正しいダイナミクス的恋愛のススメ・3

正しいダイナミクス的恋愛のススメ
     

11908文字

 書類作成は嫌いではないが、外回りの営業とはまた違った神経を使う。最近業務改善とやらで書類の規格がやたらややこしいものに変わったのでなおさら。改善したというのに何故処理がより煩雑になったのか経営陣を問い質してやりたい。

 疲労を訴えてくる脳を宥めるべく、チョコレートでも食べて糖分を補給しようとデスクの引き出しを開ける。しかしそこに求める甘味の姿はなく、思わず舌打ちをした。買い置きを切らしていたらしい。ツいてない。
 エレベーターで何階か下に降り、ビルに入っているコンビニに寄って、棚からいつも買っている銘柄のチョコレートを無造作に引っ掴んでカゴに放り込んでいく。ついでに気になった新商品のチョコレートもいくつか入れる。秋はチョコ系の菓子のバリエーションが増えてくるから好きだ。もうすぐ長谷部の好きなあの洋酒がたっぷり入ったチョコも解禁になるのかと思うとボジョレーの解禁よりも心が浮き立つ。
 レジ奥のイートインスペースが珍しく空いているのが見えたので、買い物ついでにカフェラテも頼んで休憩することにした。カフェラテとコーヒーが同時に淹れられるセルフタイプのコーヒーマシンは、客の度重なる押し間違いによるクレームに屈したらしく、「こちらはカフェラテ専用です」と清々しいポップが貼られ、一台は完全にカフェラテ専用機と化していた。
 哀れなカフェラテ専用機からLサイズのカフェラテを受け取り、長谷部はレジ袋をがさがさと鳴らしながらイートインスペースに入る。そしてそのまま席に座ろうとして「うわ」と思った。

「うわ」

 レジから死角になる席に座っていた桃色頭の同期がこちらを見て、長谷部が思ったのと同じことを言った。

「なんでおまえがいるんだ」
「こっちの台詞ですよ」

 しかし目が合って会話までしてしまったからには無視するわけにもいかず、長谷部は渋々とカウンター席に座る同期、左文字宗三の隣へ腰を下ろした。がさりとカウンターの上にレジ袋を置くと、その中身を見て宗三は目を剥いた。

「なんですか、そのチョコレートの量。バレンタインには気が早すぎるんじゃないですか」
「うるさい、デスクに置くストックだ。いっぺんには食わん」
「今袋から取り出したのは?」
「今食べる分だ」

 新商品のチョコレート菓子の箱を開けて、一粒口に放り込む。歯を立てるとチョコの甘みの後にほろ苦いキャラメルソースが口の中に広がってなかなか美味い。食べた後にカフェラテを飲むとキャラメルラテのような味になって、これはこれでいい。

「そういえば、貴方最近パートナー替えたんですか?」

 噎せた。
 げほ、ごほ、と涙目で咳き込んでいると追い打ちのように声をかけられる。

「この間の土曜、貴方がとんでもないイケメンを連れているのを見たって秘書課で話題になってましたよ。先月に付き合ってたっていうSubは言っちゃ悪いですけど十人並みの顔でしたから、そうなるとパートナー替えたんじゃないかって」
「……俺がどんな奴を連れて歩こうが俺の勝手だろう」

 秘書課って暇なのか、と半眼で睨みつけると、肩を竦められる。

「秘書なんてSubかマゾのNormalばっかりですからね。社内でも珍しいDomの交友関係を把握しといて、あわよくば、って腹なんじゃないですか。僕Domなんで全っ然気持ちわかりませんけど」
「俺は社内でパートナーを見繕う気は毛頭ないぞ。面倒くさい」
「そこは同感です」

