レンタル彼氏長谷部くん

短編
     

29565文字(全2ページ合計)

 その本丸は元々はごくごくありふれた普通の本丸だった。

 歯車が狂いだしたのは審神者が怪しい投資話に乗った頃だった。元々ギャンブルが好きで浪費癖のある審神者だったが、本丸の刀達が一丸となって支えてようやく通常の運営ができていたのだ。そのバランスを崩したのがとある投資話だった。案の定話を持ってきた人物は金を持ったまま行方をくらまし、残されたのは莫大な借金。このまま本丸を運営していくことさえ危うくなった。
 崖っぷちまで追い詰められた審神者は、これまた悪い仲間達からの口車に乗せられ、とうとう自分の所の刀剣男士達をレンタル彼氏として派遣するサービスを開始した。
 刀剣男士といえば、そもそもが類い希なる美貌の持ち主達である。おっかなびっくり始めてみたものの評判は上々で、自分の本丸の男士に想いを寄せているが本人には伝えられない者や、日頃から邪な思いを抱いている者、単純にお手軽な疑似恋愛を楽しみたい者など理由はさまざまで、その顧客対象は審神者や男士、果ては政府の高官まで広がっていった。

 長谷部はその本丸の近侍だった。元々が主に従順、しかも金を積みさえすれば何でもしてくれるとあって、特に政府高官からの指名率が高く、審神者も長谷部には特に期待していた。
 最初こそ長谷部は主が喜んでくれるならと己が身体を差し出していたものの、次第に剣を振らずに媚を売るばかりの自分に言いしれぬもどかしさを感じ始めてしまう。

 顧客からの要求は、「手を繋いで」「キスをして」くらいならまだ可愛い方だった。初めてホテルに連れ込まれ、「しゃぶれ」「突っ込ませろ」「上に乗って腰を振れ」と札束をちらつかせながら「お願い」された時、長谷部の脳裏に過ぎったのは、「期待してるぞ、長谷部」という審神者の一言だった。
 結局その夜は最後までさせて、翌朝一人ボロボロになった体の後始末をしながら、こっそりトイレで嘔吐した。

 一方審神者はいつにない大金が舞い込んできたことに大喜びし、長谷部を褒め称えた。そうなると審神者もそういった客を選んで長谷部を斡旋することが増え、長谷部の心はどんどん摩耗していった。他の男士達は比較的「まっとうな」レンタル彼氏業をやっていたというのも、長谷部の心に影を落とした。文字通り体を売っているのは長谷部だけで、審神者も後ろめたいからなのか他の男士にはその事実を隠しているようだった。
 今では長谷部は刀を握るよりも性器や卑猥な玩具を握ることの方が多いくらいだった。最初の頃に感じた嘔吐感は次第に薄れ、今では少ないながらも後ろで快感を得られるようにもなってきた。

 でも、やはり刀を振るいたい。
 時折自室で本体の手入れをする時だけが長谷部の心休まる時間だった。もう長いこと出陣も手合わせもこなしていなかった。
 それでも切れ味だけは鈍らせたくなくて、こうして今も見苦しくも本体の手入れを怠らないでいる。明日は珍しく男士からの指名だった。わざわざ金を積んで長谷部を指名してきたということは、資金潤沢な本丸の男士なのだろう。出立前に後ろの準備もしておかなければ、とごく自然に考えている自分に気がついて、自嘲して刀を置いた。
 自分とは一体なんなのだろう。

◆ ◆ ◆ ◆

 ある日待ち合わせの場所に向かうと、そこに立っていたのは燭台切光忠だった。長谷部の本丸にはいなかったが、昔演練で何度か見たことがあるために顔は知っていた。

「へし切長谷部だ。サービス料次第では何でもやる。今日はよろしく頼む」

 同じ男士のためあえて敬語は抜きにした。
 燭台切は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに気を取り直したように長谷部に向かって微笑んでくる。

