推し活してたら彼氏ができた・1

推し活してたら彼氏ができた
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 人生には生き甲斐が必要だ、なんて訳知り顔で人は言う。生き甲斐があってこそ人生は輝くのだと。
 それは人によっては家族や恋人だったり、趣味だったり、はたまた仕事終わりに飲む一杯のビールだったりするのだろう。
 しかし、そういった意見を理解はするが、納得はできない。生き甲斐なんてものがなくても俺はそれなりに楽しくやって来たし、これからもやっていくだろう。生き甲斐というのは人生における追加オプションのようなもので、なくても全く支障はない。そう思っていた。

 ――そう、あの日までは。


「国重! 一生のお願い……!」
 これまで二十一年間の人生の中で、このお願いを何度聞かされたことだろうな、と俺は遠い目になった。この場合の一生って百万回くらいあるんじゃないだろうか。
 発言の主は俺の姉で、真っ赤な顔で息を荒げながら震える手で俺に一枚の紙を差し出している。

「D@teのライブに空席を作りたくないの! お願いだから私の代わりにD@teの勇姿を見届けてきて!」

 姉が手にしているのはとあるアイドルグループのライブチケットだった。
 五年前に流星のように現れ、今では国民的アイドルと呼ばれる実力派アイドルグループ、「D@te」。
 俺の姉はデビュー時からD@teの大ファンで、暇さえあればライブや出演ドラマやバラエティをリビングで流し、その尊さについて語っているので、さほど芸能人に興味のない俺ですらメンバーの基本情報は頭に入ってしまっていた。

 まずリーダーの鶴丸。雪のような白い髪に白い肌、童話の世界から抜け出てきた王子様のような儚げな美貌の持ち主だが、実は三度の飯より驚きが好きというサプライズ大好き芸人で、しょっちゅうとんでもない企画を持ち込んでは出演番組のプロデューサーに頭を抱えられているらしい。ファンイベントで突然ショベルカーを運転して会場に現れ、そのまま芋煮会を始めてファンに手作りの芋煮を振る舞った事件は記憶に新しい。しかしただ奇をてらった演出が好きというだけではなく実力もたしかで、特にその歌唱力はプロの声楽家も認める程の折り紙つきだ。

 次にメンバー最年少の大倶利伽羅。こちらはエキゾチックな褐色の肌に、左腕に大きな竜のタトゥーを入れたやんちゃな見た目だが、実は動物好きで動物番組では愛猫の貞の動画をよく披露している。幼い頃から習っているというダンスの腕も一流で、国際大会で優勝経験もあるということだ。アイドルとしては異例の「ファンサをしないことがファンサ」と言われるくらいに無愛想だが、それがいいというマニアックなファンが多くついているらしいので世の中というのは広い。

 最後が作詞作曲担当の光忠。五年連続抱かれたい男ランキングの一位に輝いている色男で、その甘いマスクと美声で世の女性達を虜にし続けている。軟派な外見に反して穏やかな性格で、バラエティではよく趣味の料理を披露しては数々の食通達を唸らせている。歌もダンスも他二人に劣らない程の実力者だが、最近はその演技力にも注目され始めていて、去年主演を務めた映画では数々の賞を受賞している。

 もちろんそのライブチケットともなれば毎回ファンの間で熾烈な戦争が行われるほどプラチナチケットで、それを何故D@teのファンたる姉が俺に委ねているのかというと理由は簡単、ライブ当日になって熱が出たのである。

「国重お願い! このアリーナ六列センブロの神席を無駄にしないで!!」
「明日一限だしぶっちゃけ興味ないんだが……」
「あんたの自動車学校代、私も融資するから」
「俺に任せてくれ」

 俺は姉の差し出されたチケットを両手で押し頂いた。大学生には何かと金が必要なのである。


 そういうわけで俺は姉から最低限のライブの心得を突貫で叩き込まれ、ライブ会場へと向かった。

 会場に向かう電車の中には、D@teのファンと思しき女性がそこかしこにいた。気合いの入ったメイクに、それぞれの担当するメンバーのイメージカラーを基調にした服。事前物販で買ったと思しきライブTシャツを着ている女性も多い。鞄にライブグッズのリボンスカーフを巻いていたり、D@teの缶バッジをびっしりとつけている女性もいて、皆思い思いの方法でD@te好きを全身で表現しているようだった。
 ライブ会場のドームには初めて行くので迷わないかが心配だったが、最寄り駅についた途端に車内の女性達が歴戦の猛者の顔つきで電車を降りていったので、その流れについていくことにした。

 人の群れに押し流されるように会場のアリーナ席にようやく辿り着いて、俺は内心冷や汗をかいていた。

(…………ステージ、近くないか?)

