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長船光忠という男は、優しく非の打ちどころのない男である。
「みっちゃんせんせー、えみりのクッキーあげるー」
「あー! みっちゃん、りーこのクッキーも食べてよ!」
「はいはい、順番に食べるからちょっと待っててね」
「あれ、おまえら何してんの?」
「みっちゃんに餌付け中」
「ウケる。せっかくなら俺達のも食えよ、みっちゃん」
昼休み開始直後から生徒たちに囲まれて、なおも集団から頭二つほど飛び出しているのが、長船光忠、この学校の教師である。
自動販売機よりも高い身長に、スーツの上からでもわかる鍛え上げられた体、神様が特別に手ずから生み出したと言われても納得してしまいそうな、華やかな美貌。
「ねぇねぇ、みっちゃん、おいしい?」
「うん、すごく美味しいよ」
先月も海外から小麦粉とバターを取り寄せ、自宅にあるガスオーブンでシュヴァルツヴェルダーキルシュトルテやらシュトロイゼルクーヘンやらを作っていた男に、ホットケーキミックスで作ったクッキーなんて子供のままごとのようなものだろう。よく言う。
「あっ、ねえ、長谷部先生! 長谷部先生もおいでよ!」
溌溂として張りのある美声はまるで天鵞絨だ。職員室の対角線上にある入り口からでもよく響く。俺より入り口から遠くに座る教頭ですら反応したのだから、俺が聞こえないふりをするわけにはいかないだろう。俺は溜め息をつきながら入り口の方へと顔を向けた。
「今、小テストの採点中なんですが」
「なら、ちょうどよかった。疲れた時には甘いものが一番だろう?」
俺の返答を最後まで聞かず、長船は俺のところまで来て机にクッキーの袋を乗せた。百均で買ったと思しきカラフルなパラフィン紙とリボンの包みから甘い香りが立ち上る。
「部活動の余りなんだって。料理部の生徒達が職員室に差し入れにって」
「職員室じゃなくて、長船先生に、でしょう」
「ハセセンにもよろしくって言われたしね」
そう言われてしまえば断る方が面倒だ。俺は結ばれていたリボンをしゅるりと解き、中から現れたクッキーを一枚引っ掴むと、ぽいと口の中に入れてがりがりと咀嚼した。
「『可』ってところだな」
「『優』はあげないんだ?」
「普段からもっとうまいものを食ってるんでな」
俺の皮肉に向かいに座っていた別の教師が何かもの言いたげな視線を向けてくる。俺が口を開くより先に、長船は「〇〇先生もどうですか?」と残りのクッキーの袋を手渡した。お優しいことだ。
ふんと鼻を鳴らして席を立つ俺に、長船が問いを投げる。
「長谷部先生、どこに行くの?」
「ちょっと煙草吸いに」
うちの学校の裏手には、屋外喫煙所が設けられているので煙草が吸えるのである。
職員室にある裏口から出てすぐの喫煙スペースは、俺がこの学校で気に入っている場所のひとつだ。なんせ、今ここの教員で喫煙者は俺だけなので、この喫煙所はほとんど俺専用の休憩スペースと化している。喫煙者のための楽園を作ってくれた先代の校長には感謝せねばなるまい。
パーテーションで区切られた中にある簡素なベンチに腰を下ろし、ポケットの中から煙草とライターを取り出す。ととん、と指先で箱を叩けば、魔法のように一本が箱の口から飛び出してくる。喫煙歴も七年ともなれば慣れたものだ。口に咥えて火をつけて。メンソール味の煙を肺まで取り込んで、口からふうっと吐き出す。不健康極まりないが、生きてるって感じがする。自ら肺を汚す罪悪感と、それに勝る高揚感。これだから煙草はやめられない。
煙草一本吸うのに大体七分前後だから、あと五分くらいしたら戻るかな、なんて思っていたら、パーテーションの入り口をコンコンとノックされた。
「……ノックしなくても、上からかわいい寝癖が見えてるぞ」
「寝癖じゃないよ。ちゃんと毎朝セットしてるんだから」
そう苦笑しながら、高さ百八十センチの囲いでは隠れない長身が、するりとスペースの中に入ってきた。
「あれ、また煙草変えた?」
俺は溜め息まじりの紫煙を向かいに座る光忠の顔めがけて吹きつけた。
「わぷ」
「誰かさんがよりにもよって同じ学校に赴任してくるもんだから、毎日がストレスでな」
