瞳は語る

短編
     

9773文字

 燭台切光忠が遠征から自室に戻って一番最初に目にしたのは、灯りもつけない部屋の中、鞘から出した自分の本体をじっと見つめている恋人の姿だった。

「……長谷部くん? 手入れなら電気つけた方が……」
 手探りで壁のスイッチに手を伸ばそうとしたところで、ふと嫌な予感がして左に一歩動くと、鋭い風切り音とともに、はらりと髪の毛が数本切り落とされた。
 遅れて感じる頬の痛みと血の流れる感触にさあ、と血の気が引く。

「……動くな」

 薄明かりの中でも鈍色に光るうつくしい皆焼刃を構え、ごっそりと表情の削ぎ落とされた幽鬼のような顔で長谷部が佇んでいた。
 まずい、と冷や汗が首筋を伝う。生憎と今光忠は帯刀していなかった。たとえ本体を持っていたとしても、室内、しかもこの薄暗がりでは打刀である長谷部の方に分がある。練度はこちらの方が上ではあったが、この状況で斬り合いになるのは少々不利だ。けして無傷では済まないだろう。

「長谷部くん、落ち着いて。とりあえずいったん刀置いて話し合おう?」

 残念ながらこうして長谷部に斬りかかられる心当たりはいくつかあった。こっそり夜の営みに使おうと卑猥な玩具やハンディカメラを仕入れたことがバレたのだろうか。それともこれまで隠し撮りして編集した自分たちのプレイ映像集十二巻(以下続刊)が見つかったのだろうか。はたまたこの間長谷部が長期遠征でいない隙に長谷部の下着を失敬してあれそれしたことに感づかれたか。
 しかしどれがバレたとしても今までの長谷部なら一発殴る程度で、ここまで無表情に斬りかかるようなことではなかったはずだ。自分ともあろうものが恋人の許容範囲を読み違えたか。
 そんなことを考えながら少しでも間合いを取ろうとじりじりと後退し後ろ手で障子に手をかけた時、長谷部が口を開いた。

「光忠、」

 靴下を履いたままの足が一歩前に出される。さり、と編まれたい草と布の擦れる音がする。重心を下に据えたすり足の移動である。本気だ。
 動いた拍子に虚ろな瞳が障子の隙間から入る月光に照らされ、透き通った藤紫が鉱石のように硬質な光を弾いた。今まさに刀を向けられているというのに、思わず見とれてしまうほどうつくしかった。
 長谷部の顔にようやく表情らしい表情が浮かぶ。はは、と力のない笑いだ。そうして薄い唇から紡がれた言葉といえば。

「お前を殺して俺も死ぬ」

 まさかの心中宣言だった。

「はぁ!? ちょっと待って急になに!?」
「大丈夫だ、痛みのないようひと思いにやってやる。そこを動くなよ」
「落ち着いて。ちょっと落ち着こう? 君働き過ぎて疲れてるんだよ」
「すぐに俺も後を追うからな。愛してるぞ光忠」
「ああもう聞けよ!」

◆ ◆ ◆ ◆

「……で、どうしてさっきの結論になったのか教えてもらえるかい」

 結局あの後、振り下ろされる刃を紙一重で避けながら足払いをかけ、長谷部がバランスを崩したところにすかさず拳を鳩尾に叩き込んでついでに刀も取り上げ、ようやく大人しくなったところを部屋の隅に畳まれていた予備のストラで縛り上げた。揉み合いの末に切り裂かれたジャケットは、繕ったところで使い物にならなそうだったがとりあえずハンガーにかけておく。
 しばらく気を失っていた長谷部は目を覚ましてからというもの、口を真一文字に引き結んで何も言わない。はあ、と光忠は大きくため息をついた。

「心中を考えるほど思い詰める前に、どうして僕に一言相談してくれなかったの?」

 発した声が想定より悲壮めいた響きになってしまったことに気がついて舌打ちしたい気分になる。長谷部がわずかでも自死を考えていたことが、思いのほか光忠に動揺を与えていた。
 自分が切られたり殴られたりするくらいならいくらでも耐えられたが、最愛の相手が自分の知らないところで勝手に死のうとしていたことは心底我慢がならなかった。その選択肢を自分になにも言わず選んだ長谷部にも、選ぶことをみすみすと見逃してしまった自分にも、腹が立って仕方がない。
 それでもそれらを全面的に表に出すのは己の矜持が許さなかった。ひとつ息を吸って気持ちを立て直し、努めていつも通りの声で話しかける。

