とうとう極が来た。
俺のではない。俺は既に修行を終えた身である。では誰のかというと、燭台切光忠である。
「いやぁ、とうとう太刀の極が来たかぁ」
太刀の極が解禁されるという政府からの通達書を主は喜んでいらっしゃるようだった。ここまで随分長かったな、と感慨深そうに呟く主に、俺は「はい」と頷いた。
「しかも、燭台切がトップバッターとはなぁ。いやはや」
「……何か言いたげですね」
心なしかこちらをにまにまと見つめる主にじとりとした視線を送ると、ひょいと肩を竦められた。
「恋人が四日間もいないのは寂しいんじゃないかと思っただけだよ。お前は日頃からこの本丸の近侍として頑張ってくれているし、もし必要なら、鳩使ってもいいぞ」
「結構です」
俺は情報を入力していた端末のエンターキーをパチンと打った。画面に表示されているのは政府へ提出する本丸運営に関する中間報告書で、そこには本丸の財政や資源の保管状況、道具の使用状況等がことこまかに記録されている。
「うちの本丸は今まで修行呼び戻し鳩を使ったことがありません。あいつだけ特別扱いというのも皆に示しがつかないでしょう。それに、」
「それに?」
「……あいつだって四日間待ったんです。俺だって同じだけ待たなくてはフェアじゃない」
眼鏡の奥の目をまるく見開いてから、主はぷっと吹き出した。
「そういうとこ、本当に長谷部だよなぁ」
「こういう刀はお嫌いですか?」
「いいや。お前は俺の自慢の近侍だよ」
ぽん、と俺の肩を叩いてから、主はひらひらと手を振りながら「燭台切には俺から伝えておくよ」と執務室を出て行った。
極とは、刀剣男士が修行に旅立ち己を見つめ直し、新たなる力と姿を得て審神者の元へと帰還した状態のことである。
特とは比較にならない身体能力や特殊能力を身につけた極の刀剣男士達は、本丸において大きな戦力だ。そんなことは理解している。頭では。
現世にある燭台切光忠の本体は焼刀だ。刀が焼けた者の中には記憶が曖昧になっている者も居て、修行でその記憶を取り戻すこともあるらしい。また、修業先で己の中のつらい記憶と向き合わなければならない者もいるという。
織田家以降の光忠の来歴は以前本人の口から聞いたことがある。伊達家へと渡り、水戸徳川家へ移り、徳川幕府が滅びた後は水戸侯爵家の小梅邸の蔵で保管されていたこと。そこで関東大震災の火災に巻き込まれ、蔵の中の侯爵家家宝を心配した者が扉を開けた瞬間、バックドラフト現象で扉を開けた者や他の美術品達共々蒸し焼きにされ、刀としては使い物にならなくなったこと。
その辺りへの感慨についてはどうも個体差があるらしく、俺の光忠は焼けたことに関してはあまり気にしていない個体のようだが、それでも、もし自分が焼けた時のことを修行でもう一度見ることになるのだったら、少なくともいい気持ちはしないだろう。
行き先が関東大震災の時だと決まったわけではない。伊達政宗の影響を強く受けている光忠のことだ。伊達家のところで修行をする可能性の方がおそらく高いだろう。
だけど、俺は思ってしまうのだ。
(……あいつがつらい思いをするのは、嫌だな)
光忠にはいつも笑っていてほしい。困った顔も怒った顔もどれもそれぞれに魅力的だとは思っているが、俺はやはりあいつの笑顔が一番好きなのだ。
そんなことを考えていると、机の上に置いていた携帯端末がブルブルと震えた。そこに表示された名前を見て、俺は盛大に口をへの字に曲げる。今一番話したくない相手、別本丸の燭台切光忠、通称ダイキリだった。
携帯端末は震えながら新種の虫か何かのように机の上をうごうごと移動している。もういっそスルーしてもいいだろうか。しかしこのまま無視を決め込んでも面倒なことになるのはわかりきっていたので、溜め息をつきながら俺は端末を手に取り通話モードをオンにする。
「……なんだ、いきなり」
『やあ、へっくん。調子どう?』
「前置きはいい。とっとと本題に入れ」
苦笑の声がスピーカーから響く。
『燭台切光忠の修行の件だよ。君のところにも通達が来ただろう?」
「来た。……それで?」
『僕は鳩使って貰ってすぐに戻ってくる予定だからさ。君の光忠くんが戻ってくるまで直接の連絡は控えておくね、って一応言っておこうと思って。君も余所の燭台切光忠で先にネタバレされるのは嫌だろう?』
それはたしかに嫌だ。俺が燭台切光忠の極の姿を知るのは、やはり俺の光忠が最初でありたい。
「……まあ、そうだな。了解した。要件はそれだけか?」
『せっかちだなぁ。せっかくだしもうちょっとおしゃべりを楽しまない?』
「楽しまない」
一言で返してぷつっと通話を切ると、俺はふうと息を吐いて、眉間の皺を指で揉んだ。
ダイキリとはいわゆる腐れ縁で、俺が本丸に顕現してからの付き合いで言うなら光忠より期間が長い。俺がまだこの本丸に顕現したばかりの頃、現世での振る舞い方や事務作業についてわからず色々やらかしてしまった俺に、スパルタ式で近侍の仕事を叩き込んだのはダイキリなのだが、それで未だに兄貴分のように振る舞ってくるのだからなんとなく癪に障る。奴の実力は認めているものの、それとこれとは話が別だ。
それに、兄貴分面と言えば最近はもう一振り厄介なのがいる。
そう思ったと同時に、きしきしと廊下を誰かが歩いてくる音がした。嫌な予感がして咄嗟にどこか隠れられる場所はないかと腰を浮かせたが、相手の方が早かった。
「長谷部、いるか」
その言葉と同時にすぱんと障子が開いた。現れたのは長い黒髪を一つに束ね、逆光なのに器用に眼鏡を光らせた男、日光一文字である。
「長谷部はいない」
「ではへし切」
「長谷部と呼べ」
「いるではないか」
ちっと舌打ちして「何の用だ」と問えば、日光は眼鏡のブリッジを指でくいっと上げながら口を開いた。
「つい先程主から会って聞いたが、お前の恋仲の刀――燭台切光忠と言ったか――そいつが修行に行くらしいではないか。不在の間、独り寝が寂しければ俺が添い寝を、」
「いらん。帰れ」
最近顕現したばかりの日光一文字は、黒田時代から黒田連中の兄貴分を名乗り、なんやかやと鬱陶しく世話を焼こうとしたものだったが、それは本丸に顕現しても変わらないらしかった。刀剣男士としてはまだまだひよっこの癖に、こうして俺を含めた黒田由縁の刀の面倒を見ようとしてくる。
「ふむ。だが独り寝は寂しいものだとにっかり青江が言っていたが、大丈夫なのか? 遠慮などする必要はないぞ。俺とお前の仲だ。いつでもこの日光一文字を頼るがいい」
「微塵も遠慮などしていない。それと何度も言っているが、俺と光忠のことには立ち入らないで貰えるか」
あと青江はあとでしばく。
大きく溜め息をついてみせたが、日光は何が問題なのか全くわかっていない顔で首を傾げている。せっかく揉み解した眉間の皺がまた深くなってきているのが自分でもわかった。
まだ人の身としての情緒や知識が追いついていない日光は、どうも俺と光忠の関係を何やら誤解している節があった。本丸の他の連中から俺と光忠が共寝をする仲だと聞いて、単純に「一緒に添い寝をする仲」だと思い込んでいるらしい。
実際はそんな可愛らしいものではないというか、夜な夜なセックスを楽しむ仲なのだが、誰もこいつにそのへんの知識や情緒をうまく教えられずにいるらしい。同派の南泉には特に期待していないが、その頭を名乗る山鳥毛にはそろそろどうにかして貰いたい。それともこの堅物ポンコツ眼鏡にはいっそAVでも渡して見せてやった方が早いんだろうか。
「貴様は一度デリカシーとかプライベートとかの言葉の意味を辞書で調べてくれ。頼むから」
「わかった。後で調べておく」
そこでくそ真面目な顔で頷くからこいつは始末が悪い。日光もダイキリとは違った意味で苦手だ。気分を落ち着ける為に俯いて何度か深呼吸していると、聞き慣れた声がした。
「あれ、日光さん。どうしたの、そんなところで」
ぱっと顔を上げると、廊下に光忠が立っていた。
