桜の花びらがすっかり散り、甘い蜜の香りを振りまく躑躅がしおしおと枯れ落ちる頃、俺は光忠と並んで今が盛りの庭の藤棚の下を散歩していた。
「綺麗だな」
「ああ」
そんなことを言っておいて、光忠の琥珀の瞳は藤ではなく俺の顔ばかり映している。
「俺ではなく藤を見ろ、藤を」
「だって、藤より君の瞳のほうが何倍も綺麗だから」
そう言ってふわりと微笑む光忠に俺の心臓がどくどくとうるさく主張しだす。
あの日体を重ねて以来、光忠は頻繁にこういうことをするようになったから、困る。顔に血液が集まって胸の中がはち切れんばかりにどきどきばくばくと騒がしくなる。
「長谷部くん、かわいい」
光忠が顔を近づけてきたので、俺は慌ててそのたくましい胸を押し返す。
「ば、誰かに見られたら……っ」
「誰も見てないよ」
長谷部くん、と名前を呼ばれて甘く蕩けた金眼に見つめられたらもう駄目だった。元々光忠には弱いのだ。こんな風に俺を欲してもらえることが飛び上がってしまいそうなくらい嬉しくて、頭がどうにかなってしまいそうなのである。
気づけば押しのけるために置いた手は光忠の服に縋りつくように握られ、文句を言うために開いた唇は光忠の重ねやすいように軽く尖らせてしまっていた。
「ん……」
ふに、とやわらかい感触が唇に当たる。すぐに濡れたものが唇をトントンとノックしてきて、出迎えるように開けばぬるりと舌が入り込んでくる。
「ちゅ、ん、ふ……」
互いの舌を吸い合ってなぞって歯を立てて。いつの間にか腰に回っていた腕が俺をぐいと引き寄せる。深くなっていく口づけに股間が熱くなってくるのを感じて、慌てて光忠の胸を叩いた。
「駄目だ、これ以上は…っ」
「うん、僕も限界。部屋に戻ろう?」
熱のこもった低く艶のある声でそう囁かれ、再び真っ赤になった俺は、こくこくと頷くことしかできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「長谷部くん、僕これから三日遠征でいないけど、ちゃんとご飯食べるんだよ」
未だ熱の冷めやらぬ体をどうにか起こしてシャツのボタンを留めていると、光忠がそんなことを言ってきた。
「わかってる。子供じゃないんだ」
「そう? ならいいけど」
そう言って光忠が俺の肩にぽすんと頭を乗せる。
「……本当はもっと一緒にいたいんだけどな」
「……主のためだ。とっとと行ってとっとと帰ってこい」
「うん」
光忠の唇が俺の髪に触れる。その感触にすらついつい甘い快感を拾ってしまうのをどうにかやり過ごし、そっと目の前の肩を押す。
「ほら、行って来い」
「わかったよ」
名残惜しそうな様子を隠しもせずに光忠がのろのろと立ち上がる。
「行って来ます」
ぱたりと障子が閉められ、足音が完全に遠ざかってから、俺は低く呻いて布団に倒れ込み枕に突っ伏した。
「あ゛ー……」
心臓が保たない。
光忠と初めて体を重ねて「好きだ」と告げられて以来、光忠はいろんな手段で俺に好意を伝えてくるようになった。朝起きては「おはよう、今日も綺麗だよ」と褒めそやし、昼には「一緒に散歩しよう。君に見せたいものがあるんだ」と口説き、夜寝る前には俺に愛を囁きながら布団へと押し倒してくる。閨の中でだって「好きだよ」「かわいい」と思いの丈をぶつけてこられる。
嬉しい。正直に言ってものすごく嬉しい。
けれど、長いこと光忠からの愛情に飢えていた俺にはなにぶん刺激が強すぎる。餓死寸前の子供の前に満漢全席を出すようなものだ。
そうして、光忠からの度重なる愛情表現に溺れそうになりながら、俺はふと思ってしまう。
俺は、光忠からこんな風に愛情を受け取るに足る存在なのだろうか?
分不相応、という言葉が頭をよぎり、頭をぶんぶんと振ってその考えを消し去ろうと試みるが、どうにもうまくいかない。
俺は机の中に大切にしまってあった恋文を取り出し、何度も読み返したせいで若干寄れてしまったその表面をそっと指でなぞった。
光忠からの想いが込められたこの手紙は、俺の一生の宝物だ。
だからこそ思ってしまうのだ。俺は、これだけの気持ちを光忠にちゃんと返せているのだろうか? 俺はこれに相応しい男なのだろうか?
