春ぞ来たりて花の咲く

こころなしてとて春を知る
      14825文字

 梅の蕾に比べると、桜の蕾はゆったりとした楕円を描いている。ほんのわずかに薄く紅色をにじませる蕾が、いくつもいくつも房状に枝に連なっている。これらが一斉に花開くのももうじきだろう。

 雪柳の白く可憐な枝を避けつつ、足元にまばらに咲いた気の早い菫や蒲公英を踏まないように歩きながら、長谷部くんが辺りを見渡して顔を綻ばせる。
「春だなぁ」
 そうだね、と答えながら僕は長谷部くんの手をやんわりと握り返す。
 長谷部くんは、ちら、と辺りを見渡すような素振りを見せると、ひとつ深呼吸をしてちいさく僕の名前を呼ぶ。繋いだままの僕の手をゆるく引いて、僅かに上げられる顎と伏せられた睫毛。長谷部くんの意図を察して、僕は導かれるままその唇に口づけを落とした。

 最近、僕は変だ。
 長谷部くんと一緒にいるとふと彼に触れたくなったり、抱き寄せて口吸いをしたくなったりする。
 そのことを長谷部くんに告げるとそれはそれは嬉しそうに頬を染めて笑うものだから、それでいいかとも思っているものの、なんとなく据わりが悪い。

◆ ◆ ◆ ◆

「……相変わらず返答に困る話をどうも」
 僕の話を聞いて、目の前のへし切長谷部は半眼になって頬杖をついた。
 今僕の目の前に座っているのは、うちの本丸の長谷部くんではない。主の友人の審神者のところのへし切長谷部で、僕は彼を「へし切くん」と呼び友人のような付き合いを続けている。彼が自分の本丸の燭台切光忠と付き合っているということもあり、先達としてよく相談に乗ってもらうことも多い。
 僕は最近のこのよくわからない状況を相談すべく、へし切くんの行きつけだというダイニングバーに来ていた。
「ねえ、へし切くんはどう思う?」
 へし切くんはどこか嫌そうに眉をひそめると、アレキサンダーの入ったグラスを傾けてその唇をつけた。

「そういうのはな、自分で答えを得る類のものだ。俺がそれはこうだって教えたって仕方あるまい」
「うちの歌仙くんも似たようなことを言うんだよ。やっぱりそういうものなのかい」
「わかっているなら聞くな」

 ぴしゃりとそう言うとへし切くんがふと顔を上げる。ぱっと一瞬顔が輝いたので、後ろを振り返らなくても誰が来たのかわかった。
「光忠」
「ごめん、遅くなって。明日の朝餉の仕込みをしてきて」
 現れたのはへし切くんの本丸の燭台切光忠である。
「どうも、そっちは久しぶりだね」
 へし切くんをさりげなく僕の正面からその隣に追いやり、燭台切くんはへし切くんの唇の端についたクリームをテーブルに備え付けの紙ナプキンで拭いてやった。相変わらず仲睦まじいことだ。
 挨拶を交わし、へし切くんに話していた内容を燭台切くんにも伝えると、ええと、と眉を下げて困ったような顔をした。
「うーん……そういうのは自分で答えを見つけないと」
 返されるのはもう何度目かになるかわからない同じ言葉だった。
 僕はため息をついて水割りの入ったグラスをカラカラと回す。あまり酒に強い方ではないのでちびちびと舐めるように飲んでいると、へし切くんが斜め前から呆れたように口を開いた。

「……それだけ悩んでるなら、一回寝てみればいいだろ」
「長谷部くん、君ってばほんっとそういう……」
「悪い方には転ばないと思ってるから言ってるんだぞ。こういう頭で考える手合はなあ、実地のほうが案外すんなり理解できるんだ。俺にはわかる」
「ええ……」
「燭台切光忠のことに関しちゃ俺はおまえより詳しい」
「うーん……というかねえ、そもそも光忠くんはどうなの? 君は君の長谷部くんとそういうことしたい?」

 燭台切くんに問われて、僕は思ったことを正直に告げる。

「……なんというか、長谷部くんには、そういうの、してほしくないというか」
「うん?」
「彼は、好きな相手と想い合って、あたたかく幸せな初夜を迎えてほしいというか……ほら、僕、まだ恋とかそういうの理解できてないから」

 へし切くんと燭台切は僕の言葉に顔を見合わせ、同時に溜息をついた。

「そっかあ…………」
「……これは先が長いな」

 まあ飲め、と僕のグラスにとくとくと新しい酒が注がれる。グラスの中で透明な液体同士が混ざり合う。
 さきほどより濃くなった水割りに口をつけて、僕はもう一度ため息をついた。

◆ ◆ ◆ ◆

 飲み過ぎた。
 僕は酒には弱くないが、そう強くもない。酒臭い息を吐きながらふらふらと覚束ない足取りで長い廊下を歩き、ようやく自室まで辿り着くと、見慣れた藤色の着物が見えた。
「……長谷部くん?」
 僕の声にハッとしたように長谷部くんが振り返る。
 春先とはいえ、まだ夜は冷える。僕は薄い着物だけの長谷部くんに上着をかけてやりながら、その顔を覗き込んだ。

