたいものはあるかと聞かれ「商談がひとつまとまったから、何か豪勢なものが食べたい」と曖昧なリクエストをしたにも関わらず、光忠は嫌なそぶりひとつせず、どころか喜んでビーフシチューと生ハムとルッコラのサラダを作ってみせた。フルボディの赤ワインを持参してきたのは正解だったな、と長谷部は思った。濃厚で力強い香りのするワインはビーフシチューによく合った。

「長谷部くんって美味しそうに食べてくれるから作りがいがあるなぁ」
 光忠はそう言って、空いたグラスにワインを注いでいった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 お互いに笑みを交わし合う。いい雰囲気だ。長谷部はぐっと内心でガッツポーズを取った。これなら行ける。
「光忠」
「なに?」
「……おまえに首輪を贈りたい」

 カチャ、と光忠の持っていたスプーンが皿の上に置かれる。
「長谷部くん、」
「以前にもすこし言ったが、改めて。おまえとパートナー兼恋人になった証を贈りたいんだ。その、駄目、だろうか」

 まただ。
 光忠と付き合いだしてから改善したと思っていた自信のなさが顔を出す。ここはDomらしく、自信を持って伝えなくてはいけない場面なのに。
 思わず俯いて膝の上で拳を握っていると、光忠は席を立ってテーブルを回り込み、長谷部の手の上にそっとてのひらを重ねた。

「……僕に首輪をくれるの?」
「ああ」
「縛りつけて、みんなに知らせてくれるの? 僕は君のものだって」
「そうだ」
「嬉しい」

 ふわりと光忠が微笑んだ。花の蕾が綻ぶような笑顔だった。

「すごく嬉しい。ねえ、Kneelって言って」
「”Kneel”」

 乞われるがままに口にすると、光忠はぺたりと長谷部の足元に座り込んだ。そうして椅子に座る長谷部の太腿にこてんと頭を乗せる。
「…………夢みたいだ」
 すり、と頬を擦りつけながらふわふわした口調で光忠が呟く。その様子になんだか長谷部まで嬉しくなって、ぴょこぴょことあちこち無造作に跳ねた黒髪に指を差し入れ、ゆっくりと頭を撫でた。「”Good boy”」と告げると、むずがるように首を竦め、ふふふと笑い声が上がった。これは、多分、きっとSub spaceに入っている。

 きゅう、と胸が締めつけられる。嬉しい。パートナーが、他ならぬ光忠が、自分から首輪を贈られることを喜んでいる。Subとしての法悦に至ってしまうほどに。乾いた大地に水が染み渡るように幸福感がじんわりと長谷部を満たす。

「……今度、一緒に見に行こうな」
「うん。約束だよ。僕に一番似合うのを選んでね」

 長谷部の手を取ってキスを落としながら、光忠が言う。口調がいつもより子供っぽく感じるのは、Sub spaceに入っているからだろうか。
 見上げてくる蜂蜜の瞳は今にも蕩けて流れ出しそうなほどなのに、奥には炎が揺れている。欲情しているのだ。そう気づいて、長谷部の背筋にぞくりとしたものが走る。

 この間長谷部の家に泊まった時は結局セックスしなかったから、都合二週間ほど体を重ねていないことになる。ひくんと奥が疼くのが自分でもわかった。

「光忠」
「なあに」
「抱いてくれ」

 そう言うと、光忠は仕方ないなぁというように眉を下げて笑う。
「長谷部くん、言い方が違うだろう?」
 すぐに正解は見つかった。

「抱け、光忠。命令だ」


 “Lick”とコマンドを出して光忠の膝に足先を置くと、心得たとばかりに恭しく足を持たれた。従者が主人から褒美を貰う時のようなその仕草にぞくぞくする。
「靴下はこのまま? 脱がせる?」
「……脱がせろ」
「オーケー」
 パンツの裾を脛まで引き上げると、光忠はそこにあったものを見つけて嬉しそうに笑った。
「……今日も着けてる」
 ソックスガーターのベルトを人差し指でつうっと撫でられる。

「好きだろ?」
「うん」

 靴下から伸びるベルト沿いの肌を舌でなぞられ、そのまま歯と舌で器用に金具を外された。靴下の縁を持ってするすると脱がせ、光忠は現れた爪先に挨拶するようにちゅっと口づけた。そのまま親指をねっとりと舐めしゃぶられ、指の間を舌先がくすぐる。ふ、と長谷部の鼻から吐息が抜ける。