「ああ、燭台切。お前が修行でしばらく留守にすると聞いたのでな。その間代わりに長谷部に添い寝をしてやろうかと尋ねたら、断られてしまったところだ」
「あー……」
光忠は日光のその返答ですぐに事情を察してくれたらしく、なんとも言えない苦い笑みを浮かべている。さすが俺の光忠。話が早くて助かる。
「日光さん、厨の方で人手が足りてないみたいだから、手伝いに行って貰えるかな。僕は長谷部くんと少し話があるから」
「む。承知した」
そうして日光が立ち去ったのを確認してから、光忠は執務室に足先を踏み入れ、後ろ手に障子をぱちんと閉めた。
「…………お疲れ、長谷部くん」
「まったくだ。ダイキリといい、日光といい、余計な気ばかり回しやがって……」
「みんな君が心配なんだよ」
そう言って光忠が俺の隣に腰を下ろし、ぽんと頭を撫でた。くしゃくしゃと髪をかき混ぜられる感触が心地よくて、そのまま力を抜いて光忠の肩にこてんと頭を乗せる。ぐりぐりと擦りつけるように頭を動かすと、光忠の匂いがして安心する。
「……主から、話は?」
「聞いたよ」
「修行、行くのか」
「行くよ」
答える声は力強く、頭を撫でていた手がぐいと俺の肩を抱き寄せる。
「僕だってもっと強くなりたいし、それに」
「それに?」
「また君と一緒に戦いたい」
視線を動かして光忠の顔を見れば、そこには燃えるような決意と闘志を宿した金の瞳があった。
ああ、好きだなぁ、とそう思う。普段優しすぎるくらいに優しいこいつの、この奥底に秘められた苛烈な本性が、どうしようもなく好きだ。
「お前がすきだ」
口から零れ出た声は、予想以上に心細げな響きになってしまった。
「……うん、知ってる」
「だから、修行は楽しみでもあるが、心配だし不安だし…………寂しい」
「うん」
「お前も俺の修行の時、こんな気持ちだったのか?」
そこで光忠は、うーん、と困ったように笑った。
「君、僕に修行のことよく考えさせる前にさっさと自分で結論出して出発しただろう?」
「…………う、」
「あれはちょっと卑怯だったよね」
「………………すまん」
そういえば俺は自分の修行の時、修行前に光忠と二人きりでゆっくり過ごしたいと主に無茶を言い、ひとしきり光忠といちゃいちゃして自分の中で修行の覚悟をつけてからようやく光忠に修行の件を打ち明け、その翌朝とっとと信長の元へ旅立ったのだった。当時の俺としては光忠に余計な心配をさせない為の最善の策だったのだが、今思えば悪いことをした。俺が逆のことをされたら多分怒り狂っていただろうから、光忠はやはり心が広い。そんなところも好きだ。
光忠は両手で俺の頬を包み込むと、こつんと額を合わせてきた。
「僕もね、修行中の君を待ってる間は心配だったし、寂しかったよ。でも、君ならどんな試練でも必ず乗り越えてくれるとも信じてた」
焦点が合わないほど近いところに光忠の瞳がある。きらきらと光る瞳がすっとやわらかく細められる。
「あと、君がどんな風に変わっても、受け入れて愛する自信があったからね」
「光忠、」
「君は違う? 僕は――君の愛した刀は、そんなに信頼するに足りない刀かな」
「違う」
「じゃあ、修行で変わった僕を愛する自信がない?」
「馬鹿なことを言うな!」
反射的に返した言葉に自分ではっとする。
そうだ。そんなことが問題なんじゃない。
きゅっと唇を引き結び俯くと、「なら、何が心配で不安?」と気遣わしげな声が降ってくる。辛抱強く返答を待つ沈黙に耐えかねて、俺は重い口を渋々と開いた。
「……お前が、修行でつらい思いをするのは、嫌だ」
俺だって光忠のことは信頼しているし、どんな光忠だって愛せる自信はある。
だけど、嫌なんだ。修業先で光忠がつらい思いやしんどい思いをするのは、どうしても嫌だ。
まがりなりにもお互い戦場に立つ者としてとんでもなく甘っちょろいことを言ってる自覚はあるが、そう思ってしまうのは自分ではもうどうしようもない。
「わかってる。こんなのは俺の甘ったれたクソみたいなエゴだ。今言ったことは全部忘れてくれ」
「………………長谷部くんさぁ」
はーっと長い息を吐いて、光忠が俺をぎゅうと抱きしめた。
「そういうとこ、本当にずるい」
「自覚はしてる」
「いいや、わかってないね。絶対わかってない。すぐそうやって勝手に自己完結するの、君の悪い癖だよ」
それはもうへし切長谷部という刀の習性のようなもので、自分ではある程度気をつけているつもりではあったのだが、光忠に言わせるとそうではないらしい。非常に遺憾である。
「普段は自分にも他人にも厳しくて人当たりがきつい割に、僕に関してはそういうやわらかいところ剥き出しにするんだから。本っっっっ当にタチが悪いよ。どれだけ僕を夢中にさせれば気が済むのさ」
かわいい、すき、と囁きながら顔中にキスを振りまかれる。ふにふにとやわらかい感触と、洋服越しに感じるとくとくという鼓動の速さに混乱する。
「……こんな面倒くさい奴を好きだなんて言うのは、お前くらいなものだぞ」
「そうじゃなきゃ困るよ。君の魅力を知ってるのは僕だけでいい」
ちゅ、と唇に軽くキスをしてから、光忠はふっと笑みを浮かべた。
「すきだよ」
切れ長の目元が緩み、形のいい唇が弧を描いている。俺の好きな光忠の表情だ。この世で俺がいっとう格好いいと思っている光忠の笑顔。見つめているときゅうと胸の奥が締めつけられる。
「みつただ、」
優しくて、それでいて激しい一面も持ち合わせている、いとしい俺の恋刀。
蜜色の瞳の奥で燃える強い意志の炎に、俺はまるで夜闇を飛ぶ羽虫のように惹かれては止まないのだ。
かっこいい。すきだ。愛している。そのたくましく力強い腕でもっときつく抱きしめてほしい。それで、それで――、
「…………ムラムラしてきたな」
「今そういう話じゃなかったよね!?」
なんで、どうしてそうなるの、と困惑する光忠の顔がなんだかおかしくて、俺も自然と笑顔を浮かべていた。
「まあ、それは半分冗談として」
「半分本気なんだ……」
ぼやく光忠の胸にぐりぐりと頭を擦りつける。
「なあ、お前の修行出発前後の日は非番にしておくから」
「うん」
「出発前日は、俺の不安なんか全部吹っ飛ばすくらい激しく抱いてくれ」
一瞬だけ目を見開いた光忠はすぐに笑みに切り替え、「オーケイ。任せてくれ」とその内容と裏腹に俺の頭を撫でた。
「あとそれはそれとして」
「嫌な予感がするね?」
「今夜、空いてるか? 生ちんぽで結腸ぶち抜かれて、腹がぱんぱんになるくらい種付けされたい気分だ」
頭上で深い深い溜め息が聞こえる。思いの外長い沈黙に俺が口を開くよりも早く、光忠は俺の顔をぐいと上げさせ、噛みつくようなキスをしてきた。
「君、そういうとこ、本当にずるい」
「あ! ァ、やあ、っひ、」
もうほとんど感覚がない下肢からは、いやらしい水音とぱんぱんと肌をぶつける音が響いている。耳から融け出てきそうなほどふやけた脳の中では、つんざくような極彩色の快楽がぐるぐると渦を巻いていた。
「も、むり、ぃ……! あ、ぅ、んんっ」
無意識に逃げを打つ腰を大きな手でがっしりと掴まれ、真下へと引き下ろされる。ずちゅ、と体内で音がして、これ以上果てが無いと思われた快感のその先の境地をまざまざと叩きつけられてしまう。
「っぁああああ!」
「ほら、自分で激しくしてくれって言ったんだからさ。もうちょっと頑張ろう?」
「やら、これ、とって、イきたい、みつたらぁ」
俺の立ち上がった陰茎の先端では金属製のリングが揺れている。そのリングから繋がる細長い棒は俺の性器を深々と貫いていて、つまり俺は今尿道にブジーを入れられて射精を禁じられた状態で光忠とセックスしているのだった。
長い指が戯れにリングを摘まんで上下に動かすと、目の前がばちばちと白く明滅する。
「ぅあ、あぁっ」