 姉が神席と呼んでいた理由もわかる。会場の最前エリアのど真ん中だ。これは姉の代理で来るような人間が座っていていい席なんだろうか。今になってじわじわと自分が思い切り場違いなんじゃないかと思い始めてしまう。

 しかしここで帰ったら姉にどやされることは確実なので、俺は覚悟を決めて鞄からペンライトを取り出して点灯確認をする。
 このライブ用のペンライトも姉に持たされたもので、ボタンひとつでD@teの三人それぞれのテーマカラーに切り替わるようになっている。
 家で姉がこれを振っている姿は何度も見たことがあるが、俺が振る日が来ようとは夢にも思わなかった。
 姉の説明によれば、基本は自分の応援しているメンバーのカラーにしておいて、それぞれのソロ曲になったらそのメンバーのテーマカラーに切り替える、らしい。一応二本持たされたが、俺はこれを使いこなせるんだろうか。というより、カラーチェンジに失敗したら周りから顰蹙を買ったりしないだろうか。怖い。

 そんなことを思いながらペンライトのスイッチを入れる。最初は鶴丸にテーマカラーの白色に点灯し、ボタンを押すと大倶利伽羅カラーの赤、最後に光忠カラーの黄色に変わる。動作には異常がなさそうなので、とりあえず最初は黄色に点灯させておく。あとは俺の反射神経との勝負だ。

 そうこうしているうちに開演のアナウンスが流れて場内が暗くなったので、スマートフォンの電源を切って居住まいを正す。周りのファン達が固唾をのんでステージを見守る中、ステージ後方にある巨大スクリーンにカウントダウンの数字が大きく映し出される。

「三……! 二……! 一……!」

 会場全体が一体となってカウントダウンを叫び、とうとうスクリーンの数字がゼロになる。
 しかし、ステージの上には誰も現れない。機材トラブルか何かだろうか。周りがざわつき、俺も不安に思い始めた瞬間、会場に大きな声が響き渡る。

『驚いたか? 後ろだぜ!』

 そんな声と共に会場後方からシャーッという音と共に頭上を三つの人影が滑り降りてきた。ジップラインの要領でワイヤーを滑車で滑って来たのだ。
華麗な身のこなしでステージに着地した三つの人影は素早く装備を外してバックダンサーに手渡し、マイクを手に取る。

『相手の油断をついて大暴れ、とかそういうのができたら理想だよね!』
『……どうでもいいな』

 D@teの三人の登場に、会場が熱気と歓声に包まれる。
 三人はコンセプトの統一された、しかしそれぞれの個性が現れた服装をしていた。こうして近くで見ると、三人ともえげつないほど顔とスタイルがいい。特に光忠がすごい。体の半分が脚なんじゃないかあれ。あのまま少女漫画に出てきても違和感がない。

『君達、今日は俺達にめいっぱい驚いて貰うからな! 覚悟しててくれよ!』
 そう言って鶴丸が指を鳴らした瞬間、曲のイントロが始まる。これは俺が家で嫌というほど聞かされた曲、D@teの代表曲「Rising Moon」だ。
 三人がバックダンサーと共に踊り始め、最初のワンフレーズを歌い出した瞬間、俺は鳥肌が立った。

(歌が上手い……!)

 今までテレビや姉の車の中で聞かされていたので、D@teの歌が上手いのはわかっていたのだが、ああいう音声データは後からいくらでも加工できる。だから実際に動きながら歌うライブにはそれほど期待していなかったのだが、ステージに近いからこそわかる。これは生歌だ。
 小さい頃に近所の教会の聖歌隊に入っていたので、体を動かしながら一定の声量と音を保ちながら歌うことがどれだけ難しいかは想像に難くない。それをあの激しいダンスをしながらブレのない声で歌えるということは、日頃から体幹を鍛え地道な発声トレーニングを続けてきたということだ。

『だから今 君に届けるよ Moon light』

 息を呑んでステージを見守っているうちに一曲目が終わり、流れるように次の曲が始まる。

 そこからは驚きと感動の連続だった。
 一糸乱れぬ完璧なパフォーマンス、巧みかつ愉快なトーク、驚きに満ちた演出。
 気がつけば俺は周りと一緒になって一心不乱にペンラを振り、声をあげてD@teを応援していた。
 鶴丸のソロの時にはその歌声に心を動かされ、大倶利伽羅のソロではそのダンス技術に舌を巻いた。

 そして、光忠。
 ジャズ風のソロ曲では間奏でサックスの生演奏を披露して最高にかっこいい姿を見せたかと思えば、トークでは鶴丸にいじられて笑いを誘い、客席に向けてこまめにファンサービスをするのも忘れない。こちらに向けて人差し指で銃を撃つ仕草をした時、俺の心臓はどきりと高鳴った。

 胸の奥から叫び出したくなるようなどうしようもない衝動が湧き上がって居ても立ってもいられない。

「光忠ー!」

 黄色に点灯させたペンライトを振って声を上げると、光忠は俺に笑いかけてくれた、ような気がした。
 姉がライブ帰りに「今日絶対伽羅ちゃんと目が合った!」と騒いでいるのを見て「勘違いだろ」なんて鼻で笑っていたものだが、あの気持ちがようやくわかった。今絶対目が合った。俺を見てくれた。
 どきどきと心臓がうるさいくらいに脈を打っている。体が熱い。世界のすべてが輝いて見える。


 ライブが終わった後、俺は興奮冷めやらぬままD@teのファンクラブに入会してライブのブルーレイを予約し、物販に残っていたライブグッズを買えるだけ買った。

 ほわほわと夢見心地で帰宅した俺に、姉は「どうだった?」と尋ねてきたので、俺は迷わずに「最高だった」と答えた。

「鶴丸も大倶利伽羅もすごかったんだが、光忠がとにかくやばかった。歌も踊りも完璧で、ソロでサックスを演奏して、ものすごくかっこよかった。なんていうか……くそ、うまく言葉にできないんだが、本当に良かった。なあ姉さん、D@teのライブって次はいつやるんだ?」

 そう語り出す俺を姉は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そしてにやりと笑って俺の肩を叩いた。
「国重、ようやくD@teの魅力がわかったようね……! それ! それが『推し』よ!」


 その日からD@teの光忠が俺の推しになった。
 幸い家にD@teのデビューからの映像や雑誌記事は大量にあった。こればかりは姉に感謝せねばなるまい。俺は姉からレクチャーを受けつつ、D@teの知識を貪欲に吸収し、過去のインタビュー記事や出演番組を見て、そこから垣間見える光忠の人柄にどんどん好感を持った。
 光忠と出会う前はどうやって生きていたのかわからないくらい、俺の生活は光忠一色になった。明らかに生活にハリが出て、周囲からも「最近明るくなったな」と言われるようになった。

 これが推し。これが俺の生き甲斐。
 追加オプションだなんてとんでもない。これはマスト項目だ。俺にはもう光忠のいない人生なんて考えられない。
 俺の推しは光忠だ。今ならそう自信を持って言える。

◆ ◆ ◆ ◆

 深夜のコンビニというのは色んな客が来る。
 終電帰りの疲れ切ったサラリーマンや酔っ払い、無防備なスウェット姿で来る近所の住人。
 昼間より人は少ないものの、夜中に来る客は厄介な客の割合が高いので、その分深夜シフトは時給がいい。なので俺は次の日が休みだったり午後からだったりする日を選んでコンビニの深夜バイトをしている。

「長谷部、俺ちょっと奥で仮眠取ってくるわ」
「はい」

 店長が休憩室に引っ込むのを見送りながら、俺はレジ前の商品の陳列を始める。
 今まではほぼ惰性でやっていたようなバイトも、D@teのCDや写真集やグッズを購入する推し活動の為と思うと身が入り、最近ではバイトリーダーのようなことも任せて貰っている。
 店内放送で聞き覚えのあるD@teの曲が流れてきたので、曲に合わせて鼻歌を歌いながら作業をしていると、自動ドアの開く音がする。

「いらっしゃいませ」

 入口から入ってきたのは黒ずくめの男だった。随分長身で、黒いコートに黒いパンツ、黒いマスクにサングラスをしてニット帽を被っている。外見は明らかに不審者だが、ああ見えてこの店の常連で、特に害はないことはわかっている。
 男がくぐもった声で「チケットの支払いをしたいんですが」と言ったので、俺はレジの中に回って男がスマートフォンで提示した二次元コードを読み取った。

「五千七百円になります。あとこちらの控えにサインをお願いします」

 支払い金を確認して持っていたボールペンを手渡すと、男がそれを見て一瞬固まった。
「このボールペン……この間のライブの……」

 黒に金のラインと筆記体でD@teのロゴが描かれたシンプルなボールペンだったが、ファン同士にはわかるという代物だ。これがわかるということは、この男もD@teのファンなのだろう。男性のD@te推しに初めて会い、俺は嬉しくなって思わず話しかけてしまった。

「実はこの間初めてライブに行ったらハマってしまって……。帰りに物販に寄ったらこれしか残ってなかったんですけど、ちゃんと推しの光忠カラーなんですよ。俺の宝物で」
「そ、そう。君、光忠推しなんだね」
「そうなんですよ! 光忠はかっこいいだけじゃなくて、あ、もちろん抜群にかっこいいんですけど、それは外見だけじゃなくて精神の美しさも込みっていうか、実は努力家でそれをほとんど表に出さないところが本当に尊いっていうか……!」

 そこから思いつく限りの光忠の良さを語っていると、男が変に咳払いをし始めた。
 しまった。引かせてしまったかもしれない。こういう推し語りというやつは人と相手と話し方を選ばないといけないと散々姉に教え込まれていたというのに。

「すみません……なんか、一方的に語っちゃって。忘れてください」
「いえ」

 プリンターから印刷されてきたチケットを紙のチケットケースに入れて手渡し、サインの書かれた控えを預かる。
「でも、男性のD@te推しが身近にいてちょっと嬉しかったです。ありがとうございます」
 そう言って微笑みかけると、黒いマスクの奥からぐう、という低い唸り声のようなものが聞こえた。

「? どうかしました?」
「いや……うん。僕も、すごく嬉しい。ありがとう」
 サングラスとマスクで表情は見えなかったが、気配からして笑っているのがわかった。良かった。気を悪くはしていないようだ。
「……じゃあ、また」

 そう言って男が立ち去った後、俺は控えをしまおうとして、何とはなしに男のサインに視線をやった。


 そこには流れるような字で「オサフネ ミツタダ」と書かれていた。

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