「僕は燭台切光忠だよ。光忠って呼んで欲しいな」
「お安い御用だ。それで、どうする?」

 近くにはホテル街もあった。ちらりとそちらの方向を見ながら誘うように笑ってみせると、燭台切は口を開く。

「まずは君とおしゃべりしたいな。甘味処にでも行かない?」

 なるほど、そういうタイプか。長谷部は一人納得した。最初から体を求めてくるタイプも少なくないが、恋人らしい触れ合いを好む顧客も一定数いる。
「構わない。おまえの行きたい所なら喜んでついていこう」
 そう言ってするりと指を絡ませる。
 一瞬だけ顔を赤くし手を強張らせた燭台切を見て、こんな百戦錬磨な形をしておいて、意外と初心らしいと長谷部はアタリをつける。少しばかり愉快な気持ちになりながら、「ほら、どこに行きたいんだ?」と促すと、燭台切は取り繕うようににこりと笑って、「こっちだよ」と優しく手を引いた。

 連れて来られたのは長い行列のできている人気の甘味処で、長谷部ですら名前を聞いたことはある老舗の店だった。燭台切は慣れた風に店員に名前を告げると、すぐに中へと通される。どうやら既に予約をしていたらしい。店員によって奥の個室になっている小さな座敷に通され、品書きとおしぼりを渡される。

「好きなものを頼んでいいよ」
 デート時の支払いは客側の奢りというルールだ。遠慮して安いものを頼むのが好みか、遠慮せずに好きなものを頼むのが好みか。おそらく後者だろうと見当をつけて、長谷部は「特選抹茶パフェをひとつ」と店員に注文する。
「僕はクリームあんみつをひとつ」
 追うように燭台切も注文した。
 かしこまりました、と店員が出ていくと、個室の中は長谷部と燭台切の二人きりになる。先に口火を切ったのは燭台切の方だった。

「……長谷部くん、って呼んでもいいかな」
「おまえの好きなように呼んでくれ」
「良かった。急にこんな所に連れて来ちゃったけど、甘い物は好きな方?」
「嫌いではないな」

 店の雰囲気も長谷部の好む所だった。落ち着いていて、品がある。
「……悪くない。いい店だと思う」
 素直にそう言うと、燭台切は嬉しそうに破顔した。
「なら嬉しいな。ねえ、良かったらもっと君のこと聞かせてくれない?」
「構わないが、」

 今日の予約は夕方までの予定だった筈だ。今は昼過ぎ、この後ホテルに寄るにしては随分とゆっくりしている。
 怪訝に思いながら聞かれるまま他愛もない話をする。好きな料理や本の話、好みの場所や花の名前。燭台切の朗らかな相槌に引き出されるように普段話さないことまで話してしまっているうちに、やがて注文した料理が運ばれてくる。わらび餅と抹茶アイス、とろりと光沢のある黒蜜や真珠のごとき白玉が豪華に盛り付けられたパフェに、長谷部は思わず目を輝かせた。

「……いただきます」

 パフェ用の細長いスプーンでアイスを一口掬って口に入れる。薫り高い抹茶の風味が口いっぱいに広がり、口内の温度でじんわりと溶けていく感触は筆舌に尽くし難い。舌触りもいい。気づけば長谷部は夢中になってパフェを食べていて、目の前の男から「美味しかった?」と聞かれた時には既にグラスは空だった。
「す、すまない……!」
 ついつい客を忘れて甘味に夢中になってしまったことを恥じて俯くと、「気にしないで。そんなに気に入ってもらえたなら僕も嬉しい」と優しく声をかけられる。随分甘い男だな、と長谷部はちらりと思った。まるで今食べたばかりのパフェのようだ。

「君の本丸ではおやつはあんまり出ないの?」
「昔は出たが、今は俺が外に出ていることが多くて、」

 思い返してみれば、甘味を食べること自体久しぶりだった。最近口にするものと言えば、簡素な食事や客の体液くらいなものであることを思い出し、長谷部は内心慌てつつも、できるだけ艶然と微笑んでみせる。
「それより、この後はどうする? 俺はどうしたって構わないが、」
 そうしてつうっと男の手をなぞる。
 この後の行為を匂わせるように誘ったつもりだったのに、返ってきたのは予想外の反応だった。