『そんなことを悩んでいるのか、阿呆らしい』
そう画面の向こうで呆れたように吐き捨てたのは俺と同じ顔をした刀だった。
「阿呆らしいとは何だ」
むっとして言い返すと、「阿呆らしいは阿呆らしいだ」と言い捨てられる。
俺が相談したのは主の友人の審神者の所のへし切長谷部だ。光忠とも顔見知りで、先日光忠から紹介されたばかりのこいつに悩み相談をしようと思ったのは、ひとえにこのへし切長谷部が自分の本丸の燭台切光忠と恋仲であるからだった。
『いいか、そっちの燭台切はせっかくおまえのことを好きだと言ってくれるんだろう。あまりに自分を卑下するのは、おまえを想ってくれる燭台切に対して失礼じゃないのか』
「それはその通りなのだが、考えてしまうものはどうしようもないだろう?」
『燭台切といいおまえといい、本当にしち面倒臭い奴らだな……』
机の上に置かれたPCの画面上でへし切が頬杖をついた。
『ならば、閨の中で思い切り奉仕してやるというのはどうだ』
「……はぁ!?」
『そうだ。それがいい。どうせおまえ燭台切の言動に動揺して流されるままマグロになってるんだろう? たまにはおまえから奉仕をして日頃の感謝を伝えるというのはどうだ』
いかにも名案、というようにへし切がパチリと指を鳴らす。思わず真っ赤になって金魚のようにぱくぱくと口を開いては閉じる俺を置き去りにしてへし切はどんどん話を進めていく。
『おまえの燭台切は俺が見る限り絶対にむっつりだからな。押し倒してキスしてフェラでもしてやればきっと喜ぶぞ。竿だけでなく玉の方を舐めるのも忘れるなよ。なんならいい媚薬でも送ってやろうか』
「おっおまえのような色狂いと一緒にするな!」
『色狂い……色狂いねえ。自分に正直に生きてるだけだぞ、俺は。大体その色狂いに相談してるのはどこのどいつだ』
そう言われてしまえばぐうの音も出ない。
「いや……だが、しかし……」
『おまえらは頭で考えすぎなんだ。燭台切光忠とへし切長谷部の番はどこも大体そうだが、気がかりなことがあったら悩みすぎずにとりあえず行動を起こしてみろ。それでもって相手と向き合ってよく話し合え。俺からアドバイスできることは以上だ』
「…………善処する」
そうして通信を切断して、俺はごろりと畳の上に横になる。
へし切の言うことは辛辣で明け透けだったものの、的を射ていた。
「悩みすぎずに、とりあえず行動」。たしかに、そのとおりだ。
俺はぱちんと両頬を叩き自らに喝を入れると、よし、と起き上がった。
「長谷部くん、ただいま」
一度部屋に寄ってから着替えてきたのだろう、着物姿の光忠が俺の部屋の障子をすらりと開けて入ってきた。
「おかえり、光忠」
「…………会いたかった」
そう言われやや強引に抱き寄せられて唇を重ねられる。三日ぶりの口付けは甘く熱く脳がとろけるようだった。
「ん…………」
ちゅくちゅくと互いの舌を深く絡ませあっているうちに、光忠が俺の体をそっと布団へと横たえた。
「長谷部くん、いい?」
酸欠でぼんやりとした頭で承諾の代わりにキスを返そうとして、はたと気づいた。今夜は俺が光忠に日頃の感謝を伝える番なのだ。
俺は光忠の肩を掴んで寝技の要領でくるりと体勢を入れ替えた。光忠の上に跨がるような体勢になって下を見下ろせば、金色の隻眼が驚いたようにまんまるに見開かれていた。
「…………今日は、俺がおまえに奉仕してやる」
「え?」
「……いつもおまえにしてもらってるばかりだから、俺からもおまえに返してやりたいんだ」
恥ずかしさのあまり視線を泳がせながらそう言うと、俺の頬にやんわりと黒革の手袋を纏った手が触れる。
「……じゃあ、よろしくお願いしてもいいかな」
「ああ、任せておけ」
俺は縞の入った帯に手をかけ、しゅるりと解く。着物の合わせに手を入れて左右に開けば、三日ぶりに目にする光忠の白い肌があらわになった。
下着を下ろし、既に芯を持ち始めているそこに手を伸ばして、できるだけ優しく触れる。思い返してみればこうして光忠の性器に触るのは初めてだ。
初めて触れるそこは熱くて、まだやわらかかった。
「……ん、」
ぴくりと光忠の陰茎が反応したのに安心して、俺は顔を近づけておそるおそる舌を伸ばす。先端に舌を触れさせ、ちろちろと舐めあげると、光忠がはあと熱い息を吐いた。
「……長谷部くん、もっと」
「うん」