ぶるりと体を震わせて目の前の首元にしがみつく。後孔全体がぎゅんと締まって、中に入っている光忠のペニスの形がありありとわかる。先端は広く傘が張っていて、太い血管の浮いたバキバキのモノの感触を体内に感じる。絶えずやってくる快楽の波に沖深く攫われゆらゆらと翻弄されていると、耳元で光忠が低い呻き声を上げた。
「っく、ん、……ずっとイッてるのに、何言ってるんだい、長谷部くん」
「やら、だしたい、しゃせぇ、したいっ……!」
「だぁめ。君、出したらすぐ気絶しちゃうから、もうすこし我慢。ね?」
そうして首筋にがぶがぶと歯を立てられて、痛みよりも快感や悦びの方が勝るのだから、俺も随分と躾けられたものだと思う。真珠のような白く硬い歯が、皮膚を突き破るぎりぎりの強さで突き立てられる度、俺のナカはもっともっとと強請るように光忠のモノを奥へと誘い締めつけるのだ。上の口でどんなに嫌だ駄目だと言おうが、説得力なんてゼロに等しい。
実際のところ、次はどんな責めが来るのか期待している自分が確かにいて、その証拠に光忠の背中には俺の両脚が離さないように巻きついている。だからこの「嫌」も「駄目」も互いの気分を盛り上げるスパイスのようなもので、俺も光忠もそれを充分に理解していたし、相手が理解していることを合わせ鏡のように双方で認識していた。
セックスが共同作業とはよく言ったものだ。お互いのギリギリのラインを見極め、二人協力し合い共に高みへと上り詰めていくこの行為は、まさしく共同作業と呼ぶに相応しいだろう。
正直に言って、最高に気持ちがいい。
「まだ考える余裕がありそうだね?」
「ッ、あっ、やら、っひン、」
ずろろろとブジーを引き抜かれるのと同時、ごちゅんと奥を穿たれた。そのまま奥をどちゅどちゅと突かれると、白濁した体液がペニスから押し出されるようにぴゅるぴゅると漏れた。
「そんなに射精したいなら、何も出なくなるまで出させてあげる。そうだ、お潮も吹けたら、たっぷりご褒美あげようね」
首筋を下から上へぞろりと舐め上げられ、唇で耳朶を食まれて、そのまま軽く歯を立てられた。生理的な涙で潤む視界の中、光忠が獰猛な笑みを浮かべている。
ああ、やっぱり好きだなぁ、と思う。
普段は優しい光忠が、俺にだけこういう酷いことをしてくれることが嬉しくて堪らない。根本的には主の所有物である俺達だが、きっとこの光忠を知っているのは、世界で俺ただひとりだ。そして、俺のこんなあられもない姿を知っているのも、光忠だけ。
「嬉しい? 長谷部くん」
「っうん、うれし、ぃ」
夜が明ければ、光忠は修行へと旅立つ。だから光忠に俺という存在を刻み込んでおきたいし、俺にも光忠を刻み込んでほしい。
「みつただ、すきだ」
だから、もっと。そう囁くと、掠れた声で「僕も、だいすき」と返されて、俺の腰を掴んだ両手に力が籠もった。
◆ ◆ ◆ ◆
光忠が旅立ってからというもの、時間が経つのがやけに長く感じるようになった。
修行中は主への手紙を三通送ることが許されている。俺に気を遣ったのか、お優しい主は「長谷部も見るか?」と聞いてくださったが、俺は首を横に振った。それはあいつから主へ贈られた言葉であり、俺が見るのは筋違いというものだろうと思ったのだ。
今まで購入したはいいものの本棚にしまいっぱなしにしていた本達、その最後の一冊の締めの一文を読み終え、俺は深く深く息を吐いた。ようやく全てを読み終わったというのに、心の中に去来したのは、達成感や感動ではなく、作業が終わってしまったことへの虚無感だ。
この三日、俺は出陣や内番以外の空いた時間をひたすら読書や映画鑑賞に充てて過ごしていたが、暇つぶしにもそろそろ限界を感じてきた。
(……光忠は、どうしているだろうか)
手が空いているとそんなことばかり考えてしまう。こうなったら昼寝でもするかと真新しい布団を広げて横になる。いつも使っている寝具は光忠の香りがして落ち着かないということは初日の夜に学習済だ。布団部屋から借りてきたばかりの布団にごろりと横になってはみたものの、一向に眠気がやってこない。それどころか、ここ数日光忠がいないせいで禁欲生活を送っているので、段々と変な気分になってくる。これはいかんと慌てて立ち上がり、本丸の中をぐるりと散歩することにした。すぱんと障子を開け放ち、ひたひたと廊下を歩き始める。
しかして何か他のことをしようにも、書類仕事は事務担当の奴らと普段からコツコツと片付けているのでとっくに終わっているし、今日は出陣も遠征も他の低練度の奴らの育成のために枠が埋まっている。演練は他の本丸の極めた燭台切に会う可能性があるから論外だ。畑当番も馬当番も厨も買い出しも手が足りていると断られてしまったし、手合わせ用の道場は既に予約で満杯だった。毎日の人員配置や本丸運営計画を考えているのは主と俺だが、我ながらうちの本丸って有能すぎるのでは? だが今ばかりはそんな優秀さが恨めしい。
要するに俺にはもうやることがないのである。
はて俺はこんなに無趣味な刀だっただろうか。普段の非番の日は何をしていたか、と改めて考えてみたものの、非番の日は基本的に光忠と予定を合わせてひたすらいちゃいちゃしていた記憶しかないのでなんの参考にもならない。つまり俺の趣味イコール光忠で証明終了、いわゆるQEDというやつだ。詰んでいる。
読書も映画鑑賞も甘味巡りも花見も散歩もセックスも、光忠がいなければ何の面白みもない。そんな当たり前の結論に向き合わざるを得なくなって、俺はきゅっと唇を真横に引き結んだ。
今更ひとりぼっちの二人部屋に戻る気にもなれず、俺は布団部屋の戸に手をかけた。開いた隙間からすっと中に身を滑り込ませて元通りに閉めれば、元々人気のないこのあたりのこと、しばらくは誰にも気づかれまい。
そのまま畳まれたふかふかの布団の山の谷間に蹲るように座り込むと、じわ、と目尻に熱いものが滲んできた。
俺の修行の時は良かった。あの時の俺には強くなるという明確な目標があって、こんな気持ちになる暇なんてなかった。ただ相手の身を案じて待ち続けることがこんなにもつらいのだと、本当に久々に思い知らされた。
待つのは得意だ。好きではないけれど、得意な筈だった。でも、どうしてたった四日がこんなにも苦しくてつらくて心細くてたまらないんだ。
床の上で握りしめた拳の上に、ぱた、と水滴が零れる。その後を追うように二滴、三滴と雫が落ちていき、手の甲や床に当たってぱたぱたと音を立てる。舌打ちをしながらぐいと袖口で目元を拭う。黒い服のおかげで水染みが目立たなくて助かった。
ああ、恋とは本当に厄介なものだ。
光忠が顕現するよりももっと前、俺がダイキリのところで研修を受けていた頃、余所の本丸の燭台切や長谷部達を見てああはなるまいと思っていたが、今や俺もあいつらと同じだ。夜闇に燃え盛る炎に翻弄される、愚かな羽虫のようだ。たった数日光忠がいないだけで俺はこんなにもなまくらになってしまう。こんな情けない自分なんて知りたくはなかった。
それでもどうしたってあいつが好きで、恋しくて、愛おしいと思う気持ちが止められない。
みつただ、と声は出さずに唇だけ動かした。
この世でたった一振りの、俺の恋刀。
(あ、駄目だ、泣く)
再び涙腺が緩みかけた、その時だった。
「はせべー」
廊下の方から声が聞こえた。紛れもないこの本丸の審神者、俺の主の声だった。何か用事でもあるのかと慌てて顔を引き締め、布団部屋から飛び出していく。
「主?」
声のする方角を頼りに廊下の角を曲がると、見慣れた主の姿があった。
「なんでしょう? 俺に何か御用ですか?」
ばっと振り向いた主は俺の姿を認めて「あっ!」と鋭い声を上げた。
「日本号! 日光! 捕獲!」
「は?」
眉を顰めたと同時に、俺は背後から両腕を拘束された。
「悪いな、長谷部」
「文句なら後でゆっくり聞こう」
ぎぎぎ、とぎこちなく振り返れば、そこにいたのは嫌というほど見慣れた顔、日本号と日光だった。俺の両腕を脇から腕を回し、それぞれがぎっちりと掴んでいる。
「…………主、これは一体どういうことですか」