「っふ、あははっ」

 愉快そうにくすくすと肩を震わせる燭台切に眉をひそめると、ごめんごめんと目尻を拭いながら燭台切が長谷部の口元にすっと手を伸ばした。
「……ここ。クリームついてる」
 かあっと恥ずかしさで頬が熱くなる。口元にクリームをつけながらさっきの台詞を吐いたのかと思うと、地面に穴を掘って埋まりたい心地だった。
「長谷部くん、意外とかわいいところもあるんだね」
 燭台切は長谷部の口元を拭った指をおしぼりで拭いて、まだ笑いの波が収まらないのか楽しげに目を細めている。

「……普段は、こんなんじゃ、」
「へえ?」
「本当だ。……試してやろうか?」

 今度こそ艶っぽく笑って小首を傾げてみせると、燭台切は静かに首を横に振った。
「今日は遠慮しておくよ。それより、君と行きたい所があるんだ」
 そう言われ、またも拍子抜けしてしまう。どうもこの男といると調子が狂ってしまう。
 会計を済ませ、店の外に出る。今度は燭台切から手を繋いできた。指を絡ませながら隣を見上げると、にっこりと笑顔を返される。

「どこに行くんだ?」
「それは、着いてからのお楽しみ」

 店を出て手を引かれて、ホテル街とは真逆の方向に長谷部は面食らう。そちらはたしか公園くらいしかなかった筈だ。まさか屋外プレイが好みなのだろうか。あれはあまり好きではないのだけれど。
 内心ひやひやしていると、燭台切は広い公園内の小高い丘をゆっくりと登っていく。丘を途中まで登ったあたりで、燭台切が悪戯っ子のように笑ってみせた。

「申し訳ないけど、ここからはちょっと目を瞑っててもらえるかな」
「わかった」

 いずれにせよ客の要望は絶対だ。逆らわずに瞼を下ろし、燭台切に導かれるままに歩いて行く。風に乗ってどこか懐かしい香りが花をくすぐる。はてこれはなんの匂いだっただろうか、と長谷部が首を傾げていると、耳元で低く艶のある声が長谷部に告げる。

「うん、もういいよ。目を開けてごらん」
 長谷部の藤色の瞳に最初に映ったのは、視界いっぱいの紫色だった。ぱちぱちと瞬きを繰り返すと次第に焦点が合い、目の前のものの姿が明らかとなっていく。
 それはどこまでも続く満開の藤棚だった。
「っ…………!」
 思わず息を飲んだ長谷部を、燭台切は目を細め満足そうに見つめている。
 藤は長谷部にとって特別な花だ。黒田家の家紋にも使われた、かつての主が好きだった懐かしい花。
 今が盛りとばかりに咲き誇る一面の藤は圧巻だった。

「……綺麗だ」

 長谷部が思わずそんな言葉を漏らすと、燭台切は「うん。綺麗だ。君の瞳の色だね」と頷いた。
「初めて会った時から思っていたんだ。君にここの藤を見せてあげたいって」
 丘の上からは夕日が沈んでいくのがよく見えた。
 茜色の光に照らされながら、燭台切が照れくさそうに微笑む。
「今日は付き合ってくれてありがとう。すごく楽しかった」
 何と言っていいかわからずにおどおどと狼狽える。そう言われても、今日の長谷部は特に何もしていない。ただ燭台切とパフェを食べて、話をして、藤を見ただけだ。

「こんなことで金を貰う訳にはいかない。何かもっと他にしたいことはないのか?」
「こんなこと、が僕には大事なんだよ。でも、それだけ言うなら、」

 燭台切の顔がゆっくりと近づいてくる。ああ、やはりこの男も他の男と変わらないのだと思って安堵すると同時に、何故か失望のようなものも感じてしまう自分がいた。口づけに備え諦念と共に目を瞑る。