おかげで煙草の量も増え、比較的安価なラクダの箱とはすっかりオトモダチだ。
「喜んでくれると思ったんだけどなぁ……」
そうしょげて見せる長船――長船光忠は、元々俺の大学時代の後輩だった。
◆ ◆ ◆ ◆
長谷部くん、長谷部くん、とにこにこ俺の後をくっついて、当時俺が入っていたゼミやサークルにも顔を出して。いつの間にかいないことに違和感を覚えるくらいになってしまった頃、光忠はこう言ったのだ。
『長谷部くんが好きだ。僕と付き合ってくれないか』
満を持して、というやつだった。特に断る理由もなかったので、世間一般で言う恋人という関係になって、デートも、同棲も、セックスも、一通りのことはこなしてきたと思う。
『そういえば、お前どこの採用試験受けるんだ?』
『ああ、うん。私立の方で内定貰ってて』
『そうか。部活動の大会とか、学校交流とかで会えるといいな』
そこで詳しく聞かなかったのが俺の落ち度だったのだ。四月、俺は新任教師としてやって来た恋人を見て仰天した。
『長船光忠です。長谷部先生には、大学時代よくお世話になってました。若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします』
そんな風に挨拶してくる、俺の知らない顔をした光忠。
他の教師達と業務連絡を取り合う光忠。生徒達を指導する光忠。どれもこれもそれも、俺の知らない光忠の顔で、そんな光忠を見るたびに俺はなんともいえないもやもやを胸の内に抱えていくのだった。
そのもやもやの元凶が来てしまったので、俺はまだ少し残っていた吸いさしを灰皿にぎゅうっと押し付けて消した。もったいない。あと二分は吸えた。
「え、もう終わり?」
「誰かさんが来たからな」
「もっと一緒にいようよ」
「長船先生、ここは職場だ」
先生、のあたりを強調して言うと、光忠はすっと目を細め、唇を真横に引き結んだ。
「最初に言ったよな? 俺は公私混同はしないって」
そう言って喫煙スペースを後にする。長船は追いかけては来なかった。
◆ ◆ ◆ ◆
(………………やってしまった)
激しい自己嫌悪に陥りながら、俺は自宅への道をとぼとぼとと歩いていた。
自分の苛立ちを、よりにもよって年下の恋人に大人気もなく当て擦ってしまった。
同じ職場になれて嬉しい、でもお互い立場もあるので職場では仲良くするわけにはいかない。お前が生徒や教師の輪の中にいると苛立ってしまう。お前のことを、愛しているから。
そんなことを素直に口にできるような性格だったら、俺はスモーカーにはなっていなかっただろう。
人付き合いが苦手な俺が、煙草を吸っている間は無言が許されると気づいたのはいつの頃からだっただろう。大学三年の時は光忠が「長谷部くん吸いすぎだよ」と笑いながら俺の口にシガレットチョコを放り込んできたものだった。たしかあの頃が一番煙草の量が少なかった。
人気映画のレイトショーを一緒に見て、そのままどちらかの家で感想を語り合いながら体を重ねた夜もあった。
こたつで鍋をつつきながらくだらないバラエティに笑い声をあげながら抱き合った夜もあった。
光忠が新任教師としてやってきて以来、光忠も授業の用意や報告書の作成で忙しく、もう一か月もゆっくり会っていない。
俺は深い息を吐きながら胸ポケットから煙草を一本取り出した。
本当はこんなものより、光忠とキスがしたい。俺のことが好きなんだと全身で訴えるような、あの情熱的で官能的なキス。
人差し指と中指で挟んだ煙草を立ち止まってぼんやりと眺めていると、後ろからひょいと手が伸びて来た。
「路上喫煙は感心しないなぁ」
そんな言葉とともに、煙草が奪われる。今一番聞きたくて、聞きたくなかった声だった。弾かれたように振り返ると、俺から見てすこしだけ上のところに、困ったように細められた弓張り月の瞳が浮いていた。
「長谷部くん」
呼ばれた名前は、俺の胸の真ん中にすとんと落ちて来た。
「…………みつただ、」
「ね、ドライブデートしようよ」
光忠の指が示した先には、光忠の愛車が停まっていた。この男、まさか俺が帰るまでここで待ってたんだろうか。
「……してやらんことも、ない」
