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俺はどこにでもいる普通のへし切長谷部だ。そしてこれもまたありきたりだが、燭台切光忠と付き合っている。そこまでは、まあいい。よくある話だ。
ただ問題は、俺の光忠が一般的な燭台切光忠からは少々外れた個体だということだ。どういう風に一般的なのではないかというと、泣き虫なのである。
「僕は燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ!」
そう言って近侍の俺の目の前で顕現したそいつは、最初いたって普通の燭台切光忠に見えた。ごくごく普通に審神者に名乗りを上げ、挨拶を済まし、俺にもどうぞよろしくと手を伸ばしかけ、そこでぴたりと動きが止まった。
「……き、君名前は……?」
「へし切長谷部だ。長谷部と呼べ」
「はせべくん……」
ぽおっと頬を朱色に染めて、目をやたらきらきらとさせてそいつは俺を見た。
「今日からしばらくお前の世話係を任されている。よろしく頼む」
そう言って右手を差し出すと、がしりと両手で手を掴まれた。正直痛かった。
「うん……! よろしく頼むよ……!!」
それからそいつは俺の後をカルガモの子供のようについて回った。
「長谷部くん、あれはなんだい?」
「長谷部くんは何の食べ物が好き?」
「長谷部くんの好きなタイプは?」
長谷部くん長谷部くん長谷部くん。とにかく俺を構い倒した。鬱陶しいと思いつつも毎回そうだと情も湧いてくる。
変なのに好かれてしまったなぁ。
その時の俺の感想はそんなものだった。実際厨や内番だけでなく、伝え聞く戦場での活躍を鑑みれば、燭台切は優秀な刀だった。だからその頃は俺もまだたかをくくっていたのだ。何故か俺にやたらと懐いてる、ちょっと変わった燭台切光忠なだけなのだと。
燭台切の化けの皮…もとい元々の気質が明らかになったのはそんなある日のことだった。
「長谷部くん!」
藤が綺麗だから散歩に行こう。そう誘われて藤棚の下を並んで歩いていると、燭台切ががしりと俺の両肩を掴み、真剣な顔で俺の瞳を覗き込んできた。
「君が好きなんだ。僕と付き合ってくれ!」
「はぁ?」
俺はそう言ってまず燭台切の正気を疑った。その頃の俺は燭台切をよく懐いてくる犬猫くらいにしか思ってなかったし、そんな犬猫からいきなり恋愛感情を告げられた所でその気になる筈もない。
「お前、頭でも打ったか? 手入れ部屋行くか?」
そんな言葉をかけた瞬間、金色の瞳からぼろりと涙が零れた。
「ぼ、僕、初めて見た時から長谷部くんが好きでっ……君じゃなきゃ駄目なんだ……! 君が好きで好きでたまらない。お願い、僕と付き合って……!」
そう言って大の男が人目も憚らずぼろぼろと泣き出すものだから俺は焦った。ものすごく焦った。可愛がってる犬猫が泣き出したら大抵の奴は焦ると思う。
俺は燭台切を落ち着かせるように奴の背中を撫で下ろした。
「ま、待て、落ち着け? な? 茶でも飲んで一旦落ち着こう」
「長谷部くん、僕は本気なんだ……! 本気で君のこと好きなんだよ。君のためならなんでもするし、君の言うことならなんでも聞くよ。だから僕と付き合って……!」
ひぐひぐ泣きながら燭台切がずずーっと鼻を啜る。外見だけなら超一級品のこいつだが、今の姿にはもはや伊達男の欠片も残っていなかった。
俺がおろおろとしているうちに、どんどんと告白と号泣はヒートアップしていき、終いには「はしぇべくんとつきあえないならぼく、とうかいされたい……おれてしまいたい……もういきていたくない……」とぐすぐすと泣き出した。
マジでか。そこまでか。
しかし、だ。