地を這うような俺の声と恨めしげな視線をさして気にした風でもなく、主は「ははは」と鷹揚に笑って見せた。
「笑って誤魔化さないでください。ちゃんとした説明を求めます」
「なに、今から織田及び黒田の合同飲み会が開催されるから、お前にも参加して欲しくてな」
「はあ? 嫌ですよ、なんで俺が」
「長谷部、主命だぞ」
「俺はノーと言える長谷部なので」
そういうと思ってたよ、と主は苦笑し、ゆっくりと俺と視線を合わせた。
「修行に行く前の燭台切から頼まれてたって言っても駄目か?」
「――え?」
「最終日あたりに、お前を宴会か何かに参加させてやって欲しいって言われてたんだ。放っておくと多分一人でどこかに籠もろうとするだろうからってな」
そこまで言われてその含まれた意図がわからない程俺も鈍くはない。
光忠は、自分のいない間の俺のことを案じてそう言ってくれたのだろう。ここにいなくても俺を想ってくれている光忠の気遣いを感じ、じんわりとあたたかいものが胸の中に広がっていく。
「と、いうわけでだ。今ちょうど酒と料理を他の連中が用意している」
「後はお前を連れて俺達が合流すれば宴会が始められるという寸法である」
うんうん、と頭上で頷きながら二人が補足説明をした。
つまり俺を連行できるよう、体格のいいこの二人が俺の捕獲係に抜擢されたというわけらしかった。無駄にでかい図体と高い機動力をこんなことに使うんじゃない。馬鹿かこいつら。
なんだか何もかも阿呆らしくなってきて、俺ははあっと深い溜め息をついた。
「…………わかりました。そういうことなら行きましょう。おい、離せ。歩くくらい自分でできる」
そうしてようやっと両腕を解放されて、強張った肩をぐるぐると回した。
「くそ、馬鹿力どもめ。……礼など言わんからな」
「おうおう、調子が戻ってきたじゃねえの」
「気にするな。弟分の面倒を見るのも兄貴分の勤めだ」
酒飲みと兄気取りを振り返って睨みつける。片方は肩を竦め、片方は眼鏡の位置を直していて、特に堪えた様子もない。むかつく。
「はいはい、拗ねるな拗ねるな。ほら、今夜はぱっと気晴らしして来いよ。明日の夕方には、燭台切も帰ってくるからさ」
主からそんな言葉をかけられてしまえば、俺にもう否やはなかった。それに、これは光忠の心遣いでもあるのだ。無下にすることなんてできない。
「――拝命致しました」
そう言って宴会場へ向かって歩き出すと、後ろからのしのしと大男二人が着いてきた。
この構図、どこかで見覚えがある。あれだ。二十世紀の時代劇でやっていた、水戸のご老公と助さん角さんの図。
奇しくも光忠に縁のある人物――これに関しては創作上の描写だが――を思い浮かべてしまって、思わずくくっと喉から笑いが漏れる。
なんだか鼻の奥がつんとしたのには気づかないふりをして、俺は歩みを進めた。
◆ ◆ ◆ ◆
お前らこれ本当に経費で落とす気か正気か圧し切るぞ、という量の酒を持ってこられて思わず青筋が浮いた俺だったが、主のポケットマネーで買ってきたと博多に説明されては恐縮するやら恥ずかしいやらで、俺は何もかもを忘れる為にとにかく目の前にある酒を片っ端から飲んだ。俺は甘くて度数の強い酒が好みだが、この際飲めればなんでもいい。まずは果実酒の類から手をつけ始め、ワイン、ビール、日本酒、焼酎、ウィスキー、ウォッカと飲み進めていくうちにあれほどあった酒はすっかりなくなり、気づけば宴会はお開きの様相を呈していた。
「日本号、俺と薬研は宗三を連れてくから、そっちの方はよろしく」
この狂った酒宴の中でも一人禁酒をしていた不動(修行済)と、いったん厠で吐いて「これで楽になったぜ」と戻ってきた薬研が足元のおぼつかない宗三に肩を貸している。宗三の足元では小夜がおろおろと見上げている。こういう時は短刀の方が意外と頼りになるのだ。
「僕は大丈夫ですよ……」
「兄様、無理しないで」
「ほら。ちゃんと捕まりなよ、宗三」
「お前らじゃ身長足りねぇだろ。宗三は俺が連れてってやるよ。ついでにひとっ風呂浴びてくら」
「俺も風呂に入りたかー!」
「俺も俺も! っていうかこのまま戻ったら確実に明日いち兄から説教コースだしな」
そんなことを話しながら宗三を抱えた日本号が短刀達を引き連れて部屋を出ていく。
とすると残されたのは必然的に俺と日光のみになってしまい。
「…………」
「…………」
残った酒を舐めるようにして飲んでいる辛気くさい二人組の完成だ。なんだこれは。なんの罰ゲームだ。
「…………」
「…………」
沈黙が耳に痛い。この状況で何か話されても困るが何も話されなくても困る。俺ももう部屋に戻ってもいいだろうか。今なら酒の力でぐっすり眠れる気がする。
よし、寝よう。
俺はグラスの底に数センチばかり残ったジントニックを一息に飲み干し、卓の上にタン、と空のグラスを置いた。
「じゃあ、俺もこれで」
そう言って立ち上がろうとして、ぐにゃりと視界が歪んだ。
久々に深酒をしたので加減を見誤っていたらしい。まずいと思った時には既に座布団に足を取られ、そのままぐらりと体が畳へと傾いていく。来たる衝撃に備えて受け身を取ろうと身構えた瞬間、ぐいと体を支えられた。
「大丈夫か?」
そんな声をかけられて、ようやく自分が日光に助けられたのだと思い当たる。
「…………ああ、おかげさまで」
体に回された腕を外しながらそう返す。自分で自分が情けない。
「己の限界を見極められないとは不甲斐ないな。それでも黒田の宝刀か」
その言い方が癇に障って俺が口を開くより早く、日光は言葉を重ねた。
「恋というのはそれほど――己を見失うほど厄介なものなのか」
ゆっくり振り向くと、日光はレンズ越しに静かにこちらを見つめていた。
「お前は苛烈だが冷静な刀だ。近侍としてこの本丸をしっかりと運営する姿はまさしく主の片腕たるに相応しい。そんなお前をそこまで揺さぶるほど、あの燭台切光忠という刀はお前にとって重要な存在なのか」
心底不思議そうに首を傾げ、日光は眼鏡のブリッジに指を添えた。
「色恋沙汰にうつつを抜かすとは刀として言語道断だと思っていたが、他の刀達に言わせると、皆が「あいつらはあれでいい」と言う。恋というのは、一体なんなのだ。それほどままならず苦しむようなものならば、しない方がマシなのではないか?」
それは――そんなことは、決まっている。
「俺にとって一番は今の主だ。それはけして変わらない」
俺も、かつて今の日光と似たような質問を恋愛中のへし切長谷部にぶつけたことがある。光忠と出会って恋をするまで、俺にとって恋愛というのは頭のおかしい暇な奴らがするものだった。意味がわからない、なんでそんなことをしているんだ。俺は絶対にお前らのようにはならない。そう吐き捨てる俺に、あのダイキリの恋刀は眩しそうに目を細め、微笑みながらこう言ったのだった。
――やはり、「俺」は「俺」だなぁ。
――つらいことも苦しいことも沢山あったが、俺はこいつを好きになって良かったと思ってるよ。
今なら、その気持ちが俺にもわかる。わかってしまう。
「主が一番なら、あいつは特別なんだ。お前にとって山鳥毛や同派の奴らが主と別枠であるように」
そう言うと、日光はむう、と唸るような声を上げた。そこを突かれると痛いらしい。
「たしかに俺はあいつがいないだけでこんなにも動揺するし、醜態を晒してしまう。認めるのは癪だがな。それでも、あいつを好きになって後悔したことは一度もない。これからも、けしてないだろう」
理屈や理性で割り切れない衝動。俺を強くも弱くもする、胸の奥で燃え盛る炎のような情動。俺の心が、魂が、こんなにも光忠を求めてやまない。
「俺の刃と忠誠は主のものだが、それ以外はすべてあいつのものだ。……そう言えば伝わるか?」
「……納得はいかないが、一定の理解はした。回答、感謝する」
どこか不満そうな日光に背を向け、俺は服の埃を払って今度こそしっかりと立ち上がった。