「どうしたんだい」
「……夕餉の時に姿が見えなかったから、その、」
「ああ、別の本丸のへし切くんと燭台切くんと飲んできたんだ。前に話したろう、先日お世話になった本丸の……」
「それは知っている」

 今日は長谷部くんは出陣、僕は内番の日だったから、こうしてしっかり顔を合わせるのは朝食の時以来だった。半日以上会わなかっただけで妙に新鮮に感じるのが不思議だ。
 長谷部くんは羽織らされた僕の上着をぎゅうと握りしめながら俯いた。廊下の灯りに照らされた耳がほんのりと赤い。
「……急に顔が見たくなったんだ。すまない」
 どくどくと心臓が脈打っているのは酒精のせいだけではないと、そう思いたい。
「燭台切?」
 ひやりとした手が僕の頬にそっと触れる。火照った肌に冷たい長谷部くんの手は心地よかった。
 心配そうに長谷部くんが僕の顔を覗き込んできた。
「顔が赤いし、酒臭い。相当飲んできたな……待ってろ、いま水を、」
 一緒にいるとその肌や唇に触れたくなる。しばらく顔を合わせていないとなんとなく落ち着かない。気づくと彼のことばかり考えている。
 いくら僕がこうだからといって、ここまで出揃えばこの感情の名前にはおおよそ見当がつく。
 だけど、どうしても自信がない。
 僕は本当に、長谷部くんのことが好きなんだろうか。
 長谷部くんのことはずっと変わらずに好ましいと思っている。だけど、これは、恋、なんだろうか。この胸に宿る想いに、そう軽率に名前をつけてしまってもいいものなのだろうか。
 僕の脳裏をへし切くんの言葉がよぎる。
『一回寝てみればいいだろ』
 そうなんだろうか。一度彼を抱けば、僕のこの胸のうちに巣食うものの名前がわかるのだろうか。
 そんなことを考えてしまうのは、酔っているからかもしれない。気づけば僕は長谷部くんの腕を掴んで抱き寄せていた。
「……ねえ、」
 そう言って、驚いたように見開かれた藤色の双眸をじっと見つめる。
「長谷部くんは、僕が君を抱きたいって言ったらどうする?」
 ぽかん、と口を開けた長谷部くんは一拍置いてその顔を見る見るうちに真っ赤に染めた。瞳が潤んで、目の縁にたまった水は今にも決壊しそうだ。
 あ、泣きそう。泣かせたいわけじゃなかったのに。
 僕がその目もとを拭うべく慌てて伸ばした手は、反対に長谷部くんにがしりと掴まれた。

「いっ今か!? 待て、まだ風呂に入ってなくて、その、諸々の準備もまだだし……」
「嫌?」
「嫌じゃない! ……嫌じゃないんだが、その、いきなりは、心の準備がだな……」

 以前僕のところに夜這いに来たのと同じ刀だとはとても思えない。僕の手を掴んでいる腕が緊張のためだろうか、かすかに震えている。
「いきなりじゃなかったらいいの?」
 そう言うと長谷部くんは目をおおきく泳がせながら、どうにか、といった調子で口をもごもごと動かした。

「……いきなりじゃなかったら、いい」
「そうか。じゃあ、そういう時は前もって言うよ」
「そ、そうか」

 そう言うと長谷部くんは僕の腕からするりと抜け出し、「水を持ってくる」とパタパタと厨の方に駈け出してしまった。相変わらずの機動である。
 残された僕は廊下にひとり立ち尽くし、ひんやりとした夜の空気に混じる沈丁花の香りを胸いっぱいに吸い込んで、吐き出した。そうしてぱしり、と自分の顔を手で覆う。
 何をやっているんだ、僕は。


 戦場が好きだ。
 乾いた風は砂埃を舞い上げて土煙を起こし、その中を仲間たちと駆けて行く。少々視界が悪いが、隻眼の僕には大して苦にならない。敵の打刀が振り下ろされるのをくぐり抜け、回避すると同時に腕を振り抜けば、巨体はぐらりと傾いで地面へと崩れ落ちた。
 敵の懐に潜り込み鋭い一撃で喉元を切り裂いた薬研くんがこちらを見てにいと笑う。
「相変わらず惚れ惚れするような太刀筋だな、旦那」
「ありがとう。薬研くんもね」
 応じながら、僕は内心思う。
 たしかに僕は戦場が好きだ。自らの刃で敵の鎧ごと肉を断ち切る感触が好きだ。そう、こういうものなら素直に好きだと思うことができる。なにしろ僕は刀なのだ。刀が己の真価を発揮できる場を好むのは当然だ。
 だけど、多分、僕が抱えているのはそういう冷たく鋭く冴え渡った鋼の心ではなく、熱い血潮の通ったやわらかな心の問題なのである。
 僕は今や肉の器を持つ人の身で、人としての心の機微や情緒を学ばなければならないのだ。ここ最近、それをとみに痛感している。
 こちらに突き出された槍の穂先を切り落としながら僕はそんなことばかり考えていた。

