愛を一輪

短編
     

8307文字(全2ページ合計)

後日談

「ハーバリウム講習会?」
「そうだ。最近呉竹本丸の口利きで、うちの本丸でフラワーアレンジメントやガーデニングの講習会を行ってることは知ってるだろう?」

 うん、と頷いた燭台切が俺の手の甲をそっとなぞりながら、上から掌をゆっくりと重ねて指を絡めてくる。
「でも君、修行に行ってお店に立たなくてもよくなったんじゃなかったっけ?」
「手が足りないんだ」

 そう、うちの本丸は現在稀に見る人手不足に陥っていた。

 きっかけはうちに来た顧客の一人の一言だった。
『自分でも花束を作ってみたいんですが、こちらで講習会なんかはなさらないんですか?』
 その報告を受けた主が、ならばとカルチャースクール等を営んでいる知り合いの審神者に掛け合ってノウハウを請い、店舗区画の一角を更に広げて会場を作って講習会を開いてみたところ、これが大当たりした。
 瞬く間に講習会の予約は半年先まで埋まり、「プリザーブドフラワー教室はやらないんでしょうか」「ドライフラワーの講習会もお願いします」、と寄せられた要望や意見に応えていくうちに、とうとう修行前のカンスト刀剣達では手が足りなくなり、俺達修行済の極刀剣まで駆り出されるようになったのだ。
 「君の所の主さんはちょっとお人好しすぎるねえ」とは、そのカルチャースクール本丸の燭台切の言葉だ。まったくその通りなのでぐうの音も出なかった。
 そういうわけで、俺も久々に花に触れる事になったのである。

「ふうん……」
 俺から一連の話を聞き終わると、燭台切は唇を尖らせた。
「どうした。不満そうだな」
「不満だよ。せっかく君がお店に立たなくてもよくなったのに、講習会に出るんじゃあ」
「……それが?」
 首を傾げると、燭台切はいいかい、と俺の手をきゅっと握り込んだ。そのままじっと目を覗き込まれて心臓が跳ねる。
「講習会って事は、講習生はみんな余所の本丸の審神者や刀達だろう?」
「……そ、うだな」
「これ以上ライバルが増えるのは御免被るよ」
 たっぷり数秒かけて言われた意味を咀嚼してから、俺は思わず噴き出してしまった。

「そんな事あるわけないだろう」
「あるよ。演練で会って一目で君に心奪われた僕が言うんだから間違いない」
 力強く俺の言葉を否定してみせると、燭台切は「君は自分の魅力をまったくわかってない」と首を横に振った。つくづく行動の一々が海外の映画俳優みたいな奴である。
 艶のある黒髪、陶器のような肌、蜜色の瞳。魅力というならこいつの方が断然あると思ったが、口を噤んでおく。

「そうだ。ねえ、長谷部くん。その講習会、僕も受けに行ってもいいかな」
「予約はとっくに埋まってるぞ」
「そこをなんとか。講師権限で」
「駄目だ」

 規則だからな、と言いきると、わかったよと燭台切は苦笑しつつもあっさり引き下がった。こういう所の物分りは良い奴なので助かった。
「でも、そっかあ、駄目かあ……心配だなあ」
 残念そうに肩を落とす燭台切を見て少しだけ胸が痛んで、気づけば俺は空いた左手で燭台切の服の裾を引いていた。

「長谷部くん?」
「…………その、あのな」
「うん」
「いくら余所の本丸の連中に好かれようと、俺にはお前が一番、だから」 

 浮気なんてしない、となんとか喉の奥から絞り出すと、恥ずかしさのあまり俯いてしまう。
 何を言ってるんだ、俺は。顔が熱い。穴があったら埋まりたい。
 己の膝を見つめる俺の顎にそっと燭台切の手がかけられ、そのままくいっと上向かせられる。顔を上げた俺の眼の前に広がっていたのは燭台切の花開くような笑顔だった。

「僕だって君がこの世で一番大好きだよ。可愛い僕の長谷部くん」
「…………燭台切…………」

 そうして唇が触れそうになった所で背後から「うわあ」と声が聞こえた。慌てて振り向くと、俺の部屋の入り口に宗三が立っていた。俺と視線が合うと、宗三はもう一度「うわあ」とげんなりと顔を歪めたまま舌打ちをした。
「講習会の件で主からマニュアルを預かって来たんですけど、貴方、いちゃつくなら戸締まりくらいしておいてくれます? まかり間違ってお小夜が鉢合わせたらどうしてくれるんです」
「ううううるさい! マニュアル置いてとっとと帰れ!!」
「はいはい。僕も馬に蹴られたくはないですからね」
 そう言って入り口脇の棚に紙の束を置くと、宗三は足早に部屋を去っていった。細い背中が完全に見えなくなってから俺は扉にがっちりと鍵をかける。これでもう邪魔をされるという事もあるまい。

 俺と燭台切は違う本丸の所属刀剣なので、会う時はいつも万屋のある辺りの街角か、お互いの本丸の自室で、という事になるのだが、何故かいつもいい所で邪魔が入ってなかなか関係が進展しない。
「今回も駄目だったかぁ……」
 燭台切が大きく溜息をつく。さすがにこんな状況で即座に再びいちゃつき始められる程俺達のメンタルは鋼ではない。
「まあ、チャンスはいくらでもあるしね。気長に行くさ」
 燭台切が俺の額にちゅっと唇を落とす。それだけでも茹で蛸のように真っ赤になってしまうのだから、これ以上の事をされてしまったら俺は一体どうなってしまうのだろうか。恐ろしいような、それでいて楽しみなような、不思議な心地だ。

 でも、あと少しだけこんなじれったい距離を続けたい気もしてしまうのだから、我ながらどうしようもないとも思う。

 ――そうだ、次の講習会では乾燥処理を施した黄色のパンジーを使おう。

 そんな事をふと思い立って、俺は額を押さえながらふっと笑んだ。
「長谷部くん?」
 鮮やかで明るい、陽だまりに揺れる黄色のパンジーに似た瞳が俺を映す。

 パンジーの花言葉は、「つつましい幸せ」だ。

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