「ところで長谷部」
「なんだ」
「その手首についた手の跡はなんなのだ。誰かに何か無体を働かれているならいつでも俺に相談しろ」
「まったく全然ちっとも問題ないからそのことは忘れろ、いいな?」
◆ ◆ ◆ ◆
部屋のシャワーを浴び、一晩ぐっすり寝ると、心身共に回復してきたのが自分でもわかった。やはり人も刀も食事と睡眠が大事らしい。とはいっても今の俺の体はほとんど酒でできている訳なのだが。
部屋に置いてある姿見を覗き込むと、昨日よりは血色のいい男の顔が映っていた。我ながらわかりやすくて嫌になる。
寝乱れた着流しから覗く首筋や手首には、俺が三日前に無理を言ってつけさせたキスマークが散らばっている。普段なら他の奴らに見られるとうるさいからと跡をつけさせないようにしているのだが、修行前にどうしても光忠のしるしが欲しくて強請ったのだ。腰にまで掴まれた手の跡が残っているのだから、いつもはあれでも加減してくれているのだなということがよくわかる。
だいぶ薄くなってきているそれらの跡を撫でて、はあ、と溜め息をついた。
あと半日もすれば光忠が帰ってくる。それまでにいつもの俺であいつを迎えられるよう、調子を整えておかねば。
身支度を整え、念入りにうがいと歯磨きをし、朝食を食べ、一日の雑務をこなしていく。
長義や松井と今日の分の事務作業をこなし、光忠の歓迎準備をしている厨の手伝いに行き、そうこうしているうちに夕方になった。
朝と同じように念入りに身なりを整え、正装でもある戦装束で本丸の転送ゲート前で主と並んで光忠を待つ。
「お、来るぞ」
主が声を上げると同時、転送ゲートが白く光りだす。その中にぼんやりと人影が浮かびあがり、徐々にはっきりとした姿に変わっていく。肌で感じる俺の光忠の気配に、思わず息を詰めた。
ゲートから踏み出されたブーツの靴底が石畳をこつりと鳴らす。
「イメージチェンジしてみたんだけど、……どうかな。似合ってる?」
そんなおどけた台詞と共に現れたのは、新しい衣装に身を包んだ燭台切光忠だった。
自らのうちから溢れ出す誇りと自信を完全に己のものとして着こなした、世界一かっこいい俺の恋刀の姿がそこにあった。
「おかえり、燭台切」
「ただいま、主」
主に挨拶した後、光忠がこちらに顔を向け、ぱっとその向日葵のような瞳を輝かせる。
「長谷部くん、ただいま」
おかえりと言おうとして、声よりも先に零れたのは涙だった。
「え」
思わず目をぐりぐりと擦る。白い手袋に水がどんどん滲んで染みを作っていく。安心して緩んだのか、決壊した涙腺はなかなか元に戻らない。ぼろりぼろりと大粒の涙が頬を伝う。自分の意志でままならない己の体に腹が立つ。
「っくそ、違う、俺、ちが、光忠、」
こんなの、こんなの俺じゃない。もっと、ちゃんと、いつもの俺で光忠を出迎えないと。
情けない。無様だ。光忠はこんなにも格好いいのに。俺ばっかり、こんな。
歯を食いしばって俯こうとしたその瞬間、俺の体がひょいと持ち上げられ、横抱きに抱えられる。
「うわっ」
ぐるんと視界が反転し、濡れた顔を光忠の分厚い胸にぐいと押しつけられた。
「主、ごめん。みんなには明日また改めてお披露目させて」
「おう、俺からはうまく言っておくよ」
「ありがとう」
そんな話をして踵を返し、光忠は庭の中をずんずんと歩き出した。
「おい、光忠、」
「泣き顔、他の子に見られたくないだろう?」
まあ僕も見せたくないんだけど、と光忠の苦笑する声がした。
それはそうなので納得したし、こうして抱き抱えられるのも悪い気はしなかったので主と光忠の厚意に甘えることにした。
「このまま部屋まで向かうね」
光忠はそう言うとそのまま庭の中を突っ切り、俺達の部屋近くの縁側にひょいと足をかけて上がり、ずんずんと突き進んでいった。
「新しい衣装、編み上げのブーツだから脱ぐのに時間かかるんだよねぇ。掃除当番の子には申し訳ないけど、今日は勘弁してもらおうか」
そうして俺を抱えたまま部屋の障子をすらりと開けて中に入り、ぱしんと閉めた。
下ろすね、と声をかけられて、敷いておいた布団の上にゆっくりと着地させられる。
「ちょっとは落ち着いた?」
「…………まあ、な」
「なら良かった」
至近距離で甘く微笑まれて、俺の心臓がきゅうと締めつけられる。恋をしたばかりの乙女でもあるまいに、なんたる体たらくだ。
「……光忠、」
「なあに?」
「その……おかえり」
「ふふ、ただいま」
頬に手を添えられ、くいとわずかに上向かされる。何度も交わした口づけの合図にそっと目を瞑ると、すぐに柔らかなものが唇に触れる。四日ぶりの光忠とのキスだった。何度か啄むようにちゅ、ちゅ、と角度を変えて唇を吸われ、最後に駄目押しのように唇を舐められて、そして光忠は離れていった。
「ぁ、……?」
そのまま舌を入れられると思ったのに。恨めしそうな俺の視線を受けて光忠はくすりと笑った。
「……物足りないって顔してるね」
「全然足りない」
「僕もだよ」
ならどうして、と問うと、光忠は「寂しい思いさせちゃっただろうから」と涼しい顔で答える。
「長谷部くんのしてほしいことをしてあげる。なんでもするから、したいこと言って」
「お前、前に『夕飯はなんでもいいって言われるのが一番困る』って言ってただろうが」
「それはそれ、これはこれ」
光忠にされたいことなんて、とっくに決まっている。だけど、それを素直に言うには俺の性根は雑草の根っこのように捻じくれまくっているのだ。
「長谷部くん?」
くそ、と心の中で舌打ちをする。顔が熱い。
えっちでやらしいことなら今まで沢山口にしてきたし、いくらでも言えるのに。なんなら「光忠のハジメテの極ちんぽ、俺のふわとろおまんこでもぐもぐさせてくれ」とかなら普通に言えるのに。
――優しく甘やかされるようにセックスしたい、だなんて。
そんなありきたりな恋人としての要求になると、途端に口が重くなる。
こういうのは俺のキャラではない。自分でもわかっている。わかっているだけに、言いづらい。
「あー……その、だな」
「うん」
光忠は辛抱強く俺の言葉を待っている。今更やっぱり「特にない」だなんて後戻りはできそうになかった。長い睫毛に縁どられた蜜色の瞳がじっとこちらを見つめている。
(っていうか、こいつ本当につくづくかっこいいな)
そんな関係のないことに変に感心しつつ、たっぷり深呼吸をし、俺は目を泳がせながらもなんとか唇を動かした。
「……甘々いちゃらぶえっちがしたい」
「どうして?」
光忠の手が俺の頬をするりと撫でる。
「おい、それを言わせるのか」
「君の口から聞きたいんだ」
何の羞恥プレイだ。だからこういう素直なデレというやつは俺のキャラじゃないんだ。
でも光忠は絶対に譲るつもりがないようで、ゆったりとした笑みを浮かべながら頬に触れている手をそろりと動かし、俺の唇を親指でなぞった。
「ねえ、教えてよ」
「…………俺達の最初のセックスが、そうだっただろう」
ようやくのことで答えると、光忠はくすくすと笑いながら「うーん、まだ何か隠してそうな気がするなぁ」と唇の端を指の腹でくるくると撫でてくる。
そうだ。こいつ、偵察値まで上がっているんだった。
ぐぬぬ、と内心悔しい思いを抱えたが、このまま意地を張り続けてもろくなことにならなそうだ。俺は渋々白旗を上げることにして、重い口を開いた。
「……正直に言えば、両方されたい。お前に甘やかされるのも、苛められるのも、どっちも、その、嫌いじゃない、から。でも、」
「でも?」
「…………でも、極のお前との初めては、やっぱり最初の時みたいなのが、いい。初めての時みたいに、じっくり愛されたい」
一度目のセックスの時のことはよく覚えている。俺を労りすぎてなかなか挿入までしてくれなかったこいつと、焦れる俺との攻防戦。あの頃はまだ光忠に俺の性癖を暴露していなかったから、俺から誘うのもなんだか気が引けて。そうしてやっとのことで最後までセックスをした時の感慨深さやいとおしさといったらなかった。