 出陣を終えて軽く湯浴みをしてから大広間に行くと、加州くんと乱くんがなにやら盛り上がっていた。またテレビドラマかなにかの話だろうかと思っていると、僕の姿を見つけた二人が「あっ!」と声を上げてこちらへとどたどた駆け寄ってきた。
「燭台切! 聞いたよ、ライバル出現じゃん」
「ライバル?」
 首をひねる僕に乱くんがまさか、と口元に手を当てる。
「燭台切さん、知らないの?」
「? 何をだい」
「長谷部さん、演練相手の燭台切さんからラブレターもらったんだって!」

 そこからどうやって部屋に戻ったかあまり記憶にない。
 演練相手の僕が、長谷部くんに恋文。そのことばかりがぐるぐると頭を回る。

 長谷部くんに真偽を問い質そうにも、生憎と遠征中だった。仕方なしにこのまま自室で長谷部くんの帰るのを待つことにしたものの、落ち着かずに部屋の中をうろうろと行ったり来たりする。

 長谷部くんが僕以外の奴を選んだら。
 真っ先に感じたのは怒りだった。怒り、だと思う。腹の底が煮えたぎるような感情。
 また、そういう可能性もなくはないのだと思ったら、足元がさらさらと崩れていくような絶望感があった。
 長谷部くんがひとの心を解さない僕に見切りをつけて、僕以外の、もっと長谷部くんのやわらかくあたたかい心を理解してくれるような、そんな相手を選ぶ可能性だって、あるのだ。

「…………っ」

 こんな感情なんて知りたくなかった。長谷部くんにはもっと綺麗できらきらと輝くような感情だけを向けたかった。こんな風に長谷部くんを傷つけかねないようなどろどろとした凶暴で醜悪な感情は、彼にふさわしくない。
 それはすなわち、僕が長谷部くんにふさわしくないということだ。
 気づいてしまった事実に打ちのめされる。だけど、どうしてもそれを認めたくはなかった。本当に長谷部くんのことを想うなら、こんな醜い気持ちを抱える僕なんかではなく、他のもっとふさわしい人との幸せを望むべきなのに。長谷部くんを他の誰かに譲ることを考えると、それだけで胸の中をごうごうと黒い炎が燃え盛るようだった。
 なんていうことだ。僕は一体いつの間にこんな利己的な奴に成り下がってしまったのだろう。
 ギリ、と歯を噛みしめる。僕は。僕は――
「燭台切、起きてるか」
 廊下から長谷部くんの声がした。
「……起きてるよ」
 障子が開いて戦装束の長谷部くんが入ってくる。ただいま、と小さく告げる声に、おかえりと返すと、長谷部くんはこころなしか頬を紅潮させて僕に手を差し出してきた。
「渡したいものがあって来たんだ」
 促されるままに手を伸ばすと、僕の手のひらの上に乗せられたのは黒くて細長い――

「……万年筆?」
「以前、使っている万年筆のインクの出が悪くなってきたとぼやいていただろう。帰りに万屋で見つけて、おまえに似合うと思ったから買ってきた」

 僕にこれを渡すために、遠征から帰ってきて真っ先に僕のところへ寄ってくれたらしい。胸の中で燃えていた炎はゆるゆると鎮火し、代わりになにかあたたかいものが泉のように湧き上がって僕の胸を満たした。

「…………ありがとう、大事にするよ」

 なんだか無性に長谷部くんに触れたくなってそっと抱き寄せると、彼の体は逆らわずに僕の腕の中にぴったりと収まった。
 長谷部くんはくすぐったそうに身じろぎしてごそごそと動いていたが、やがて落ち着く場所を見つけたらしく、しばらくして僕の肩に顎を乗せて満足そうな息を吐いた。
「……喜んでもらえたなら、よかった」
 長谷部くんの髪を梳いてやると、指の間をさらりとした煤色がすり抜けていく。
「実は、万屋にいた余所の燭台切からアドバイスをもらったんだ。俺だけのセンスでは自信がなくて」
 つきり、と突然胸が痛んだ。体を固くした僕に気づいたのか、長谷部くんが顔をあげて僕の顔を覗き込む。
「燭台切?」
「……なんでもないよ」
 そう言ってできるだけゆっくりと慎重に長谷部くんの体を離す。
「これから主に報告に行くんだろう? そろそろ行かないとまずいんじゃないのかい」
「あ、ああ」
 長谷部くんはちらりとこちらを振り返りつつも、そのまま真っすぐ主への部屋に向かった。ひたひたという足音が完全に消えてから、僕は重いため息をつく。
 胸の痛みはいつの間にか消えたはずの炎を呼び覚ましていて、いまや僕の胸の中は黒煙がもやもやと充満しているようなありさまだった。黒々ととぐろを巻くそれは、長谷部くんと見知らぬ余所の燭台切に向けて牙を向けているのがわかる。
 そんな気持ちをどうにか殺しながら、僕は自室の布団にどさりと寝転んだ。干した後のおひさまの匂いは、わずかに僕の胸の内を落ち着けてくれる。ふと手の中の硬い感触に気づいて、僕はそっとてのひらに収まるそれに口付ける。
 長谷部くんが僕のために選んでくれた、この世でたったひとつの万年筆。
「…………長谷部くん、」
 僕は僕の大事で大切にしたい、この世でただ一振りの名前を呼んだ。
 僕のこの感情を、君ならなんと名付けるのだろう。