 そう頷く宗三は長谷部の知る限りかなり支配欲求の強いゴリゴリのDomで、一人のパートナーでは満足できずにSubを幾人も囲っているだとか、取引先のNormalの社長をマゾ調教しただとかこっそり噂になっているが、なんてことはない、やはり被支配欲求の強いゴリゴリのSubのパートナーを社外で見つけ、彼女一筋で長年うまくやっているということを長谷部は宗三本人から聞いて知っている。
「で、どんな相手なんですか?」
 これは言うまで解放されないなと早々に察して、長谷部は重い口を開けた。

「…………俺には勿体無いくらいの、いい奴だ」
「貴方いつもそれじゃないですか」
「事実なんだから仕方ないだろう」

 そう言い放つと、はあ、と大きな溜め息をつかれた。
「貴方プライド高いくせになんでそう卑屈なんです?」
 宗三にだけは「プライド高いくせに」とか言われたくない、と思ったが空気を読んで黙った。
「まあいいですけど。その新しいパートナーとは長続きしそうなんですか?」
「それおまえに言う義理あるか?」
 黙ったものの数秒と耐えきれなかった。やはりこの男とは相性が悪い。
 宗三は頬杖をついてこちらにじとりと流し目を送る。

「以前抑制剤飲みすぎてバッドトリップしてトイレで吐いてる貴方をバーから自宅までタクシーで送ってあげた優しい同期は誰でしたっけね」
 その話を持ち出されると長谷部には何も言えない。
「……長続き、させたいとは思ってる」
「それもいつもじゃないですか」
「うるさい。あいつと長続きさせる為にも、今は特訓を重ねてるところなんだ。放っておいてくれ」

 腹立ち紛れにもう一粒チョコレートを口に投げ込んだ。ぱき、と口の中で噛み砕いて、カフェラテで流し込む。好みの味にすこしだけ機嫌が回復する。
「特訓、ねえ」
「そうだ」
 今週末だってしっかり会う予定を立てている。前回の失敗を反省し、次こそはもっとうまくやる、と意気込む長谷部に光忠は「頑張りすぎないでね。焦らずにゆっくりいこうよ」と言ってくれた。そんな光忠だから、自分もできる限り応えてやりたいと思うのだ。
 僅かに顔を緩ませた長谷部に「ふうん」と零して、宗三は飲みかけのコーヒーに口をつけた。

「……まあ、いい傾向なんじゃないですかね。毎回相手を思いやりすぎて距離感掴めなくなってフられる貴方が、短い付き合いでも「あいつ」なんて呼ぶくらいなんです。それなりに相性のいいSubなんでしょう」
「……Subじゃない、Switchだ」
「は?」
「仕事に戻る。おまえも早く戻れよ」

 そう言ってカフェラテを飲みきって空いたカップをゴミ箱に放り捨てる。やや乱暴にレジ袋を掴んで席を立って、長谷部は喫茶スペースを出て行った。

「…………Switchって、」
 それかなり面倒な相手なのでは、という宗三の呟きは、長谷部の耳には届かなかった。

◆ ◆ ◆ ◆

 長谷部が光忠と約束したのは金曜の夜だった。向こうは土曜も朝から仕事があるということなので、あまり長い時間一緒にいることはできない。その為、待ち合わせは最初からホテル街のある駅の改札前を指定した。前回待たせてしまったことを反省して、今度はかなり早めに待ち合わせ場所に向かい、何食わぬ顔で壁際に立って光忠を待った。しばらくスマートフォンでニュースサイトを眺めていると、頭上から声が降ってくる。

「ごめんね、待たせちゃったかな」
「……いや、今来たばかりだ」

 今回は待たせずに済んだと内心ほっとしながら、スマートフォンを待機モードに変えて鞄に入れた。

「何か軽く食べていこうか。何がいい?」
「なんでもいい。そこの定食屋でも、ファミレスでも。いっそコンビニで弁当買ってホテルで食べても構わん」
「あんまり時間ないもんね。今日はコンビニでもいいか」

