最初に俺の恋人の自慢をさせてほしい。
俺の恋人の名は燭台切光忠という。長船派の祖・光忠によって打たれ、伊達政宗公からその切れ味を讃えられて号を授かった日本刀の付喪神である。
審神者より仮初の肉体を与えられた刀剣の付喪神を刀剣男士といい、俺もやつもその刀剣男士のひとりだ。いずれ劣らぬ名刀の精である俺たちは基本的に見目麗しくできているものだが、燭台切光忠のうつくしさと来たらそのなかでも群を抜いていると思う。(惚れた欲目が入っていることは承知の上だ)
染みひとつない象牙のようななめらかで白い肌に、整いすぎてどこか人形めいた顔立ち。まっすぐ通った鼻梁とつり目がちな瞳は意志の強さを感じさせて好ましい。極上の蜂蜜のような金色の瞳が俺を見つめるときにとろりとあまく溶けるさまなどは言葉にできない。
そのうえこいつはうつくしいだけでなく強い。速さこそ短刀や脇差に劣るものの、その頑丈さと打撃の強さは本丸の中でもトップクラスを誇る。敵の大太刀の重い一撃に耐え、次の瞬間には獰猛な笑みで一太刀の元に切り捨てるさまなど心が踊るようだ。普段は蜜の瞳をしたあいつが、ひとたび戦場に出れば獣の如き鋭い眼光で敵を睨みつけ、その華やかな刃紋をギラギラと輝かせながら無慈悲なまでの切れ味で敵を葬り去るのだ。あの光景を見るたび俺は歴史遡行軍に寝返ってしまいたい衝動に駆られる。あれに切られて死ねるならば本望だろう。
もちろんその強くうつくしい肉体に宿る精神もまた素晴らしいものだ。朗らかで優しくて気立てがよく、俺では気づかないような周囲の細かい機微に通じていて、皆からの人望も厚い。少々格好を気にしすぎるところや落ち着きのないところがあるが、そこも愛嬌があっていい。一部の隙もないよりかは多少の欠点があった方がかわいげがあるというものだ。光忠はそこのところのバランスも素晴らしいのである。俺の恋人はかっこいいうえにかわいいという非常にずるい男なのだ。
この世に燭台切光忠は数あれど、俺の光忠が一番なことは疑いようもない。俺の恋人は最高なんだ。
そんな光忠と交際を始めてから一週間。俺は自室の布団の上に寝間着を一枚着ただけの姿で正座していた。
『今夜、君のところに行ってもいい?』というあの男らしくないぎこちない誘いを受けて、今俺はこうしてここにいる。付き合いだしてから手を繋いだり軽く口を吸ったりなどのもどかしい触れ合いは済ませたものの、俺は未だに処女である。そんな状況での夜の誘いだ。これは、つまり、そういうことだろう。
待ちに待った初夜だった。
先日加州から分けてもらった高価なシャンプーとリンスで髪を洗い、普段なら洗いざらしのところを今日に限ってはトリートメントまでつけてドライヤーできちんと乾かしてきた。やけに高そうな香料の香りとつやつやさらさらとした髪の感触がなんとなく落ち着かない。光忠はこんな手間隙かかることを毎日やっているのだから恐れ入る。
今着ている鳩羽紫の地に白藤の描かれた着流しは俺の持っている服のなかで間違いなく一番洒落ているもので、以前光忠と出かけた際に買ってもらったものだ。そこそこに値の張るものだったので店の前で必死に辞退しようとしたが、「僕にこれを着てる君を見せてくれないか」とあの艶のある声で囁いてこられては頷かざるをえなかった。今夜着なければいつ着るのだという話だ。下着だっておろしたてのものを履いている。どこから脱がされても恥ずかしくない格好のはずだ。
中も念入りに洗っては来たものの、迷った末に慣らすところまではやらなかった。処女を自分色に仕込むのが好きな男もこの世にはいる。光忠がどちらかはわからなかったが、やらないほうが無難だろうと判断したからだ。もし先に準備しておくほうが好みなら目の前でやってやればいいだろう。いっそ見てほしいくらいである。
きっとこれから俺は穏やかだけれど苛烈なところのあるあいつにこれでもかというほど貫かれ揺すぶられ、天国を見せられるのだ。いや、初めての時は痛いと聞くから、痛みで失神してしまうのかもしれない。光忠から与えられるのなら快楽だろうが痛みだろうがさして変わらないし痛いのはむしろ歓迎なのでどっちでもいい。なんでも来い。
思わずにやけてしまいそうになる頬をぱしぱしと叩いて引き締めていると、廊下から少しだけ急いだ様子の足音が近づいてきて、部屋の前で止まる。
「長谷部くん」
「……入れ」
ゆっくりと障子を開いて入ってくるのは、俺の恋人、燭台切光忠その人である。
おそらく一度部屋に戻ってから着替えてきたのだろう。光忠は黒地に白い細縞の入った着流しに濃紺の角帯をきりりと締めた、まさに伊達男といった風情だ。状況が状況だからか普段の二割増しはかっこよく見える。
「ごめんね、厨当番で急な話し合いがあって。待っただろう?」
「いや、俺もさっき来たところだから」
楽しみすぎて待ち合わせの一時間前には部屋に来て布団を敷いていたなどとは口が裂けても言えない。照れくささを誤魔化すように半ば無理矢理話題を変えることにする。「しかし厨当番で急な話し合いとは珍しいな」
「いつも食材を頼んでる卸問屋のご主人が急病で倒れたらしくてね。命に別状はないそうだけど、しばらく仕入れに影響が出るようだから献立を考えなおしてきたんだ」
言われて、人の良さそうな初老の男の姿が脳裏に浮かんだ。俺も厨当番の時に何度か会ったことがある相手だった。早晩死ぬことはないにしても、人は何がきっかけでぽっくり逝くかわからないから心配だ。
「そうか、なら見舞いを送っておくか……明日主に確認せねばな」
妥当な見舞いの品のリストを思い浮かべ、口元に手を当てて見舞いの段取りを思案し始めたあたりで、隣に腰を下ろす光忠に気づいてはたと我に返った。
「す、すまん。おまえをないがしろにしたつもりは」
「気にしてないよ。僕、長谷部くんのそういう真面目なところも好きだから」
「光忠……」
俺の恋人はなんてできた男なんだろう。初夜だというのに自分のことそっちのけで仕事に気を取られる恋人なんて、俺ならば圧し切っている。
「いい、あとは明日考える。急ぐ用でもないしな」
「いいの?」
「ああ」
そう言って向き直り、軽く息を吸ってから光忠の手を握る。手などもう何回も握っているのだが、こういう場面で改まって握るのはやはり恥ずかしい物がある。
「……その、来てくれて、嬉しい」
なんとなく視線を合わせらないまま言い切ると、ふっと笑う気配がしてやわらかく抱きしめられた。