俺も元々は物の付喪神であるからして、しかも『へし切長谷部』の来歴が来歴であるからして、誰かから必要とされることには滅法弱いのだ。
それだけの重い愛情を向けられていたことを知って、俺の胸は妙なときめきを覚えた。それだけこいつは俺を必要としてくれているのだ。そう思うと、こう、言ってはなんだが、きゅんとしてしまったのである。要は絆されてしまったのだ。
「……わかった。付き合ってやる」
「本当!?」
パッと燭台切が顔を上げる。その鼻先に俺は指をびしっと突きつけた。
「ただし、俺がいいと言うまで、関係を進めるのはNGだ」
「えーと、つまり……?」
「キスより先は、俺の許可がない限り、するな」
「手を繋ぐのは!? あと抱擁!!」
「うーん、ギリギリセーフか……? ただし事前に申告しろよ」
「わかった」
こくんと頷いて、燭台切は涙もろくに拭かずにそれはもう嬉しげににこりと笑った。
「ねえ、長谷部くん。抱きしめてもいいかな?」
正直に言うと誰が見ているともしれない庭先で、しかも男同士で抱き合うのには躊躇したものの、ここで断るのも無粋というやつだろう。数秒迷った後、俺は渋々頷いた。
気づけば俺はあっという間に燭台切の腕の中に閉じ込められていた。燭台切は俺の頭に頬ずりしながら、「えへへ、長谷部くんの匂いだぁ……」とうっとりと呟く。おいやめろ。せめて顔くらい拭いてからにしてくれ。そう言いかけたが、燭台切があまりに嬉しそうだったので、ひとつ溜息をついてそのまま抱擁を甘んじて受け入れた。
燭台切の腕の中はあたたかく、かすかに響く鼓動はとくとくと早鐘を打っていた。それがすこしだけ心地よかったのは、ここだけの話だ。
これが、俺と光忠の馴れ初めである。
付き合い出してから気が抜けたのか、あれ以来光忠はその本性を隠すことなくおおっぴらにし始めた。あいつはなんというか俺のことになると兎角子供っぽくなるというか、普段の伊達男ぶりはどこへやら、とにかくふにゃふにゃになってしまうらしかった。
俺が演練でよその燭台切と話したと聞けば「僕を捨てる気なんだ……!」とさめざめと泣き、俺がちょっとでも戦場で怪我をして帰ってくれば「長谷部くん死なないで……!」とわんわん泣いた。とにかく手間のかかる奴だった。
これでも今や奴はまがりなりにも第二部隊長で、戦場では鬼神の如き活躍をするというのだから(俺は練度差の関係で一緒に出陣したことはなかった)、世の中わからない。恋は人を狂わせるというが、間違いなく光忠は俺に狂っていた。
「長谷部くん、はい、あーん」
光忠が満面の笑みで手製のずんだ餅を差し出してくる。
光忠は他の燭台切光忠の例に漏れず料理が上手い。俺は口を開いて程よい塩気と甘みのあるずんだ餅をもぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込む。物足りなかったので次を催促するようにあ、と口を開くと、
「はぁ……長谷部くんが今日もかわいい……僕の天使……」
隣で燭台切が何やら悶えたが、いつものことなので俺は気にせずに書類仕事を進めた。
「長谷部くん長谷部くん」
「なんだ」
「抱きしめてもいい?」
「……後ろからなら。あと仕事の邪魔はするなよ」
あの日約束した通り、光忠は俺に触れる時必ず一言断りを入れる。
「やった」
光忠はいそいそと俺を後ろから抱きしめ、しばらく落ち着く位置をごそごそと模索し、俺の肩の上にこてんと顎を置いた。
「ふふ。長谷部くん、かわいい……大好き……」
耳元でうっとりとそう囁かれ、背中にぞくりと震えが走る。首筋の毛が一斉に逆立つような心地がした。
「っ……耳元で囁くな!」
「どうして?」
不思議そうにそう尋ねられ、「……お前の声は気が散る」と答えると、うぐ、と後ろで涙ぐむ気配がしたので、俺は慌てて振り返ってその頭を撫でてやった。