 ちゅっ。

 音を立てて唇が触れたのは、しかし長谷部の額だった。驚いて目を見開き、口をぱかりと開けて燭台切を見上げる。
「……恥ずかしいな。あんまり見ないでくれるかい」
 燭台切は僅かばかり頬を染めて照れくさそうに笑っていた。

「な、んで」
「仮にも恋人とはいえ、初対面の相手の唇に口づけるような不躾な真似はしないよ。少なくとも僕はね」

 苦笑交じりにそう答えられたと同時、ピピピピッと電子音が鳴った。長谷部の携帯端末のアラームだ。レンタル終了の時刻を知らせるその音に、燭台切は名残惜しそうな顔を隠さなかった。
「……それじゃあ、また」
 そう言って燭台切は最後に長谷部のてのひらをもう一度だけやんわりと握ると、ひらひらと手を振って去って行った。
 甘い藤の香りに包まれながら、長谷部はその背中をいつまでも眺めていた。

 その後呆然としながらふらふらと本丸へ戻ると、審神者が満面の笑みで長谷部を出迎えた。
「長谷部、よくやった! 何をしたか知らんが、大金が手に入ったぞ!」
 審神者の話によれば、いつもよりかなり多い金額が即日振り込まれたらしい。
「……いえ、俺は、何も……」
 無意識に額に手を遣りながら、長谷部は俯いた。
 本当に何もなかった。強いて言うなら手を繋いで額に口づけられたくらいだ。
「よくわからんが、来週も同じ相手から指名が入ってる。上客だ。逃がすんじゃないぞ」
「……主命とあらば」
 去り際の言葉の意味がやっとわかった。あの男は、また長谷部と会うつもりらしい。

 そのまま審神者と別れ、自室へと戻る。戸棚から手入れ道具を取り出して刀掛けから本体を手に取り、懐紙を口に咥えてすらりと鞘から刀身を抜く。いつもなら無心で行う作業なのに、何故かあの男の顔がちらついて離れない。
 初めて食べた抹茶パフェは美味しかった。藤は綺麗で、夕日はうつくしかった。

 楽しかった。そう、楽しかったのだ。レンタル彼氏業というものを開始したここ半年で一番楽しかったと言っても過言ではない。

 けれど、そんなことを考えてはいけない。これは、あくまで仕事なのだ。気分を引き締め、長谷部は拭い紙を手に取った。

 それでも額にはまだあの男の熱が残っているような気がした。

 翌週、長谷部が燭台切から指定された待ち合わせ場所は、審神者や刀剣男士達がよく利用する政府直営のショッピングモール前だった。昨日の客が夜明けまで離してくれなかったため寝不足だったが、今日の相手は上客だから失礼のないようにと、主から渡されたコンシーラーを目の下に薄く塗って待ち合わせ場所へと向かった。

 待ち合わせに指定されたのは、ショッピングモール前の噴水の前だ。ショッピングモールは大勢の刀剣男士や審神者の姿で賑わっていて、中には燭台切光忠の姿もちらほら見える。待ち合わせの目印に薔薇の花を持っているとは言っていたが、長谷部には薔薇の花を持っているのに気づくより早く、あの燭台切がわかった。不思議なことに他の燭台切光忠とは全然違って見えるのだ。理由は、わからないけれど。

 迷いのない足取りで長谷部が近づくと、燭台切はすぐにこちらに気づいてぱっと顔を輝かせた。長い脚がダンスのステップでも踏むような軽やかさでこちらへと踏み出される。
「長谷部くん、こんにちは。一週間ぶりだね」
「ああ」
「今日は、ちょっと買い物に付き合って貰おうと思って」
「そうか」
 予想の範疇だった。要するに、この燭台切はきっといわゆる普通のデートがしたいのだろう。
 随分久しぶりの「まっとうな」レンタル彼氏としての仕事だ。知らず安堵の溜め息をつけば、燭台切が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ごめん、こういうのは嫌いだったかな」
「あっ、いや、そんなことはない」