「僕も、君が待っててくれて嬉しい」
「俺が約束を違えるとでも?」
「んー……そういう意味じゃないけど、まあいいや」
すり、と光忠が俺の頭に頬を寄せる。
「長谷部くん、シャンプー変えた? トリートメントもつけてるね。サラサラだ」
さすがこういうことには人一倍鋭い男である。光忠は俺の髪に手を伸ばすと感触を確かめるように指でなぞり、唇を落とした。至近距離で瞳を覗きこまれて俺の心臓がうるさく主張をし始める。
「……この間試供品をもらったから使ってみたんだ」
「そうなんだ。長谷部くん綺麗な髪してるのに、リンスインシャンプー使ってるの勿体無いって思ってたんだよね。今度万屋に一緒に見に行ってみる?」
あれはあれで一回で済むから便利なんだぞ。そう言い返してやろうかと思ったが、わかりやすいデートの誘いを断るほど俺も野暮ではない。頼む、と小さく頷けば「楽しみだなあ」と嬉しそうな声が返ってきた。
「その着物もすごく似合ってるよ。月並みな言葉で申し訳ないけど、本当に素敵だ。選んだ甲斐があったよ」
いかん、このままではファッションチェックで終わってしまう。俺は自分でも少々あざといと思うくらいにかわいらしく首をかしげて光忠を見上げた。奥底に熱を秘めた金色を見つめて、あからさまに煽るようなことを言ってみる。
「……今夜は俺たちのはじめて、だろう? おまえに一番いい俺をやりたくて」
光忠が真顔になったまま反応がないので、すこし媚びすぎたかな、と不安に思っていると、突如として苦しいくらいの力で抱きすくめられる。
「長谷部くん……!」
目論見通りちゃんと煽られてくれたようだった。
ちゅう、と音を立てて光忠が唇に吸い付いてくる。唇に触れるぬるりとした感触に、迎え入れるように口を開くと待ちきれないと言わんばかりに歯列を割って強引な舌が押し入ってくる。いつものこちらの反応をたしかめるような遠慮がちなものとは違う性急な口付けにますます胸が高鳴る。どうかこのまま乱暴に押し倒して奥の奥まで暴いて犯してくれ。
「……っんぅ、ぁ、みつただ」
くちづけの合間に名を呼んで背中に腕を回すと、ふっと唇が離されてしまった。俺の気持ちを代弁するかのように唾液の糸が未練がましく光忠の唇に繋がっている。黒革の手袋が指先でそれをやんわりと拭ってきた。
「ごめんね。でもあんまり煽らないで。止められなくなっちゃう」
いや止めるなよ。今のはそのまま押し倒す流れだっただろうが。
思わず恨めしげな視線を向けると、光忠は困ったように笑う。
「君に優しくしたいんだよ」
光忠の左目には今も情欲の炎がちろちろと燃えているのに、俺を気遣ってそういうことを言うのだ、この男は。そういうところがいとおしくて、反面とてももどかしい。
俺の背中に光忠の腕が回り、慎重そうに布団に体を倒された。いつの間にか後頭部には枕が置かれているあたりが抜け目ない。
長谷部くん、と名前を呼ばれて再び唇を吸われる。先ほどのくちづけがこちらの全てを奪いつくすようなものだとしたら、今度のものはとろとろとやわらかく溶かすような優しいくちづけだ。何度も角度を変えて唇を食まれ、耐え切れなくなって俺から舌を絡めると、喉の奥で笑いながら光忠がそれを受け入れる。そうして舌の裏も表もくすぐるように舐められ、じゅるりと吸われれば知らず腰が揺れてしまう。
「長谷部くん、かわいい……」
うっとりと呟いて光忠が俺の頬を撫でる。気づけばいつの間にか帯が緩められていて、はだけた胸元にするりと手のひらがすべった。乳首にむず痒いようなくすぐったいような感触が走る。
「ん……」
「大丈夫? 痛くない?」
むしろもっと激しくしてくれとは言えず、俺は息も絶え絶えに「大丈夫だ」と呟いた。
こういう関係になる以前、イメージトレーニングとしてそういった類の書籍やウェブサイトには目を通しておいたが、キスの合間の息継ぎの仕方など実地で学ぶしかない。
「痛かったり嫌だったりしたら言ってね」
俺の瞼に軽く口付けると、光忠はふたたび俺の胸を弄り始めた。つるつるとした革の感触が倒錯的で実にいい。その調子だ光忠。
最初はくすぐったいばかりだった乳首も、しばらくクニクニとこねられているとなんとなく下半身にクるものがある。無意識に太腿を閉じようとした俺に、光忠の隻眼がキラリと瞬いた。
「…………気持ちいいみたいでよかった」
俺の息子はいつのまにか下着の中ですっかり立ち上がっていて、それを光忠は楽しげに撫で上げた。胸よりも直接的に感じる刺激に勝手に声が漏れる。
「……っふ……」
「ちゃんと、触るね」
光忠が手袋の指先に歯を立てていささか乱暴に抜き去る。そのままでもいいのにと残念に思う反面、光忠の薄い唇からちらりと覗いた犬歯にどきりとする。あの唇で、歯で、俺も噛まれてみたい。
爪の先まできちんと揃えられた形のいい指先が、俺の下着に手をかける。脱がしやすいように軽く腰を浮かせてやると、「ありがとう」とふわりと微笑まれた。
下着を下ろされると、待ちわびたと言わんばかりにぶるんと息子が飛び出てくるのがなんだか恥ずかしい。光忠を直視できずにいると、するっとそこを優しく手のひらで包まれる。
「ん……」
「痛くない?」
「いや、平気……んっあ……」
先をくすぐるように撫でられながら、カリ首を刺激するように何度か上下に扱かれると腰が震えた。あ、あ、と声をあげてのけぞると、前に突き出された胸に光忠の舌が這う。
「あっゃ、んんっ」
直接的な刺激と同時に先程のもどかしいようなくすぐったいような感触が襲ってくる。前からの直接的な刺激と、胸からのやんわりとした刺激。快感に屈しつつある身体は、与えられたどちらの刺激もいともたやすくキモチイイことに変換して俺の頭をじわじわと溶かしていく。ちくりと鋭い痛みは光忠の歯だろうか。その痛みすら腰からの快楽に飲み込まれて、全部が気持ちよくなってくる。光忠の手で変えられていく。その事実がたまらなく心地よかった。
「ふっ……ンンッ…あ、みつただ」
前をゆるく扱く手は止めないまま、光忠の片手がするりと奥まったところに侵入したので、俺は慌てて光忠の腕をつかんだ。
「ごめん、嫌だった?」
「違う。あ、の……すまない。後ろ、慣らしてきてなくて」
それを選択したのは俺だが、しかしあらためて言うのはものすごく恥ずかしい。
俺の決死の告白に、なんだそんなことかと言わんばかりに光忠が微笑む。
「大丈夫だよ、僕に任せて」
そう言って髪を撫でられると、もうどうにでもしてくれという気分になるからこいつほんとずるい。かっこいい。
ともあれ自分で準備しないで正解だったらしい。実を言うとここで「じゃあ今僕の目の前でやってみせて?」と言われて光忠の眼前で肛門拡張する展開もすこし期待していたのだが、それはまあ次の機会にとっておこう。
光忠はどこからか丁字油を取り出し、手のひらに垂らしてしばらく人肌に温めたあと、ゆっくりと俺の後ろの縁に塗り広げていく。
「ん……」
「つめたい?」
「だいじょうぶだ」
よかった、痛かったらちゃんと言うんだよ、と光忠は指を穴の縁でぐにぐにと動かしながら言った。皺のひとつひとつを伸ばすように丹念に油を塗り広げている。
痛くはないのだが、こう、くすぐったいような気持ち悪いような変な感じだ。普段自分でも触れないような部分に触れられ、自分ですら見たことのない部分を晒している。今俺は愛する男に体を暴かれているのだ。その事実がたまらなく恥ずかしい反面、とても興奮する。
「指、入れるね」
つぷり。
「……あッ……」
強烈な異物感があった。なによりいとしいはずの男の指を、体は異物と認識して一瞬鳥肌が立ってしまう。
「大丈夫?」
「だい、じょぶ……っん、いい、からっ」
感覚を逃がすように、は、は、と浅く息を吐く。光忠の太い指が油を塗り広げるように浅いところでぐるりと回る。体内で自分の意思によらないものが蠢く感触に低い呻きをあげてしまう。
「大丈夫?」
「いちいち聞く、なっ……へ、きだ」
しばらく体内をまさぐられるが、異物感や痛みのほうが圧倒的に強く快感を拾うどころではない。俺が事前に学習用として取り寄せたBL本では指を入れられたらすぐにアンアンと受けが喘いでいたものだが、やはり現実と虚構は違うらしい。
一度抜かれ、油を足してもう一度指を突き入れられる。キツい。固く目を閉じてシーツを掴んで耐えていると、息子があたたかいものに包まれる感触がして、思わず目を開けた。
「ぅ、あ、ッふ……」
すっかり萎えていた性器が、光忠の舌に、唇に挟まれていた。その光景にぞくりとしたものが背筋を走る。努めて前の刺激にだけ意識を集中させると、ふにゃふにゃだったものがそう時間もかからずに力を取り戻していく。
ぐちゅ、ぐぷ、と下半身から粘液をかき回す音がする。前も後ろも光忠と繋がっている。考えただけで血液が沸騰しそうなほどに興奮した。
「あっ……んぅ、ふ、ぁ、あ!」
裏筋をぬるりとした光忠の舌に舐められたと感じた時、思わず後ろをきゅんと締め付けてしまう。その拍子に光忠の指の形を体内で感じてしまって、俺は羞恥と充足感を同時に感じる。
性器を口いっぱいに頬張っていても、光忠はうつくしかった。俺と視線が合うと、うっそりと微笑んで視線だけで問うてくる。長谷部くん、気持ちいい?
「う、ん……きもちい……」
光忠の指は依然腹の中でぐちぐちと油を塗り広げるように動いている。噂に聞く前立腺とやらは、いまだよくわからない。本当に俺の中に存在しているのだろうか。後ろの刺激を意識すると萎えそうになるので、できるだけ光忠の口の感触を楽しむ。あつくてやわらかくて湿っている。上顎のざらざらしたところに亀頭を擦り付けられると、とろりと先走りがあふれるのが自分でもわかった。
「光忠っあ、や、イきそう……」
「……イッていいよ、長谷部くん」
そう言うと、光忠の手と口の動きが性急なものへと変わる。片手を尻に潜り込ませたまま、もう片方の手で根本を扱き先端を口で吸いだされればあっけないくらいたやすく上り詰めてしまう。
「ッ~~~~!!」
きゅう、と光忠の爪の形までわかるほどきつく後ろを締め付けたのが自分でもわかった。俺が光忠の口の中へ精をほとばしらせ、浅く荒い息を吐いていると、ごくりといった音が聞こえて思わず体を起こした。
「光忠っ!?」
「ごめん、飲んじゃった」
そう言って光忠が口元を拭う。
初フェラで飲精とかおまえ…………。光忠の底知れないポテンシャルに俺は内心感動した。俺の数億の精子が今まさに光忠の体の中を泳いでいるなんて、エロすぎる。官能的すぎてくらくらする。さすが光忠だ。
そうしている間に、いつのまにか尻の指が二本に増えていた。ぐ、と二本の指で開くように動かれ、内部に冷たい空気の触れる感触がして思わず呻いた。
「長谷部くん、痛いよね……ごめんね」
「大、丈夫だっ……ンン、死ななきゃ安い……」
そう言うと、光忠が指を抜いた。もう入れるつもりだろうか。まだ慣らし足りないんじゃないか、と思いつつも、胸の高鳴りが抑えられない。どんなに痛くても、光忠とひとつになれるなら安いものだ。
ああ、ようやく俺はこいつのものになるのだ。
さようなら俺の処女、こんにちは肉欲の日々。
俺は瞼を下ろし、来るべき衝撃を今か今かと待っていた。
しかし、その俺に降ってきたのは無慈悲な一言だった。
「今日はここまでにしようか。長谷部くんも辛いだろうし」
「………………は?」
嘘だろう。
ここまで来てそのブツを突っ込まないとかおまえの理性は鋼か。そんなところももちろん好きだが今に限ってはその意志の強靭さが憎い。硬いのは股間の魔羅だけにしてくれ。
俺の! ここまでの覚悟や! 身だしなみは! どうしてくれるんだ! 否が応でも高まったこの欲望は一体どこに向かわせればいいんだ!
どうして飢えた子供の目の前からご馳走を取り上げるようなむごい真似ができるんだよ。おまえは鬼なのか?
あまりのことに呆然とする俺をよそに、光忠はてきぱきと俺が吐き出した精液を拭いて下肢を清め、乱れた衣類を再び着せて掛け布団を敷いた。部屋の灯りを完全に落としてから俺の隣に潜り込んで「おやすみ」と声をかけてくる。本気でこのまま眠るつもりのようだった。さきほど着物の裾から見えた下着の前はぱんぱんに張り詰めていたというのに、恐るべき自制心である。今はそういうのいいから。
どうしても諦めきれない俺は布団の中でこっそり光忠の脚の間に手を伸ばしたが、すんでのところで手首を掴まれて止められる。
「こら。駄目だよ」
「だが、その……おまえがつらいだろう?」
っていうか俺がつらい。
俺の必死のアピールなど春のそよ風のように受け流し、光忠はにっこりと、後光のさしてくるようなそれはもう慈愛に満ちた笑顔で返してきた。
「僕は大丈夫だよ。君とこうしているだけで充分幸せだから」
ああもうこいつ心の底から伊達男だ。好きだ。でも違う、そうじゃない。そうじゃないんだ!