「はしぇべくん……!」
「ああもう! 俺が言い過ぎた! だから泣くな。な?」
わしわしと頭を撫でると、拗ねたように光忠が唇を尖らせた。
「……じゃあ、キスして?」
「……わかった。目を閉じてろ」
「うん!」
そう言ってわくわくと瞼を伏せる光忠に俺は唇を近づけ、キスをしてやった。額に。
それでも光忠は嬉しそうに額を撫でて、ふにゃりと笑み崩れる。
「長谷部くんからのキスだぁ……」
「泣き止んだか?」
「うん。僕もう一生顔洗わない……」
「いやそれは洗え。頼むから」
顔も洗わない伊達男とかどうなんだ。ただでさえ泣き虫のくせに。それはお前の矜持的にありなのか。ありなんだな。阿呆か。
本当にこいつ俺の事好きなんだなぁ、と思うと同時に罪悪感でずきりと胸が痛む。
俺達はまだ一度も口づけをした事がなかった。
俺が許可していないのだから当然だが、手を握ったり抱きしめたりするのが精々で、付き合って三ヶ月経っても俺達の関係に特に進展はなかった。
それでもごくごく幸せそうに俺の隣で微笑む光忠を見ていると、それでもいいのかななんて思うのだが、このままでいいのかと心の中でもう一人の俺が問いかけて来る。
光忠も男だ。男の身に発散しなければならない性欲があることも、人間同士の恋愛が肉欲を含む物だということも理解している。きっといつだって、俺が許可さえすればこいつは俺にもっと深く触れてくるのだろう。
だが、俺は恋に溺れて変わるのも、変えられるのも、怖かった。結局は自己保身だ。ただのエゴだ。
そんな自分勝手な我儘に光忠を付き合わせている。その自覚はあった。
だからこそ、こいつが可愛くて、愛しくて、そして申し訳ない。そんな矛盾を抱えながら、俺は光忠と交際を続けている。
「長谷部くん、大好き」
光忠の笑顔を今日も免罪符にして、狡い俺はずっとその事を見ないふりをし続けている。
「長谷部、今日はよろしく頼むぞ」
いつものスウェット姿ではなくびしりとスーツを着こなした主に、俺は胸に手を当て頭を下げる。
「お任せください。必ずや主をお守りします」
今日は審神者の定例会議の日だった。審神者が現世に赴く際は、原則として最低でも一人の刀剣男士を護衛として連れて行かなければならない。うちの本丸では、こういう時は近侍の俺がその役目を務めることが多かった。
俺がいつも通りに主と連れ立ってゲートをくぐろうとすると、後ろから呼び止められる。
「長谷部くん!」
光忠だった。
「駄目だよ、本丸を代表していくんだから、最高にかっこよくしていかなきゃ」
そう言って光忠は持っていた櫛や整髪料で俺の髪型や武装を整え始める。
「……なあ、燭台切、俺は……?」
「ああ、主くんはそれでいいんじゃないかな」
「お前ってそういう奴だよな……! 知ってたけど!」
そんなやり取りをしながら俺の武装の紐のバランスを整える、珍しく引き締まった光忠の顔を見てどきりと胸が高鳴る。
「……うん、これで完璧」
光忠が俺に笑いかけようとして、はたと気づいたように顔を青ざめさせた。
「どうしよう…! こんなにかっこいい長谷部くんを見て、よその奴が長谷部くんに惚れちゃったら…!」
「ない。ないから安心しろ」
「安心できないよ……! だって君世界一、いや宇宙一かっこよくてかわいいもの……! 絶対に浮気しちゃ駄目だからね!?」
「ああ、はいはい。わかってる。好きだぞ、光忠」
安心させるように肩を叩き、大盤振る舞いで頬にキスまでしてやる。すると途端に機嫌が直るのだから単純だ。
「ふふ。嬉しいなぁ。ねえ、僕からもキスしていいかい?」
「……唇以外なら」
「うん、ちゃんとわかってるよ」
そう言って光忠が俺の頬にちゅ、と口付ける。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「ああ」