「ねえ、なにか僕が悪いことをしたならいくらでも直すし謝るよ。事と次第によっては一緒に折れてあげてもいい。けど、せめて理由を言ってくれないか」

 光忠が頬を撫でると長谷部はぐ、と歯を食いしばり、透明な涙を一筋こぼした。一度決壊すると、もう駄目だったらしい。あとからあとから堰を切って流れ落ちていく水滴が革手袋の表面をてらてらと濡らしていく。

「…………れてた」
「うん?」

 しゃくりあげる背中を撫でながら辛抱強く続きを促すと、蚊の鳴くような声が細い喉から絞り出された。

「…………閨の声が、漏れていた…………」


 昼間、光忠が出陣していた間の出来事だそうだ。

 長谷部が近侍部屋で政府に提出する報告書を書いていると、珍しく一期一振が報告することがあると部屋を尋ねてきたのだという。書類の提出日が迫っていたこともあり、適当にその辺りに座らせ、長谷部は机に向かって執筆を続けながら応対した。

「それで、報告とは何だ。手短に頼むぞ」
「あの、ですな。最近弟たちの間で幽霊の噂が流れておりまして。深夜にすすり泣きのような声が聞こえると」
「幽霊? 主が結界を張っているんだ、この本丸にそんなものがいるわけないだろう。第一、青江や神剣の連中からもそんな報告は来ていない」
「ええ、それはその通りです。ですが万一、ということもあるので、先日江雪殿と見回りをしたのです。結論として、幽霊はおりませんでした」
「なら問題はないな。報告ご苦労。短刀たちにはくだらない流言をするなと注意しておけ」
「…………いえ、それが、その」

 煮え切らない一期の言葉に、長谷部はそこではじめて筆を止めて振り返った。

「? なんだ、はっきり言え」

 顔を赤くして俯いていた一期が深呼吸をし、意を決したように顔を上げた。

「……その……夜の声が時々漏れているようなので、気をつけられた方がよろしいかと」


 一連の話を聞いて光忠は一気に力が抜けた。

「…………あー……」

 先程まで悩んでいた自分が途端に馬鹿馬鹿しくなり、明日の朝ごはん何かな、と思考が逃避する方向に走ってしまう。こうして聞くだに非常に阿呆らしい出来事ではあるのだが、普段から近侍であることを誇りにし、周囲に弱みを見せないよう過ごしてきたプライドの高い長谷部にしてみれば、一生ものの汚点であっただろうことは想像に難くなかった。

「こんな恥をさらしてこの先どう皆の前に出ろっていうんだ!!」

 わぁと叫んで長谷部は畳に突っ伏して肩を震わせた。後ろ手に両手を縛っていなければ今頃顔を覆っているのだろうが、現状ただの蠕動する芋虫である。

「もう俺は駄目だ……あの様子だと聡い短刀の何人かにはバレているだろうし、主の耳に入るのも時間の問題だ……これから俺は皆から色狂いの変態だと後ろ指をさされるんだ……死んだほうがマシだ……」
「死ななきゃ安いが君の信条じゃなかったかな」
「身を切られる痛みなど、心に比べればっ……」
「長谷部くん、その発言はいろいろとアウトだ。あとそれどっちかと言うと僕のネタ」

 ぽんぽん、と軽く頭を撫でると、長谷部は見事な背筋でのけぞって光忠を見上げた。芋虫がアシカに進化した瞬間である。

「というか!! おまえが!! もう少し加減していればこんなことにはならなかったんだ!!」
「え、それ僕のせいにしちゃうの? 後半はいつも自分から腰振っておいてそういうこと言う?」
「っ……おまえがそういう風に仕込んだからだろうが! 責任は取れ!!」
「待って長谷部くん。ICレコーダー用意してくるから今のもう一回言って」
「死ね」
「ああ、うん。僕君のそういうところすごく好き」

 あはは、と笑って光忠は床に転がされたままの長谷部の髪に指を差し入れ、煤色をやわらかく梳いた。
 深刻な出来事でないとわかり--長谷部にとっては生に絶望する程度の深刻さではあったのだが--光忠はすっかり余裕を取り戻していた。こうしてこちらに怒りをぶつけてくるようになればもう安心だ。おそらくふたたび死のうと考えることはあるまい。光忠の恋人は複雑そうで根はなかなか単純な刀なのである。

