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僕が長谷部くんから衝撃の告白を受けたのはつい先日の事である。
その日、いつものように恋人の長谷部くんと夜の営みを行おうとしたら、やけに深刻な顔で「相談がある」と言われたので、僕は布団の上で居住まいを正した。
なんだろう。よもや別れ話だとは思いたくない。付き合ってから特に喧嘩らしい喧嘩もなく、円満な関係を築けてきたと自負している。じゃあ何だ。
長谷部くんは言いにくいのか、少し視線を泳がせて一つ深呼吸し、それからようやく僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。
彼の唇が開く。
「罵って欲しいんだ」
「……………………………………は?」
最愛の刀の口からとんでもない言葉が飛び出したような気がして、僕は自分の耳を疑った。眼帯の上に難聴とか冗談じゃないぞ。いやこの場合聞き間違いであって欲しいけど、すごく。
「……ええと、ごめん。今なんて?」
「おまえに罵って欲しい。罵られながら、抱かれたい」
果たして聞き間違えではなかったらしい。僕はくらっと目眩を感じ、右手で顔を覆って自室の天井を仰ぐ。
『長谷部くん ああ長谷部くん 長谷部くん』
思わず一句詠んでしまう。多分歌仙くん辺りに言ったら斬られるだろう。
君、前の主の事拗らせてるとは思ってたけど、性癖まで拗らせていたのかい。
自慢じゃないけど、僕は自分の事を結構優しい方だと思っている。
加えて、僕は長谷部くんにべた惚れである。
鍛刀で僕がこの本丸に顕現した時、近侍だった長谷部くんをひと目見たその時から、僕はずっと彼に恋をしている。
そっけない彼をあの手この手で口説いて口説いて口説き倒して、最終的にはほぼ泣き落としに近い形で交際を了承してもらって以来、僕は今まで彼を宝物のように大切に扱ってきたつもりだ。これまで彼を抱く時も、細心の注意を払って、彼の体に負担がかからないように優しく扱ってきた。
その僕に、長谷部くんを、罵れと?
「無理! 無理だよ! 長谷部くん、気を確かに!」
「気は確かだ。大丈夫、おまえには才能がある」
「いらないよそんな才能!」
無駄すぎるだろう、それ。罵りスキルとか普段の生活でどうやって活かすっていうんだ。そんな不道徳極まりない才能を仮に備えていたとして、それを活かすくらいだったら僕は切腹して死にたい。いや折れたい。さっきの川柳でも告げれば、きっと歌仙くんが介錯してくれる事だろう。おめでとう僕、晴れて三十七人目だ。ちっとも嬉しくない。
「実はおまえの告白を受けたのは、おまえにその才能を見出したからなんだ」
「待って、それ初耳なんだけど」
「初めて言ったからな」
「そういう事じゃなくて」
僕はさながら異国、もとい、ここまで来るともはや異星人と話している気がしてきた。話が噛み合わないというか、通じてない気がする。もしかして僕の愛しい恋人は知らないうちに異星人と入れ替わってしまったんだろうか。前に主が見せてくれた娯楽映画で、そんな内容のものがあったような気がする。
「……念の為聞くけど、君本当に長谷部くんだよね?」
「おかしな事を言うな。圧し切るぞ」
あ、良かった。長谷部くんだ。いや良くない。あれ、どっちだ。
恋人の思わぬ特殊性癖が発覚したせいで、さっきから混乱のし通しだ。考えが纏まらない。
そんな僕に気づいているのかいないのか、長谷部くんはふ、と遠い目をした。
「……織田から黒田の家に行ってからというもの、俺は毎日嫌という程美辞麗句を聞かされてな。博物館に並べられてからも大事にされ、皆から褒めそやされた。美しい、国の宝だと」
「僕も実際そう思ってるよ。君は綺麗だし可愛いしよく切れる素晴らしい刀だと思う」
「だがそんな台詞はもう聞き飽きたんだ。俺は罵られたい」
「ええ…………」
なんでそうなっちゃうの。屈折しているにも程があるよ。
絶句する僕を他所に長谷部くんは熱っぽい瞳で淡々と語る。
「踏みにじられたい。汚されたい。犯されたい。嬲られたい。甚振って欲しい。ぐちゃぐちゃにして欲しい。それで、」
「……ま、待って待って待って!」
今まで見た事のない彼の迫力に涙目になる。怖い。長谷部くんが怖い。僕の知ってる長谷部くんじゃない。
狼狽して後ずさる僕の両頬に、長谷部くんの手がそっと添えられた。
「その相手は、おまえがいい」
みつただ、と吐息混じりに呼ばれれば、僕の健全な倫理観など容易く粉々になるのだった。
とは言っても、僕はそもそも普段人を罵ろうと思った事がないので、罵り方がわからない。