 僕は長谷部くんにふさわしくないのではないか。
 そんなことを思い始めてから、僕は長谷部くんからすこしだけ距離を置くようになった。
 話しかけられたらさりげなく会話を切り上げたり、長谷部くんが遠くからこちらに手を振ったのを気づかないふりをしたり。それでも、長谷部くんから笑いかけられると胸は春の日差しのようにあたたまるし、彼の声を聞けば心の臓が鞠のように跳ねた。
 可能な限り避けながらも結局僕は長谷部くんを生活の中から完全に排除するのは無理だと思い知るのだった。


「長谷部と喧嘩でもしたのかい?」
 そう問いかけてきたのは歌仙くんだった。その日僕と同じ厨当番だった歌仙くんは、じゃがいもの皮をするすると剥きながら天気の話でもするような気安さで口を開いた。
「最近、あまり一緒にいるところを見ないから」
「そういう訳ではないんだけど」
 僕はどう説明したものか逡巡しつつも、歌仙くんの促すような視線につられてここ数日ずっと考えていた長谷部くんとのことを説明する。
 話し終えてから数秒、しょりしょりと野菜の皮を剥く音だけが僕たちの間を満たした。そうして、歌仙くんは急に僕の知らない歌を知らない言葉で口ずさみ始めた。

「『Voi che sapete che cosa è amor,』」

 僕は目を丸くして隣を見る。
「歌仙くん?」
「古いオペラの一節さ。君はまるでケルビーノのようだね」
 最近主の影響でクラシック音楽に傾倒しているという歌仙くんはそんなことを言ってにこりと笑う。

「いい傾向じゃないか。前にも言ったろう。きみはもうすこし感傷的な心の内を出したほうがいいって」
「……こんなの、全然かっこよくないよ」

 そう、この状況は傍から見て非常に無様なのを僕は自覚していた。避けるなら避ける、近づくなら近づくと割り切れない心を僕はまったく持て余してしまっていた。
「精々悩み給えよ」
 そんな意地悪なことを言って、歌仙くんはこの話は終わりとばかりにざざっと鍋に切った野菜を流し込んだ。

 夕餉のカレーライスをたいらげて片付けを終えたところで、後ろから突如声をかけられる。
「あ、燭台切さん! ちょうどいいところに」
 鯰尾くんが両手に書類を抱えて僕のところに小走りで近づいてきた。
「これ、この間の遠征の報告書なんですけど、俺今から出陣で。悪いんですけど、長谷部さんのところに届けてもらえませんか?」
 僕が返事をする前に鯰尾くんは僕に書類を押し付け、走り去ってしまった。僕は渡された書類を手に持って、ひとつためいきをつく。
 無理矢理とは言え頼まれた以上、長谷部くんのところに行かざるを得ない。

 会いたいのに、会いたくない。そんな矛盾を抱えながら重い足取りで長谷部くんの部屋に向かう。長谷部くんの部屋の前、廊下を挟んだ向かいには白木蓮が優雅に花を咲かせていて、僕はその香りを吸い込むように深呼吸をし、声をかける。

「長谷部くん、ちょっといいかな」
「ああ、いや、すこし待ってくれ」

 嫌な予感がして返事を最後まで待たずに障子を開けると、長谷部くんは文机に広げていた紙とペンをわたわたと片付けているところだった。
 胸の内で再び燃え上がった炎を抑えながら、僕はできるだけいつもの調子で長谷部くんに持っていた書類を向ける。
「これ、鯰尾くんから遠征の報告書を預かってきたんだ」
「……あいつめ。わざわざすまなかったな。鯰尾にはあとで俺から言っておく」
 そう言って、用事を済ませたというのに立ち去らない僕を長谷部くんが不思議そうに眺める。そんな様子になんだかとても苛立って、僕は気づけばずっと気になっていたことを口にしていた。
「恋文を、もらったって」
 余所の僕に。そう付け足すと長谷部くんは目に見えてうろたえだした。

「……隠してた訳じゃないんだが、言うタイミングを測りかねていて……」
「それ、その返事かい」

 文机に広げられていたのは、罫線の入った便箋とペン。明らかに誰かへの手紙だった。僕はそれを今すぐ燃やしてしまいたい衝動に駆られたが、続く長谷部くんの答えに動きを止める。

「……ああ。断りの、な」

 断り。そう聞いて僕は思わず胸を撫で下ろした。直後に疑問が浮かぶ。
「どうして?」
 虚を突かれたような顔をしてから、長谷部くんは真っ直ぐに僕を見つめて言った。
「俺は、おまえの恋人だから」
 恋人。その二文字に僕の胸はぎゅうと締め付けられる。