「冗談はさておき、音については主に申告して部屋に防音材でも入れてもらおうか。あと、一期くんたちには後で僕からも謝っておくよ」

 光忠としても秘め事が他人に知られたことに恥ずかしさだったりいたたまれなさだったりを感じないでもなかったが、やってしまったものは仕方ない。必要なのはやったことに対するフォローと今後の対応、それから一時でも勝手に死を選ぼうとした恋人へのちょっとしたおしおきである。
 対応策を提示されて表情の緩んだ長谷部の、涙の跡のついた頬をそっと指先で拭ってやる。青紫の瞳の縁には透明なしずくが湛えられ、どこか頼りなく揺れている。普段気丈な長谷部が時折自分だけに見せる、こういうやわらかで傷つきやすい面が、光忠はとても好きだった。苛めてやりたくなる。

 笑顔の下で鋭い爪を研ぎながら、隻眼の獣は縛り上げられた哀れな獲物の顔を覗きこんだ。

「もちろん、これは対処法に過ぎないから、もっと根本的な解決策が必要だけどね」
「根本的な解決策?」
「簡単だよ。金輪際セックスをしなければいい」

 長谷部が顔を赤くして息を呑んだ。う、とか、あ、とか、それはその、とか呻きながらも目が泳いでいる。
 防音材を入れることを考えている時点で、光忠にはそもそもこの選択肢を選ぶつもりは毛頭ないのだが、羞恥と焦りで混乱している長谷部にはその目論見は見抜けなかったようだ。

「喘ぎ声が聞かれるのが嫌なんだろう? なら、声が聞こえるようなことはそもそもしなければいい。簡単なことだよ」

 でも、と言って革手袋をつけた指が長谷部の無駄な肉のついてない足をスラックスごしにゆっくりと撫で上げた。動いた拍子に眼帯がはらりと落ちる。先程長谷部の刀が紐を掠っていたのだろう。どうせ今夜はもう長谷部のほかに会う相手もいないので、そのまま放っておく。

「長谷部くん耐えられるのかなぁ。ただでさえ感じやすい体なのに、これからずうっとやらしいことしないまま過ごすなんてできる?」

 光忠はカソックのスリットから尻に手をやり、割れ目の部分をなぞる。びくりと震える腰に笑みをこぼしながら、毎夜のように自分を受け入れている場所へ押しこむように指を動かしてやる。この辺りに関しては長谷部本人よりも知り尽くしている自信があった。
 別に最初から意図してそうしたわけではないが、こうして自らの装備で縛られて転がされている長谷部の姿は光忠の欲をいやというほど煽ってくる。悪くないな、とひとりごちながら何度か同じ動きを繰り返していると、長谷部が身をよじりながら鼻にかかった声をあげる。

「ん、馬鹿、っやめ」
「……もうひとつ案があるんだけど、聞きたい?」

 すい、と長谷部の顎をすくい取って目を合わせると、肩がびくりと跳ねた。内緒話をするように声をひそめて問いかければ、どこか怯えたような藤色の瞳がこちらを見返してくる。
「…………なんだ?」
 獲物が自ら捕食者の爪にかかりに来たのを確信して、光忠は内心舌なめずりをした。けれどそれを表に出したのでは逃げられてしまう。ここは慎重に進めなければいけない。
 そうして光忠は自分でも自信のある、人好きのするような柔らかい笑みを浮かべながら、とびきりの甘い声で悪魔の提案を囁いてやった。

「セックスしても声をあげないようにすればいいんだよ」

◆ ◆ ◆ ◆

「っ……! んっぅ、っ! っ!!」
「あ、こら。唇は噛んじゃ駄目だよ」

 血がにじむほど食いしばられた唇を指でなぞって開かせると恨めしげに睨まれたが、うるんだ瞳での視線はちっとも怖くない。布団は敷いていなかったので、長谷部の背を机にもたれかからせている。カマーバンドを外してスラックスを膝まで脱がせ、下着の上から既に芯を持ち始めていたそこをやわやわと揉んでいると、くふん、と力ない吐息が頭上で漏れた。子犬のようだ。
 最初はこの間購入したギャグボールを使うことも考えたがやめた。強制的に声を抑えつけるよりも、長谷部が自分の意志でそうしているのを見るほうがずっと楽しい。
 足の拘束は解いたが腕の拘束はなんとなくつけたままだ。シャツを脱がそうとして、ふとあることを思いついた。
「長谷部くん、噛みたいならこれ噛んで」
 ボタンを中途半端に外してめくったシャツの裾を長谷部の口元へ持っていく。意図を察した長谷部は一瞬顔をしかめたものの、大人しく白い布地に真珠のような歯を立てた。