馬鹿とか阿呆とか首落ちて死ねとかいう言葉がパッと思いついたけど、おそらく彼の求めているのはそういう方向性の罵りではないのだろう。
「……例えば、どういう事を言えばいいのかな」
「それを伝えて、そのまま言ってもらっても興奮しない」
どこまで捻くれてるんだ、長谷部くんの性的嗜好。
僕は気のせいじゃなく痛んできた頭を押さえて溜息をつく。
「……悪いけど、僕そういう変態性欲について詳しくないんだよ」
せめて見本を、と言いかけて、長谷部くんの頬が紅潮しているのに気づく。心なしか目も何かを期待するように潤んでいる。
何だ、今の僕の発言のどこにそんな要素が、と思ってふと気づく。
「……『変態』?」
ぴく、と長谷部くんの肩が揺れる。どうやら正解らしい。
「長谷部くん、変態って言葉に反応してるの?」
問いかけながら彼の顔を覗き込む。
「っ……、して、ない」
「してるだろう? 嘘はよくないよ」
確かめる為にもう一度変態、と囁やけば、彼の藤色の瞳がとろりと溶ける。やっぱりこのキーワードで当たりらしい。あまり嬉しくない。言っていて心が痛む。
「長谷部くんは、変態って言葉なんかで興奮するんだね……ちょっと引くなぁ」
若干、というか結構引き気味にそう呟くと、長谷部くんが慌てたように僕の腕を掴む。
「ちが、違う」
「違わないだろ。どうしてさっきから嘘ばっかり言うの?」
彼の首筋に手を添える。脈も呼吸も早い。興奮しているのなんかバレバレだ。
変態、変態。反応を確かめる為に今度は続けて二回言うと、長谷部くんがひゅっと息を飲む。
「……ごめっ、なさ……」
「別に謝って欲しい訳じゃなくてさ。どうして嘘をつくのって聞いてるんだけど」
やっぱり何か話が通じてない気がする。
興奮しているなら興奮しているって言ってくれていいのに。その方が僕もやりやすいし。
長谷部くんがこくりと唾を飲み、彼の白い首筋に浮かぶ喉仏が上下に動く。それを見て僕は何とはなしに首筋に置いたままの右手の親指で、彼の喉仏を撫でる。硬くて柔らかい軟骨の感触が手袋越しに伝わってきた。
「ひっ……、みつ、ただ」
「なあに」
何故か長谷部くんの体が小さく震えている。安心させるように彼の目元に唇を落とす。
普段凛とした佇まいの彼が震えて涙目になっている姿は、どこか庇護欲をそそり、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「俺、変態って言われて、興奮して、るっ……!」
「うんうん、そうだよね」
長谷部くんがとうとう認めた。よろしい、正直は美徳だ。
なので、僕は素直に白状した彼へのご褒美に、彼を抱き寄せてとびきり甘い声で(不本意ながら)彼の喜ぶ言葉を囁いてやる。
「長谷部くんは、本当に変態だね」
「っ…………!!!」
長谷部くんが声にならない悲鳴をあげて、びくん、と大きく震えた。
その後、長谷部くんは何故か僕の腕の中で触ってもいないのに達し、僕は懇願されるまま彼を押し倒した。長谷部くんの乱れっぷりは凄まじいもので、彼の痴態に煽られた僕も一晩中彼を犯した。……変態と罵りながら。
すっかり明るくなった外から、障子越しに白い朝日が差し込んでくる。清々しい朝に似合わず、僕の心は重い。
甚だ不本意だった。大好きな相手を罵るのは、精神的につらい。彼がそれを望んでいるからとはいえ、そしてそれに喜んでいたとはいえ。
そりゃまあ、乱れに乱れる長谷部くんは可愛かったし? 僕も気持ちよかったけど? 僕の好みとしては、もっとこう、普通がいいのだ。普通に愛を囁き交わして、普通にお互いを求め合うような、そういうのでいい。
僕はただ、愛する人と甘く穏やかな営みが送れればそれで満足なのに、どうしてこうなってしまったんだろう。黒田に長谷部くんを下げ渡した織田信長のせいか。はたまた長谷部くんに文字通り飽きる程の賛辞を送ってきた黒田の人々のせいだろうか。
――――でも長谷部くんが素晴らしい刀なのは間違いないしなぁ。誰だって褒めるよ。僕だって褒める。性癖の方は残念ながらちょっとねじ曲がってるようだけど。
そんな事を悶々と考えていると、僕の腕を枕にしてうとうととしていた長谷部くんがぱちりと目を開ける。
「そうだ、光忠」
「……何?」
まだ何か要求があるのか、と思わず身構えると、彼の唇がゆるやかに弧を描いた。
「すごく良かった。ありがとう」
いつもは頼んでも絶対にしてくれないような、極上の笑顔で言われれば、
結局何もかも許してしまうんだから、僕も大概終わっている。
「次は目隠しと手錠を使って頼む」
「え?」
「ん?」
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