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お互いの予定が合ったのは次の週の土曜だった。
午前中は仕事があるという光忠に合わせ、昼過ぎの待ち合わせにした。光忠の職場と長谷部の家の中間地点にある、そこそこの規模の駅の改札前とざっくり待ち合わせ場所を指定されて、はたして無事合流できるか不安になったが、結果としては杞憂だった。
長谷部が駅の改札を抜けると、行き交う人混みの中に頭ひとつ抜き出た長身が真っ先に目に入った。光忠だ。デジタルサイネージが埋め込まれた柱に寄りかかるようにして立っていた光忠は、それだけでどこかの広告写真のようにキまっていた。服装も紺色のシャツに黒のジーンズというごくごくシンプルなものなのに、それがまたお洒落上級者のこなれ感のようなものを醸し出している。
長谷部だって顔もスタイルも悪くない方だとは自認していたが、光忠はなんというか別格の存在感があった。華があるというのはこういうことを言うのだろう。
「あの人モデルかな?」
「何かの撮影中?」
ひそひそと色めきたった声があちこちから聞こえ、そこら中からちらちらと熱い視線が向けられている。これ以上なく目立っていた。探す手間など最初からいらなかった。
もうこいつ自身が待ち合わせスポットになってるな、と長谷部は半ば呆れながら近づいていった。
「光忠」
声をかけると、光忠は手元のスマートフォンからぱっと顔を上げ、こちらを見て嬉しそうに破顔する。
「長谷部くん」
「悪い、待たせたか」
「ううん、平気」
「メシは?」
「軽く食べて来たけど、長谷部くんがまだなら付き合うよ」
「じゃあ蕎麦でも食うか」
「蕎麦かぁ。いいね」
提案に応じて貰えたことにほっとしつつ、二人で並んで駅の出口へ向かう。
駅から商店街とは逆の方へ抜けてしばらく歩くと、一見カフェ風の店が見えてくる。明らかに戸惑った様子の光忠を横目で見て愉快な気分になる。浮かびそうになる笑みを噛み殺しながら、アンティーク調のドアを開けた。途端に、食欲をそそる鰹出汁の匂いを乗せた空気がぶわりと吹いてくる。
和風の制服を来た店員の案内で席に着き、「おしながき」と書かれた蕎麦のメニューを渡されてからようやく光忠は口を開いた。
「……本当にお蕎麦屋さんだったんだねぇ」
「昔この辺に来た時に見つけたんだ。甘いものでも食べようかと思って入ったら蕎麦屋だったから驚いた」
「普通のお蕎麦以外の変わり種も多いんだね」
トマトそば、すだちそば、豆乳坦々風そばとカラフルな写真を見ながら光忠が感心したように声を上げた。
「基本外れはないから安心しろ」
「そう言われると悩むなぁ」
結局長谷部は揚げ茄子おろしそば、光忠はすだちそばを頼んだ。
ずぞぞ、と届いた蕎麦を啜っていると、いつの間にか無言になる。ここの蕎麦が好きだから特に何も考えずに連れて来てしまったが、これは初デート先としてはまずいチョイスだったのではないだろうか、と長谷部は今更になって焦った。過去のパートナー達とのデートも、そういえばあまり会話をしていなかった気がする。そういうところが悪かったのだろうか。
会話。何か会話をしなければ。
光忠が蕎麦の上に乗ったすだちの輪切りを箸で避けているタイミングで長谷部は口を開いた。
「……ここは冬期限定の鴨南蛮も美味いぞ」
「鴨南蛮?」
「ああ、上に乗った鴨のローストが分厚くて食べごたえがあってな、すこしとろみのある汁に柚子胡椒が利いていて――」
蕎麦屋の回し者みたいになってしまった。
どうして自分はこう会話がうまくないのだろう、と手で顔を覆いたくなってしまう。
「……すまん」
「えっ、なんで謝るの?」
「……その、あまり気の効いた会話をしてやれなくて」
「僕は楽しいけどな。長谷部くんは食べるのが好きなんだなってわかって」