しかし、ここで無理に襲いかかってふしだらだと軽蔑されて嫌われるのは嫌だ。罵られたり詰られたりはしたいがそれはあくまでプレイの話であって光忠に嫌われるのは避けたい。好きなやつから本気で蔑みの眼差しで見られても耐えられるほど俺のメンタルは強くないのだ。あくまでも愛のある責めが欲しいのである。
「時間はたっぷりあるんだ。これから焦らずゆっくり進めていこうね」
そう言って額にキスを落とされて抱き寄せられると、不覚にも胸がきゅうと締め付けられて今まで悩んでいたことがなんだかどうでもよくなってくる。我ながらチョロい。
腕の中に閉じ込められ、そのままあやすように背中をとんとんと叩かれれば、射精後の倦怠感も相まってとろとろと瞼が降りてくる。俺は光忠の香りと体温に包まれるのが好きなのでこれには逆らえない。
腹立ちまぎれにぐりぐりと頭を胸に押し付けてやれば、トクトク、トクトク、といつもより速い鼓動が聞こえる。光忠が俺に欲情している音だ。痩せ我慢なんてせずにこのまま組み敷いて貫いてくれればいいのに。
そうしないのがこの男の優しさであることはよくわかっていた。そういう光忠を俺は好きになったのだ。
「おやすみ、長谷部くん」
「……おやすみ、光忠」
でも、やっぱりめちゃくちゃにしてほしいなあ。
まどろむ意識の中で俺はそんなことを思ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
あれから一週間ほどが経った。
俺と光忠はあれから何度か肌を合わせはしたものの、俺の処女は未だに守られたままである。
厳密には光忠の指やら舌やらが入れられてるので違うのかもしれないが、とにかく俺はまだ光忠の逸物をぶちこまれてはいない。そういう意味での処女だ。言うなれば光忠のちんぽ処女なのである。
ここまで来ると実はこれは高度な焦らしプレイかなにかなのではないだろうかと思えてくる。さすが燭台切のSは伊達じゃない。そういうつもりなら俺も焦らされてやろうじゃないか。焦らされてトロトロに蕩けた俺の処女をそのたくましいナニでかっこよく散らす予定なんだろう? そうであってくれ頼む。
そんな焦りと困惑と興奮をないまぜにした感情を持て余しながら、俺はさっそく次の非番の日に光忠と一緒にシャンプーを選びに万屋に来ていた。
シャンプーと一口に言ってもなにやらものすごく種類があるらしく、光忠が俺の髪質に合うものを店員とああでもないこうでもないと吟味しているうちに数時間。やっと目当ての物を注文し終わったかと思った頃に、次はトリートメントとヘアワックスを、と言い出し始めたものだから、俺は半泣きでもう勘弁してくれと訴えた。
すこし休憩しようといったん店の外に出ることにして、光忠が飲み物を買ってくる間俺は店の前の長椅子に座ってぼんやりと往来を眺めていた。
万屋や政府関連施設が立ち並ぶこの一角を出歩いているのは、審神者や刀剣男士か、はたまた政府関係者だけである。その辺りを歩き回る中には見知った顔も多い。なかには、もうこいつら確実にヤッてるだろうと思われる刀剣男士同士のカップルや、審神者と刀剣男士のカップルなども歩いていて非常に羨ましい。世の中の順風満帆なカップルどもが憎い。あいつら全員中折れかEDで苦しめばいいのに。
「わっ。こら!」
聞き慣れた声のしたほうに顔を動かせば、すこし離れたところで光忠が散歩中の犬に懐かれているのが目に入った。大型犬に飛びかかられてもびくともせずに苦笑して頭を撫でており、飼い主らしき人間がすみませんとそばで恐縮している。微笑ましい光景だが、処女をこじらせつつある俺の思考はまったく別のことを考えてしまう。
いいなあ。俺も光忠に首輪とかつけて飼われたいなあ。さすがに本丸で全裸お散歩プレイは周囲への悪影響を考えると踏み切れないが、探せばどこかに野外プレイ用のレンタルスペースとかあるんだろうか。ぜひいつか行ってみたいものだ。そして青姦したい。そもそも貫通すらまだだけど。
「長谷部くんってば、ここ、こんな風にしちゃって……ふふ、かわいい」
「や、やらっ……光忠ぁ」
「こら。長谷部くんは犬なんだから、僕のことはご主人様、だろう?」
「ご主人、さま……」
「よくできました。ほら。駄犬は駄犬らしくはしたなくおねだりしてごらん?」
「あっ……ご主人様のふとくてかたいのでおれのけつまんこじゅぽじゅぽってしてぇ…………!」
うん。アリだな。
「……べくん、長谷部くんてば」
はっと我に返ると、困ったように笑ってご主人様、もとい光忠がいつの間にかこちらに近づいてきていた。
「ぼんやりして、どうかした?」
犬と飼い主はすでに立ち去っている。思いの外ぼうっとしていたようだ。我に返り、慌てて顔の前で手を振る。
「あ、いや、すまん。なんでもないんだ」
「疲れちゃったかな? ごめんね、僕が時間かけちゃったせいで」
コトリと長椅子にジュースの入った缶が置かれる。
「いや、そういうことじゃなくてだな……ええと」
まさか馬鹿正直に『おまえに犬と飼い主プレイして犯される妄想をしていた』と言うわけにもいかない。一瞬の逡巡の後、俺は本音をオブラートで何重にもぐるぐる巻きにして言うことにした。
「……その……おまえはいい男だなあ、と見惚れていた」
瞬間、光忠はその金色の瞳をまんまるに見開いてから、ふにゃりと顔をほころばせる。
「嬉しいこと言ってくれるなあ」
俺の両頬が革手袋の手にゆっくりと包まれた。光忠の手はさきほどまで缶を持っていたためかひやりと冷たい。俺はなんとなく罪悪感と照れで光忠の目をまっすぐに見られず、視線を泳がせてしまう。
「君が僕を褒めてくれるなんて珍しいね」
「……そうだったか?」
「そうだよ。だからすっごく嬉しい。もっと言って?」
脳内では常に褒め称えているのだが、そういえば直接口に出して言ったことはあまりなかったかもしれない。それは申し訳ないことをした。
「……おまえの夜の色の髪も、満月のような瞳も俺は気に入ってる。薄い唇も色気があっていいし、ビロードのように滑らかで腰に響く声は何度でも聞きたくなるほどだ。男らしくたくましい体躯も、戦場での苛烈さも好きだ。うつくしく華やかなだけでなく実戦向きな本体の切れ味といったら……」
「待って待って待って」
気づけば、むぎゅ、と口をふさぐように光忠に抱き寄せられていた。ちらりと視線を動かすと真っ赤になった首筋と耳が目に入る。
「もっと言えって言ったのはおまえだろうが」
「そんなに褒められると思ってなくて…………嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう」