どうやらちゃんと快感を拾ってくれているらしい。なんだか嬉しくなって、俺は犬みたいにぺろぺろとあちこちに舌を這わせる。いつも光忠が俺にしてくれるのを思い出しながら、根元から舐めあげたり、横から食むように動かしたり。その度にむくむくと俺の口の中で大きく育っていく光忠自身がいとおしくてたまらない。空いた両手で睾丸をやわやわと揉んだり、内腿をさするように動かすと、光忠が褒めるように俺の後頭部を撫でた。
「っふ、……気持ちいいよ」
良かった。嬉しい。もっと気持ちよくなってほしい。そんな気持ちを込めて、俺は光忠の大きく勃起したそこをじゅぽりと口内に迎え入れた。
「ぁ、ん……」
光忠の小さな喘ぎを聞きながら、俺は必死で舌と手を動かした。じゅぽじゅぽと音を立てて吸い付きながら頭を上下に動かすと、次第に苦い味が口の中に広がってくる。ちらりと光忠の顔を見れば、感じ入るように目を瞑って眉根を寄せていた。鍛え上げられた胸筋がいつもより早い速度で上下している。
その光景を目の当たりにしただけで俺の後ろがいとしさと切なさできゅんと疼いてしまう。
「っ……長谷部くん、そろそろ……」
光忠の手が俺の肩を掴みそっと押しやってくる。
押されるままに大人しく離れると、光忠は若干荒い息を整えつつ炎の揺らめく瞳で俺を見つめてきた。
「……長谷部くん、」
「ん、今日は、俺がやる……」
後ろは既に解してきてあった。下着を下ろしていきり立つ光忠のものに尻を擦りつける。ぬる、と唾液と先走りで濡れた陰茎が尻の溝を行き来する度、その熱くて太いものに貫かれるところを想像してしまい、期待で吐息が溢れる。
「は、ぁ……挿れる、ぞ……」
手と腰で角度を調整しながら、慎重に内側へ迎え入れていく。ぬちゅ、と微かな水音と共に光忠の先端が俺の中に埋まった。亀頭が入りきってしまえば後は楽だと体が知っている。
「あ、んん、っは、ぁ……」
徐々に腰を落としていくと体内が圧倒的な質量で満たされていくのを感じる。好いた男が俺の体で興奮して、その自身とも言うべき分身に貫かれているさまは幸福すぎて筆舌に尽くしがたい。
すべてを埋め終わって半ば放心していると、光忠が俺の後頭部を引き寄せて唇を塞いだ。口内を舌が暴れまわるような、激しい口づけだった。意図せずにきゅうと後ろを締め付けてしまうと、光忠がくっと低く呻く。
「……はぁ、たまらない。長谷部くん……」
珍しく余裕のない顔でそう告げてくる光忠の額に軽く唇を落としてやり、俺はゆるゆると光忠の腰に手を置いた。
「ぁ、んぅ、動くぞ……」
手に力を入れてず、と腰を動かすと、慣らしきった内壁がごりごりと擦られて声にならない悲鳴が漏れる。気持ちがいい。力が抜けそうになる体を叱咤して、そのまま上下にゆっくりと動かしていく。
「あ、あ。っふ、んん、光忠っ」
好きだ。好きなんだ。たとえおまえにふさわしい刀でなかったとしても、おまえの側にいたいんだ。
俺で感じて欲しい。もっともっと感じて、俺無しではいられないくらいになってほしい。
思考はどろどろと熱くとろけて愛情も劣等感も独占欲もすべてが綯い交ぜになっていく。繋がっている箇所の感覚だけが鮮烈だ。
「…………長谷部くん?」
下から戸惑ったような声がする。気づけば俺の瞳からはぼろぼろと涙がこぼれていた。
「……みつただ、」
「大丈夫? どこか痛い?」
俺の頬に手が伸ばされ、涙の流れる目元を優しく指でなぞられる。
「…………俺は、おまえにもらった愛情を、きちんと返せているだろうか」
「はせ、」
「不安なんだ。俺はおまえの隣にいてもいいんだろうか。おまえの恋人として、ちゃんとやれているだろうか」
ああ、うまく言葉がまとまらない。こんなことが前にもあった。あの時は光忠が泣いていて、俺が慰める立場だった。
静寂が支配する部屋の中で、長谷部くん、と小さな声が響いた。
「……僕はね、君のことを好きだって気づいたあの時、君がそれまでどんな想いで僕のことを見つめていてくれたか、すこしだけ理解したんだ」
後ろに手をついて体を起こした光忠は、俺の目元を拭うように唇で触れた。
「ありがたかった。いとおしかった。そして、長いこと気づけなかったことが申し訳なかった。だから、僕はその分君に沢山のものを返してあげたいと思った」
君が好きだよ。光忠はそう言って切なそうに目を細める。
「ねえ、僕こそ君にちゃんと返せているかい? 僕は君の隣にいてもいい?」
「そんなの、当たり前だっ……」
「……良かった。僕ら、似た者同士だね」