ふふ、と光忠が笑いながら避けたすだちを乗せた小皿をテーブルに置いた。
「さっき、『甘いものでも食べようか』ってこの店に入ったって言ってただろう? 長谷部くんは甘いものが好きで、こういう女性ウケしそうな外観のお店に入るのにも抵抗がないタイプなんだなー、とか。箸の持ち方や食べ方がすごく綺麗だなー、とか。気づくことが沢山あって楽しいよ?」
「……その観察力は職業柄か?」
「それもあるけど、やっぱり好きな人のことは知りたくなるし」
好きな人、と言われて長谷部の顔が赤くなる。
「……昨日も言われたが、それはその、パートナーだけでなく恋人にもなりたいということか?」
DomとSubの関係の結び方は様々で、お互いの本能を宥める為だけの割り切った関係のパートナーもいれば、そのまま恋人として付き合うパートナーもいる。前者の場合はダイナミクスのパートナーとは別にNormalの恋人や配偶者を持つこともあるというのだから、やや潔癖なきらいのある長谷部からするとまるで宇宙人のようだった。
「ゆくゆくはそうなれたら嬉しいなって思ってはいるよ」
光忠はまっすぐに熱のこもった視線を長谷部に向けてきた。
「でもまずはお互いパートナーとして相互理解と経験を積むべきだと思ってるし、無理強いはしない。勿論君が僕と合わないと思ったり、他に好きなSubができたりしたら、途中でパートナーを解消してくれて構わないよ」
「……」
「ほら、お蕎麦伸びちゃうよ。早く食べよう」
促され、慌てて止めていた箸を動かす。すっかり汁を吸ってずしりと重くなった揚げ茄子にかぶりつくと、茄子の汁気と鰹出汁の効いた蕎麦つゆが口の中いっぱいに広がった。
「お互いのことをもっと知り合うべきだ」という光忠の主張により、長谷部はその後光忠ととりとめもないことを話しながら、今度は商店街のある方面へと歩き始める。ちょうど秋祭りの時期だったらしく、神社のある方向に近づいていくとちらほらと出店も出ていた。
「お腹いっぱいでもソースの香りって食欲をそそるよね」
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てる焼きそばやお好み焼きを横目で見ながら光忠がぽつりと零す。
その隣には商店街の中華料理屋が出していると思しき、どことなく親しみのある出店が並んでいる。テントの下では何段にも重なった蒸し器からもくもくと蒸気が立っていて、人の良さそうな顔をした店主が額から汗を流しながら「本場の小籠包だよ。秋祭り限定!」と道行く人に声をかけていた。
「ああ。後で自宅用に買って帰るかな」
「ここのお祭りって初めて来たけど、手作り感があっていいね。活気もあるし」
「商店街自体が栄えてるからな。いわゆるテキ屋の出す店より商店街に並んでる店が出している出店の方が多いんだ。俺のおすすめは毎年あっちのイタリア料理屋の出す自家製サングリアとカルツォーネ、あと路地裏の肉屋が出してる串カツだ。手前の魚屋が出してるホタテのバター焼きなんかも美味いぞ」
「なんで蕎麦食べちゃった後にそういうこと言うかな!?」
こんなことならもうすこしお腹空かせてくるんだった、とあまりにも悔しそうに光忠が零すので、長谷部は耐えきれずに笑い声を上げた。
「ここの近くの駅でな、同じように商店街の店が出店を出すイベントが来月にあるから、興味あるなら来るか?」
「行く」
即答だった。
「ホテルの出すカツサンドとか、ラーメン屋のラーメンとか、居酒屋のモツ煮と地酒飲み比べセットとか。さっきのサングリアの店とは違うが、トリッパやレバーパテを出してるイタリア料理屋もあるぞ」
「それもう出店のレベル超えてない?」
「しかも全品ほぼワンコインだ」
「採算取れてるのか不安になるね……」