どうにかなって今すぐ犯してもらえないものだろうか。思うだけでもちろん言わない。そのくらいの空気は読める。
光忠の胸に耳を当てると、普段よりも急ぎ足の鼓動が聞こえる。俺よりすこしだけ速く、しかし同じ感情を宿しているであろう音だ。俺の好きな音。
光忠の手が俺の頬に触れて上向かせるように動く。逆らわずに従えば、内側に炎を灯した甘い蜜の色が俺を見つめていた。
「長谷部くん、大好き」
言葉と一緒に唇が降りてくる。触れ合わせるだけのやさしいキスがもどかしい。俺が舌を差し出すより早く光忠は離れていく。人前だから、これだけでもかなり譲歩してくれたのだろう。光忠は本丸の連中の前でもあまりいちゃつきたがらない。一度もっと堂々とくっついてみてもいいのではないのかと提案してみたが、そういうことは誰もいないところでこっそりやるべきだと主張された。奥ゆかしい男なのだ。俺などはいっそ見せつけてやるくらいで構わないと思っているのだが、光忠のこういった俺にない考え方は新鮮で魅力的だ。
若干の物足りなさには蓋をすることにして、俺はふうと息をついた。
「……次はトリートメントとワックスだったな。それ飲んだら行くぞ」
置かれた缶に伸ばした手に、光忠の手が重ねられる。思わず顔を見ると、そこにはほのかに情欲の炎を灯らせる金色の瞳。蜜の色の視線に縫い止められたまま体を動かせずにいると、長谷部くん、と甘く名を呼ばれる。
「今夜、会えるかな」
そんな一言だけで最高に幸福な気持ちになれるのだから、我ながら本当にチョロいと思う。生きてるってなんて素晴らしいんだろう。この世のすべての恋人たちに祝福あれ。
だが、結局その夜も光忠に挿入されることはなかった。
「あっあっんんっみつ、みつたっ……ふああっ」
咥えこまされた三本の指が俺の中をばらばらに攻め立てる。体内のある一点を掠められるとぶわりと体温が上がるのが自分でもわかった。そこを挟まれもみほぐすようにぐりぐりと押されるとたまらない。
「ああああっあっそこっンンっ」
さすがに数回目となれば体の方も慣れてきて、存在が疑われていた俺の前立腺も発見されて後ろの方でも快感を拾えるようになってきていた。これは今日こそ最後までいけるんじゃないか。俺はふやけた頭で内心ガッツポーズを決めた。
「長谷部くん、気持ちいい?」
「きもちぃ、きもちいいから、も、イきたっ……」
今日はほとんど触られていない前は、光忠に触れて欲しくてだらだらとはしたなく涎を垂らしながら所在なげに揺れている。光忠はふっと笑みをこぼして俺の足の間に手を伸ばす。竿をやんわりつつまれ雁首を刺激するように上下に扱かれると鼻から声が抜けた。タイミングを合わせるようにして中からも指で押されると、とぷとぷと先走りがあふれるのが自分でもわかった。それを勿体無いと言わんばかりに光忠の舌が舐めとってくる。興奮でガチガチに昂ぶったものをやわくあたたかい粘膜に包まれ、促すように舌で裏筋をなぞられてはもう駄目だった。思わず光忠の後頭部をつかむ。押し付けてるのか引き離そうとしているのか自分でもわからない。
「あ、光忠っだめ、イク……!イッちゃ……」
じゅう、と音を立てて吸われるままに、俺は光忠の口内に欲の塊を吐き出した。
「ふ、あああっ……あ……ん……っく……」
は、は、と胸を上下させて浅く息をする。世界がちかちかと白く瞬いて見える。
どこもかしこも気持ちがいい。光忠の手で、指で、舌で、気持ちがいいようにされている。
ぐち、と奥に入れられたままの指がいいところをかすめる。再び快感が腰から脳天まで背筋を一直線に駆け抜けた。
「んあっ」
気持ちいい。良すぎてつらい。たしかに俺はいま布団の上に組み敷かれているはずなのに、ふわふわと雲の上に浮かんでいるような心地だ。俺は自分の居場所をたしかめるように、下半身でもぞもぞ動いていた光忠の手を探り当てぎゅうと握りしめる。
「光忠、やらぁ……」
体内の指の動きが止まり、静かに引き抜かれた。
あ、これはマズイ。ここ数日で培った経験が頭のなかで警鐘を鳴らし始める。
涙で視界がにじむ俺に向けられるのは、もちろんあの善意と慈愛に満ちた微笑みだ。
「今日はここまでにしようか」
やっぱりだった。
◆ ◆ ◆ ◆
後ろがうずいて仕方がない。処女なのに。
結局あのあと力の入らない体を光忠によって清められ、敷き直されたまっさらなシーツの上で俺たちは眠りについた。相も変わらずおそるべき光忠の自制心である。
閨の中での「嫌」をそのまま受け取るアホがどこにいるんだ! そこか! そんなところも好きだ! くそっ!
もうこれは薬でも盛って俺から襲いかかるしかないのか、と思い悩みながら主に提出するための書類や例の卸問屋の主人からの礼状を持って廊下を歩いていると、向こうの部屋から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「えっ君まだ長谷部を抱いてないのか!?」
「鶴丸さん! 声が大きいよ!!」
光忠と鶴丸国永の声である。俺は思わず息をひそめて障子に耳を当てた。
「あれだけ仲睦まじい様子だったから、てっきり初日から済ませてるものとばかり……それにしてももう一ヶ月だろう?」
鶴丸め、悪かったな。俺だってとっとと卒業したいんだ。
俺はそっと障子の隙間から中を覗き込んだ。卓袱台に茶を置いて、差し向かいで座る光忠と鶴丸が見える。
「うーん……長谷部くん、僕とそういうことするの本当は嫌なんじゃないかと思ってさ」
俺は思わず障子を開け放って光忠の胸ぐらを掴みたい衝動に駆られた。なんでだ。どうしてそうなる。
「どうしてそう思うんだ?」
鶴丸が俺の疑問を代弁するかのように尋ねる。いいぞ、鶴丸。その調子だ。俺は多分生まれて初めて鶴丸を応援した。
「……彼って、性的なことに興味なさそうじゃないか。だから嫌がられないようゆっくり進めていこうと思ってて」
俺の葛藤など知らずに、光忠は恥ずかしげに頬を掻く。
マジか。俺ってそんな風に見えてたのか。こんなに脳内はエロエロだというのに。もしやセックスアピールが足りなかったのか。
しかしそのまま続いた言葉に俺は絶句した。
「だって彼ってちょっと天然で清楚で貞淑で凛とした瞳のうつくしい、かっこよくてかわいくて世界一素敵な刀だろう? 万が一でも嫌がられて離れられないように、これでも細心の注意を払ってるんだよ」
----俺はそんなふうに思われていたのか。
頭を金槌で殴られたかのような衝撃だった。
どうしよう。
実際俺は別に天然でも清楚でもないし、結構普段からエロいことを考えてるし、かっこよくもかわいくもない。光忠は何か大きな誤解をしているに違いない。