そんなやり取りをして振り返ると、主はぱたぱたと顔を扇ぐ素振りを見せていた。
「っ……すいません! お見苦しいところをお見せしました……」
「いーよいーよ、慣れてるし。仲良きことは美しき哉ってな。じゃあ出発するぞ」
「はい」
そうして、俺は主と現世へと繋がるゲートをくぐった。
◆ ◆ ◆ ◆
「主、こちらです! 急いで!」
「待っ……長谷部、おま、速すぎ……!」
「敵は待ってはくれませんよ!」
俺は後ろから迫りくる苦無の攻撃を皮一枚で躱し、その首を圧し切った。
どうしてこんな事になったのか。 俺は今、主を連れて政府の施設内を走っていた。
話は数十分前に遡る。
◆ ◆ ◆ ◆
それはいつもの定例会議の筈だった。各本丸ごとに報告をし、議題について話し合い、その後は懇親会。そんな流れを突如ぶち壊したのは、会場に響き渡った轟音だった。
「歴史遡行軍だ!」
そんな悲鳴が上がる。壁に空いた穴から大量の遡行軍が会場へと雪崩込んで来る。
俺は反射的に迎え撃とうと本体を構えてから気づく。
いくつもの敵部隊は全て苦無に高速槍で固めてあった。悔しいが、俺では先手を取ることが難しい相手だった。傷を負うのは必至だろう。
「ここは俺っち達に任せておけ!」
他の本丸の護衛だろう、極になっていた短刀達が真っ先に敵に斬りかかる。僅かに出来た布陣の隙間から、俺は主を庇いながら会場の外に転げ出る。
会場の外に出たのは俺達以外にも何組かいた。後方では既に乱戦状態になっており、室内戦に優れた極の短刀達が中心になってうまく足止めをしてくれているようだった。
突っ切る際に切られた頬の傷をぐいと袖口で拭うと、主が心配したように俺の顔を覗き込む。
「長谷部、おまえ、血が……!」
「軽傷です! それより今すぐゲートに……いや、」
敵が今日のあの会場を狙い撃ちしてきた事を考えると、政府か審神者内に内通者がいることは明白だった。ゲートも封鎖されていると考えた方がいいだろう。
「施設内に、緊急避難用のゲートがあると聞いたことがある。そこに行けば本丸から増援を連れてくることができるかもしれん……!」
一緒に扉から出た何人かの審神者達のうち一人がそう口を開いた。迷っている暇はなかった。皆で互いに目配せして頷き合い、施設の奥にあるという緊急避難用ゲートを目指すことが決まった。施設内に詳しいという審神者を先頭にし、後ろからの追撃を全員でなんとかやり過ごしながら、施設内を駆け抜けていく。前からの敵はいない所を見ると、このルートは敵の想定外であるらしかった。
広い施設の奥の奥に向かって、ひたすら駆け抜ける。既に槍や苦無の攻撃を何発か貰っていて中傷状態だった。強引にストラを引きちぎって腕を縛り付け、止血しながら走っていると、やがて目の前に白い厳重そうな扉が現れた。政府関係者らしき審神者が何やらパスワードを打ち込むと、扉がもどかしい速度でゆっくりと開いていく。
「ゲートだ!」
わっと審神者と護衛達が沸き立ち、急いでいくつかのゲートにそれぞれの本丸のIDとパスワードを入力していく。俺は入り口を見張りながら背後の主を見る。
「あ、あれっ」
焦って指が滑っているらしい主をはらはらとしながら見やっていると、とうとう入り口の向こうから遡行軍共が追いついてきた。
「主! 急いで!」
「……よし!! 繋がった!!」
主がそう言ってエンターキーを押すのを確認して、俺はすぐそこまで敵の迫る扉へと向き直った。増援が来るまでにゲートを破壊されるわけにはいかない。誰かがここで残って遡行軍を相手取る必要があった。
「ここは俺が引き受けます! すぐに本丸に戻って増援を!」
「っ……わかった! 長谷部、折れるなよ!」