 結局近くのコンビニで各々適当におにぎりやらカップラーメンやらを買い、ラブホテルの立ち並ぶエリアに向かった。
 それなりに清潔感がありそうなラブホテルを選んで入ると、安い部屋は既に埋まっていて、岩盤浴つきだとか、露天風呂つきだとかの高い部屋しか空いていなかった。しばし悩んだ結果、露天風呂つきの部屋を選択して向かう。
 革張りのソファに二人並んで座り、味気ない食事を取りながら今日のプレイについて相談を始める。悩ましげな声を上げて肌色がぐねぐねと動くテレビの画像はさりげなく事前にリモコンでオフにした。

「で、今日はどうする」
「それなんだけどさ。前は僕だけ気持ちよくしてもらっちゃっただろう? だから今日は長谷部くんにも気持ちよくなってもらいたいなって」
「……と言うと?」
「口と手で君に奉仕したいな。できれば後ろも弄ってあげたい」

 駄目かな、とこてんと首を傾げられる。とっくに成人している大の男がそんな仕草をしてもまったくかわいくないと言いたいところだったが、この男、なんと言っても顔がいい。飛び抜けて顔面偏差値の高い相手に甘えられて、長谷部の一般的な好意感情だけでなくDomとしての本能もぐいぐいと刺激されている。
 ぐらぐらと甘やかしてやりたい欲求に耐えていた長谷部は、その発言の意味を数秒遅れで理解して慌てた。

「……後ろもか?」
「うん。時間的に最後までは難しそうだけど、せっかくだし中を触るくらいはしておきたいかな」

 勿論君が嫌ならやめておくけど、と付け足されて長谷部はぐっと唇を引き結んだ。

「…………」
「長谷部くん?」
「…………嫌ではない。そうじゃないんだが、」
「うん」
「……前にも言ったが、今まで他人に後ろを弄らせたことがないから、その、何か粗相をしたらすまん。先に謝っておく」

 ぱちぱちと光忠の切れ長の瞳が大きく瞬いた。

「ああ……えっと、その、確認しておきたいんだけど、」
「なんだ」
「長谷部くん、後ろで気持ちよくなったことはあるの?」
「…………ある。というか昔自分で弄ってみたら思いの外ヨかったから、」

 下がいいんだ、と消え入るような声で付け足した。顔を真っ赤にして項垂れる長谷部に、光忠も釣られたように顔を赤くした。

「あー……うん、オーケー、わかった。そっか、うん、なるほど……」

 気まずい沈黙が二人の間に降りる。

 長谷部の今までのパートナーは性に消極的なタイプが多かったので、性的な触れ合いに発展する機会があまり多くなく、それもあってか長谷部が後ろを預ける機会は今まで巡ってこなかった。そうなる前に全員からフられたとも言う。
 しかし後ろを使った自慰の経験だけは豊富で、高校の時に一度そっちの自慰に目覚めてしまってからは、この十数年そこそこ開発も続けているので、感度だとかそういう方向の心配はないとは自分では思ってはいる。だがそんな秘所を他人に見せて触らせて自分がどういった風になるのかは未だ未知の世界だった。正直に言うと、不安だ。

 長谷部はちらりと光忠の手を盗み見た。長谷部のものよりもごつごつとしていて、男らしい手指をしている。
 ついでに前回足で扱いたブツの大きさも思い浮かべてみる。巨根と言っていい、むしろあれを巨根と言わずしてナニが巨根なのかというサイズだった。
 一人遊びしか経験のない、いわば箱入りのアナルの中に、あの指と陰茎ははたしてちゃんと入るんだろうか。裂けはしないと思いたいが、それなりに苦労しそうである。

 長谷部はぐっと唇を噛みしめて俯いた。Domの男であるにも関わらずネコを志望しているという長谷部に、光忠は内心引いたりはしてないだろうか。今更ながら不安になってくる。三十目前まで童貞処女というのはさすがに面倒だっただろうか。いっそ一度どこかの風俗で捨ててくれば、あるいは。
 考えれば考えるほど泥濘に足が埋まっていく心地がする。