「……最近様子が変だったのはそのせいか。言わなくて悪かった」
「…………いや、」
「違うのか」

 違うとも違わないとも言い切れずに、僕は酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせた。そんな僕を見て長谷部くんはくっと唇を曲げて笑う。僕の嫌いな笑い方だった。
「……それとも、俺のことなどもう飽きたか?」
「違う!」
 反射的に否定する。飽きることなどある訳ない。これまでも今だって、こんなにも長谷部くんのことで頭がいっぱいだというのに。
 僕は長谷部くんの瞳を覗き込む。うつくしい藤色は不安故だろうか、ゆらゆらと揺れてしまっている。それに申し訳無さを感じて僕は長谷部くんの頬に手をやり、親指で目の縁を撫でてやった。

「僕はきっと君のことが好き、なんだと思う」
「思うってなんだ」
「自信がないんだ。君を見ていると心がざわついたり、反対に浮足立ったりする。他の誰かと話していると嫌だと思ったり、そういうときは、……その、」
「その?」
「…………君を滅茶苦茶にしてしまいたくなる」

 長谷部くんの頬から手を滑らせ、煤色の髪を梳いてやる。
「君にはもっと綺麗な気持ちを向けたいんだ。もっとあたたかくて優しい、そんな素敵な気持ちを。だから、でも、僕は君にふさわしくないんじゃないかと、そう思って」
 僕の手に長谷部くんの手が重なる。燭台切、とどこかためらいがちに名前を呼ばれ、なにかを決意したような視線が僕を射抜く。

「俺はおまえが思っているほど綺麗なやつじゃない」
「そんなこと、」
「いいや」

 長谷部くんがふるりと顔を横に振るとぱさぱさと微かな音を立てて煤色の髪の毛が後を追った。すこしだけ震えのある声で、聞き分けの悪い子供に言い聞かせるみたいに長谷部くんは言葉を連ねる。

「俺だっておまえと同じだ。おまえが誰かと仲良くしていると不安で仕方ない。俺だけを見てほしいとそんな我儘なことを思ってしまう。……そんな俺のこと、どう思う。嫌いになるか?」
「…………そんなの、なる訳」
「同じなんだ、燭台切。俺とおまえの気持ちは、きっと同じだ」

 長谷部くんが泣き笑いのような表情を作る。

「なあ、以前に前もって言ってくれと言ったこと、撤回する」
「……?」
「俺を抱いてくれ、燭台切」

 おまえのものになりたい。そう言って長谷部くんの腕が僕の背中に回った。

「……俺は、嫌とかやめろとか言うかもしれないが、絶対に途中でやめるな。最後まで、しろ」

 そう言って長谷部くんは帯を解き、するりと着物の袖から腕を抜いた。くたりと畳の上に落ちた着物を踏みつけて僕の首元に腕を回す。僕は長谷部くんの腰を抱えゆっくりと彼の身を布団の上へと横たえた。
 燭台切、と名前を呼ばれ熱く潤んだ瞳で唇を催促される。僕は求められるがままに彼の唇をやわらかく食んだ。
「ん……」
 唇を重ねてすぐ、長谷部くんが僕の唇をちろりと舐める。僕がその舌を捕まえて吸い付くと、長谷部くんの体がびくりと震えた。
 舌を絡め合うような深い口付けは初めてだった。最初はおずおずと互いに舌を伸ばし合い吸い合っていたものが、段々と互いの口内を探り合う動きになってくる。舌の表のざらざらした感触に、その裏のすべすべと滑らかな感触の違い。つるつるとした歯列の裏、上顎のやわらかな部分。生まれて初めて触れる長谷部くんの体内はあたたかかった。
「……っふ、んっ」
 とん、と軽く肩を叩かれたので身を離すと、長谷部くんははあはあと息も絶え絶えの様子だった。

「長谷部くん、やめ」
「やめるな」

 長谷部くんは僕の言葉をきっぱりと遮って、べたべたになった口元をぐいと拭った。
「……大丈夫だから。続き、してくれ」
 そう言って今度は自分から僕の唇にちょんと触れる。その不器用な触れ方に、股座のものへぐんと血が集まるのが自分でもわかった。煽られている。
 僕は長谷部くんに再び深い口付けをしながら、長谷部くんの体の輪郭をたしかめるように触れていく。脇腹から胸に向かって撫で上げると、長谷部くんはくすぐったそうに首をすくめた。
 胸の飾りにおそるおそる触れると、そこはこりこりと弾力のある感触を返してくる。
「ここ、立ってる」
「言うな……ッ、ん」
 摘むように指を動かすと長谷部くんがぎゅっと目を瞑る。
 そこが性感帯のひとつであることは知識として知っていた。僕は長谷部くんの乳首を撫でたり押したりを繰り返してみる。
「ねえ、ここ、気持ちいい?」
「わ、かんなっ……んん」
 長谷部くんが目元を腕で隠す。そうすると彼の反応がわからなくなるので、僕はやんわりと腕を外して耳元でささやく。
「ね。ちゃんと教えて」
 彼の嫌がるようなことはしたくなかった。
 煤色の睫毛がふるりと震えてやがて藤色の瞳が覗く。目元をかすかに赤くしながら、長谷部くんがはあとちいさく息を吐く。