初めて光忠と繋がった時のことを思い出して思わず後膣がきゅんと疼く。
「長谷部くん、今すごくえっちな顔してる」
「だろうな」
あの頃とは違って、今の俺達はお互いの性癖や性感帯も熟知しているし、俺が今すぐこのまま押し倒して抱いてほしいことなんて光忠にはとっくにお見通しだろう。
だけど、そう、だからこそ。最初と同じようにこれは俺から言うべきことだ。
「……なあ。抱いてくれ、光忠」
そうして背中に手を回すと、了承の返事の代わりにそっと唇を塞がれた。
口づけを交わしながらお互いの服を脱がせ合う。俺が光忠の新しい防具の外し方に戸惑っていると、光忠はくすりと笑いながら重そうな防具をガシャリと腕から外して見せた。少し悔しい気持ちが伝わったのだろう、「すぐ慣れるよ」と笑いかけられ、光忠は勝手知ったるとばかりに俺の黑のカソックをするすると脱がしていった。俺も負けじと光忠のネクタイのノットに指をかけてしゅるりと解き、シャツのボタンを外していく。ブーツは脱がせようとして途中で諦めた。どうせ明日にはぐちゃぐちゃになってるシーツだ。多少汚れが増えたって構わないだろう。
しかし、と俺は思う。ブーツはいい。前の革靴も良かったが、今度はロングブーツ、しかも編み上げ。ただでさえ眼帯オラオラ系の見た目に反して一人称「僕」というギャップ萌えが標準装備だというのに、これ以上性癖を詰めこまないでくれ。フェティシズムの塊かこいつは。嗚呼、そのロングブーツで俺を踏んでほしい。
「……今なんか変なこと考えてない?」
「失礼だな、お前のことしか考えてないぞ」
右腕のロンググローブもぐいぐいと脱がしてやり、現れた素肌の指をちゅうと吸う。そのまま口の中に指を挿し入れられ、上顎をくすぐられて鼻から息が漏れた。
ゆっくりと口内から抜け出ていく指を追い縋るように舌が出る。つうっと透明な糸が光忠の指先と俺の舌先を繋ぎ、ぷつんと切れた。
「そんなに物欲しそうな顔しないでよ」
はだけたシャツの隙間からするっと手を入れられて、脇腹をなぞられる。宝物を扱うようなその手つきは、最初の頃から変わらない、光忠が好む触れ方だった。これからの展開への期待と興奮で吐息に熱が籠もる。
「……だって、欲しいんだから仕方ないだろ」
「あのね、あんまり煽らないでね? これでも自制してるんだから。淫語とかもなるべく禁止」
「………………わかった」
理性の箍を外した光忠も好きなのだが、今はいちゃいちゃ甘々でラブラブなセックスのターンなのだ。俺も自制せねばなるまい。できるだけ光忠を煽らず、淫語も言わず、ただかわいらしくおねだりを――いやどうすればいいんだそれは。少なくとも光忠とセックスしてる時の俺は何をしてもエロいのでは? 俺イコールえっちなのでは? こういう状況で光忠特攻バフが乗らない俺とか存在するのか? 俺は訝しんだ。
脳内で途方に暮れること数秒、俺は悩んだ末にぱたりと両腕をシーツの上に投げ出した。
「……お前の好きにしてくれ」
目の前の華やかな美貌からすっと表情が消えて背筋がひやりとする。何かまずかったか、と思い始めたあたりで俺の腰を撫でさすっていた手のひらがすすす、と動いてスラックスの前立てに触れる。
「……どろどろに甘やかしてあげるから、覚悟してね?」
そんな囁きと共に耳朶を舐められて、思わず「ぁう」と唇から甘やかな吐息が漏れた。
「ん、っふ、ぅ、ンッ」
まるで互いの境界線を探るみたいな慎重さで光忠は俺に触れていった。くすぐるのにも似たフェザータッチで体中をたしかめて、時折「すきだよ」「だいすき」と愛の言葉を囁きながら、壊れ物を扱うように触れてくる。刺激自体はなんてことのない軽いものなのに、そこに込められた情熱に感じ入ってしまう。まるで弱火でじっくり煮られたシチューか何かのように、理性や思考能力がとろとろと蕩けていくようだった。
「っは、んん……ぁ、ん、みつただ、あ」
「なぁに?」
太股の付け根にちゅうと吸いつきながら光忠が返事をする。その振動や肌に触れる呼気にすらどうしようもなく煽られて、俺の中心からとろりと透明な先走りが零れ落ちる。
「ん、はやく、いれてくれ……」
既にもっと強い快楽があることを知っている体は、こんな生ぬるい責めでは満足できず、まだかまだかと次なる刺激を待ち望んでいた。
光忠はゆったりと微笑みながら俺の脇腹を指でつうとなぞった。背筋にぞくりとしたものが走り、甘い吐息が思わず唇から零れる。
「……ん、ぅ」
「まだ駄ぁ目」
「な、んで……」
「どろどろに甘やかしてあげるって言っただろう?」
「ぁ、んっ」
臍のあたりを指で軽くくすぐられ、思わず身を捩る。焦らされて蕩かされた体には、くすぐったさよりも快感が勝っていた。
「あ、ァン、やだ、そこ、」
「こっちがいい?」
「んんんっ」
きゅっと胸の先を摘ままれて、頭の奥がじいんと痺れる。はく、と開いた唇をキスで塞がれ、そろりと粘膜同士が触れ合った。しかし強請るように開いた唇を置き去りに、光忠は軽く舌先を擦り合わせただけで顔を離してしまう。
「や、ぁう……みつただ、」
体の芯を貫くような熱が欲しくて欲しくてたまらない。涙目で恨みがましく訴えかけると、光忠はとろりと蜜の滴るような声で「かわいい」と零した。親指の腹で濡れた唇をそっと拭うように撫でられ、涙の滲む目尻に唇が触れる。
「……長谷部くん、かわいい。だいすき。好きすぎてどうにかなっちゃいそう」
なってほしい。俺のことだけ見て、聞いて、感じて。どうにかなってしまえばいい。だってそうじゃなきゃ俺ばっかり不公平だ。
「……俺はもう、とっくになってる」
光忠の首に腕を回してこちらに引き寄せる。強請るように唇を差し出せば、光忠は逆らわずに口づけをくれた。ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスの合間に、いとおしむように髪を撫でられる。
光忠に触れられるのが好きだ。口づけられるのも、撫でられるのも、貫かれるのも、全部が全部好きで好きで仕方がない。俺が光忠のものだって感じがする。
光忠もそうだといい。そう願いながら光忠の髪をくしゃりとやわらかく掴み、俺から光忠の頬に口づければ、唇の隙間から舌を挿し入れられてこちらの舌にやんわりと歯を立てられた。
「っ……ん、んん!」
背骨沿いに甘い電流が走り、びくびくと体が震える。
「……イッちゃったね」
光忠が俺の腹を撫でると、ねちゃりとした粘着質な音が聞こえた。触れられてもいないのに達してしまったらしい。
「まだ硬いね。もう一回くらいイッておく?」
「ッ、あっ」
つう、と裏筋をなぞられて意図せず声が出る。俺を奏でることに関して、光忠は超一流の演奏家だった。
「や、やだ、」
「でもすごく気持ちよさそうだよ」
「ァン、あ、そこ、だめ」
イッたばかりの敏感な亀頭の先を包むようにされて、尿道口を撫でられて、それで気持ちよくない男がいたらそいつは不能だ。しかも好きな相手に触れられているのならなおのこと。
でも、そろそろ俺だって光忠に触れたい。そう思って光忠の下肢に手を伸ばして触れると、そこはもうガチガチに硬くなっていて、反射的に喉がごくりと鳴った。初めて光忠と肌を重ねた時とは違って、俺はもうそこがどんな角度と強さで俺の中を責めて、どれくらいの熱さと勢いでもって俺の奥に精液を迸らせるのかを知っている。連想ゲーム的にその味や感触すらもありありと口の中に思い出してしまい、俺は荒い息を吐きながらぺろりと唇を舐めた。
「……長谷部くん、今すごくやらしい顔してるよ」
想像だけでまたイきそうになっている俺を見て、光忠がくすりと笑みを零した。
「堪らないなぁ。かわいい。今すぐ僕に犯してほしいって、そんな顔してる」
その顔、他の誰にも見せちゃ駄目だよ。こんなにやらしくてかわいい長谷部くんは、僕だけのものだからね。わかった?