「光忠、」
「なに?」
「あのな、面倒なら面倒と言ってくれ。処女が面倒くさいっていうことなら、適当に今度どこかの風俗で捨ててくる、」

 から、と最後まで言う前にビリ、と空気が震える感覚がして長谷部は反射的に黙った。光忠のGlareだ。光忠の満月の瞳がぎらぎらと剣呑な光を纏って長谷部を睨みつけている。
 長谷部はSubではないからGlareによる強制力は感じないが、そこに込められた威圧感だけはしっかり理解できる。何故かは知らないが、光忠が怒っている。

「……何か怒らせたなら、謝る。すまん」

 どうにか言葉を絞り出すと、光忠はぐしゃ、と手で前髪ごと顔を覆って大きな溜め息をついた。それと同時にGlareの気配も消える。

「…………いや、僕もごめん、ちょっと落ち着く。五秒待って」

 そう言って光忠がすう、はあ、と大きく何度か深呼吸した。もう一度顔を上げた時にはいつもの顔をしていたのですこしほっとする。それでも、その瞳は未だに燃えているようだった。
 長谷部くん、と名前を呼ばれ、手を重ねられる。

「あのね、僕は寝取られ趣味なんて持ってないし、好きな相手の大事な初体験をどこの馬の骨とも知れない奴にくれてやれるほど優しくもない」
「…………ええと、」
「君の初めて、本当に僕が貰ってもいいの?」

 どこか心配するように、労るように、光忠は重ねた長谷部の手を己の手でゆっくりと撫でる。
 問われて、長谷部は考える。長谷部の性自認は純然たる男だし、多分女性ほど自分の処女に価値を感じていないし、こだわりもない。だから風俗で捨てることにもさして抵抗はないけれど。

「……俺は、どうせならおまえに貰ってほしいと思っている」

 この段階に来るまで長谷部に付き合ってくれた、生まれて初めてのパートナー。長谷部に惜しみのない好意と信頼を向けてくれるこの男に、自分が差し出せるものなんて精々それくらいだ。

「あの、もし、迷惑でなかったらの話だが」
「そんなわけないだろう?」
 光忠の大きな手が長谷部の頬を包み、ゆっくりと自分の方へと向けた。
「……光栄だよ。すっごく嬉しい」

 そう言ってとろりと蕩けるようなあの瞳を向けられる。
「そう、か」
「うん、任せて。長谷部くんのこと、いっぱい気持ちよくしてあげる」
 ぎゅう、と抱きしめられて、耳元に吐息混じりのウィスパーボイスが吹き込まれる。

「だから、長谷部くんもどこが気持ちいいとか、どうしてほしいとか、ちゃんと僕に教えてね」


 シャワーを浴びて再びベッドルームに戻ると、先に上がっていた光忠が「おつかれ」と言いながらベッドの隣を空けた。無言でその隣に腰を下ろし、手を組んで膝の上に置く。相変わらず、こういう時にどんな話をすべきかわからない。何を言ってもムードをぶち壊しにしてしまう予感がするが、さすがにこのまま無言を貫くわけにもいかないことだけはわかった。
 初めてアナルを他人に触らせる時にふさわしい会話ってなんだろう、と半ば哲学のように考えを巡らせていると、光忠が肩に触れてきた。

「長谷部くん、リラックスリラックス」
「あ、ああ」
「大丈夫? ちょっと僕にコマンド出してみる?」

 気を遣わせてしまったていることが情けない。Domのくせに、三十路目前の男のくせに。しかも以前バーで見たプロフィールカードの情報が確かなら、光忠は長谷部よりいくつか年下の筈だった。
 萎みそうになる勇気を奮い立たせる為、長谷部は一度深呼吸する。吸って吐いて。もう一度吸って。そこから光忠に命令をする。

「”Present”」

 指定した体の一部――一般的には性器や陰部など――を差し出させるコマンドを聞いて、光忠はにこりと頷いた。

「いいよ。どこがいい?」
「唇寄越せ。……キス、するぞ」

 ほとんど間を置かずに唇にやわらかいものが触れる。大きな手が両頬を包み込むように回り、動きを固定される。ちゅ、ちゅ、と音を立てて何度も軽く口づけられる。そういえばこいつとキスをするのは初めてだったな、とぼんやり目を開けると、欲に塗れた蜜色の眼差しとぶつかった。
 唇を触れさせたまま、互いに絡みつくような視線を交わす。先に動いたのは長谷部の方だった。唇を開いてちろりと舌を出し、光忠の唇を舐めてやる。上唇と下唇の間をノックするようにつつき、上唇に吸いついて歯を立てる。そのまま舌を押し込もうとしたら、反対に開いた唇の隙間から光忠の分厚い舌を差し込まれて思わず声が漏れた。

「……ん、ぅ」

 舌先をくすぐるようになぞられ、舌表面のざらざらした部分も裏面のなめらかな部分も舐められる。そのまま水音を立ててじゅうと吸われ、舌を口外に引き出されて歯を立てられる。縋るように目の前の肩に手を置いてびくりと体を震わせると、「お返しだよ」と囁かれて吐息だけで笑われた。
 悔しくなって長谷部も光忠の唇に舌を入れた。上顎の凹凸に舌を這わせると悩ましげな声が上がったので、そこを何度も舌で往復させると、咎めるように舌を吸われて甘噛みされる。

 そこから先はお互い意地の張り合いのようだった。どちらかが攻勢を仕掛ければ、どちらかが応戦して攻めに転じる。唇が熱く腫れぼったく感じてくる頃には二人とも息が上がっていた。
 は、と大きく息を吐いて見つめ合う。どちらからともなく笑いが溢れた。

「っはは、何やってるんだかな……」
「ふふ、うん。でも緊張は解けたよね」

 そう言ってそっと股間を撫でられた。そこは今のやり取りに確かな反応を示していた。
「次は何してほしい?」
 蜜のように甘ったるい声で囁かれる。
「耳を舐めてもいいし、首を吸ったっていい。乳首やおへそを弄ってもいいよ。君のしてほしいこと、全部してあげたい」
 長谷部くん、と名前を呼ばれてぞくりとした。SubがDomに服従する時というのはこんな感覚なのだろうか、と甘く痺れる頭で考えた。

「……び、を」
「うん?」
「乳首を、弄ってほしい」
「……いいよ。体、倒すね」

 そう言われて、そっとベッドの上に横たえられる。倒れる速度をコントロールする為背中に回された腕に、手慣れているなと思った。
 体がマットレスに沈み込むと同時、バスローブの紐をしゅるりと解かれた。合わせを左右に開かれて肌を晒される。火照った体に室内の空気が寒い。知らず身を竦めませると、それを敏感に感じ取った光忠がエアコンのリモコンに手を伸ばした。

「寒い? ごめんね、もうすこし室温上げようか」
「いや、いい」
 そう言って伸ばされた腕を引き止める。
「どうせすぐ熱くなるから、大丈夫だ」
「……言うねぇ」

 にんまりと唇で弧を描き、光忠が長谷部の脇腹から胸までをそっと撫で上げた。

「ぁ、」
「かわいい。乳首はあんまり弄ったことないのかな」
「ん、たまに、自分でも、」
「触ってる?」

 頷くと、乳首にそっと指が触れて転がされる。自分で自慰をする時は左手で乳首に触れることが多いので、自然と左乳首で快楽を拾うことが多い。右利きの光忠が触れてきたのもやはり左乳首で、慣れた快感がじわりと広がって腰が重くなってくる。
「っ、んん、」
 きゅう、と胸の先端を摘まれて足先がぴんと伸びる。唇を噛んで刺激に耐えていると、「こら」と歯と唇の間を指でつつかれた。
「噛んじゃ駄目だよ。ねえ、声、聞かせてほしいな」
 甘えるようにそう言われて長谷部は渋々唇を開き、了承ついでに光忠の指を吸った。一度口から出して見せつけるようにべろりと舐めてやると、光忠の瞳がぎらりと光った。
「……まったく、ずるいなあ」
 胸元に顔を寄せて、光忠がふうと息を吹きかける。弄られてすっかり立ち上がったそこに、光忠がねろりと舌を這わせる。舌でぴんぴんと先端を弾かれて、いつの間にか反対の乳首にも手が伸ばされて同じように弾かれた。
「ぅ、あ、んん、いい、それ」
 熱い息を吐きながら訴えると、「これは?」と今度は音を立てて吸いつかれた。