「俺を誰だとお思いですか! 貴方の近侍ですよ!」
「頼むぞ!」
幸い、他の審神者の護衛達も何人か残っていた。敵は少なく見積もっても三部隊はいる。この怪我で、守りきれるか。いや、守るしかない。
「敵が何であれ、斬るだけだ…!」
そう言って、俺は敵へと斬りかかった。
もう何振り敵を屠っただろうか。額傷のせいで、さっきから血が目に入って邪魔だ。刀を握る手はそろそろ麻痺してきた。槍の一撃をギリギリの所で掠めながらその首を刎ね飛ばす。苦無の斬撃を間一髪で避けて蹴りを叩き込む。周りの護衛達も既に満身創痍だった。
その時、敵の一撃が胸元を掠り、紐がぶつりと切れた。
『いってらっしゃい。気をつけてね』
光忠に結んでもらった、紐が。
その一瞬の隙をついて、槍の一撃が脇腹に入った。こふ、と口から血が流れる。続く苦無の攻撃で、手元から本体の刀が離れた。カラン、と床に本体が落ちる音が聞こえる。がくりと膝をつくと、目の前には鋭い刃を口に咥えた苦無が迫っていた。
万事休すか。思わず目を閉じたその時だった。
「長谷部くん!!!」
俺の喉元を狙っていた苦無を叩き折ったのは、光忠だった。続いてばたばたと大人数の足音が聞こえ、周りを見知った刀剣男士達が指示を飛ばし合う声が響く。
「槍から殺せ! 極は苦無の対処をしろ!」
増援が、来たのだ。
「長谷部くん! 生きてる!?」
光忠が俺の体を抱き起こす。
「……なん、とか、な……」
ひゅうひゅうと息をしながら答えると、光忠が俺に何かを握らせる。御守だった。
光忠は俺をそっと壁際に横たえると、俺を背に庇うように立ち、すらりと鞘から刀を抜いた。
「……貴様ら、生きて帰れると思うなよ」
ぞっとするほど低い声だった。
「長船派の祖、光忠が一振り……参る!!」
そこからの光忠の活躍は凄まじかった。勿論他の本丸からの増援もいたが、俺の目には光忠しか映らなかった。
迫りくる槍の穂先を鞘で受け流して叩き斬り、返した刃で苦無の胴を真っ二つにする。槍の胸に突き立てた刃をそのままに、敵の体を振り回して隣の槍を吹き飛ばす。
豪壮華麗な光忠の一振り、伊達の政宗公がその切れ味を由来に名付けたその名に恥じぬ戦いぶりだった。
いつもはふにゃりと蕩けた光忠の瞳には今やごうごうと激しい炎が燃え盛り、普段ゆるやかな笑みを湛えている唇はぎゅっと引き結ばれている。
これが、戦場での光忠。鬼神の如きと言われた理由が、今やっとわかった。恐ろしい程強く、そしてうつくしかった。
俺は遠のく意識の中、俺のため刀を振るい続ける恋人をただひたすら見つめ続けていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「……くん! 長谷部くん!」
目を開くとそこは見慣れた手入れ部屋の天井で、傍らには泣きべそをかいた光忠がいた。
ああ、戻って来られたのだと理解してほっと溜息をつく。
「良かった……! 君ったら丸三日も目を覚まさないから、僕、本当に心配で心配で…!」
そう言って光忠はぼろぼろと泣き出す。
いつの間にか俺の手は光忠に握られていて、俺の視線に気づいたのか光忠が慌てたようにパッと手を放す。
「ご、ごめん。断りも入れずに触れて……」
「……いい。そのまま、握っていてくれ」
上体を起こしながらそう言うと、光忠は涙目のままおずおずと俺の手に触れ、そっと頬ずりした。
「君が折れなくて、本当に良かった……!」
「主は?」
「主も、他の本丸の審神者や刀剣達もみんな無事だよ。あの後政府の別働隊から大量に増援が来て、無事敵の殲滅に成功したんだ。敵側の内通者も捕まった」
「……そうか、良かった……」