「そうやってると自分からねだってるみたい。やらしいなぁ」
「……っ!」
「ほら、声抑えたいんだろう? しっかりくわえてなきゃ」

 抗議めいた視線をいなして、光忠はがら空きになった長谷部の胸元に顔をうずめた。まだ触れてもいないのにぽつりと立ち上がっている乳首は、光忠のこれまでの開発の成果だ。淡く色づいた乳輪を焦らすように外側から舐め、尾てい骨の辺りから背中をゆっくりとなぞりあげていると、長谷部の腰が光忠にこすりつけるように動く。
「っん……ふ、ぅ」
 思わず顔を上げると、とっとと終わらせろとでも言うような視線を向けられた。余裕のないその様子がなんだかかわいくて、光忠はくすりと笑った。
「長谷部くんは堪え性がないね。もう我慢できないの?」
 そう言って乳首にやわく歯を当てる。

「――――ッ!!」

 そのまま少し力を入れて甘噛みをしながら先端を舐めてやると、ゆるく扱いていた長谷部のものから先走りがこぼれて下着を濡らした。びくびくと揺れる腰を押さえつけながら、濡れた布の上から先端をいささか乱暴に親指で押しつぶすように動かすと、じわりと下着に染みが広がっていく。

「んんんっ!!」
「いやらしくてはしたない長谷部くん。これから僕にどうして欲しい?」

 そう囁いてやると、ぱさ、と長谷部の口からシャツの裾がこぼれ落ちた。
「……ぁ、」
 唇をわななかせる長谷部を、光忠はそっと人差し指を立てて制する。
「声は出しちゃ駄目だよ。僕にどうされたいか、自分の体で示してみて?」
 暗闇の中ではっきりとは見えないが、長谷部の顔はおそらく真っ赤になっていることだろう。夜目が効かない太刀の身が恨めしい。こういう時のために部屋の何箇所かに暗視カメラを仕掛けているとはいえ、自分の目で長谷部の痴態を余す所なく見られないというのはどうにも口惜しい。うまく撮れているだろうか。

 そんなことを考えながら残ったままだった腕の拘束を解いてやると、長谷部はスラックスから足を抜き、ふるえる手で下着をゆっくりと下ろしていく。どうするのかと無言で見守っているうちに後頭部に手を回され、すっかり立ち上がっているそこへおずおずと引き寄せられる。
「…………舐めてほしいの?」
 上目遣いで問いかけると、一度だけ頷かれた。そう、と言って、光忠は開かれた脚の膝の部分を抱え、内腿に唇を落とした。内腿の中心から脚の付け根まで何度か舌を往復させる。性器にはけして触れないように気をつけながら宵闇の中で白く浮かぶ長谷部の足を抱え上げ、ぴくぴくと力の入る足の内側に強く吸い付いた。長谷部の先端がさらなる刺激を求めるようにとぷりと蜜をこぼす。
「んん、ぁ、あっ」
 声を上げかけた長谷部が、慌てて落ちていたシャツの裾をくわえ直す。殊勝なその様子を見て思わず笑い声がこぼれた。

「なあに? やっぱり胸がいいの?」
 ぶんぶんと首が横に振られるのを見なかったことにして、光忠は抱えていた足を一度下ろし、先程とは反対の乳首に吸い付いた。今度は焦らすことなく舐め、吸い、口の中で転がしていると、光忠の袖が引かれる。一度口を離して目線だけで意図を問うと、長谷部は光忠の手首を掴み、脚の間へと導いてく。
 よだれを流し続ける屹立を握らされ、その上から長谷部の手を重ねられて上下に動かされる。ここまでするとは思っていなかったので、光忠は目を丸くした。