そんなことを言い合っているうちに神社に着いたので、手水舎で手と口を漱ぎ、本殿の賽銭箱に五円玉を入れる。紅白の紐を揺らして鈴を鳴らし、二礼二拍手。手を合わせて目を瞑り、この段階で何を祈ろうかと一瞬躊躇する。とりあえず長谷部は日頃の感謝と、「今度のパートナーとは長続きしますように」とお祈りをしてから一礼した。
「あ、長谷部くん、おみくじあるよ。引いていこうか」
長谷部が答えるより早く、光忠はさっさとおみくじ横の箱に小銭を入れておみくじを引いていた。特に断る理由もなかったので長谷部もそれに倣って自分の分を引く。
きっちりと小さく折られた紙をちまちまと広げると、「吉」と書いてあった。
「うーん、まあまあかな。長谷部くんは?」
「吉。これって順位的にはどうなんだ?」
「一般的には大吉の次が吉だった、筈……待ってね」
そう言って光忠がスマホに何やら打ち込んで画面を操作すると、合点がいったように頷いた。
「大吉、吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶の順だって」
「へえ、末吉とかより上なのか」
「いや、待ってくれ。大吉、中吉、小吉、吉、末吉、凶、大凶のパターンもあるらしい」
「結局どっちなんだ」
曖昧すぎないか、と呆れる長谷部に、光忠はしばらく考え込むように顎に手を当て、「よし、こうしよう」とポケットに手を入れた。
取り出したのは三色ボールペンで、光忠は長谷部のおみくじにささっと何かを書き込んでにんまりと笑った。
「大吉にしちゃえば順位なんて疑いようもないよね」
印刷された「吉」の上に一文字書き足された「大」の字を見て、長谷部は呆気にとられた。
「おまえな……」
「占いなんて自分に都合よく取ればいいんだよ」
「このバチ当たりが」
長谷部が半眼でツッコんでも、光忠はふふふと笑ってどこ吹く風だ。大吉に様変わりさせられた哀れなおみくじに目を落とすと、ご丁寧に恋愛運のところに赤で丸をつけられていた。「この人となら幸福あり」と書かれた恋愛運の欄を見ていると、じわじわと頬が熱くなってくる。
「……おまえのはどうだったんだ」
問いかけると、「僕のはいいよ」と逃げるようにおみくじを持った手を頭上に上げられたのでカチンと来た。こいつ、ちょっと背が高いからって調子に乗りやがって。
「そうはさせるか。寄越せ」
「やだ」
「光忠」
多少卑怯だとは思ったが、目を合わせて軽く威圧する。Glareだ。これはDomがSubに言うことを聞かせたり、他のDomを威嚇したりする時に行われる威圧行為である。本来外で、しかも組んで間もないパートナーに使うのは少々マナー違反ではあるが、不思議と光忠なら怒らない気がしたので遠慮なく使わせてもらう。
Switchの光忠にどこまで効くかは不明だったが、Glareを向けると光忠は一瞬動きを止めた。戸惑いの色を浮かべる瞳の奥に、ひっそりと被支配の悦びが灯るのが見える。確かな手応えを感じた。
「寄越せ」
もう一度はっきりと口に出して催促すると、ゆるゆると手が下ろされて、長谷部におみくじが渡される。光忠は飼い主にお気に入りの玩具を献上する犬のような顔をしていた。
こういう時は褒めるんだったか、と思い出して「”Good boy”、よくできたな」と褒めてやる。へにゃ、と眉を下げて「……それは卑怯だよ長谷部くん」と唇を曲げたが、嫌がっている風ではけしてないことに安堵する。
さて、光忠から取り上げたおみくじを見れば、なんてことはない、いやあるのだが、そこには「大凶」と黒々とした太字で書かれていた。
「……これはまた見事な」
「かっこよくないから黙ってたのに……」
「おい、ペン貸せ」
光忠が持っていたペンを奪い取るようにすると、長谷部は「凶」の文字に二重線を書いて消し、上に「吉」を書き足した。
「これで俺達二人とも大吉だな」