「…………きもち、いい」
「じゃあもっとするね」
「あ、んっ」

 くりゅくりゅと両手で乳首を捏ねると、長谷部くんがたまらないといった様子で首を横に振る。ぱさぱさと髪がシーツを打つ音と互いの吐息が部屋の中に満ちていく。
 ふと思いついて僕は長谷部くんの乳首に唇を寄せる。あ、と戸惑ったような声が頭上で漏れるのを聞きながら、ちゅうとそこを吸い上げると長谷部くんの背中がしなった。

「ぁああっゃ、しょくだ、きり」
「嫌だった?」
「や、じゃないが、なんか、変な感じで……」

 ぞわぞわする、と長谷部くんがこぼす。僕が視線を下肢に移すと、そこは萎えてはおらず、芯を持って立ち上がっていた。
 嫌ではないと知って僕は愛撫を再開する。唇で挟んで舌先で転がすように舐めると、刺激に耐えきれないというように長谷部くんの足がシーツをさりさりとちいさく蹴った。
「っふ……んん、あっ、あ……」
 反対側の乳首も同じようにすると長谷部くんの腰がもどかしそうに揺れた。
「……燭台切、その、」
「なんだい」
「前も、触ってくれ」
 恥ずかしそうにそう告げてくる。見れば先ほどよりも長谷部くんのものは確かな形を持って先端からとろとろと先走りをこぼしていた。
「一回抜いておく?」
「…………ん、」
 こくりと頷かれて僕はおそるおそる長谷部くんの中心へと手を伸ばした。自分のものは風呂や厠で何度も触れたことがあったけれど、他人のそこに触れるのは初めてだった。
 熱い肉の塊に不思議と嫌悪感を覚えなかった。敏感な場所なので、僕はてのひらでそっと慎重に包んで先端からこぼれる雫を絡めるように上下にすこしずつ扱いていく。
「あっ……あ、や、あ、あっ!」
 自慰の経験はあったので気持ちがいい場所は心得ていた。上下に扱く時に裏筋を意識して擦ったり、雁の部分を締め付けるように動かすと、ゆるゆると僕の手に合わせて長谷部くんの腰がゆらめく。
「んっ燭台、切っ、も、出ちゃ……」
 泣きそうな顔で僕に助けを求めるように手が伸ばされる。その手を掴み返しながら大丈夫だよ、と応えてやる。
「いいよ、長谷部くん。出して」
「ふあっあ、あ、んんん~~ッ」
 腰をびくびくと震わせて長谷部くんが達した。長谷部くんの鍛えられた腹筋の上やシーツの表面にぱたぱたと音を立てて白濁が散る。
 枕元に置いてあったちり紙で軽く濡れた部分を拭いてあげると、息も絶え絶えな様子の長谷部くんが僕の名前を呼ぶ。
「……燭台切。丁字油、抽斗の中にある、から」
 言わんとしていることを察して、僕は一旦長谷部くんから身を離して文机の抽斗を開ける。そこには、本体の手入れに使う丁字油の小瓶が他の手入れ道具とともにちょこんと置かれていた。
「これ、使わせてもらうね」
 そう言って再び長谷部くんの足の間に腰を下ろし、膝を割って長谷部くんの秘められた部分を露わにする。
 淡黄色の液体を手のひらに広げてあたため、睾丸を持ち上げるようにして会陰へと指を滑らし、その奥の奥へ。誰も触れたことのない彼の穴の縁に指がかかると、長谷部くんの足がびくりと反応した。
「指、挿れてもいい?」
「……好きにしろ」
 了解を得て、僕はまず穴の周りの皺に油を塗りこめてから、すこしずつ指を侵入させていく。
「……んっ」
 長谷部くんの腹筋に力が入る。安心させるように太腿を撫でてやり、しばらく中に入った指を動かさずにいると、長谷部くんがくんと僕の袖を引いた。
「も、動いて、いい、から」
 眉を寄せて苦しそうな息でそう言われて僕は迷った。けれど、最初に嫌だと言っても最後までするようにと言われていたのを思い出し、できるだけゆっくりと指を抜き差しする。
 滑りが足りなくなってきたら油を注ぎ足して、そうやってするすると指が動くようになってからもう一本の指を入れる。
「……っく、ん、」
 後ろをいじっているうちに長谷部くんのものはすっかり萎えてしまっていた。僕は二本の指を動かしながらそこに口を寄せる。ふにゃふにゃになっていた長谷部くんのものをすっかり口に含んでしまうと、上から焦ったような声が聞こえた。
「ばっ……! いい、そんなところ、舐めなくてっ」
「君に気持ちよくなってもらいたいんだ」
「……っ、……で、も」
 恥ずかしい、と小さく呟いてぎゅっと目を瞑る長谷部くんに、なんだかぎゅうと心臓が締め付けられる。
「……舐めるよ」
 そう宣言して再び長谷部くんのものに唇をつける。何度か舐めたり吸ったりしているうちにむくむくと立ち上がっていくものを確認してすこし安堵する。快感は感じてくれているらしい。
 その間も長谷部くんの中に入れた指はゆるゆると動かしていて、もう三本目の指が入りそうなほど広がってきていた。ばらばらと中のいいところを探すように動かしていると、ある一点で長谷部くんの反応が変わった。
「…………あっ……?」
 鼻にかかった甘い声だった。自分でも戸惑っているらしく、長谷部くんが不思議そうに僕に視線を寄越す。