「あ――――ッ」

 ちゅうちゅうと吸われたかと思うと、口に含んだままちろちろと舌を動かされて時折歯を立てられる。反対側もくりくりと指で転がされたままで、下着の中で後から後から先走りが溢れてくるのを感じる。のしかかっている光忠の腹に夢中になって腰を押しつけて快楽を貪る。その動きに気づいた光忠がふふ、と乳首を咥えながら笑った。振動が胸に響く。
「っ、あ、」
「はあ、すっごくかわいい。……ね、気持ちいい?」
 これで気持ちよくなかったら俺の演技はアカデミー賞受賞モノだぞ、と思いながら長谷部は涙目で睨みつけたが、「ごめんごめん」と苦笑される結果に終わった。

「次はどこ弄ってほしい?」
「……もう胸はいい。その、前、を、」
 弄ってほしい、と言うと、下着の上から人差し指でつうと裏筋を撫でられた。
「っは、ぁ、」
「腰浮かせられる? 下着、脱がせてあげるよ」

 とんとんと腰骨の辺りを催促するように叩かれたので膝を立てて腰を浮かせると、光忠の手が慎重に長谷部の下半身から濡れた布を取り去った。
 立ち上がった長谷部の陰茎は腹につくほど反り返り、先端からはとぷとぷと透明な先走りを溢れさせている。脈打つ血管を辿るように指でなぞられて知らず溜め息がでた。

「ぁう、」
「長谷部くん、フェラチオされた経験は?」
「……そのくらいはある」

 そっか、とどこか残念そうに言いながら、光忠は長谷部の脚の間に身を割り込ませ、その股間に顔を近づけた。

「ああ、すごく綺麗だね」
「馬鹿、そんなところに綺麗も何も、っふ、」

 震える先端に口づけられるようにして吸いつかれ、そのまま口内に導かれた。あたたかく湿った感触が心地よくてびくりと腰が跳ねる。
「うぁ、あ、んん、あ、ぅ」
 形を確かめるように先端を何度か口の中に出し入れされ、時折雁首の辺りをきつく吸われる。空いている方の手で根本の辺りも丹念に刺激されて、目の前が白く明滅する。長谷部の少ない経験でもわかる。――上手い。
「あ、ぁあ、や、みつただ、あ、ぁ」
 長谷部の足先がその快感に耐えるように何度もシーツを蹴った。手は白くなるほど強く握られ、やはりシーツに不規則な模様を作る。
 じゅぽ、じゅぽ、とはしたない水音を立てられ、竿全体にストロークがかけられると、もう駄目だった。玉の方からじわじわと精液がせり上がってくる感覚がして長谷部は慌てた。

「あ、やだ、待て、でる、光忠、待って、うあ、あ、んんんんっっ」

 “Stop”とコマンドをかければ良かったのだと気づいたのは、光忠の口にすべてを吐き出し終わってからだった。ちゅう、と駄目押しのように尿道の中に残った分まで吸われて思わず腰が揺れた。
 やってしまった。快感で溶けそうな頭で光忠を見て、その喉がこくりと上下するのが視界に入り、長谷部は焦って身を起こした。