 食事の前に一応ざっとシャワーは浴びてセックスの準備は済ませていたけれど、先程まで靴下を履いていた足を躊躇なく口に含む光忠に、Domとしての支配欲が否応なく刺激される。軽く伏せられた光忠の陶然とした表情を見れば、光忠も長谷部に従うことに快感を覚えていることがわかる。

 このまま足が溶けてなくなってしまうのではないかと思うほど丹念に舐められると、次は反対の足を同じように。両の足先がくまなく舐め終えられた頃には、長谷部の息はすっかり上がっていて、前も痛いほど張り詰めていた。だけど。長谷部はちらりと光忠の方を見やる。それは光忠だって、同じだ。

「……興奮してるのか」

 ぐり、と。光忠の股間をやわく踏みつける。

「…………すごくね」

 はぁ、と吐息と共に告げられ、充足感が胸を満たす。
 興奮している。このうつくしい男が、自分の足を舐めただけで。

「ねえ、次は?」

 待ちきれないと告げるような問いに長谷部は唇を釣り上げて「”Lick”」と言ってやった。脚を開いてその間をゆっくりと撫で上げると、光忠はすぐに長谷部の意図を理解したようだった。開かれた太腿に手をかけて股間に顔を近づけていく。ジッパーに口をつけ、白い歯でカチリと引き手を挟むと、ジジジ、と下に下ろしていく。現れたグレーの布地の合わせが押し開かれると同時、ぶるんと飛び出た長谷部の性器に生ぬるい息がかかる。
 れろ、と最初は根本から舐めあげられる。れろ、れろ。先端の敏感な部分は外したその焦れったい動きに眉を寄せると、じゅうと音を立てて先端を吸い上げられた。思わず声が上がる。

「ぁ、う……!」

 椅子の座面の縁を掴んで喉を反らす長谷部をちらりと見上げながら、光忠はじわりと先走りの滲む先端をぐりぐりと舌で掘った。
「んん、ぁ、っふ、」
 ぐり、ちろちろ、じゅぷ。口内全体を使って行われる愛撫に声が漏れ出るのが止まらない。全体を上下に擦られてくぱくぱと開く尿道口を責められるのがたまらなく気持ちがいい。息はどんどん荒くなり、目の前がちかちかと点滅する。

「っ、”Stop”……!」

 達しそうになる手前でなんとかコマンドを口にすると、名残惜しそうに光忠が動きを止め唇を離した。つう、と唾液の糸が橋を作る。
「……そうだ。”Good boy”」
 褒めることも忘れずに長谷部は光忠の頭をくしゃりと撫でた。気持ちよさそうに光忠の目が細まったけれど、お互いにそれだけでは足りないことはわかっていた。

 椅子から立ち上がって下着ごと衣服を脱ぎ去る。光忠はそれをぎらぎらと光る目で眺めている。主人からのゴーサインを待つ利口で凶暴な犬のように。
 その肩を掴んでカーペットの上に体を倒させる。毛足の長いカーペットの上に倒れた光忠の上に馬乗りになると、長谷部はくすぐるような動きでその股間から性器を取り出した。そこに尻を擦りつけるように動かすと、ぐうと光忠が低い唸り声を上げる。

「挿れたいか?」
 尋ねると強い頷きが返ってくる。
「……いれ、たい」
「言い方が違うだろう?」

 先程の光忠の台詞をなぞるように言うと、きゅうと切なげに形のいい眉が寄せられる。腰の動きは止めないまま、長谷部の尻の間で震えるペニスをつつと指で撫でると、それが駄目押しになったようだった。

「いれさせて、ください」
「……いい子だ」

 どろりと蜂蜜色が蕩けたのと同じタイミングで、長谷部はそそり立つ肉茎にずぶりと腰を下ろした。
「っ、く、ぁ……!」
「んっ、あ、あ、ぁふっ……」
 ぐ、ぐ、と何度か腰をゆすり全体を収め終わると、胸の奥から深い息を吐き出す。事前に慣らしてきておいて良かったと内心思うものの、とはいえキツイことに代わりはない。カーペットに両手をついて体勢を整え、深呼吸をして中が馴染むのを待つ。

「っ、動く、ぞ」

 力が抜けそうになる両足を叱咤して、腰を上下に揺する。長谷部だってこの体勢でするのは初めてだ。それでもどうにか体を動かし続けると、最初はぎこちなかった動きが徐々にコツを掴んでなめらかになっていく。