ふふんと得意げに笑ってみせると、光忠は右手で顔を覆って天を仰いでいた。指や髪の隙間から見える肌は真っ赤だった。
「光忠?」
「…………ほんっと、君ってば卑怯だよ…………」
ずるい、かっこいい、と光忠は低い声で呻いた。
褒められているのか貶されているのかわからなかったものの、嫌なニュアンスではなかったので褒められているのだと解釈することにする。
光忠のおみくじの恋愛欄には「思い通りにならぬ」と書かれていた。
その後は駅をいくつか移動してラブホテルに入った。
部屋を選んでエレベーターに乗っている間はいつもすこし緊張する。これから「そういうコト」をするのだと思い知らされるこの空気が、長谷部は昔から苦手だった。場所が変わった、ただそれだけの筈なのに、何を話していいのか、どう振る舞っていいのかが途端にわからなくなる。いつもわかっているわけでもないけれど。
ぐん、と体全体を襲う一瞬の無重力感の後にチン、とベルが鳴る。エレベーターを降りると、靴ごと飲み込まれていきそうな毛足の長い絨毯の敷かれた廊下に出た。目的の部屋のランプが遠くに点滅しているのが見える。
お互いに無言で部屋に入って靴を脱ぎ、ドアを閉める。部屋の奥に繋がるもう一枚のドアを開けると、手前にソファセットと大きな液晶テレビが置かれ、その先にはいかにも、といった大きなベッドがどんと置いてある。
交代で手早くシャワーを浴びることにして、最初は光忠が、次に長谷部がバスルームへと入る。
長谷部がバスローブを着てシャワールームから出てきた時には、光忠はベッドに腰掛けて本を読んでいた。長谷部が上がってきたのに気づくと、本を閉じてヘッドボードに置いた。長谷部はやはり無言のまま光忠に隣に腰を下ろす。
この段階まで来たというのに、未だに自分から何を話していいのかわからない。まさかこの状況で食べ物関連の話をするわけにもいかず黙っていると、光忠の方から沈黙を破ってきた。
「長谷部くん、一応確認しておくけど、その、セックスの上下は……」
「俺が下で構わない」
そもそも光忠からのパートナーの申し込みに即承諾したのは、彼の性嗜好が自分の求めるものと合致していたのも大きかった。バーで確認した光忠のプロフィールカードにあった、「バイ タチ希望」の文字を思い出す。長谷部はDomにしては珍しいネコ希望だった。
Domの、しかも男を抱きたい、もしくは尻を弄ってもいいなんていうSubはかなり珍しい。その珍しいSub達にフられ続けた長谷部は、だから未だに性経験がなかった。
「ええと、セックスの経験はあるの?」
「ない。後ろは自慰で弄ってるくらいで、他人から弄られたことはまだない。童貞処女だ」
「アナルが好きってことかな」
直截的な物言いに顔が赤くなる。しかしここできちんと意思確認をせずに進めて後々問題になるのも嫌だったので、長谷部は渋々頷いた。
「……そういうことになる、のか」
「…………オーケー。色々ゆっくり慣らしていこう。どちらにせよ、今日最後までする気はなかったけど」
そう言って光忠はぴっと人差し指を立てた。
「今日はまず僕にコマンドを出すのに慣れようか。君が僕にさせたいと思ったコマンドを好きに出していい」
「……セーフワードは」
「”RED”にしよう」
セーフワードはSubが限界を感じた時にパートナーのDomに訴えるキーワードのことで、これを聞いたらDomはプレイを中断しなければならない。一般的には、Subが混乱していたり判断力が落ちていたりしても、すぐ口に出せる短い単語が使われることが多い。
「嫌なら嫌だって僕はきちんと言うし、仮に僕がセーフワードを使ったからと言って君が悪いとか、僕が君を嫌ったりするわけではない。今後も長く付き合っていく為の、お互いの限界を知る練習なんだから、怖がらずにどんどん挑戦していこう」
ね、と光忠が安心させるように長谷部の肩を叩く。
今まで長谷部はSubにセーフワードを使わせたことはなかった。Subがすこしでも嫌がるそぶりを見せたら自分から引いてやることが圧倒的に多かったし、そうするのが礼儀だと思っていた。それを光忠は崩していいのだという。
「……いいのか」
「勿論」
長谷部の手を両手で包むように握って、光忠が笑う。バーで初めて契約したあの時のように。
「君を信じるから、僕のことも信じてほしい。パートナーってそういうものだろう?」
その言葉に励まされ、長谷部はようやく決心がついた。
「”Kneel”」
光忠がベッドから降りて長谷部の足元に座り込む。その整った顔には「よくできました」と言わんばかりの余裕のある笑みが湛えられている。「”Good boy”」と褒め、風呂上がりで未だ湿り気のある髪をゆっくりと撫でてやると、くすくすと笑われた。
「……何がおかしい」
「いや、褒めるのがうまくなったなぁって」
気持ちいい、と呟いて光忠はとろんとした顔を見せる。それでも口元はゆったりとした弧を描いている。
――その余裕を、突き崩してやりたいと思った。
「”Lick(舐めろ)”」
長谷部は片足を持ち上げて光忠の眼前に爪先を持っていった。
「この間『今すぐ跪いて足を舐めたい』とかなんとか言ってただろう。舐めさせてやる」
ぱち、と長い睫毛が上下した。次の瞬間、にんまりとした笑みが浮かぶ。
「――喜んで」
光忠は主人から宝物を拝領する奴隷のように恭しく長谷部の足を捧げ持つと、その足先に静かに唇を落とした。光忠の左目は期待と欲情とで爛々と光っていた。
「いただきます」
ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てながら足の指の一本一本にキスをされる。五指のすべてに口づけを終えると、今度はちろちろと舌で舐め始めた。指と指の間のやわらかい皮膚にぬるりとした感触がすると、ぞくぞくとしたものが背筋を走る。
「ぁ、」
じゅく、と指をしゃぶられ、そのまま吸い上げられると、思わず声が出た。
「……足、弱いのかな」
かわいい、と言いながら光忠がぬろーっと足の甲を一筋舐め上げた。そのまま手を滑らせてリブソックスの跡の残る脛の方を撫で上げる。
「……ん?」
さわさわと何かを確かめるように光忠の指が長谷部の脛やふくらはぎを触るものだから、長谷部は眉を寄せた。
「なんだ」
「……なんだろ、靴下の跡の上の、これ……」
ぐる、と一周するように跡を指でなぞられて、ああ、と合点がいった。
「多分ソックスガーターの跡だな」
「えっ」
光忠が動きを止めた。
「どうした?」
「信じられない……君、朝からそんなえっちなもの着けてたっていうの……? まさかプレイ用に?」
「だったら脱がないだろう。靴下が落ちるのが嫌で普段から着けてるだけだ」
「常用してるの!? 嘘だろ!?」
光忠が何に狼狽えているのかがわからず、長谷部まで混乱してくる。
「……何かまずかったか……? 嫌なら次からは着けないようにしてくるが……」
「むしろ着けてきて。次はシャワー浴びてもソックスガーターと靴下は絶対に履いて出てきてほしい」
「あ、ああ」
すごい剣幕で迫られて押し切られる。ぐ、と長谷部の足を持つ手にも力が入っている。正直すこし痛い。
何がそんなに光忠の琴線に触れたのかは理解できないが、別に長谷部の負担になるわけでもなし、お願いということならば叶えてやりたいと思う。
光忠はソックスガーターの跡を再度指でぐるりとなぞり、その後を追いかけるように舌を這わせた。僅かに凹んだ輪っか状の跡を名残惜しそうにぺろぺろ舐めている。足先を持った手の親指で足の甲をすりすりと撫でることも忘れない。
「長谷部くんの脚って綺麗だよね。何か運動やってた?」
「学生時代に陸上をしてた。今も時々ジムに通ってる」
「ああ、なるほどね。……引き締まってて、すごく綺麗」