「っば、馬鹿か! 飲むな!」
「え? 飲ませたことないの?」
「そんな趣味はない!」

 そっか。今度はやけに嬉しそうに言って、光忠は見せつけるように口の端についた精液を赤い舌で舐め取ってみせた。かあっと長谷部の顔に血が上った。

「っ……! ……次からはちゃんと吐き出せ!」
「えー、勿体無い」
「駄目だ」
「ね。お願い。たまにならいいだろう?」

 お願いと甘えられると叶えたくなってしまうのはDomの悲しい性だと長谷部は思った。最近気づいたが、長谷部はこうやって真っ向から甘えられるのにどうにも弱いらしい。

「…………三、いや、五回に一回くらいなら」
「オーケー」

 そう言って光忠は長谷部の太腿を持ち上げ、内側の薄い皮膚に唇をつけた。そのまま舌でつうっと足の付け根までなぞられて、今度は強く跡をつけるように吸われる。視線の注がれる先に気がついて長谷部のそこがひくりとひくつくのがわかった。

「……後ろ、弄ってほしい?」

 ここ、と奥まったところに指が触れ、とん、と窄まりを軽く叩かれる。
 光忠はそこで動きを止め、じっと長谷部の許しを待っている。躾の行き届いた飼い犬のように長谷部からゴーサインが出るのを今か今かと待ち望んでいる。今日はこれで切り上げると言ったらどうなるだろう、とちらりと嗜虐心が顔を覗かせたが、駄目だ、自分が待ちきれない。
 どくどくと心臓の音がうるさい。きっと今の自分は欲に塗れたみっともない顔をしている。

「ほし、い」

 シャワールームで中を洗ってきた時に、カプセルタイプのオイルローションを中に仕込んできた。そろそろ体温で溶けた頃だろう。太腿を持たれて中途半端に浮いた腰を揺らめかせて誘うと、光忠が熱い溜め息をついた。
「……たまらないな」
 「なるべく優しくするけど、痛かったら言ってね」と言って、光忠が長谷部の腰の下に枕を差し入れた。ぐ、と膝裏を押されて剥き出しになった蕾に光忠の指がそっと埋められる。

「っ……」
「ああ、すこし慣らして来たんだね。ぬるぬるしてる。でも、次からは僕がしてあげたいな」

 つぷ、と指が埋め込まれたかと思うと、ぬぷぬぷと第二関節の辺りまで入れられる。自分の指で慣れているとはいえ、序盤のこの異物感ばかりはいつまで経っても慣れない。空いた手で鳥肌の立った肌を宥めるように撫でられ、中に入った指はくに、くに、と中を探るように何度も曲げられる。

「ねえ、君のイイところ、教えて?」

 ぐるりと指を回されて「ひぅ……っ」と声を上げて仰け反ると、「あ、今当たった?」と嬉しそうに言われた。

「ん……そこ、もっと奥、あ、イイ、ぁ、ふあああっ」
「ああ、ここだね」

 長谷部の腹の内側のしこりを光忠の指がしっかりと捉えた。その場所を覚えるようにぐ、ぐ、と何度も押され捏ねられる。前立腺への刺激によって、射精して萎えていた陰茎がむくむくと立ち上がっていく。男の体はこういう時に素直で不便だ。
 無意識にずり上がって逃げようとする腰を光忠の左手が掴んで引き戻す。その拍子に中を強く押されて長谷部は甘く鳴いた。

「んああああっ、やら、みつ、みつただ」

 性器を舐められるのならまだ経験があったけれど、他人に触れられたことのない性感帯を生まれて初めて容赦なく責め立てられて、ひっきりなしに声が出てしまう。
 いつの間にか増やされていた指が、前立腺を挟むようにして擦るのでたまらない。ぐちゅ、ぬぷ、とローションが奥まったところで音を立てる。三本目の指が追加されてくぱ、と開くように広げられると、腹の中に空気が入ってくる感触がしてその感覚にも感じてしまう。