俺の本性を知ったら、光忠はなんて思うんだろう。呆れたり笑われたりするくらいならまだいい。もし、万が一…………。
そこからは想像しただけで目の前が真っ暗になる。これ以上その場に留まりたくない。どこでもいいから、どこかで考えをまとめたい。
ふらふらとその場を離れた俺には、だからその後の二人のやりとりなど知る由もなかった。
「そんなこと言って、実は長谷部がそういうのに興味津々だったらどうするんだ? 案外ムッツリかもしれないじゃないか」
「その時はその時だよ。僕、どんな長谷部くんだって愛せる自信があるからね」
気づけば俺は行きつけのバーで酔い潰れていた。
目の前には空になったグラスが鈍く光り、頭のなかではさきほど光忠に言われたことが回転木馬のようにぐるぐると回っている。アルコールでふやけた思考で、俺は答えの出ない問答を繰り返す。
『ちょっと天然で清楚で貞淑で凛とした瞳のうつくしい、かっこよくてかわいい長谷部くん』でなければ、光忠から愛してもらえないんだろうか。それは、----それは果たして愛されているといえるのだろうか。あいつが好きになったのは、虚構の俺ではないのか。
俺は隙あらば光忠と抱き合うことばかり考えているし、甚振られたり詰られることを妄想しては興奮している変態だ。俺が実はそんな淫乱だと知ったら、光忠はどう思うだろう。呆れるだろうか、引いてしまうだろうか。いいや、それより。
本当の俺をさらけ出して、それでもし嫌われたら俺はどうすればいいのだろう。
嫌われたら生きていけない、などと女々しいことを言うつもりはないが、もし嫌われれば生きている理由がわからなくなりそうな程度には、俺は光忠のことを愛している。ならば俺は一生光忠に好かれるために虚構を演じ続けなければならないのだろうか。
光忠に嫌われるくらいなら多少の不都合くらい我慢してみせるつもりはある。けれど、そうしたら俺は一生この性欲に旺盛ではしたない体を持て余しながら生きていかなくてはならなくなる。ずっと光忠に誤解されたまま『貞淑な長谷部くん』として過ごさなくてはならないのだ。
最悪の場合風俗なんて手段もあるが、そんなもの頼りたくない。光忠以外のやつに体の奥まで触れられるなんて怖気が走る。光忠がいい。あいつじゃなきゃ嫌なんだ。
光忠に嫌われたくない。
「みつただぁ…………」
ぼたぼたと涙がカソックに落ちて濃い色のしみを作っていく。拭っても拭っても壊れた蛇口のように涙が止まらない。こんなにかっこわるくて無様な俺を見られたらさらに光忠に嫌われてしまうだろうかと思うと余計に胸が締め付けられる。
ぐすぐすと鼻をすすっていると、後ろからやけに聞き覚えのある声がかけられた。
「あれ、へっくんじゃないか。ひさしぶ……えっちょっとなんで泣いてるの!?」
「…………ダイキリ」
俺がダイキリと呼ぶ、よその本丸の燭台切光忠がそこに立っていた。
僕で良ければ話を聞くよ、という普段なら体よくあしらえていた言葉に釣られたのは精神的に参っていたからにほかならない。
ここでダイキリについてすこしだけ説明する。
ダイキリは審神者や刀剣男士の育成指導を始めとする派遣業で有名な本丸の燭台切光忠で、近侍の一人を務めている。
俺が近侍になったばかりの頃にダイキリの下でしばらく指導を受けていたのが知り合うきっかけだったのだが、何が原因かやけに気に入られてしまい『へっくん』という不本意極まりないあだ名までつけられ、それ以来腐れ縁のような関係が続いている。
こいつは自分のところのへし切長谷部とデキていて、そのため俺が光忠と付き合う前にも何度か相談らしきものをしたことがあったのだが、それはまた別の話だ。
カウンターから店の隅のボックスシートに移動することにして、俺はダイキリと向かい合わせで座っていた。間に挟まれたテーブルにはナッツやドライフルーツ、鶏レバーのパテといった軽めのつまみが置かれている。
ううん、とダイキリが唸って腕組みをする。
「……大体事情はわかったよ。どうして君たちへし切長谷部はいっつもそうやって本音隠してろくにコミュニケーション取らないまま勝手に自己完結してめんどくさいことになるんだろう」
「うるさい」
「これ以上こじれる前に君の光忠くんに全部ぶちまけて話し合っておいでよ。こじれてるのは君の性癖だけで充分だよ」
「…………あいつは俺のこと性欲のない聖人かなにかだと思ってるんだぞ」
「へえ。若いなあ」
「知られて、万が一でもあいつに嫌われるのは嫌だ」
へっくんもかわいいところあるんだね、と呑気に言われたものだから、俺はテーブルの下の長い足を苛立ち紛れに蹴り飛ばした。
「痛っ……君その昔っから口より先に手や足が出る癖どうにかしたらどうだい」
「貴様以外には平和的に対処するようにしているから安心しろ」
俺はグラスに残った液体をちびちびと舐める。ほのかにオレンジとウォッカの香る水は正直言ってあまり美味いものではない。
「へっくん、おかわりは?」
「ロングアイランドアイスティ」
「またそういう強いの頼む……」
うるさいな。スピリタスとか頼まない辺り、これでも自重しているんだ。
ダイキリが手を上げてウェイターを呼んでカクテルとチェイサーを頼んだ。ダイキリの袖口にはトレードマークである金色のカフスボタンが光っている。恋人の長谷部からもらったと以前惚気ていたから、あっちはあっちで順調なのだろう。羨ましい。
しばらくして先に運ばれて来たチェイサーの方を俺に手渡してきて、ダイキリはため息をついた。
「あのね、へっくん。今や僕らは人の器を持っていて、おまけに一応戦時中だ。誰がいつどんなきっかけで折れてもおかしくない」
溶けて縮んだ氷がグラスの中でカロン、と鈍い音を立てる。
「いなくなってから後悔するんじゃ、遅いんだ」
「………………」
「そうやって悩めるのも命あっての物種なんだよ。取り返しがつかなくなる前に、君の光忠くんと一度しっかり話し合ったほうがいい。僕からアドバイスできるのはそれだけだ」
ダイキリの本丸は過去に一度刀剣破壊を出していると聞いたことがある。だからこその助言だろう。
俺はふと急病で倒れたという卸問屋の主人のことを思い出した。
人は脆い。儚い。何がきっかけでぽっくり逝くかわからない。俺はそれを知っていた。
そして俺も光忠も、今は人の身だ。
俺はおもむろにグラスを掴んでぐびぐびとその中身を一息で飲み干した。きりっと冷えた水は火照った喉を滑り落ちてアルコールに蹂躙された体にやさしく染み渡っていく。続いてパチンと自分の頬を叩き気合を入れて俺は立ち上がった。
「…………帰る」
「そうかい。送っていこうか?」
「いい、一人で帰れる。世話になった」