「燭台切、そこ、」
「ここ?」
「んあっ」

 中にかすかに感じるしこりのようなところを押してやると、舐めていた長谷部くんのものが硬度を増したのがわかった。
 前立腺というものの存在は知っていた。どうやら今触れているところがそうらしいと知って僕は二本の指でそこを挟んで軽く扱いてやる。
「あっあっしょくだ、きり、らめっそこっ」
 全身をびくびくと震わせて長谷部くんが嬌声をあげる。
 感じてくれている。長谷部くんが、僕の手によってその性感を高めている。それが嬉しくて、長谷部くんのものを吸い上げながら指を増やし動かすと、指先が痛いくらい締め付けられた。長谷部くんの手が僕を止めようと伸ばされたが、途中でぱたりと力を失って僕の後頭部に落ちる。
 尿道を舌で抉るように動かし、中のしこりをぐうっと押してやると、後頭部に置かれた指に力が入った。
「あ、やだ、だめ、出るっ……ッ!!」
 長谷部くんの腰が震えるのと同時、僕の口の中に彼の精が吐き出された。苦味と生臭さのあるその液体はけして美味しいといえるものではなかったけれど、長谷部くんから出たものだと思えばなんてことはなかった。ごくりと飲み込むと長谷部くんは顔を真っ赤にして信じられないものを見るような目で僕を見た。
「なっ……! そんなもの飲むな!」
「もう飲んじゃったよ」
「……くそ、」
 恥ずかしさでどうにかなりそうだ、と呟いて長谷部くんは腕で顔を隠そうとしたけれど、その腕を掴んで止める。
「隠さないで。もっと見せて」
 君も知らない君のこと。
 そう言うと、掴んでいた長谷部くんの腕から力が抜けた。
「…………もういい。挿れてくれ」
「もうすこし慣らしたほうがいいんじゃない?」
 ぐち、と油でぬめつくそこに指を差し込む。
「あ、んっも、いい。……おまえのが、ほしい」
 燭台切、と切なげに名前を呼ばれては、僕に反対する道理はなかった。
 長谷部くんの痴態を前にしてすっかり立ち上がっていた僕の陰茎を長谷部くんのひくつく穴にひたりと押し当てる。
「挿れるよ」
 そう言って腰を押し進め、ぐぷぐぷと長谷部くんのなかへ身を沈めていく。
「あ――……っあ、ゃ、入ってきてるっ……」
「……は、っ」
 長谷部くんの中は狭くて熱くて、僕を離すまいときゅうきゅうと締め付けてくる。
 砲身を全て沈め、僕が眉を寄せて腰からせり上ってくる快感に耐えていると、僕の頬に長谷部くんの手がそっと触れた。
「…………燭台切」
 長谷部くんの普段はきりりと引き締まった眉が下がって、力の抜けた笑みがその顔に浮かぶ。はあと熱い息を吐いて、僕の瞳をまっすぐに見つめ、長谷部くんが口を開く。

「……おれ、しあわせだ」

 そのときの僕の気持ちときたら。

 胸の奥がぶわりとあたたかいものでいっぱいに満たされて、許容量を超えたそれが僕のひとつきりの瞳からあふれだしそうだった。

 すきだ。そのとき僕は唐突に理解した。
 嗚呼。僕は、長谷部くんのことがすきだ。

 長谷部くんを抱きしめて、その小ぶりで形のいい耳に唇を寄せる。一、二度ちゅうとそこを吸って軽く唇で挟むと、僕の腕の中で長谷部くんがくすぐったそうに身じろぎした。
 すきだよ。僕の想いの一滴たりともこぼれぬよう、丁寧に注ぎこむように告げる。