俺の答えにふわりと笑うと、光忠は俺の手を握ってゆっくりと車へとエスコートしていく。助手席のドアを開けて俺を乗せ、ドアをゆっくりと閉めると、ようやく運転席に乗り込んでくる。
しっかりとシートベルトを装着しながら「行先は?」と尋ねると、光忠は運転用のグローブをつけながらこちらをちらりと見て笑った。
「ナイショ♡」
◆ ◆ ◆ ◆
ただでさえ手足の長い光忠のために広々とした車内は、たしか光忠が就職祝いに親から与えられた特注品だ。革張りのシートに、最新式のカーナビやオーディオ。中古かつ型落ちのコンパクトカーに乗る俺とは大違いである。
光忠の車にはもう何度か乗ったことがあったが、夜に二人でドライブするというのは初めてだ。見慣れたはずの街なのに、夜というフィルターをかけるだけでそれなりに新鮮味を感じる。あの看板はあんな風に光るのか、あそこの店は閉まるのが早いな、そんなことをつらつら考えながら窓の外を眺めていると、街並みを抜けて田んぼの多い緑地エリアに入った。この先には時々熊が出るという山しかない。
「おい、死体でも埋めに行くんじゃないだろうな」
冗談まじりにそんなことを問う。
「まさか」
帰ってきた言葉の明るさとは裏腹に、車はどんどん暗い山道に入っていく。舗装された道が切れたのか、じゃりじゃりとタイヤが土を踏む音が気まずげに響く。会話も少なくなってきて手持無沙汰になると、途端に煙草が恋しくなる。胸ポケットを漁ったが、そういえば職員室のデスクに置きっぱなしにしてきたかもしれない。やってしまった。
後悔を抱えたまま、夜の山道を男二人の乗った車がひた走る。ミステリ小説の冒頭なら受け入れられる情景でも、恋人とのデートとしてはいささか不穏に過ぎる。
「おい、みつ、」
口を開きかけたところで車がゆっくりと止まった。広い空き地のようで、綺麗に草が刈られている。
「到着!」
光忠がドアを開けて外に出たので、俺も慌ててシートベルトを外して後に続く。
「ほら、長谷部くん」
光忠の長い指がすっと頭上を示す。つられてそちらを見上げれば、
「……おお」
はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のアルタイル。輝く星空のなかでも一際目立つ、夏の大三角形が東の空に広がっていた。
「綺麗だな」
「だろう?」
そう言って微笑みあうと、ほんのすこしだけ気分が軽くなる。久々のデートにこんな場所を選ぶだなんて、ロマンチストで恥ずかしい奴め。口元が緩む俺の横で、光忠がにこりと微笑んだ。
「ここ、天体観測の穴場なんだって。理科の□□先生から教えてもらったんだ」
最近光忠に色目を使っている女教師の名前を聞いて、上向き気味だった俺のテンションは急転直下に底辺へと転がり落ちた。
急に俯いた俺を心配したのか、光忠が俺の正面に周りこんで顔を覗き込んでくる。振り払おうと暴れると、今度はぎゅうと体を抱きしめられる。
「長谷部くん?」
「うるさい」
声が震える。鼻を啜れば、水気のある湿った音が鳴る。顎に伝った何の水だかわからない体液をぐいと手の甲で拭う。
二十代も後半の、いい年した大人がぼろぼろと涙を零す姿なんて、本当なら誰にも見せたくなかった。
「長谷部くん、ねえ長谷部くん。泣かないでよ、お願い」
学校で見かけるたびに光忠はいつも人に囲まれていて、そこに俺の居場所なんてなかった。
教師は聖職だなんて一体誰が言ったんだろう。教え子の将来より、俺は俺のことで必死だ。こんなのは教師失格だ。
そんなことをわめきながら光忠のシャツに涙を吸わせる。
「……っ、もう、知らん……! どうせおまえ、生徒にも教師にもモテモテなんだから、俺一人くらい手放せばいいだろう……!」
言うつもりのなかった言葉が涙と一緒に零れ落ちてくる。なおも罵詈雑言を吐こうとする俺の口を塞いだのは、光忠の唇だった。
反射的に身を離そうとよじったが、悲しいくらいの体格差によって無理矢理押さえつけられる。膝裏に車のボンネットが当たる感触があった。これ以上後ろには下がれない。
「んぅっ、ンむ、ぅ、ふっ、」
せめて舌の侵入だけでも拒もうと歯を食いしばっていたが、光忠が腰のあたりを大きな手のひらで撫で上げると、快感に慣れた体は勝手に口を緩ませてしまう。そこに舌をねじ込まれればもう駄目だった。