礼のついでに多めの代金をテーブルに置くと「別にいいのに」と苦笑された。
「貴様に貸しを作っておくと後が怖いからな」
以前うっかり貸しを作ったら、当時こいつの抱えていた非常に厄介な案件に巻き込まれたことは記憶に新しい。悪いやつではないが、必要があれば手段を選ばずに実行する強引なやつだ。今度は何を手伝わされるかわかったものではない。
荷物をまとめて立ち上がると、ダイキリがこぼすように笑った。
「……落ち着いたら二人でうちに遊びにおいで。僕の長谷部くんが君たちに会いたがっててね。もちろん僕も光忠くんには是非会ってみたい」
そう言って微笑む姿は、すこし俺の光忠に似ている。元は同じ刀なのだから似ているも何もないかもしれないが。
俺は馬鹿な考えを振り払うように首を振り、ふんと鼻を鳴らした。
「そっちの長谷部はともかく、貴様は嫌だ。俺の光忠に腹黒が移る」
「心外だな。こんなに善良な燭台切もそうはいないよ?」
「ぬかせ」
ダイキリは愉快そうに瞳を細める。
「その調子その調子。健闘を祈ってるよ」
そうして遅れて届いたカクテルに俺の代わりに口をつけて、ダイキリは「うわ甘っ」と盛大に顔をしかめた。
◆ ◆ ◆ ◆
俺が本丸に戻ると、すっかり日が暮れて皆が夕食を食べ終わった頃合いだった。放心していたにも関わらず外出届はきちんと出していたらしく、特にとがめられることもなかった。むしろすれ違いざまに他の者から「お疲れ。息抜きはできたか」と声をかけられる始末で、日頃から真面目に生活していてよかったとほっと胸をなでおろす。
さて肝心の光忠だが、光忠の部隊は夕方からの出陣で帰りは遅くなる予定と聞いている。いかにも飲み屋帰りといった姿で光忠を出迎えるわけにもいかないので、光忠が帰ってくる前に風呂に入って身支度を整えることにする。
一応中も洗い、歯も磨き、これでいつでも準備万端、という状態で自室に戻る途中、バタバタと乱が走ってきた。
「そんなに慌ててどうした。転ぶぞ」
「長谷部さん! 出陣部隊がみんな怪我して帰ってきて……! 燭台切さんも」
それを聞いた瞬間、俺は床を蹴っていた。
『折れてから後悔するんじゃ、遅いんだ』
ダイキリの言葉が何度も何度も頭のなかで響き渡る。
光忠、光忠、光忠。
普段は数秒で着くはずの手入れ部屋までの道のりがやけに長い。泥の中をかき進んでいるような心地だった。手入れ部屋までの道の途中、血が点々と落ちているのを見てひゅっと息を呑む。
待ってくれ。俺はまだおまえに言ってない、言うべきことがたくさんあるんだ。
ようやく見えた手入れ部屋の障子に手をかける。
「光忠!!!」
パン、と音を立てて障子を開くと、その向こうには薬研に飲み物を渡されている光忠の姿があった。慌てて駆け寄るが、どこにも怪我はない。
「光忠、おまえ、怪我は」
「ああ、うん。ちょっと軽傷負っちゃって……でももう手入れも済んだし大丈」
光忠が言い切る前にその体に抱きついた。
背後で薬研が「ごゆっくり」と出て行った。あとで礼をすることを決意して、俺はここぞとばかりに光忠の胸に頭をすり寄せる。心臓の音が聞こえる。
ああ、ちゃんと生きている。
目頭が熱くなったと思ったらもう駄目だった。さきほど一度泣いているからか、やけに涙腺が脆くなっている。こんな、普段なら笑って済ませるような軽傷で泣くなんて馬鹿みたいだ。こんなかっこわるい俺は、嫌われてしまうだろうか。それでも、光忠が無事でここにいることが嬉しくてたまらない。
「は、長谷部くん!?」
「生きてた…………良かった」
ぼろぼろと涙を流す俺を見て光忠が慌ててポケットに手を入れ、ハンカチでそっと俺の頬を拭ってくる。
「どうしたの? 何かあった?」
「……なあ。抱いてくれ、光忠」
光忠の服の裾を掴んで、ぽつりとこぼす。
「その……俺はいい加減、おまえにちゃんと抱かれたい。おまえと繋がりたいんだ。…………軽蔑、するか」
とうとう言ってしまった。 顔が見られなくて知らず俯いてしまう。
どうしよう。「そんな人だと思わなかった」とか「失望した」とか言われたら、俺の鼓動は悲しみで止まってしまうかもしれない。光忠はまだ言葉を発さない。もう言葉もかけたくないほど呆れられてしまったのだろうか。
永遠にも思える数秒ののち、光忠が口を開いた。
「…………長谷部くん」
馬鹿だなあ、とため息混じりに言われて、俺の肩がびくりと跳ねる。光忠が俺の頬を包み込むようにして上向かせる。死刑宣告を待つ囚人のような心持ちでその動きに従うと、そこにあったのはあたたかい月の色の瞳だった。
「軽蔑なんか、するわけないだろ。……ねえ、僕も君のこと抱きたいんだ。いいかな?」
ああ、と頷くと同時に唇が重なった。光忠の手が俺の後頭部に回る。くちづけが深くなる寸前に、俺は慌てて光忠の肩を押して待ったをかけた。
「……あの、な。ひとつ言っておきたいことがある」
俺の真剣な表情に気づいたのか、光忠が「なんだい」と尋ねながら居住まいを正す。
「俺はおまえが思っているより多分ずっとかっこわるいしかわいくもないし実ははしたないことばかり考えたりしてるし……他にも色々とおまえを幻滅させるかもしれない。それでもいいか? 引き返すなら今だぞ」
本当は別れてほしくないくせに、そんな言い方しかできない。自分がつくづく嫌になる。でもこれを言わないのは光忠を騙しているみたいでもっと嫌だった。
「君って刀は…………」
こつん、と光忠が俺の額に頭を寄せる。睫毛が触れ合うくらい近く、それでも光忠が笑んだのだけはわかった。
「今更引き返せるもんか。……大体ね、僕はどんな長谷部くんだってきっと好きになるよ」
その言葉に再び泣きそうになったのは、光忠には秘密だ。
俺の自室まで移動して障子を閉めると、待ちきれないと言わんばかりに押し倒されて服を脱がされる。布団を敷いておいて良かった。
唇は光忠のそれによって覆われ、熱くぬめった舌が俺の口内をまさぐった。俺も覚えたばかりの舌使いでそれに反応を返すと、布越しに押し当てられた光忠のものが固く張り詰めるのがわかった。嬉しくなって光忠の首に腕を回すとくちづけがさらに深くなる。互いの唾液を飲ませ合うようにぐちゅぐちゅと舌を絡ませ合う。酸欠と快感で視界が潤む。
「……ん……ちゅ、ァ、んんっ」
光忠の手が俺の腰骨のあたりから脇腹までつうと撫でる。くすぐったさとわずかな快感に身をよじらせれば、そのまま胸の頂まで指を滑らせられる。きゅう、とそこをやわらかくつままれて腰が浮いた。
「っあ、ぁ……ん」
「……ここ、勃ってるね」
吐息混じりにそう囁かれて顔が熱くなる。俺の頬に朱が刺すのを見て光忠は「長谷部くん、かわいい」と嬉しそうに笑った。もっと感じて。そう言って光忠の指が動き出す。弾くように、挟むように、押しこむように、両の乳首を責められる。