そんなことを囁かれて、俺はこくこくと頷いた。元より光忠以外に体を預けるつもりはない。
「ぁ、ん、当たり前、だろ……っ!」
「ん、いい子」
光忠の大きな手のひらが俺の手のひらに重なり、二人分の肉茎をまとめて包む。そのままゆるく上下に扱かれれば、もう俺はその動きに合わせてかくかくと腰を振るしかなくなってしまう。
「ぅあ、あ、んっ、ア、そこ、」
「うん……僕も、すごく気持ちいい」
耳元で熱い息を吐かれて、その音にすら感じてしまう。
「みつただ、みつ、」
光忠の首筋に顔を埋め、舌を這わせる。触れた舌先にかすかな塩気を感じて盛りのついた動物みたいに興奮した。四日ぶりの光忠の汗の味だ。水を舐める犬みたいな必死さでぺちゃぺちゃと白い肌を舐めていると、光忠の手がゆっくりと止まった。
「長谷部くん、そろそろこっちも舐めたいんじゃない?」
光忠が腰を動かすと、俺の裏筋を光忠の亀頭が掠めていく。
「――ぁ、」
「僕も、長谷部くんに舐めてほしいな。お尻こっちに向けられる? シックスナイン、しようか」
頭で意味を理解するよりも先に、のろのろと体が動いていた。
仰向けになった光忠の顔を跨ぐように四つん這いになる。「絶景だなぁ」と尻を撫でられる感触より、俺の頭の中はそそり立つ光忠の陰茎のことでいっぱいだった。
「っ、あ」
息を吐くために唇を開くと、唾液が一筋つうと唇から滴り落ちる。
太い血管を纏わせた巨大な性器に、ごくりと喉が鳴る。
あれを舐めたい。あの熱くて硬いもので、喉の奥まで満たしてほしい。
誘われるように手を伸ばし、根元を支えるようにして持つと、手の中でぴくりと陰茎が震えた。独立した生き物のような動きにいとしさを感じつつ、ゆるゆると顔を近づける。
「ん、」
既に先走りの零れている先端にキスをし、ちろりと舌を触れさせた。ちゅ、ちゅ、と小鳥が餌を啄むような心地で何度も唇と舌で亀頭を可愛がっていると、俺の体の下、鍛え上げられた腹筋がむず痒そうにびくびくと震えた。はぁ、と光忠が色っぽい吐息を零す声に気を良くした俺は、ぺろぺろと鈴口に舌を這わせる。溢れ出た雫を吸い取るように舌先を尖らせて尿道口を責めれば、ぐ、と低い呻き声が聞こえた。楽しい。きっと今頃形のいい眉は僅かに歪み、金色の隻眼は情欲の炎を燃え上がらせ爛々と光っていることだろう。この体位ではその光景を直接見ることができないのが難点だ。
さて次はどこをどんな風に責めてやろうか、と思いながら指の輪で根元をゆるゆると扱いていると、俺の太股に熱く湿ったものが触れた。光忠の舌だ。
「……ふ、んん……」
ぴちゃ、ぺちゃ、と水音を立てて光忠が俺の太股に触れ始めた。空いた手で臀部や内股をするすると撫でながら、戯れのように唇と舌でやわらかい愛撫を送ってくる。初めの宣言通り、今日はとことん焦らしてくるつもりらしい。
そちらがそのつもりなら、と俺も尿道口をほじっていた舌先をいったん止め、輪っかにして根元を刺激していた指先をやわやわと陰茎を揉み込む動きへと変えた。根比べだ。
「……っ、ん、ぁ、んんんッ」
しかし、光忠の根気強さは俺の予想を超えていた。十分、二十分とひたすら尻と陰茎を揉まれて吸われて、けれど雄穴にはけっして触れない絶妙な加減で責められ、とうとう三十分。先に音を上げたのはやはりというか、俺の方だった。そもそも与えられる快感の前では、ちっぽけな意地やプライドは無意味だと骨の髄まで躾けられているのだ。致し方あるまい。
「や、やら、みつただ、も、むり……」
既に全身に力が入らず、光忠の体にぺったりと身を押しつけた状態で懸命に懇願する。
「何が無理なの?」
「んぅ、も、やらぁ、いれて、いれてほしぃ……」
光忠の吐息が後膣に触れる微かな感触にさえ体が火照って仕方がない。さらなる刺激を得ようと光忠の顔に腰を押しつけようとしたものの、大きな手のひらでやんわりと押し返された。
「ぅう、ん、やらぁ……」
やだ、やだ、と譫言のように繰り返し、俺は唾液と先走りでてらてらと光る男根へ頬を擦り寄せる。
「いれて、みつただのおちんちんほしぃ……」
「…………かわいいなぁ」
そう言いながら、光忠はぷっくりと縦割れになっているであろういやらしい穴の縁をちろちろと舐めてきた。僅かなくすぐったさと、それを上回る快感に思わず腰ががくがくと震える。
「んあ、あっ、ひ、あ、あぅ……!」
濡れた雄膣にふうっと息を吹きかけられ、頭が真っ白になる。
「えっちでかわいい、僕の長谷部くん」
「……っっ……!」
もうそれだけで、焦らされきった調教済みの体は甘イキしてしまう白いものの混じる先走りが、くぱくぱとだらしなく開閉する尿道口からひっきりなしに溢れているのが自分でもわかった。光忠の手のひらがそうっとそこを撫でる。短刀の頭を撫でてやるような優しい動きだったが、敏感になっている粘膜は素直に純然たる快感を拾った。
「ぁ、ああああっ」
ぱちん、と視界が弾けると同時、とぷりと光忠の手の中に吐精してしまう。
「……ちょっと休憩する?」
絶頂の快感にはふはふと息を整えているとそんなことを聞かれたので、俺は目の前の光忠の陰茎をきゅっと握った。
「……しない……」
これ以上おあずけされたら多分発狂する。そんな思いを込め、握った光忠自身に甘えるように吸いついた。
そもそも、光忠だってここをこんなに硬くしておいて平気な筈がないのだ。それをおそらく理性だけで押さえ込んでいるのだから恐ろしい。
「ん、ちゅ、ぅ、はやく、いれてくれ……」
「まだちゃんと慣らしてないから駄目」
「ふえ……」
思わず悲鳴じみた声が漏れてしまう。ここまでしておいてさらに焦らそうというのか、この男は。どれだけ鋼鉄の理性をしているんだ。硬いのは股間だけにしておいてほしい。
「うぅ……」
涙目で光忠の下腹部に顔を埋めていると、尻のあわいにぬるついたものが触れる。光忠の舌の感触だった。
「ぁ、う」
ぶるりと震える腰を大きなてのひらで逃がさぬように支えられた。待ちに待った後膣への刺激に、俺は既にひんひんと鳴きながら光忠の体に縋りつくことしかできない。
「ひあっ、あぅ、んん、っ」
ちゅ、ちゅく、といやらしい水音を立てつつ与えられる感覚に、下半身どころか脳みそまで蕩けてしまいそうだった。視界が明滅する間隔が次第に短くなっていき、喃語のような喘ぎ声を漏らすことしかできない。
「……はせべくん、」
光忠が俺の名前を呼ぶと同時、仕上げのようにじゅうと穴を吸われて腰が跳ねた。
「っく、ん、あ」
つぷり、と太い指先がぬかるんだ穴の中にゆっくりと入ってくる。異物感を覚えるのはほんの少しだけで、慣れた体はすぐに快感を拾い始めた。
「は、ぁ、」
探るような動きだったのはほんの数秒、これまで俺を何度も鳴かせてきた黄金の中指は、一度具合をたしかめるようにぐるりと中をかき混ぜた。
「っ、ああ……っ!」
「うん、よく濡れてる」
あれだけ丁寧に舐められたので、滑りには問題がないはずだ。じっくりコトコト念入りな下ごしらえの甲斐あって熟れに熟れた内壁を、光忠が満足そうに眺めている気配を感じる。
「……な、に」
疑問を呈せば、ふふ、と楽しそうな声が返ってきた。
「長谷部くんのこのお尻の穴、」
「ふああっ」
迷うことなく一発で前立腺を探り当ててきた指に、俺は為す術もなく喘がされる。
「こんなにえっちなおまんこに仕込んだのは僕なんだよなって思ったら感慨深くなっちゃってさ」
「や、ぁ、あっ、そこ、イイ……!」