「っ! んん! っふ……」

 長谷部は気持ちよさそうに眉根を寄せて目を閉じ、二人分の手淫に感じ入っている。食いしばった唇からは唾液を含んで湿ったシャツと、抑えきれない嬌声があふれている。限りなく自慰に近い動きが面白くなくて、光忠は長谷部の動きに逆らって、鈴口を抉るように指先を動かした。

「っっ! っん、ぅ、ん! んーっ」

 かがみこんで足の間に顔を埋めようとして、つけっぱなしだったソックスガーターと靴下が目に入る。しばらく逡巡して、外さないまま続けることにした。その代わり、今度は光忠が長谷部の手を取り、先程まで舐められたせいでてらてらと濡れそぼっている胸元へと運ぶ。

「胸、寂しいだろうから、自分でいじっててね」
「…………っ」

 長谷部の指が自分の胸のあたりで曲げては伸ばし逡巡する動きを見せていたが、早く、と光忠が囁くと覚悟を決めたようにようやくゆっくりと自らの胸を這いだした。体を重ねたばかりの頃はくすぐったがるばかりだったそこを、光忠が丹念に教えこんでいったのと同じやり方で責めている。ひどく征服欲の満たされる光景だった。

「……っ、ぅ、んんっん……」

 その様子をしばし満足気に見守ってから、光忠はようやく長谷部のものを口に含んだ。いつもなら嬌声として発散している快楽が逃せないためだろうか、何度か先端を舐めながら根本を扱いてやると呆気無いほどの早さで限界へと達した。昇りつめる瞬間、長谷部の両手がぎゅうと両の乳首をつまみあげるのが視界の端に映った。何度か腰を震わせ光忠の口内に精を吐き出してから、力の抜けたらしい両腕がぱたりと畳に落ちる。
 すかさず顔を上げてくわえられていたシャツを引っ張り、いささか強引に長谷部の口から抜き取ると、光忠のしたいことが伝わったのだろう。達したばかりのぼんやりとした瞳で長谷部が口を開いた。
 そのまま強引に口付けて舌を差し入れ、吐き出された精液を流し込む。特に抵抗する様子を見せずに長谷部の喉がこくこくと動く。互いの唾液と混ざり合った精液を何度かに分けて飲み下したのを確認してから、光忠はにこりと笑ってみせた。

「飲ませて欲しそうな顔、してたから」

 俺のせいにするな、とでも言いたげな視線が返ってきた。言葉を発さずとも長谷部の瞳は雄弁だ。先程のようにまるきり無表情になるのでなければ、顔を見れば大抵のことは察せられる。
 それでも、そうやって無意識に外に出されたものを読み取ったのでは意味がない。長谷部に自分の意思で示させることに意味があるのだ。
 光忠は長谷部の不満気に尖らせられた唇の端、白くこびりついたものをことさらゆっくり、見せつけるように舐めとってやる。

「長谷部くん、次は何をして欲しい?」

 ご随意にどうぞ、といつもの恋人の言い方を真似ながら、光忠はことりと首を傾げてみせた。


「ん----っ! んぅ! っっ! んんんっ!!」

 くぐもった声をあげながら、長谷部は光忠の肩に顔を埋める。噛んでもいいよ、と言うがはやいが、容赦のない力で歯を立てられて苦笑した。肩の痛みを誤魔化すように腰を揺すると、鼻にかかった甘い吐息が耳をくすぐる。

 あれから自ら尻を開かせ、上に乗らせて挿入させたせいか、長谷部の理性と羞恥心が限界まで試されて既に焼ききれそうになっているのが伝わってくる。
 わざと角度を調整して違うところを擦ると、もどかしそうに長谷部が腰を動かし、自分からいいところを擦りつけてくる。素直に教えられた部分をがつがつと抉ると、泣き声に似たか細い吐息を漏らしてびくびくと震えるからだがいとおしい。離してしまったら息もできないとでも言うように、必死に背中に縋り付いてくる指は健気だ。

 腰を引けば逃すまいときゅうきゅうと締め付けてくる感触に、光忠は荒い息を吐いた。せまくてあつくてこのまま溶けてしまいそうだった。
 ただの刀の時は知る由もなかったが、人の身を得た今、好いた相手と肌を重ね合わせ互いの秘部を繋ぎ合わせるのは、何者にも代えがたい甘美な体験だ。戦場で敵の肉を裂き骨を断つのとは、また違ったよろこびがある。