「ねえ。僕、きみのことがだいすきだ」

 藤紫の瞳が大きく見開かれるのと同時、きゅう、と中をきつく締め付けられて思わず呻き声をあげる。

「っ……く、」
「ば、かっ……なんで、いまっ……」
「長谷部くん、すき」
「ああっ、んっあ……おれ、もっ……」

 すき、という言葉を飲み込むように僕は長谷部くんに口付けた。腰をぐりぐりと押し付けるように動かすと鼻にかかった嬌声が上がる。息継ぎの合間にすき、すきと互いに告げあうと、まるで身も心もひとつになっているような錯覚を起こした。
 炉の中に放り込んだ鋼と鋼がやがてひとつの金属になるように、僕と長谷部くんもこのままひとつの生き物になってしまえばいいのに。
 僕らを隔てるこの薄い皮膚が邪魔だった。すこしでも差異を埋めるために、僕は長谷部くんの中をゆっくりと抜き差しする。
「あっあっふ、ぁっ、ん、ああっ」
 僕の腰の動きに合わせて長谷部くんが感じ入ったような声をあげる。いつのまにか長谷部くんの腕が僕の背中に回り、溺れた人が藁に掴まるような必死さでしがみついてきていた。
 胸の奥からいとおしさが溢れ出してどうにかなってしまいそうだった。
「ぁんっ」
 ちょうどいいところに当たったのか、長谷部くんの声が跳ねる。
「ここがいいんだ?」
「や、そこ、あ、ぅあっ、ッ」
 ちょうど指で責めていた部分を先端で穿つように動かすと、長谷部くんはいやいやと首を横に振る。
「イッちゃ、イッちゃうっ」
「イッていいよ」
 汗で額に張り付いた髪を払ってやると、長谷部くんはなおも嫌だと言って僕の背中に回った腕にぎゅうと力を込めた。
「……いっしょに、イキたい」
 潤んだ瞳でそんなことを言われ、僕の心臓はどくどくとうるさいくらい脈打った。
「…………わかったよ」
 そう言って、僕は荒い息を吐きながら長谷部くんの足を抱え直す。来る快楽の予感からか、長谷部くんの口元から赤い舌が覗いた。
 ぽたりと長谷部くんの白い肌の上に僕の汗が落ちる。ぽた、ぽたと落ちるそれに長谷部くんが不思議そうに僕を見上げる。
「燭台切…………?」
 気づけば僕の隻眼から涙が流れていた。燭台切、ともう一度名前を呼ばれ、頬を撫でられる。
「燭台切、どうした」
 気遣わしげな瞳が僕に向けられる。わからないと僕は答えた。

「君が好きなんだ」
「うん」
「好きで、好きで、どうにかなってしまいそうだ」
「……そんなの、」

 俺はとっくになってる。そう言って長谷部くんが微笑む。
「……来てくれ、光忠」
 僕はひとつ深呼吸をして彼の中を穿った。
「ああああああっ」
 手前へ奥へ。激しい抽送を繰り返すと先に注ぎ込んでいた丁字油がぬぽぬぽと音を立てる。
「長谷部くん、長谷部くんっ」
 溺れているのは僕も同じだった。こうして長谷部くんと共に快楽の海に揺蕩えているのが嬉しくてたまらない。
「あっひ、あ、あ、みつたっみつただぁ」
「すき、だいすきだよ」
「んっあ、おれ、もっ……すき、すきぃ」
 限界が近い。僕は長谷部くんのものに手を伸ばし、ラストスパートを駆けるべく腰の動きを早めた。同時に長谷部くんのものに絡めた指を上下に動かすと長谷部くんの目尻から涙が溢れた。
「あっイッちゃ、イッちゃうっ」
 流れる涙に唇を寄せて、僕は長谷部くんの奥の奥へぐんと腰を送る。
「あ、あ――~~ッ!!」
「っく……ん、」
 眼前で白い星が瞬いて腰から背筋を凄まじい快感が駆け上っていった。体を震わせて何度か熱いものを長谷部くんの中に注ぎ込み、ずるりと抜きとる。
 僕の手の中で長谷部くんのものは三度目の精を吐き出してくったりとしてしまっていた。
「……長谷部くん、大丈夫?」
 問いかけると、ぼんやりとした瞳で長谷部くんが僕を見上げる。
「ああ……大丈夫だ」
 僕はコツンと長谷部くんの額に額を合わせた。
「……すごかった」
「……うん」
「またしてもいい?」
 長谷部くんはすこし目を丸くして、おかしそうにくすくすと肩を震わせる。
「どうぞ、ご随意に」
 僕はほっと胸をなでおろし、いとしいひとを思いきり抱きしめる。
「わ、馬鹿、苦しい」
 文句を言いつつも長谷部くんは僕の背中に腕を回し、子供をあやすようにぽんぽんと軽く叩いた。
 僕はその首筋に顔を埋め、すうっと息を吸い込む。
 長谷部くんと僕の香りがした。


 池の周りをぐるりと取り囲むように生えている桜は今が満開だった。目に鮮やかな黄色の菜の花が一面に咲いている頭上から、薄紅の花びらがひらひら、ひらひらととめどなく降り注ぐ。

「いやあ、雅とはこのことだね」
「酒だ酒だー!」
「お菓子が足りない!」

 桜の木の下で仲間たちが敷物を広げて宴会を繰り広げている。それがなんだかとても眩しいもののように思えて、思わず目を細める。
「光忠、こっちだ」
 向こうから長谷部くんが僕の名前を呼ぶ。
「ああ、今行くよ」

 僕は微笑んで、長谷部くんの元へと手紙を渡すべく足を運んだ。

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