くちゅくちゅと舌と舌を絡められ、吸われ、甘く歯を立てられれば、俺は光忠の腕の中でふにゃふにゃと軟体動物のように蕩けてしまうのだった。
「誰が誰を手放すだって?」
鋭い声がした。見上げた金の瞳の奥には、さそり座のアンタレスより激しい炎がごうごうと燃えている。
「君がどんなに頼んでも、絶対に手放してなんかやるもんか」
耳から注ぎ込まれる声には。どろどろと煮えたぎった感情が込められている。俺のもやもやした悩みなんて雲散霧消してしまうような、熱く昏く質量を帯びた感情。俺がそれに感じたのは紛れもなく歓喜だった。
光忠が無言で後部座席のドアを開ける。ぐい、と半ば強引に中へ押し込められ、シートの上で尻もちをついている俺に、光忠がのしかかってくる。
「みつ、」
声を上げた瞬間、シャツのボタンがはじけ飛んだ。光忠が引きちぎったのだ、と理解するのと同時、ネクタイを解かれ、露わになった首筋に光忠の生ぬるい息が当たる。
「はせべくん、」
切羽詰まった声だった。はせべくん、はせべくん、と何度も俺の名を呼びながら、大きな手のひらが俺の体をまさぐる。首筋に鼻を埋めて匂いを嗅いでいたかと思うと、そのままべろりと舐められたのでぴくりと体が震えた。
「みつただ」
襲われているのは俺だというのに、光忠が泣いているように見えたので、おずおずと頭を撫でる。ワックス剤特有の束感のある髪を崩すように梳いてやる。その動きを続けていると、光忠の動きが止まった。
「…………はせべくん、」
「ああ」
「僕ね、頑張ったんだよ。長谷部くんと同じ学校で教師になれるように、本当に頑張ったんだ」
「……そうだろうな」
俺は親戚が学校の理事長だったから就職もそこまで難しくなかったが、コネのない光忠は相当苦労しただろう。
「初めて会った時からずっと好きで、好きで、こんなに頑張って側にいるのに、どうして君は「手放せ」だなんて言うの」
「みつた、」
「…………君のこと、どうしようもないくらい好きなんだ。これ以上どうしていいかわからないくらい、愛してるんだよ」
嗚咽まじりの呻き声が聞こえたので、俺は光忠の長い前髪をかき分けた。天気予報は晴れだったが、今夜の満月は雨模様らしい。
「光忠、ごめん」
そう言って指で光忠の目尻を拭ってやる。
「実は、ガラにもなく嫉妬した。すまん」
嫉妬、とオウム返しにする光忠の顔がなんだか幼く見えて、俺はすこし噴き出してしまった。
「だってお前、学校だとよそよそしいし」
「最初に公私は分けろって言ったの長谷部くんじゃないか」
「人気者だし」
「長谷部くん気づいてないかもしれないけど、君も実は大概だからね?」
「もう二か月もセックスしてないし」
最後の言葉に、光忠が神妙な顔をする。
「……ええと、長谷部くん」
「なんだよ」
「このまま、セックスしたいんだけど、駄目かな……?」
変なところで律儀な恋人の腰を、俺は両足で挟んで引き寄せた。
◆ ◆ ◆ ◆
「ぐ、ぅ、っ」
「……っは、さすがに、キツ……」
さすがにローションなんて車に乗せていなかったので、唾液と精液で性急に慣らして突っ込んだのだ。入れられてる俺もだが、入れてる光忠だって相当キツいだろう。
口から零れるのは喘ぎ声より呻き声に近い。それでも俺も光忠も萎えずにいるのがせめてもの救いだった。
広めの車内とはいえ男二人がシートの上でくんずほぐれつする広さはさすがにない。また、お互いに深く繋がれたところでろくにピストンもできないだろう。
それでも今しなければならないのだと、どこか本能的な衝動が俺と光忠を突き動かしていた。
歯を食いしばって衝撃に耐える俺に、光忠が口づける。さっきまでのとは違う、優しい労りのキスだった。ちゅ、ちゅ、と顔中に口づけを落としながら、光忠が俺の名前を呼ぶ。
はせべくん。はせべくん。だいすき。かわいい。ねえ、はせべくん。すきだよ。
そんな睦言の雨を受ければ、頑なな大地だってほぐれてしまうのが道理である。
力の抜けていく俺の中を、熱い砲身がず、ずず、とゆっくりと突き進んでいく。最奥の壁にこつ、と先端が当たる感触がする頃には、俺も光忠も汗でびっしょりだった。