「長谷部くん、気持ちいい?」

 掠れた声で聞くと、こくこくと頷かれる。返事をする余裕もないようだ。それならば、と期待に添えるよう、両手で腰を掴んで一気に引き寄せてより深いところを穿ってやる。ごつ、と音がしそうなほど強く最奥を抉ると、声を出さないまま長谷部の背が硬直した。背と肩に走る痛みから一瞬遅れ、互いの腹の間に濡れた感触がする。長谷部にとってはすでに何度目かの絶頂だった。

「っっっ!!!」
「……っく、」

 
「…………はっ、ん、ぁ……みぅ、たや」
 まだ喋っていいと言った覚えはなかったが、舌足らずに名前を呼び、自ら唇をねだるように顔を寄せてくる長谷部があまりにもかわいかったので許した。この画がうまくカメラに撮れていることを祈る。

「好きだよ」

 そう言って軽く口付け、こつりと額を合わせる。近すぎて焦点の合わない藤色の瞳を縁取る睫毛に、己の物を重ねて。

「君のことがすごく好き」

 伝わっているといい。
 この真面目で頑なで融通の効かない恋人が、どうしようもなく好きなんだということ。

 そうして終わりを示すように細い腰を掴み、ガツガツと下から穿つと、長谷部は細い悲鳴をあげてこちらに倒れ込んだ。一瞬遅れて鋭い痛みが肩に走る。噛まれたのだ、と気づいて思わず口の端が上がる。
「そのまま、噛んでていいから」
 長谷部の頭を一撫でして、好きなところを思いきり突いてやる。長谷部の中は熱くうねり、奥に放たれるものを待ち望んでいるかのように締め付けてくる。もうすこし、あとすこし。体液も息も肉の境もすべて交わらせ絶頂への階段を共に上りつめていく感覚が好きだ。生きている気がする。

「は、せべくん……っ、出す、よっ」
「んんんっん~っっっ、っ!!」

 どくどくと中にありったけの子種を注ぎ込んで、ひとつふたつ大きく息をつく。肩から唇を離した長谷部がキスをせがむように顔を寄せてきたので、からかうように唇を軽く食んでやると、長谷部の方から強引に舌を絡められた。
 ほのかに舌先に感じる鉄の味に、光忠はどこか満足げな息を吐くのだった。

「…………すまなかった」
「なんの話?」
「斬りかかったことと、死にたいと言ったことだ」
「……君の場合、怒って抜刀するのはあまり珍しいことじゃないけどね」
「最初は割と本気で怒っていただろう、おまえ」

 そうかな、と肩をすくめてみせると、誤魔化すなよ、と布団の中で脛を軽く蹴られた。
「あと、悲しんでいた」
 そう言って長谷部が目を伏せる。体はぴったり密着しているのに、間に落ちる沈黙が寒々しくて、光忠は早々に音を上げて本音を口にすることにした。

「かっこわるいからあんまりこういうこと言いたくないんだけど、」
「うん」
「今度本当に死にたくなったら、まず僕に相談してくれ。なんのための恋人なのかわからなくなる。僕は君の体だけが欲しいわけじゃないんだ」
「悪かった。浅慮だった」
「勝手に死ぬなんて絶対に許さないよ。どうしても死にたいって言うなら、その時は僕が君を折るから」
「ああ」

 湿っぽくなった空気を誤魔化すように、できるだけ明るい声色になるように口を開いた。
「それにしても、うまく隠せたつもりだったんだけどなぁ。どうしてわかったの?」
 愛の力ってやつかな、と冗談めかして言った光忠の額を、ぺしりと長谷部の手が打った。

「馬鹿。夜目は俺のほうが効くし、偵察も俺のほうが高い。それに、」
「それに?」

「おまえの目は存外おしゃべりだからな」

 長谷部はそう言っていとおしげに目を細めると、あらわになっていた光忠の右のまぶたにそっと唇を寄せた。

「…………はせべくん」
「おまえは俺のこと、心底惚れてるらしいからなあ?」
「ねえ、もう一回、しよう。今度はちゃんと」
「望むところだ」
 そう言ってくすくすと笑いながら二人の唇が重なる。


 障子の開いた隙間に気づき藤紫の瞳が再び絶望の色に染まったのは、そのわずか5秒後のことであった。

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