 なら良かった。そう微笑まれて、長谷部の胸の中でことりと心臓が跳ねたような気がした。

 そうして燭台切はショッピングモール内のアパレル系の店に長谷部を連れて行ったかと思うと、唐突に「長谷部くんは私服は持ってる?」と聞いてきた。
「いや、政府からの支給品だけだが」
「そうかぁ。好みの色とかはある?」
 なんだかおかしいと思い始めて長谷部は口を開く。
「おい、おまえの買い物じゃないのか?」
「僕のだよ。今日は長谷部くんを思いきりコーディネートしてあげようと思って」
 呆気に取られた長谷部をよそに、燭台切はさっさと幾つかの服を手に取って店員に声をかけ、長谷部を試着室へと連れて行く。
「これとかこれ、きっと君に似合うと思うんだ。ちょっと着て見せてよ」
「……構わないが、」

 そうこうしているうちに渡された服を押しつけられて強引に試着室へと押し込まれてしまった。長谷部はカーテンを閉めてから溜息をつく。なんだか、あの男といるといつも調子が狂う。
 渡されたシャツとボトムは悔しいことに全て落ち着いた色の長谷部好みのものだった。どうやら伊達男というのはこういう機微にも聡いらしい。
 一通り服を脱いだところで、鏡に映った自分の体のあちこちにキスマークが散らされているのに気づき、長谷部は重い息を吐く。手伝い札の在庫がなかったからとはいえ、手入れをして貰えば良かった。
 せめて見苦しい跡が見えないようにと、きっちりシャツの一番上までボタンを留めてカーテンを開く。

「おい、これでいいか」
 店員と談笑していたらしい燭台切はこちらを振り返って途端に眩いばかりの笑顔になる。
「よく似合ってるよ。見立てが合ってたようで良かった」
 そうして上から下まで長谷部をじっくりと眺め、
「……でも、このタイプのシャツは幾つかボタンを開けた方がいいかな」
 と長谷部の首元に手を伸ばしてくる。
「あ、おい、やめ、」

 ボタンを外した燭台切の手が一瞬だけぴたりと止まる。
 キスマークを見られたのだ、と気づき、長谷部は唇を噛み締めて俯いた。

「……その、見苦しいものを見せたくなくて、」
「……気にしないで。僕こそ無理にごめんね」

 気まずい空気を振り払うように燭台切は店員を呼んで、「これ、全部購入するよ。一括でお願い」とカードを渡した。
「おい、」
 さすがに気が咎めて声をかけると、燭台切は涼し気な顔で「僕が好きでやってるんだ。気にしないで」と言い放つ。客にそう言われてしまっては何も言えず、長谷部は大人しく元のカソックに着替えて商品を店員に手渡した。
「次は靴と小物を見に行こうか」
「まだやるのか」
「勿論」

 そのまま半日ほどショッピングモール内を連れ回され、長谷部が疲れを感じて来た頃、燭台切が長谷部の手を引いて耳元で囁いた。
「……ちょっと、ゆっくりできる所に行こうか」
 ここには隣接した宿泊施設があった筈だった。前回は不発に終わったが、今回も後ろの準備は念入りに済ませて来た。長谷部はこくりと頷く。
 いくらこの燭台切が長谷部との疑似恋愛を楽しんでいる風とはいえ、ままごとのようなふれあいならばもう充分だろう。

(……こいつは、どんな風に俺を抱くのだろうか)

 どこか諦めにも似た気持ちでそんなことを考えていたが、連れて来られたのはショッピングモールの敷地内にある広場だった。きちんと刈り込まれた芝生が青々と生い茂り、中には日光浴やバドミントンをしている男士達の姿もある。
 燭台切は長谷部を木陰まで連れて行くと無理矢理座らせ、自分もその脇に座る。そうして、ぽんぽんと自分の太腿を叩いた。

「今日は疲れただろう? 僕の膝貸すから時間までしばらく寝てるといいよ」
「……は?」

 訳がわからなくて戸惑っていると、長谷部の目の下にすいと指が触れる。
「隠してたみたいだけど、寝不足なんだろう? 僕のことは構わないから少し休むといい」
「……そんなこと、」
 食い下がる長谷部に、燭台切はにこりと笑った。
「じゃあこうしよう。僕からの「お願い」だ。僕に膝枕されてくれないかな」
「……なんだそれ」
 思わず吹き出すと、燭台切が嬉しそうに目を細めた。
「……やっと、笑ってくれたね」
「そうだったか?」
「そうだよ。ほら、横になって」

 再度ぽんぽんと足を叩かれ、長谷部は溜息をつきながら渋々燭台切の太腿を枕にして横になった。
「具合はどうかな?」
「……少々硬いが、悪くない」
「なら良かった。……おやすみ」
 そっと頭を撫でられ一定のリズムで背中を優しく叩かれているうちに、瞼がとろとろと降りてくる。気づけば長谷部の意識はすとんと夢の世界へと落ちていった。
「僕が……こと、………………からね」
 夢うつつで燭台切が何か言った気がしたが、長谷部にはわからなかった。

 はっと気づいて目を覚ました時には、既に夕暮れだった。
「長谷部くん、よく眠れた?」
 慌てて広場の時計を見れば、十八時になるところだった。本当にレンタル時間の終了ギリギリまで寝てしまっていたらしい。
「っ……燭台切、すまない!」
 がばりと起き上がって頭を下げると、燭台切は不満げに唇を尖らせた。

「名前」
「……え?」
「光忠、って呼ぶ約束だったろう」

 そういえば初対面の時にそう言われたのだった、と思い出し、言い直す。

「光忠、すまない。その、この埋め合わせは必ず、」
「僕がお願いしたんだ。君が気に病むことじゃあない。それに君の寝顔を充分堪能させてもらったしね。むしろお釣りが来るくらいだ」

 そう言って茶目っ気たっぷりに微笑んでみせると、燭台切の両手が長谷部の頬に添えられる。
「……うん。隈も大分薄くなったね。今日は帰ったらゆっくり休むんだよ」
 じっと顔を覗き込まれて知らず胸が高鳴った。
「……言われなくてもそうする」
 反射的に口応えしてしまってから、相手は客だったことを思い出す。つくづくこの男といると自分のペースを保てない。

「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう。次からは今日買った服を着て来てくれると嬉しいな」
「は? あれを全部俺に?」
「重いなら君の本丸に届けさせるけど……」
「いや、そういうことでなく……。正気か?」
「勿論」

 不思議そうに燭台切が首を傾げる。
「僕が君に着て欲しくて買ったんだよ。だから、あれは全部君のものだ」
 まっすぐこちらの瞳を見つめてくる瞳には嘘はなさそうで、長谷部は露骨に狼狽えてしまう。
「……でも、俺は、おまえに何も、」
「君がいらないって言うなら、全部処分するけど?」
「そんな勿体無いことをするな!」
「なら君が貰ってくれ」

 とうとう根負けして長谷部は渋々頷いた。
「……そんなに言うのなら」
「そう、良かった。じゃあまたね」
 最初の時のように額に軽く口づけて、燭台切は去って行った。
 長谷部は額を押さえながらその場にしゃがみ込み、今が夕暮れで助かった、と感謝する。こんな夕焼けの中でなら、赤く色づいた顔は、きっと誰にもわからないだろう。

 それ以来、燭台切はほぼ毎週のように長谷部を指名しては、ただ町をぶらついたり、買い物をしたり、映画を見に行ったりした。それだけなのに燭台切はいつも楽しそうで、毎回お土産と称して別れ際に長谷部に何かをプレゼントしてきた。金払いの方も上々らしく、審神者も通帳を眺めてはほくほく顔だった。

 長谷部のそう広くない自室はいつの間にか燭台切から貰った物でいっぱいになっていた。服や小物、金平糖の詰まった硝子の小瓶。それらを眺めながら、長谷部は小さく溜め息をつく。燭台切の本意がわからない。一体何が楽しくて自分を指名するのだろう。体を求めるでもなく、ただ額に口づけを寄越すばかり。時々戯れに手を繋いだり、プレゼントを贈って、一体何がしたいのだろう。こんな関係、まるで本物の恋人同士みたいじゃないか。

 そこまで考えて、ぶるぶると首を左右に振る。そんな筈はない。自分達はあくまでレンタル彼氏と客で、所詮金で結ばれた関係だ。
 けれどそれでも、と思ってしまう。それでも、もし――。

「長谷部、時間だぞ」
 廊下から自分を呼ぶ審神者の声にはっと我に返り、長谷部は慌てて先日貰ったばかりの根付を抽斗に仕舞った。
「今、行きます」
 姿見の前で軽く身支度を整え、障子に手をかける。今日の客は政府の高官だった。
「お相手に失礼のないようにな」
 審神者から声をかけられて、長谷部は承知していますと頷いた。

 翌日の燭台切との約束の日、枯れた喉で会う訳にもいかず、以前燭台切から貰ったのど飴を舐め、やはり同じように貰った服を着てから待ち合わせ場所に向かった。今回は奇しくも最初に会ったのと同じ所だった。

「こんにちは、長谷部くん」
「……こんにちは、光忠」
「今日も決まってるね。すごく似合ってる」

 そう微笑まれて、長谷部の心臓がときんと脈打つ。気のせいだと自分を叱咤しながら、長谷部は腕を組んでみせた。初めの数回こそそれなりに気を遣っていたが、燭台切は長谷部が自由に振る舞う方が喜ぶようだと気づき、今では本丸の仲間達に対するような態度で接している。

「……それで、今日はどこに行くんだ」
「今日は評判のカフェに行こうと思って。シフォンケーキが絶品らしいよ」
「そうか、それは楽しみだな」

 本心からそう答えると、燭台切はふわりと笑った。
「きっと、君にも喜んで貰えると思う」
 連れて行かれたカフェは確かに長谷部好みの雰囲気の店で、紅茶とシフォンケーキは燭台切に勧められた通り確かに美味しかった。
「……美味い」
「本当? 良かった。うちの長谷部くんと来た時、ここをすごく褒めてたから、きっと君も気に入ると思ってさ」
「……おまえの所の「俺」?」
「ああ、話してなかったかな。うちにもへし切長谷部がいてね。仕事で時々この辺りによく来るんだ。最初のお店を教えてくれたのも彼で、」

 その後の言葉は耳に入って来なかった。どくどくと心臓が嫌な音を立てる。
 もしかして、と思う。燭台切が好きなのは自分ではなく、燭台切の所の長谷部なのではないか。それなら全て合点がいく。自分の本丸の長谷部に叶わぬ想いを抱いて、自分を指名してくる審神者を、長谷部は何人も相手にしてきた。度重なるプレゼントも、向けられる優しさも、長谷部自身への物ではなかったのだ。
 全て、自分の勘違いだった。そう思うと急に胸が苦しくなって、目頭が熱くなる。飲み物を飲んだばかりなのに、喉はすっかり干上がったようにカラカラだった。

「……長谷部くん、顔色が悪いよ。大丈夫?」
 伸ばされた手を反射的に払い除ける。
「触るなっ……!」
 ぱちんと音がしてからハッと我に返り、頭を下げる。

「その、すまない。体調があまり良くなくて」
 苦し紛れの嘘をつくと、燭台切は心配そうにこちらを見て、
「なら早く帰った方がいい。良かったら送ろうか?」
「いいや、ここで結構だ」
 首を横に振って立ち上がる。