「……クーラー、つけようか」
光忠が前髪をかきあげながら運転席に手を伸ばそうとするのを、俺は抱き着いて引き留めた。
「このままで、いい」
今は光忠の熱だけ感じていたい。そう囁くと、光忠はぐいと俺の体を抱き起し、後部座席に座る自分の体に座らせた。体面座位と言うやつである。
「っひ、あぁ!」
自重の分だけ先ほどよりも深いところに当たって、軽くイッてしまう。はふはふと荒く息をつく俺に口づけながら、光忠が下から俺に小刻みな律動を送る。
「ぁ、うぁ、ア、あン、や、これ、みちゅ、これ、やらぁ……!」
「嫌なの? こっちはこんなにどろどろなのに」
「ひああああっ!」
白く濁った体液で濡れそぼる花芯を上下に扱かれて、びくんと背中がしなる。同時に突き出してしまった胸の頂を、光忠がいとおしげに口に含んだ。
「や、ぁあん! そこ、らめ、ひぁっ、みちゅ、」
「こっちも駄目なの? じゃあ長谷部くんはどうしてほしい?」
すっかり快楽で蕩けた頭は、素直に思ったことを言葉にする。
「……ぎゅって、して」
すぐにきつく抱きしめられる。こころなしか体内の楔の体積も増している気がする。
「キスも」
こちらのすべてを溶かして駄目にしてしまうような、情熱的なキスをされる。思わずキュンキュンと下腹を締めつけてしまい、光忠が眉を寄せてセクシーな溜め息をついた。ちょっと他人には見せたくないくらいかっこいい。
ぽやぽやとした頭で目の前の恋人を眺めていると、光忠は「かわいい」と俺の瞼にキスをした。
「世界でいっとうかわいい、僕の長谷部くん」
そう耳元で囁かれた瞬間、視界が弾けて、気づけば俺は光忠の腹に吐精していた。
「っ、ふ……ぁ、あ……ぁン」
小さく喘ぎながら絶頂の波をぴくぴくとやり過ごす俺を、光忠はいとおしいものを見る目で見つめ、そっと頬を撫でた。
「イっちゃったの? 本当にかわいいなぁ」
「ん、俺……」
「僕はまだだから、もうちょっと付き合ってね」
うん、と頷いて光忠の体に腕を回すと、光忠の手のひらが俺の腰をがっしりと掴んだ。
「肩噛んでいいからね」
そう言うと同時、ガツガツと腰を使われた。痛みなのか快感なのかもわからない激しい刺激が、まるでいつ終わるとも知れぬ嵐の海のように次から次へとやってきた。俺は何事か叫びながら必死に目の前の光忠に縋る。
やだ。こわい。みつただ。みつただ、すき。やだ、いっちゃう。みつただ。だめ。いく。みつただ、やだ。おいていかないで。
「――置いてなんか行かないよ」
じゅく、と耳元に舌をねじ込まれながらそんな言葉を注がれて。
俺の意識はあっけなくブラックアウトしたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「みっちゃんせんせー、今週はプリン作ったんだけど食べる?」
「みっちゃん、こっちのプリンの方が映えてない?」
「はいはい、順番にね」
「あ、みっちゃん、せっかくなら俺達のバケツプリンも食ってけよ」
そんなことを言い合う集団とすれ違う。
集団の真ん中には生徒達より頭二つ分は高い身長の黒髪の男。
優しくていい先生だと、誰もが口を揃えて誉めそやす教師。長船光忠という男は、優しく非の打ちどころのない男である。
俺はシャツの襟元をそっと抑えた。この下には、その長船光忠につけられた噛み跡がいくつも残されている。あの男のあんな一面を知っているのは世界中で俺だけなのだ。
「あら、長谷部先生、機嫌が良さそうですね」
「ええ、まあ」
今日の俺は職員室内のくだらない雑談にも乗れる程度には気分が良い。尻の方はノーコメントだが。
先ほど回収した小テストの採点をしようと机の引き出しを開ける。引き出しの隅にラクダが描かれた箱がぽつりと置いてあったのを、隣に座っていた教師がめざとく見つけた。
「あれ、長谷部先生って喫われるんでしたっけ?」
「ああ、これですか」
俺はまだ中身がぎっしりと詰まった箱をひょいと指で掴み上げ――、
「禁煙できそうなので捨てようかと」
――ゴミ箱へと無造作に放り込んだ。
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