男の脚に綺麗も何もないと思うが、光忠は嬉しそうに唇と舌で丹念に長谷部の脚の輪郭をなぞる。もうそろそろ触れてないところがなくなってきたんじゃないかと思う頃、反対の足も同じように持ち上げられて舐められる。
「っはあ、長谷部くん……」
熱っぽい息を吐いて光忠がちゅうとふくらはぎに吸いつく。くすぐったさと僅かな快感で長谷部の息も上がってくる中、視界にあるものが入って長谷部は唇の端を上げた。
空いている方の足で光忠の股間をバスローブの上からぐり、と踏みつける。
「っ、う、」
「俺の足舐めて興奮したのか? このスキモノめ」
今度は力を緩め、立ち上がったモノの形を確かめるようにすりすりと優しく足で撫で上げると、ぶるりと目の前の大きな体が震えた。誰もが振り返るようなこのうつくしい男が、自分のこの二本の脚に翻弄されているという事実にふつふつと優越感が湧いてくる。
「誰が止めていいって言った? ”Lick”だ、光忠」
「……オーケー」
は、は、と荒い息を吐きながら光忠が再びゆるゆると唇と指を動かしていく。長谷部も光忠の股間を好きに弄った。踏み潰すように、宥めるように、飴と鞭を使い分ける要領で触れ方を時々入れ替えると、光忠の体は面白いように反応した。それでも長谷部の脚への奉仕が止まることはない。
そろそろ脚がふやけるんじゃないかと思った頃に、ようやく長谷部は「”Stop(待て)”」をかけた。
バスローブと下着の上からでもわかるくらい光忠の逸物はいきり立ち、金色の隻眼は興奮と情欲でぎらぎらと煮えたぎっていた。たまらない。自分の瞳もきっと同じような色を乗せているだろうと思うとじんと頭の深いところが痺れるような心地がする。快感だった。
「光忠、”Come”。ベッドに上がっていいぞ」
ぽんぽんとベッドのマットレスを叩くと、よろよろと光忠がベッドに上がってくる。二人分の体重に安物のスプリングが小さな悲鳴を上げた。
「”Good boy”、よくできたな」
肩を上下させる光忠の頭を抱き込むようにして撫でてやり、反対側の手で背中をさすってやる。光忠はふーっふーっと獣のような息を吐きながら長谷部の肩に頭を預けている。
「…………なあ、ご褒美をやろうか」
ぴく、と光忠の体が反応する。黒髪から覗く白い耳に舌を這わせながら耳元で囁いてやる。
「おまえの大好きな脚で、その堪え性のないチンコを扱いてやる。上手にイけたらたっぷり褒めてやろう」
きっと今までの長谷部だったらこんなことは言えなかった。強引に攻めて嫌われてしまうかも、とか、まだその段階じゃないとか、おそらく余計なことを考えて躊躇していた。
でも光忠は「信じてほしい」と言った。長谷部のことを信じているとも。そうして己が身を長谷部に預けてくれている。だから、長谷部だっていたらないDomなりにその信頼に応えてやりたいと思うのだ。
光忠の瞳はまだ先を望んでいる。セーフワードを口にする様子もない。つまりはそういうことだ。
「どうだ?」
答えのわかっている問いを投げながらするりと頬を撫でれば、小さな頷きがひとつ返ってきた。
“Strip(脱げ)”とコマンドを出せば、光忠は腰のところの紐をしゅるりと解いてバスローブを肩から落とすように脱いだ。ぺろ、と唇を舐めながら膝立ちになり、黒のボクサーパンツに手をかけて見せつけるようにゆっくりと下ろしていく。ブランド物のロゴの入ったゴムの縁から、腹につくくらいそそり立ったペニスが現れたので、長谷部は思わず息を呑んだ。先程足で触れた時から思ってはいたが、かなり大きい。
入るかな、と一瞬思ったが、どうせ今日は最後まではしない予定なので次回以降の自分に望みを託すことにした。現実逃避ともいう。
それにしても、と光忠の体を眺める。よく鍛えられている。適度に厚みがあり、腹筋も綺麗に割れている。昔海外旅行先の美術館で見たギリシャ彫刻のようだ。無論、逸物の大きさと立派さに関しては光忠に軍配が上がるが。