そうして触れるだけの優しい接吻をされる。触れた唇から光忠の愛情が伝わってくるような、そんな口付けだ。そのまま何度か角度を変えて唇を食まれる。もどかしさに身を捩らせれば結合部を締め付けてしまってお互いに小さく呻いてしまい、顔を見合わせてくすくすと笑う。
「……ね、動いてもいい?」
「…………ああ、頼む」
おまえで、もっと気持ちよくなりたい。そう耳元で囁くと、「……オーケイ」と低く艶のある声で返されて背筋にぞわぞわとした痺れが走る。
腰に光忠の手が触れる。俺を持ち上げるように力が込められ、ずるる、と剛直が引き抜かれていく。
「ぁああっ」
腰から走る甘い感覚に声をもらすと、今度はぐんと下に引き寄せられて頭の中が真白く染まる。
「あ、あ、ふあっ、ん、あ、みつた、みつただぁ」
最初は単調だった動きが徐々にぐりぐりと腰を押し付けるように動いたり、中をかき混ぜるように回されたりしていく。その度に俺の思考はどんどんとろけていき、光忠と快感のこと以外考えられなくなっていく。
「すき、みつただ、すき、あっ、そこ、だめ」
「駄目じゃないだろう? 長谷部くん、ここ触るとぎゅうっと締め付けてきて、ほら」
「ああああっ」
光忠にきゅっと乳首を抓られて反射的に背筋が反るが、それを逃すまいと腰に回った腕によって引き戻される。結果、より深く光忠を咥え込むことになってしまい、気づけば俺は陰茎から白濁を放ってしまっていた。
「……ぁ、みつ、ただ……」
射精の余韻で荒く息を吐いてぼんやりとしていると唇を塞がれてそのまま腰を動かされる。光忠の下生えが尻に触れるほど深く、何度も何度も。
「んぅ、ちゅ、みつただ、あっ、らめ、そこ、いじっちゃやらぁ」
イッたばかりの敏感な性器に光忠の太い指が絡みつき、ぐちぐちと精液を絡めながらめちゃくちゃに扱かれる。もちろん腰の動きはそのままだ。
「あ、ぁう、や、こわ、こわいっ、なんか来ちゃっ、みつただっ」
過ぎた快感にぽろぽろと涙を流しながら首を振ると、光忠が雄の顔でにっこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、長谷部くん。一緒に気持ちよくなろうね」
「いっしょ……?」
「そう、一緒に」
光忠と一緒なら。
燃え盛る炎の中でも、暗く冷たい水の底でも、どこへだって。
「長谷部くん、あいしてる」
そう囁かれ、ぐんっと今までよりも強く穿たれて、熱い飛沫が腹の奥に注ぎ込まれたのを感じた瞬間、俺の性器からぷしっと透明な液体が散って。
記憶はそこで途切れている。
目を開けると見慣れた天井が目に入ってきた。かすかに鼻孔をくすぐるのは藤の香りだ。
「……長谷部くん、起きた?」
「…………ああ」
喘ぎすぎたせいかざらざらと掠れた声でそう返すと、目の前に水の入ったグラスを差し出される。けだるい腰を叱咤しながら半身を起こそうとすると光忠の腕が背中を支えてくれた。
グラスの縁に唇をつけてぐびぐびと一気に飲み干せば、充分に冷えた液体が喉を潤し、火照った体がすこしだけ楽になる。
換気のためか開け放たれていた窓からは、気持ちのいい風がふわりと舞い込んできていた。
「…………藤も、もうそろそろ終わりだな」
「そうだね。次は薔薇や菖蒲の季節かな。もう少し経ったら薔薇園にでも行こうか」
光忠がそう言って俺の手を握る。
「長谷部くん、」
「なんだ」
「来年も、再来年も、その先もずっと。巡る季節を君の隣で過ごしたい。……駄目かな」
この期に及んで自信なさげにそんなことを言ってくるこいつが馬鹿みたいにいとおしい。と同時に、自分も長いこと似たようなことで悩んでいたのを思い当たり、本当に俺達は似た者同士なのだと思い知る。
「駄目なことなんてあるものか。愛してる、光忠。ずっと一緒にいてくれ」
きっと俺達はこれから何度でも不安になるし、遠回りもするだろう。もしかしたら喧嘩だってするかもしれない。
それでも、この手のぬくもりがあれば、なんだって乗り越えられる気がした。
長い長い片恋が幸せな両思いに変わったあの日のこと、もらった恋文、今日の誓い。すべてを糧にして俺達は共に生きていく。
「長谷部くん」
「光忠」
触れた唇はあまいあまい恋の味がした。
春過ぎて君想うこと
こころなしてとて春を知る
6998文字
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます