惚れたが負けとは言うけれど・2

惚れたが負けとは言うけれど
     

6958文字

「光忠、そろそろ次のステップに進んでもいいだろうか」
「それステップじゃなくて多分崖だよね? 進むっていうか落ちるんだよね?」

 しかも奈落に。おそらく底はないだろう。
 っていうか次ってなんだ。この間ちらっと言われた気もするけど、全力で回避したいぞ、僕は。

「おまえも言葉責めを習得してきたようだし」
「してない! してないよ!?」
「いろいろ試したい事があるんだ。手伝ってくれるか?」
「それ僕の台詞!!!」

 僕の必死の訴えをまるっと流して、長谷部くんは腕を組んだ。
「この間読んだ本にこう書いてあってな――――『向上心のない者はばかだ』とな。至言だ」
「うん、それ全国の夏目漱石ファンの方に謝ろうね? 刺されるからね?」
 特にうちの本丸の真面目な読書家達――主に山姥切くんや一期くんや歌仙くん――が聞いたら卒倒間違いなしだ。
 かの文豪も自分の文章がこんな場面で引用されるとは夢にも思わなかっただろう。
「そういう訳で、試してみないか」
 そういう訳ってどういう訳なんだ。君の言ってる事はこの間からちっとも理解できないよ、長谷部くん。
 それでも期待に瞳をキラキラさせて、紅潮した頬でこちらをじっと見上げてくる長谷部くんは可愛い。とんでもなく可愛い。可愛いし綺麗だし僕の恋人最高。

「えっと、一応参考までに聞いておきたいんだけど、どういうステップに進みたいのかな」
「手錠で両手を拘束した上でアイマスクをして、」
「やっぱり崖じゃないか!」

 あれから僕も少し気になって(長谷部くんが喜ぶ顔が見られるなら僕だって可能な限りは譲歩をする用意がある)、主の所にある情報端末で少し調べてみたのだ。今まで知らなかっためくるめく倒錯の世界に目眩がしたものの、おそらく今後長谷部くんにしか必要ないであろう最低限の情報は既に得ている。
 そんな僕の付け焼き刃の知識によれば、それはソフトSMとやらに分類されるものなのではないだろうか。
 言葉責めくらいなら、まあ、百歩譲ってギリギリ普通のプレイの枠に入るかもしれないけど、手錠とか出てきちゃったらもうアウトだ。さようならノーマル、こんにちはアブノーマル。もう遅い気もするけど認めてしまったらきっと終わりだ。
 性的嗜好において、僕はあくまでもノーマルなのだ。「普通の」愛のあるセックスができればそれで満足だ。男同士でアナルセックスをしているという時点でノーマルもアブノーマルもあったようなものじゃない、という意見はこの際断固として無視する。断固として。
「一応、初心者用にファー付きの手錠を購入してみた」
 長谷部くんはどこから出して来たのか、いつの間にか手に手錠を持っている。待って、僕まだやるって一言も言ってないんだけど準備万端すぎないかな。

「え、それどこで買ったの長谷部くん」
「この間万屋で取り寄せてもらった」
「万屋って言っても限度があるよね!!?」

 あの店にそんな品揃えは求めていなかった。
 呆然とする僕をよそに、長谷部くんは手錠につけられたファーを指でもふもふと摘んでいる。
「候補としては縄もあったんだがな。あれは締め加減が難しいらしいし、初心者にはきつそうだと思って除外しておいた」
「ああ、気遣うのそこなんだ……」
 もっと他の所に気を遣おうよ。例えば僕の精神の安寧とかそっちの方向に。
 君の優しさは斜め上方向にずれているよ。むしろワープしちゃってるよ。戻ってきて長谷部くん。僕はここだ。
「まあ、そっちは追々な」
 そんな機会が訪れる事のないよう、今度石切丸さんに祈祷でもお願いしようと僕は固く決意した。厄落としだ。
 渡された手錠は、輪の所にぐるっと一周ピンク色でもこもこののファーがついている。確かに、普通の手錠(言っておくが実物は見た事がない)よりは、手首への負担は低そうだった。

「長谷部くん、なんで僕ら合意の筈なのにわざわざ拘束しなきゃならないのかな……拘束具って嫌がる人を取り押さえる為のものじゃないの?」
「無理矢理されてる感じが燃えるんだ」
「未知の境地だよ……」

 できれば知らないままでいたかった。
 っていうかこんなにノリノリの長谷部くんを拘束して、それ無理矢理って言うのかな。何か違わないか。長谷部くんが乗り気じゃない普通のプレイをやる方が、ある意味で無理矢理なんじゃないだろうか? 今現状無理矢理されてるのは絶対に僕の方だ。精神的に。
「長谷部くん、やっぱり、その、普通のにしない?」
 少し調べてみて、世の中には罵られたり虐められたりする事を好む人が一定数いる事は理解した。長谷部くんがそうなのも今はなんとなく理解してる。でも僕がそれに付き合いきれるかどうかは全くの別問題だ。
「うん? 生憎と普通の手錠は持ち合わせがないな。なんだ、普通ので良かったのか」
「そっちじゃなくて」
 僕は最近夜の生活について長谷部くんとの溝を感じている。
 いや別に苦痛って訳じゃないんだけど。僕だってそれなりに気持ちいいし、罵られて心身共にとろとろに溶けていく長谷部くんは可愛い。さすが国宝貴い。
 それでも、ちょっと気持ちが追いつかない。終わった後に「僕何やってるんだろう」って気分になる。
「普通のプレイじゃ駄目かな。罵ったり、縛ったり、叩いたりとか、そういうのは、僕、ちょっと慣れないっていうか」
「光忠」
 長谷部くんが手を伸ばして僕の両頬を柔らかく挟んだ。長谷部くんの体の中でも、僕が一等好きな藤色の瞳が細められる。

「大丈夫、おまえには才能がある」
「ねえだからそれ何の才能なの?」


 長谷部くんの白い手首にピンク色のファーの組み合わせは、ちょっと、いや、かなりいやらしい光景だった。
 部屋の電気は落とし、文机に置いてある洋燈の灯りがぼんやりと長谷部くんの肢体を浮かび上がらせている。
 長谷部くんの両腕は手錠によって頭上に一つにまとめてある。無駄な所のないしなやかな筋肉のついた脚は布団の上に投げ出され、シーツにゆるやかな波を作っている。
 ちなみに、僕も長谷部くんも裸だ。長谷部くんは服を着たままでもいいと主張したのだけれど、僕が反対した。シーツだけならまだしも、ニ人分の体液で汚れた服とか洗濯が面倒すぎる。明日は朝食当番で朝が早い事も伝えると、長谷部くんは僕の本意でないプレイを強要している後ろめたさがあったのか、渋々承諾してくれた。
 しかし裸の状態でピンク色のもこもこした手錠だけを身につけている姿というのは、なんというか落ち着かない。裸の長谷部くんというだけでも相当下半身にクるものがあるのに、一つオプションが増えただけでどうしてこうも印象が変わるんだろう。まるでイケナイ事をしているような気分になる。してるんだけど。
 手錠を掛けた辺りから長谷部くんのスイッチは入ってしまったらしく、既に長谷部くんの瞳は蜜のようにどろりと溶け始めている。息は軽く上がっていて、顔や体にもほんのり朱が指している。
「長谷部くん、目隠しするから頭上げて」
「……ん、」
 腕が頭上にあるからか、長谷部くんは少し苦しそうに眉を寄せて頭を上げる。僕は一度長谷部くんの瞼にくちづけてから、長谷部くんの後頭部に手を回してアイマスクをつける。
 僕の大好きな長谷部くんの眼差しとは、しばらくお別れだ。
 アイマスクの位置を微調整して、「大丈夫? きつくない?」と聞こうとしてやめる。この度し難い性癖を持つ僕の恋刀は、酷くされる方が喜ぶという事を、僕はここ最近の行為で否応もなく学んでいた。
 その代わり、彼の脚の間に手を伸ばし、立ち上がりかけていた彼のものを指で弾く。
「っあ!」
「まだ触ってないのに、もう勃ててるの?」
 長谷部くんのえっち、と耳元で囁くと組み敷いた体がぶるりと震える。

 「変態」「淫乱」「早漏」エトセトラ、エトセトラ。長谷部くんのせいで、僕の言葉責めボキャブラリーは日増しに増加の一途を辿っている。責任を取って欲しい。

 視界を塞いでいるせいか、いつもより反応がいい気がする。そのまま耳元に息を吹きかけると、逃げるように身を捩ったので、両手を拘束している手錠を鎖ごと掴んで布団に押さえつける。
 自分でやっておいてなんだけど(例え長谷部くんの要望とは言え、最終的に了承したのは僕だ)、こういう風に無理矢理に長谷部くんを拘束するのはやっぱり心が痛いなぁ、と思う。もっとこう、普通に抱きしめたり抱きしめられたりしたい。そんな事を今更この状況で言っても遅いので言わないけど。思うくらいは許して欲しい。
 とりあえず気を取り直して、敏感になっているらしい聴覚から責める事にする。僕は長谷部くんの耳に舌を伸ばす。耳の輪郭を確かめるように縁をぐるっと舐めると、小さく悲鳴を上げて首をひねろうとしたので、長谷部くんの手首を抑えているのとは反対の手で彼の頭をがっちりと固定する。
「ひぁっ、んっ……や、光忠」
 首を動かせなくなった彼の足が、耐え切れないと言うように動いてシーツに皺を作っていく。僕はそれに構わずに彼の耳をじっとりと舐め上げる。耳の穴に舌を入れて抜き差しすると、ぐちゅぐちゅとした水音に感じたのか、長谷部くんが首を竦めて精一杯の抵抗をする。
 やわらかい耳朶を唇で挟む。軟骨と薄い肉の感触を楽しみながら軽く歯を立てる。
「っっっ!!」
 びく、と長谷部くんの脚に力が入って、馬乗りになっていた僕の体が挟まれる。
「長谷部くん、動きにくいよ」
 一旦長谷部くんの頭から手を離して、力が入ったままの脚に手を添えて開く。長谷部くんのモノを見ると、震えて赤くなっていて、先からだらだらと雫を零していた。
 僕はそこには触れず、「手を離すけどそのままにしててね」と告げる。すると長谷部くんは真っ赤になって小さくこくこくと頷いた。可愛い。
 長谷部くんが頑張っていてくれるらしいので、僕は長谷部くんの手錠から手を離し、今度は先程舐めていたのと反対側の耳元に口を寄せ、耳の裏から首筋まで舌を這わせた。びく、と動く肩を押さえて、長谷部くんの首筋を何度か往復して舐める。顎を上げて、は、は、と短い息を吐いて時折上下する喉仏が、薄暗がりの中で白く浮かび上がって綺麗だ。思わず吸い寄せられるように噛み付くと小さな悲鳴が漏れて、噛み付いたままの僕の口内に振動として伝わった。

「あっ、ん、みつただっ…」
「なに?」
「ひっ」

 噛み付いた跡を舌でなぞる。長谷部くんの腰は先程からわずかに揺れていて、僕の体に長谷部くんのそそり立ったものが押し付けられている。頭上にまとめられた腕は布団からはみ出して、指先がもどかしげに畳の目をかりかりと掻いている。手錠の鎖が揺れて音を立てる。
「……っさ、さわ、って」
 可愛くていじらしくていやらしい様子に、今すぐ手を伸ばして扱いて舐めてしゃぶって存分にイかせてあげたくなるけど、それをやると長谷部くんが事後に少しだけ不満気にする事をもう知っているので、可能な限り触らないでおく。ここ最近の僕の涙ぐましい努力の結果学習した事だった。
 でもまだ首から上しか責めていないにも関わらず、ここまで乱れているのだから、やはり視界を塞ぐ事で感度が上がっているらしい。それとも単にこのシチュエーションに興奮しているんだろうか。
 きっと両方だろうなぁ、と思う程度には、長谷部くんの性癖を(納得いかないまでも)僕は理解しつつあった。声を立てずに苦笑していると、長谷部くんが自由な両脚できゅ、と僕を挟んできた。
「……や、光忠……下、もっ」
 長谷部くんは嘘つきだ。
 触って欲しいのに触るなと言ってみたり、入れて欲しいのに嫌だと言ってみたり。その度に僕は長谷部くんの本心がどこにあるのかを全力で推理しなければならない。僕は長谷部くんの裏腹な言葉だけでなく、ちょっとした仕草だとか、息遣いだとかで、彼の本当にして欲しい事を察する必要があった。長谷部くんを満足させるにはすごく神経を使う。
 ちなみに、これで大人しく長谷部くん自身に手を伸ばすと不正解である。理不尽だ。
 僕は少し体をずらして、長谷部くんの胸に吸い付く。
「っ……そっち、じゃ……んっ、ふ、あっ」
「僕は変態じゃないから、変態の長谷部くんのして欲しい事はわからないな」
 ああ、これ言っててつらいなぁ。なんで自分の恋人を罵らなきゃいけないんだろう。でも長谷部くんはびくびくと嬉しそうに体を震わせているので、長谷部くん的にはこっちで正解なのである。難しい。僕は遣る方無い思いを抱えながら、長谷部くんのすっかり存在を主張している胸の飾りに舌と指で刺激を与える。
 傍から見れば完全に僕が攻めてる側なのだろうけど、実際手のひらの上で転がされているのは僕の方だった。
 かり、と淡い色の乳首を爪でひっかくようにすると、長谷部くんが細く啼いて仰け反った。ジャラ、と鎖のなる音がする。
 腹部に濡れた感触があったので視線をやると、案の定長谷部くんと僕の間に白濁が広がっていた。今の刺激でイッてしまったらしい。

「長谷部くん、触ってないのにイッちゃったの?」
「や、いやだ、ちがっ……」
「違わないだろう? じゃあこれは何なのかな」

 長谷部くんの下腹部に広がる精液を指で掬って、彼の口元に持って行く。指で軽く唇をなぞるようにすると、ゆるりと口を開いたので、その隙間から指を突っ込んで、舌になすりつけるように動かす。
「えぅ、っこぇは、ひがうっ」
 指を入れてるせいでうまく発音できていない。アイマスクをしているからわからないけど、心なしか声も涙声だ。ちょっと泣いているのかもしれない。僕は止めようとする理性に鞭を打ちながら、指で長谷部くんの舌を弄ぶ。
「長谷部くん、ちゃんと言ってくれないと、してあげないよ?」
 再び頭をもたげ始めている彼の中心を、裏筋に沿って根本から撫で上げる。ひん、と子犬のような鳴き声をあげる長谷部くんは可愛い。長谷部くんが身をよじる度、手錠が金属音を立てる。僕の指の動きに合わせて音が鳴るので、まるで楽器でも演奏しているような心地だ。そのまま長谷部くんの後ろの孔に軽く指を含ませると、長谷部くんの腰が跳ねる。
「ぁあっ」
 昼は鬼神のごとき荒々しさで戦場を駆け抜ける彼が、床の中ではこんなに色っぽくなるなんて事は、きっと僕しか知らないだろう。
「んっ…ぁ……」
 口から指を抜いてやると、長谷部くんの唇から一筋糸が伝う。顎に零れた分を拭ってやり、そのまま頬を撫でて言葉を促す。
「長谷部くん」
「…………ぃ、イッた、から……」
「から?」
 声が掠れていて聞き取りにくい。顔を寄せると、長谷部くんが回らない舌を必死に動かしてこう言った。
「もっと、めちゃめちゃにして」
 その後長谷部くんを抱き潰してしまわなかった僕は賞賛に値すると思う。


 枕元には、外された手錠とアイマスクが置かれている。
 長谷部くんは後始末が済んだ後、僕の腕を枕にしながら鼻歌を歌っていた。
「……上機嫌だね」
「ああ。気持ちよかったからな」
 にこりと笑って僕に軽くキスをしてくる。これは本当に、かなり、機嫌がいい。珍しい。明日は空から御手杵くんでも降ってくるんじゃないか。
 どうやら長谷部くんは先程の一戦がいたくお気に召したようだった。
 僕は満足なような虚しいような複雑な気持ちを抱えながら、長谷部くんの手首を掴んで顔の前に持ってくる。手錠をつけていた所が、うっすらと赤くなっている。
「ちょっと跡になっちゃってるね」
 クッション素材のファーが付属していたとはいえ、随分ガチャガチャ言わせていたので仕方ない。
 指で赤くなった所をなぞると、長谷部くんはくすぐったい、と抗議してきた。さっきまでもっととんでもない所を撫でたり舐めたり噛んだりしてきたのに、それはないだろうと思う。
「このくらい、少し経てば消える」
「そうだけど。戦傷でも刀傷でもない傷が君に残ってるのは、なんだか嫌だなぁ」
 そうぼやくと、長谷部くんはごそごそと僕の腕の中に潜り込んで胸に頭をすり寄せてきた。
「長谷部くん?」
「…………もう一回、するか?」
「……さすがに、もう手錠プレイはいいかな……」
 あの後結局手錠をつけたままお互い何度か達したし、朝には食事も作らなければならない。明日が内番だけの日で助かった。睡眠時間が足りない。
「そうじゃなくて。おまえの好きな、普通のプレイの方で」
 いいの、と咄嗟に言いかけて口を噤む。僕は馬鹿か。これじゃ下半身で物事を考えてるろくでなしみたいじゃないか。
 僕は長谷部くんを大事にしたいのだ。長谷部くん自身が甚振ってもらうのを好んでいるから、喜ぶ顔が見たくて渋々SMプレイに甘んじてはいるけれど、いつだって、長谷部くんを抱きしめてキスしてどろどろに甘やかしてやりたいと思っている。
 長谷部くんの体の事を思うなら、今日は我慢して寝るべきだ。そう思って、長谷部くんの肩を持ってそっと引き離そうとしたら、長谷部くんがぎゅ、と僕の寝間着を掴んできた。
「……おまえに、無理を強いている事はわかっている。だから、その、平等に行こうとだな」
 髪から覗く長谷部くんの耳が赤い。
 ああ、まったく本当に長谷部くんってば可愛い。

 僕はさっきまでの不満や懊悩も一旦全て忘れる事にして、大好きな恋人を思う存分甘やかす為に手を伸ばした。

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