そんなことを考えているうちに光忠の両足から下着が抜かれた。
「……全部脱いだよ」
はあ、と熱い息を吐いて期待するようにこちらを見つめる光忠に「”Good boy”」と声をかけてやると、ぴくりと股間のものが震えた。
「はは、褒められて感じたのか?」
いたぶるような笑みを向けると光忠の肌が羞恥に赤く染まった。元々の肌が白いので赤くなるとすぐわかる。身に纏うものが一切ない今となっては、光忠の反応は手に取るように伝わってくる。愉快だった。
「俺が動きやすいように座れ」
あえてコマンドを使わずに命令すると、光忠はすこし考えるそぶりを見せて、ゆるゆると腰を下ろした。脚を伸ばして軽く左右に広げるようにして座ると、後ろに手をついて体を支える。長谷部はその長い脚の間に体を滑り込ませて座った。
「いい子だ」
そう褒めてやると、光忠の股間のものからとろりと蜜が滴った。「はしたない奴だな」と笑って足先でつついたら、形のいい眉がきゅっと寄せられる。
「はせべくん、」
「ご褒美だ、受け取れよ」
濡れた先端に先走りを塗り込めるようにして爪先をぐりぐりと回す。低く小さな呻き声が上がって長谷部の気分も高揚してくる。
実を言うと足で奉仕するのは初めてだった。手淫と口淫はしたこともされたこともあったけれど、なにぶん長谷部の脚を舐めて興奮する脚フェチ持ちのパートナーなど今までいなかったので、いまいち勝手が掴めない。これでいいのだろうか、と思いつつ、光忠の反応を見ながら足を動かしていく。
すす、と根本から裏筋を辿るようにして先端まで触れてやると、「……っ、ぅ、」と歯を食いしばって耐える仕草をしたので、それを何度か繰り返してやると、面白いようにとぷとぷと雫が溢れてきた。
「っく、ぁ、はせべく、」
「おい、どうされたいのかきちんと言え」
ぴくぴくと痙攣する太腿を指で撫でながら言う。そんな動きからも快感を拾ってしまうらしく、つうっと蜜が零れる。それを咎めるように鈴口を足の親指でほじるようにすると、光忠はぐうと呻いた。
「……挟んで、擦ってほしい」
イきたい、お願い、と乱れた息の合間に懇願されて、長谷部の股間もずくんと重くなる。
「……いいぞ」
かさついた唇をぺろりと舐めながら、両足で光忠の性器を挟んでやる。どくどくと脈を打つ熱い肉の杭を苦心しながら上下に擦ると、快楽の滲んだ吐息が形のいい唇から吐き出された。
長谷部の与える快感に震える体がいとおしかった。挟持の高そうなこの男が自ら心身を明け渡してくれることがこんなにも嬉しい。パートナーから信頼されるということはこれほどまでに満たされるものなのか。乾ききった器が冷たい水で満たされていくような心地に、長谷部は酔いしれた。
「っ、ふ、……ん、きもちいい……」
うっとりと呟く男の、反らされた白い喉に噛みついてやりたいと思った。浮かぶ喉仏に舌を這わせて、薄い皮膚に歯を立てて、ぷつりと噛み切って。溢れる血液は甘いだろうか。想像するだけで興奮する。
二人分の甘い吐息で部屋の中は熱いくらいだった。ねっとりと絡みつくような空気の中、互いに触れ合う皮膚の感触は鋭敏だ。
溢れるカウパーでぬるぬると滑る陰茎を擦る。きっと長谷部の下着の中も同じくらい濡れている。足先にかける力をすこしだけ強めて、カリの辺りを意識して擦ってやると、いつもより上擦った声が上がった。
「ぁ、んん、はせべく、もう……!」
「……ああ、いいぞ。イけ」
ぐちゅ、と根本から先端まで扱き上げると、獣が唸る時のような声を上げて光忠がびくびくと全身を震わせた。びゅく、と切っ先から精液が吐き出される。は、は、と赤い舌を覗かせながら口で息をしている光忠を見ていると胸の奥から充足感が湧き上がってくる。