「あっんんん、っふぁ、……あ、ああ」
ほんの一週間前まではろくに性感を得られなかったそこが、今では立派な性感帯に変えられていた。音を立てて吸い付かれるとずくりと腰が重くなる。
「光忠、それっ……」
だめ、と言おうとして口をつぐむ。そんなことを口にしたが最後、光忠はまた行為をやめてしまうだろう。
「なに?」
「…………ん、いい……気持ちいい」
「そう。ならもっとしてあげるね」
艶めいた笑みを浮かべて光忠がさきほどより激しく胸にしゃぶりつく。時折当たる歯のちくりとした痛みが、神経に直接訴えてくるような快感を呼び起こす。
完全に墓穴を掘った。嫌と言えないならいいというしかないわけで、しかしいいと言えば光忠は喜々としてそこを同じやり方で執拗に責めてくる。かくなるうえは、と唇をかみしめて声を殺していると、
「……声、聞かせてくれ」
欲の色を隠さないウィスパーボイスで囁かれる。詰んだ。
「あっ…………ゃ、じゃない、いいっ……」
「本当? 嫌じゃない?」
「う、んっ…………やじゃない、いいからぁっ」
いつの間にか後ろに指を挿し入れられ、指にまとわせた油で粘着質な水音が下半身から聞こえてくる。勝手知ったるとばかりに中のいいところを的確に探り当てられ、ぎゅうと押し込まれる。
「ふ、あ、ああああああっっ」
ぴゅく、と触れてもいないのに俺の陰茎からは白濁した液体がほとばしっていた。既に下肢には力が入らない。下腹にべたべたした感触がする。俺の肌にまとわりつくそれを指でそっと掬いながら光忠がどこか楽しげに言う。
「イッちゃったね」
「っひ……あ、んっ……みつただぁ」
俺は光忠のシャツの裾を掴んだ。一瞬だけ躊躇するものの、先ほどダイキリから言われたことを思い出し、自分の気持ちをきちんと口にする。
「やめないで、くれ……俺はちゃんと……最後まで、したい」
----その瞬間の、光忠の瞳の色ときたら。
「んああっ」
中に入れられた指が性急に増やされる。ぐちぐちと耳にいやらしい音がひっきりなしに聞こえるようになると、光忠はスラックスの前をくつろげ、その熱く昂ぶったものを俺のひくつく後孔に押し当ててきた。
「……長谷部くん、挿れるよ」
いい?と問われれば答えはひとつしかない。俺はがくがくとうなずいて光忠の首に両腕を回す。光忠の左目が燃えるように光っている。
次の瞬間、襲ってきたのは衝撃だった。
「っく……あ、ンッ」
みちみちと肉の壁を割り開くように光忠の切っ先が俺の中に押し入ってくる。慣らしてあったとはいえ、指とは段違いの質量に息をするので精一杯だった。
「……っふ、狭……長谷部くん、こっちに集中して」
光忠が俺の陰茎に手を伸ばし、さきほど出したばかりの精液を絡めながら扱いてくる。男の体というのは単純で、前の刺激で俺はすこしずつ快感を取り戻していく。
「ん……ぅ、あ、あ、ああっ」
俺の力がすこしずつ抜けていくのに合わせて、光忠が奥へと腰を進めていく。ぐちゅ、と重い水音を立てて腰を回すように動かされると、わずかに中のいいところに当たって声が漏れる。
「ひあっ……んん」
「……長谷部くん、全部入ったよ」
自分も余裕なんてないくせに、冷静なふりをしてわずかに上ずる声でそう告げるこいつのことがいとおしい。かっこつけで慎重すぎてヘタレの、それでも最高にかっこいい、俺の光忠。
光忠の肉がいま全て俺の内にあった。いとしい男と繋がっているという事実を認識して、意識せずに涙がぽろっとこぼれた。
「長谷部くん?」
「光忠、すきだ。すき。おまえが」
すきと言いきるまえに唇を塞がれる。空中に放たれて消えるはずの言葉はすべて光忠の口の中に吸い込まれる。舌を絡めあって唾液を飲ませあい、力の抜けた手がぱたりとシーツに落ちたのを、光忠の指にすかさず絡めとられた。
動くよ、と告げてすこしずつ光忠が腰を動かしていく。わずかに引いて浅いところ、俺の好きなところを狙って擦りつける。
「っひ、あっぁ、あ、あっ……そこ、いいっ光忠、みつただぁっ」
だめ、嫌だ、は使えない。だから俺は気持ちいいとしか言えない。でも事実ちっとも嫌じゃない。気持ちがいい。光忠に触れられているところが全部、全部気持ちいい。痛みも快感も、こいつに与えられるものならなんだって。
必死に光忠の手を握るとそれ以上の力で握り返される。光忠、と瞳を見つめて名前を呼ぶと唇を落とされる。
幸せだ、と思った。
こいつが俺の恋人で、いまこうしてこうやって俺を愛してくれている事実がたまらなく幸せだ。
「あっ、ァ、んんっ、みつ、みつた……も、イク……! イきたい……」
「……いいよ。僕も、出そうっ……」
ぱちゅ、と下生えがつくほどに深く腰を打ち付けられる。衝撃に目を見開くと、次いで何度も同じ刺激が与えられる。深い。俺の前も同時に扱かれてぱちぱちと視界が明滅し始める。
誰かの叫び声がすると思ったら、それは自分の喉から出ている声だった。
「~~~~ッ、あ、あああっやっイくっ……んああああっ」
「…………っく、ぁ」
体の最奥で熱い飛沫が飛び散る感触を得たのと同時、俺も前から精液を放っていた。
全力疾走したあとのような息を互いに整えていると、自然に視線が絡みあい、俺たちは照れくさそうに笑みを向け合った。
汗で髪が張り付いた額に光忠が唇を落としてくる。
「……長谷部くん」
「光忠」
そうして唇を重ねる。やわらかく啄まれながらずるりと中の物を抜かれて、俺は小さく声を上げる。光忠のものはまだ硬さを失ってはいなかった。
…………せっかくだからもう一回くらいしたい。
光忠、ともう一度名前を呼ぶと、たくましい腕が俺の腰に回った。ぐいと引き寄せられれば光忠の腕の中だ。闇の中でも煌々と光る金色がにっこりと弓張月の形になり、口を開くことには。
「おやすみ、長谷部くん」
…………だよなあ。知ってた。
物足りない。けれどこういう心底優しくていい奴だからこそ、俺はこいつがいとおしくてたまらないのだからどうしようもない。
「長谷部くん、愛してるよ」
惚れたが負けとは言うもので、こうして微笑まれて抱きしめられるだけで抱えていた悩みなんてなんだかどうでもよくなってくるから、恋というのは極めて単純かつ複雑で厄介である。
そのうち我慢できずにもっと色々とぶちまける日が来るのかもしれないが、それはまだきっと先のことだろう。
とりあえず今の俺は光忠の愛の言葉に応えるため、その弧を描いた唇に自分のそれをそっと重ねるのだった。
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