ふうと息を吐くと、光忠が何か言いたげにこちらを見ている。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言え」
問いかけると、光忠は俯いて膝の上でぎゅっと拳を握った。
「……抱きしめてもいい?」
「……ああ」
頷くと、恐る恐ると言った様子で光忠の腕が俺の背に回る。
「ああ……! 長谷部くんだ……! ちゃんと、生きてる……!」
ぐりぐりと肩に頭を押し付けるようにして光忠がずびずびと鼻を鳴らす。
「……僕ね、君が倒れてるのを見た時、すごく後悔したんだ。どうしてもっと君に触れておかなかったんだろうって」
震える声で光忠がそう告げる。
「……君が僕のこと、ペットか何かみたいに思ってるのは知ってたよ。でも君の隣にいられるなら何だって構わなかった。ろくに触れられなくてもいい。君の気持ちがきちんと僕に追いついてくれるまで、いつまでだって待つつもりだった。けど、折れそうな君を見た時、本当に後悔したんだ」
ぎゅう。俺の背に回った腕に力が込められる。
「もっと君のこと、がむしゃらに口説き落として、さっさと僕のものにしておけば良かったって。そう、思ってしまった」
「……光忠、」
「軽蔑した? ごめんね、駄目な僕で本当にごめんね……」
そう言ってはらはらと涙を流す光忠の頬を、俺は指でそっと拭ってやった。
「光忠、よく聞け、いいか」
俺はすうと息を吸う。
「俺は、お前が、好きだ」
言葉に出してみたら呆気ない程単純だったけれど、これ以上の言葉が思いつかなかった。
恋で自分が変わるのも、変えられるのも、怖かった。だけれどそれ以上に、こいつと離れるのはもっと嫌だった。
認めよう。俺は、光忠を愛している。
光忠の背に腕を回し返し、その胸に顔を埋めて俺は零すように言った。
「……正直、今回の件でお前のこと、その……惚れ直した」
光忠はひとつきりの目を丸くして俺の顔を覗き込み、その拍子に蜜色の瞳からぼろりとひとつ涙が落ちた。
「……どうしよう、長谷部くん」
「なんだ?」
「今すごく、キスがしたい」
そう熱っぽい視線で告げてくる愛しい恋人に、俺は了承の代わりにぐいとネクタイを引っ張り、自分から噛み付くように唇を重ねた。
◆ ◆ ◆ ◆
「長谷部くん、はい、あーん」
光忠の差し出してくるティラミスを頬張りながら、俺は書類仕事を進める。背中に感じる温もりに寄りかかると、
「ああー! 長谷部くんが今日もかわいい……! 尊い……!」
と光忠が俺を抱きしめながら身悶えした。いつものことなので無視して書類にサインを書いていく。
「光忠」
「なあに?」
「……これが終わったら、買い物に付き合ってくれ」
「っ……うん!」
そう言って勢い良く頷く光忠に思わず笑みを零しながら、俺は心なし手を動かすスピードを早める。
「急がなくていいよ。ちゃんと待ってるから」
そう言って光忠が俺の髪にキスをする。
「俺がそうしたいんだ」
「長谷部くん……!」
光忠が俺を抱きしめる腕にさらに力を込め、ぐりぐりと頭を擦りつけてくる。
「馬鹿、苦しい」
「ああもう、好き。長谷部くん大好き。好きすぎて泣きそう……」
「なんで泣くんだ。笑ってろ。そっちの方がよっぽどいい」
そうして振り返ると視線が絡み合う。無言で互いにゆっくりと唇を合わせ、再び元の位置に戻る。
「……早く、終わらせるから」
「うん、待ってる」
「ああ」
俺はどこにでもいる普通のへし切長谷部だ。そしてこれもまたありきたりだが、燭台切光忠と付き合っている。俺の光忠は一般的な燭台切光忠からは少々外れた個体である。泣き虫で、子供っぽくて、俺に狂っている。
だけど、世界一かっこよくてかわいい、俺のたった一人の恋人なのだ。
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