「あ、んん、っふ、ぁああ……ぅあっ、やぁ、あっ!?」

 一度指が抜かれたと思ったら、縁に指をかけられて広げられ、そこに濡れたものが触れる。ぬるんと大した抵抗もなく侵入してきたそれは光忠の舌だった。気づいた瞬間羞恥と、それを上回る快楽が襲ってきた。
「ば、やめ、あ、あっ、んん、っあ、ぅあああ、だめ、そこ、」
 とっくに復活した性器からはとめどなく先走りが溢れて、長谷部の腰が揺れるのと一緒にふるふると震えている。恥ずかしくてそこを抑えようと伸ばした手に光忠の手が重ねられ、半ば強引に握らされる。
 ちか、と一瞬目の前が白く染まった。

「ふあぁぁっ」

 そのまま重ねられた手に導かれるように何度か擦ると同時、音を立てて中を吸われて長谷部は絶頂した。
「あ……ふ、……」
 何度も胸を上下させ、陸に打ち上げられた魚のようにはくはくと口を開けていると、労るようにぽんぽんと頭を撫でられた。

「大丈夫?」
「……おまえな」
「うん、ごめん。ちょっとDomの方のスイッチが入っちゃった」

 もっとうまくやるつもりだったんだけどな、とぼやきながら、光忠はベッドヘッドからティッシュを何枚か取って長谷部が腹に吐き出したものを拭き取った。

「……そういえば、おまえはDom性も持ってるんだったな」
「そりゃあSwitchだからね。……嫌かな」
「別にいいんじゃないか。人生が二倍楽しめて」

 そう言うと、光忠はくしゃりと嬉しそうに破顔して長谷部の肩に顔を埋めた。

「……ふふ。うん、そうなんだよ。僕今すごく楽しいし幸せ」

 ぐりぐりと甘えるように頭を擦りつけてくる姿を見ながら、先程の楽しげに長谷部を攻めてくる様子を思い出して、思わず溜め息が出た。もしかしたら、自分はとんでもないパートナーを持ってしまったのかもしれない。

「長谷部くん、ごめん。怒った?」
「……怒ってない。気持ちよかったから、いい」
「本当?」
「二回もイったんだぞ。嘘なわけあるか」

 腹立ち紛れに光忠の脚を軽く蹴る。よろよろとした蹴りに、想像以上に腰から下に力が入っていないことを自覚して悔しくなる。
 しかしやられっぱなしというのはどうにも性に合わない。長谷部は立ち上がりかけていた光忠の腕を掴んで引き止める。

「……おい、」
「なに?」
「”Strip”と”Present”だ。イかせてくれた礼に、たっぷり口で奉仕してやる」

 あ、と口を開けて舌をひらめかせると、光忠が息を呑むのがわかった。
 命令を受けた途端に反射で蕩ける金の瞳を見て、長谷部はやはりこうでなくては、と満足げに喉を鳴らした。


 結局あの後は光忠を口と手でイかせ、その様子にうっかり反応してしまった長谷部が最終的に兜合わせして互いに欲を吐き出した。
 短時間に三回も射精してへろへろになった長谷部を光忠は甲斐甲斐しく世話をした。汚れた体を拭いてやり、ペットボトルの水を渡し、備え付けの露天風呂まで抱えて運んだ。
 長谷部はもう指一本も動かしたくないくらいに疲れていたので、光忠にされるがままに体を洗われ、今は後ろから抱え込まれるようにしてあたたかい湯船に浸かっている。

「僕来週はちょっと用事があって会えないんだ」
「そうか」

 ここ最近は毎週のように会っていたから忘れていたけれど、光忠はただでさえ社交的で、この通り華やかな外見の男なのだから、この三週間週末の予定が空いていたことが奇跡みたいなものだろう。
 それでもなんとなく面白くないな、と思ったが口には出さない。代わりにもこもこと水面を埋め尽くす泡をふうと息を吹いて散らした。
 その様子にくすくすと笑いながら光忠が長谷部の首元に触れる。
「でも、二十二時以降なら電話するくらいの時間は取れそうなんだよね。それでさ」
 かり、と後ろから耳朶を噛まれて息が詰まった。

「テレフォンセックス、やってみない?」

 弾かれたように振り返ると、それはもう色っぽい笑みを浮かべた美貌がこちらを熱く見つめていた。

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