「ぁ、あ、んんっ、や、あ、」

 次第に長谷部の動きに合わせて光忠が下から腰を突き上げるようになった。互いのリズムを掴んで結合がより深くなる。ぱちゅぱちゅとはしたない水音が部屋の中に響く。
 長谷部の右手が己の陰茎に伸びた。そこはもう先走りでどろどろに濡れていて、腰の動きに合わせて上下に擦ると後から後から雫が溢れ出す。

「っひ、ぁん、光忠っ、ああっ」
「っ、ん、は、せべくん、」

 たまらないと言ったように名前を呼んでくる光忠が、不意に長谷部の腰をがしりと掴んできた。

「っ!? ふあっ、」

 ごり、と音がしそうなくらい深く腰を叩きつけられる。襲う衝撃と快感に目の前が真っ白になった長谷部の隙をつくように、二度、三度と中を穿たれる。
「あああっ、や、ん、ふあっ」
 自分で快感をコントロールしながら動けていた先程までとは違い、予測のつかない動きで中を責められて声が止まらない。
「はぁ、っく……!」
「んあっ、みつ、」
 “Stop”と声を上げかけて、すんでのところで思いとどまった。

「すき、はせべくん、すきだ」

 光忠があまりに気持ちよさそうにしていたから。長谷部は仕方ないな、と体から抵抗の力を抜いた。パートナーに甘えさせてやるのも、Domの務めだ。
 体を前に倒して光忠に口づける。思えば今日始めてのキスだ。
「ん、っ、ふ、ぅん」
 律動は止めずにお互いの唇を貪り合う。ぴちゃりぴちゃりと互いの舌を吸い上げ、舐め、歯を立てる。上からも下からも水音が止まらない。

「っ、あ、イく、っ……!」

 割れた腹筋に擦りつけるようにしていた性器からびゅくびゅくと精液が吐き出された。と同時に今までで一番深く奥を突かれ、最奥に熱いものが放たれる。
 互いに荒い息を吐きながら視線を絡め、どちらからともなく労り合うように唇を重ねる。
 ずるりと尻からペニスを引き抜くと、長谷部はふうと長く息を吐き出して光忠の隣に寝転んだ。

「…………おまえ、やってくれたな」
「あー……ごめんね?」
「別にいい。……気持ちよかったんだろ?」

 汗で張り付いた前髪をどかしてやりながら問いかけると、「すごかった……」と溜め息混じりに頷かれた。

「途中からずっとSub spaceに入ってて、戻って来られないかと思った」
「そんなにか」
「うん。あんなの初めてだった。ありがとう」

 色気たっぷりに微笑まれると、もうとっくに見慣れた筈なのにどぎまぎしてしまうのだから、この男本当に顔がいい。
「……そこまで言って貰えると、Dom冥利に尽きる。俺も、その、」
 ありがとう、と告げると、光忠はふふと意味ありげに笑った。

「なんだ」
「いや、長谷部くん、バーで会った頃に比べてすごく変わったなと思って。最初は褒めるのも一苦労って感じだったのに」
「……あれは、その、忘れてくれ」

 過去の自分の失態を思い出して消えたくなっていると、長谷部の頬に光忠の手がそっと触れた。
「嫌だよ。絶対忘れない。それにね、」
 光忠はそこで一度言葉を切り、嬉しそうに破顔した。

「君をそうさせたのが、僕であることがすごく嬉しい」
「……なあ、やっぱり首輪明日にでも見に行かないか?」

 なんだかたまらなくなってきてそう聞くと、「嬉しいけど、明日は無理かもしれないよ」と返された。

「なんでだ」
「……もう一回、したいなぁ、なんて。駄目かな」

 そうやって甘えられることに長谷部が弱いのを光忠は知っているのだろうか。まあどちらでもいいか、と思う。知っていても知らなくても、光忠を甘やかしてやりたい気持ちに変わりはないのだから。
 長谷部は光忠の胸板を人差し指でなぞり、不敵に笑んでみせた。

「一回でいいのか?」
「……ごめん。二回はしたい」
「正直でよろしい」

 “Good boy”と頭を撫でたら、小さく「わん」と答えた身長百八十六センチのパートナーがかわいく見えてしまったので、自分も相当ヤキが回っているなとそう思った。

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