く、く、としこりを確かめるみたいに押されて、感電でもしたかのように体がびくびくと跳ねる。お前はどうしたい、返事はいらない、なんて歌詞がふと脳裏を過った。それ別の感電。
「っふ、ぁ、んん、そうだ、おまえがこう、したんだからな……っ」
愛だの恋だのくだらないと思っていた俺を変えた、この世でたった一振りの刀。俺の燭台切光忠。
「……は、ぁ……だから、責任取れよ」
ちゅ、と目の前の屹立に吸いついて頬擦りをする。
その次の瞬間、勢いよく指を抜かれて、ぐるりと視界が回った。光忠に組み敷かれている、と気づいたのは背中に触れるシーツの感触と、ぎらぎらと光る金色の視線を受けてだった。
「な、ん――ッ」
これまでの丁寧な愛撫とは打って変わった強引なキスに目を白黒させていると、一度口を離されてぎゅうと抱きしめられた。
「取るよ。取らせて」
一瞬理解が遅れたものの、責任の話だと気づく。
「僕が優しくしたい子は沢山いるけど、意地悪したくなるのは君だけなんだ」
その言葉に胸だけでなく尻までキュンとなった。みつただ、と名前を呼んで目の前の体に抱きついて、脚を巻きつけて腰を引き寄せる。いわゆるだいしゅきホールドというやつだ。
「――俺も」
緊張と興奮で声が掠れる。
「俺も、意地悪されるのはお前だけがいい」
お前にだけ触れられたいし、苛められたい。お前じゃなきゃキスひとつにだって意味がないんだ。すっかり硬くなった剛直にゆるゆると尻を擦りつけながら、そんなことを口にする。
俺の脚と腰をぐいと掴み、光忠は腰を動かしてぐりっと俺の尻に狙いを定める。
「…………入れるよ」
今にもこちらを噛み砕かんとする凶暴な光を目に宿しながら、それでも俺にいちいち申告してくる、この狂犬の誠実さがいとおしい。
返事の代わりにキスをすると、肉の杭が俺の尻の穴へじりじりと侵入していく。ずっしりと中身の詰まったプラムのような亀頭がすこしずつ俺の体内に埋まっていく感触にくらくらしてしまう。
「ぅ、あ、あァ、んっ、」
違和感はほんの少しだけ、慣れた体は与えられた刺激をすぐに快感に変換してしまう。
「あッ、みつ、そこっ……」
俺の懇願も虚しく、光忠は前立腺まで届きかけた陰茎をすぐに入り口近くまで引き抜いた。
「……行かないでって言ってるみたい。やらしいな」
抜かれていく光忠へ追いすがるように捲れた粘膜の縁を、光忠が指でふにふにと押し込んでいく。
「っ、ア、あっ、だめ、抜くな、ぁ」
「抜かないよ。しばらくぶりの長谷部くんとのセックスなんだ。もっとじっくり楽しまないと」
そうして入り口で浅く抜き差しされ、俺がたまりかねて強請ると今度は前立腺のあたりまで。同じような繰り返しを何回かして、俺の体内にようやく全て収め終えられた頃には、俺の腹の上には精液やら潮や汗やらが飛び散り惨憺たる有様だった。
光忠はそんな俺のことも慈愛の籠った視線に向け、布団脇に畳まれて置いてあったタオルで丁寧に俺の肌を拭き清めた。優しい手つきとは裏腹に、俺の腹の中にはいきり立った熱い肉杭がすこしも萎えないまま埋め込まれている。熱い息を吐きながらそろりと腹を撫でる。
腹の外と内の両方から光忠の剛直の存在を感じ、いとしさにふにゃりと相好を崩していると、光忠がぐうと低く呻いた。
「っく、君、ねぇ……」
煽らないで、と光忠が言い、
煽らせろよ、と俺は笑った。
「お前が他でもない俺に煽られてるのを見るのは、気分がいい」
「今日は優しくするって決めてるんだよ」
苦笑と共に目尻に唇を落とされる。ちゅ、ちゅ、と小鳥のようなリップ音と共に顔中にキスの雨を降らされる。こそばゆい筈なのに、体の振動と共にこつこつと最奥を穿たれて、次第に息が上がっていく。光忠の腰の使い方に明確な意図が含まれてきたことに気づいた頃には、俺の体は俺の制御下にはなかった。
「うぁ、ア、やら、ぁ、んんぅ……」
こつ、こちゅ、と肉の輪を抉るようにつつかれれば、頭に浮かんだ言葉がどろどろに溶けて耳から流れ落ちていく心地だった。
このままとけてなくなっていくような、快楽の海に沈んでいくような、微睡みにも似た快感。
「みつ、ただぁ」
たしかな感触が欲しくて目の前の光忠に手を伸ばすと、しっかりと指を絡められ手を握られた。
「ここにいるよ」
光忠が俺をあやすように口づける。
「長谷部くん、だいすき。あいしてる」
その音を耳が拾って脳が意味を理解した瞬間、すべてが白く霧散した。
「――ぁ、――ッっっっっ」
自己が拡散して世界に広がっていくようなとほうもない解放感の中、俺を繋ぎとめたのは握った手のひらの感触だった。
「や、ぁあ、ッ、らめ、とける、こわい、みつ、」
光忠が少し身動きするだけで簡単に絶頂へと押し上げられてしまう。何度も何度も頂点に打ち上げられてちっとも降りてこられない。あうあうと意味のない言葉を発することしかできない俺の体内で、光忠が限界を迎えるのを感じた。
「っく、ぅ、出す、よっ」
光忠が低い呻き声を上げながら俺の奥の奥まで征服するがごとく腰を振る。
今までで一番激しい抽挿にがくがくと全身を揺すぶられる。回らない頭と舌を動かし、俺はどうにかこうにか口を開く。
「だして、」
唇をねっとりと塞がれ、互いに舌を絡めあえば、上からも舌からも粘着質な水音が響く。
すき、すきだ。使い古された言葉を何度囁きあっても、この想いを表現するには足りなかった。こうして触れあっている肌と肌の境界すら厭わしい。このままふたりどろどろにとけあって、ひとかたまりの鋼になってしまいたい。
「……ッ、ん」
「っひ、ぁ――――!」
やがて光忠が最奥で熱い飛沫を迸らせるのと同時、俺もびくびくと体を震わせて絶頂を迎えた。
互いに荒い息を整えて、どちらからともなく労るように慈愛の籠った口づけを交わす。
「…………お気に召したかな?」
「それを聞くのか?」
くすくすと笑いあい、じゃれるように鼻筋を擦りつけあう。
久々の情交にお互い充足感を感じてることくらい、長い付き合いなのだ、わかっている。
俺はこの世でいっとうかっこいい俺の男の頬を両手で挟みこみ、まっすぐに瞳を覗き込んだ。蜂蜜を溶かしこんだような甘くてあたたかい色が俺を映す。
「おかえり、光忠」
「ただいま、長谷部くん」
そうしてそのままお互い不在の時間のことをぽつぽつと話しながら光忠の体をまさぐっていると、体内に収めたままの光忠が一振りが再び硬度を上げたのを感じ、俺はくふんと鼻を慣らした。
「光忠、」
誘うように尻穴を締めつけて腰を揺らめかせれば、心得たとばかりに光忠が俺の腰を掴む。
「次はどういうのがお好み?」
尋ねられて少し考える。
「じゃあ天井からいい感じに縄で吊って蝋燭をだな」
「落差すごいね!?」
「冗談だ」
「ちょっと本気だったろ」
否定はしないで目を泳がせる。
とはいえ、久々の甘々いちゃらぶえっちが不満だったとかそういうことでもない。とんでもなく良かった。良かったけれども。
ちらりと光忠を見やれば、光忠は仕方ないなぁと眉を下げて微笑む。
「ブジーとローター、どっちがいい?」
「ローションガーゼ♡」
「……オーケー、ちょっと手入れ部屋からガーゼもらってくるね」
「代用のストッキングなら箪笥にあるぞ」
「なんで? ねえなんで?」
そんなくだらないことを言って笑いあうだけで、もう何も怖くないような万能感でいっぱいになるのだから。
惚れたが負けとは、よく言ったものである。
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