――他の誰でもない自分が、この男を絶頂に導いたのだ。
「っは、上手に出せたなァ……?」
ひくんと震えている亀頭を労るように足裏で撫でてやると、長谷部くん、と焦ったように名前を呼ばれる。
「っ……それ、駄目」
「嫌ならセーフワードを使えばいい」
そう言うと、光忠は悔しげに唇を曲げる。
「……使うほど嫌ではないんだけど、」
「けど、なんだ」
「……君に任せるよ。すこし怖いけど、めちゃめちゃにもされたい気分なんだ」
そう言って熱のこもった視線をまっすぐに向けられて、長谷部は一瞬躊躇した。してしまった。そんな自分に気づいて舌打ちをしたくなる。せっかく光忠が委ねてくれた支配の手綱を手放したのは自分だった。さっと空気の冷える音がした気がする。
「長谷部くん、」
「…………先にシャワー浴びてこい。今日はここまでにする」
脱ぎ捨てられたバスローブを光忠に投げつける。何か言いたげな顔をしていたが、長谷部が譲る気がないのを察したのか、光忠は溜め息をついておとなしくシャワールームに向かって行った。
ぐちゃぐちゃに濡れて肌に張りつく下着が気持ち悪い。今のやり取りで股間はすっかり萎えていて、改めて抜く気にもなれない。ベッドヘッドにあったティッシュでパンツの中と足を簡単に拭いて、替えの下着を部屋の自販機で買うことにする。
嫌われただろうか。そんなことを考える。それとも呆れられただろうか。支配を躊躇する意気地のないDomだと。
今まで幾度となくフられてきて、長谷部のDomとしての自信は底辺を這っている。相手に踏み込むのが怖い。心からの信頼を向けられても、それにどう返すのが正解なのかわからない。どこまでが許されてどこまでが許せるのか、それを探る為の練習だと頭ではわかっているのに心が追いつかない。
「長谷部くん」
背後から声をかけられてびくりとする。
恐る恐る振り返ると、バスローブを纏った光忠が立っていた。軽く体を流して来ただけなのだろう、髪の毛は濡れていなかった。
「……なんだ」
「ごめんね」
困ったように笑われて混乱する。謝られるようなことなどなにひとつなかった。
「……悪いのは俺だろう」
「ううん、僕が悪かった。まだきちんと関係も築けていないのに、あそこで君に判断を丸投げしちゃったのはよくなかったね。困らせただろう」
ごめんね、ともう一度言って光忠が長谷部の頭を撫でた。そのてのひらの温度が泣けるほどあたたかい。
「長谷部くんは悪くないよ。多分、ちょっと優しすぎるだけだ」
「…………臆病なだけだろ」
買いかぶりすぎだと俯くと、隣に腰を下ろされてそっと抱き寄せられた。抵抗せずにそのまま胸に顔を埋める。バスローブ越しに伝わる熱に知らず力が抜けた。
「でもね、僕はそんな君が好きだなぁって思ってるよ」
顔を上げると、ゆらりと炎の灯った金の瞳がにこりと細められていた。
「君が僕への支配を躊躇わなくなるくらいに僕に執着してほしいし信頼してほしい。いや、させてみせる。……こんな僕は嫌かな」
長谷部への欲を隠さない瞳は、蕩けるような甘さを孕んでいた。飲み込まれそうだ、と思う。ぞくりとしたこの感覚はなんだろう。
「……嫌、じゃない」
気づくとそう口にしていた。
「よかった」
光忠が安心したように息を吐いて長谷部の前髪を梳き、額に口づけてくる。
「今度はもうすこし先に踏み込んでみようね。僕もちょっと作戦を練ってくるよ」
「作戦ってなんだ」
「秘密」
そう言って光忠は長谷部の体を離して背中を押した。
「ほら、君もシャワー浴びておいで」
「……どっちが甘やかしてるかわからんな」
思わず苦笑すると、くすりと笑われた。
「そりゃそうだよ。僕はSwitchだからね。君に甘やかされたいし、甘やかしてあげたいんだ」
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