「さよなら、光忠」

 そう言って振り切るように足早に店を立ち去った。燭台切は追いかけては来なかった。当たり前だ。自分達はあくまでも仮初めの恋人にすぎないのだから。

 本丸の自室に戻り、荒々しく服を脱いで畳の上に放り投げる。いつものシャツに袖を通し、心を落ち着けるために本体の手入れをすることを決める。懐紙を咥え、本体の目釘を抜いて鞘から刀身を抜き、柄を外していく。本来なら落ち着く筈のその行為が、今は無性に虚しかった。
 ぼとり、と刀身に雫が落ちる。
 いけない。刀に水分は厳禁だ。慌てて拭い紙で拭き取る。一体何をしているのだ。そう思うのに、次から次へと頬を涙が伝っていく。

「っふ…………」

 悲しかった。悔しかった。それでもあの男を恨む気にはなれなくて、ただひたすらに恋しかった。
 半端に期待なんてさせないでほしかった。期待させるくらいなら、いっそ最初から肉便器のように、性欲をぶつけるだけの対象として扱って欲しかった。あんな恋人の真似事のような触れ合いでゆるゆると心を蕩かされるくらいなら、肌と肌を合わせて熱情と快楽の坩堝に身を投げて何もかも忘れさせてほしたかった。
 ――でもきっと、それはこんな汚れた自分には許されないのだ。
 長谷部はずっと押し殺してきた感情にようやく名前を与えた。

 自分は、あの燭台切光忠に恋をしている。

 それは絶望と同じ響きをしていた。

 その次の燭台切との約束の日、長谷部は初めて体調不良で「仕事」を断った。最初は渋い顔をしていた審神者だったが、着信の入った端末を見て目の色を変える。どうやら、見舞金としてまとまった額が振り込まれたらしい。代替品にわざわざ律儀なことだと思いつつ、しかし長谷部は有難く自室で横になった。
 一人天井を見上げ、頭に思い浮かぶのは燭台切のことばかりだった。今頃あの男は自分の所の長谷部と仲良くやっているのだろうか。そう思うと胸が掻きむしられるような心地だった。

 次も、その次も、長谷部は体調不良を理由に燭台切からの指名を断った。見舞金は変わらずに振り込まれた。
 とうとう三度目に断った時、長谷部の自室を審神者が訪れた。
「長谷部、おまえ宛に荷物が届いているんだが」
「荷物、ですか?」
 障子を開けると、困った顔をした審神者から小さな箱を受け取った。貼られた伝票を見れば、送り主はあの燭台切からだった。ひとまず審神者から箱を受け取り、一人開封する。
 中に入っていたのは見舞いと思しき花籠と、手紙だった。震える指先で封筒を開けると、中には流麗な筆跡で長谷部を心配していること、早く良くなることを祈っているが、けして無理はしないように、といったことが書かれていて。思わず目頭が熱くなる。好きだ、と思った。
 例え燭台切にとって代わりに過ぎなくても、この手紙は自分だけに向けられたものだ。

「……光忠、みつただっ……」

 手紙を抱え込むようにして長谷部はぼろぼろと涙を零した。今すぐ燭台切に会いたかった。独りよがりな片恋だとわかっていても、燭台切にこの気持ちを伝えたかった。
 深呼吸をして心を落ち着け、長谷部は便箋を取り出し筆を手に取った。見舞いへの礼と、もう大丈夫であること、来週は会えるということを簡潔に記して、最後に■■本丸近侍・へし切長谷部、と己の名前を書く。そうして本丸から郵便屋を呼んで手紙を預けると、長谷部は大きく息を吐いた。次で、終わりにしよう。
 そう心に決め、長谷部はぎゅっと拳を握りしめた。

>
 翌週は何故か武装姿で来るようにと指定があって、待ち合わせ場所も政府の演練場だった。久方ぶりに武装を身に着け本体を持って本丸を出て、待ち合わせ場所に着く。先に来ていたらしい燭台切がすぐにこちらに気づいてぱあっと顔を輝かせた。
「長谷部くん、久しぶり。元気そうで良かった」
 そう言って両手でこちらの手を握りしめてくる燭台切に、長谷部は胸を締め付けられつつも、小さく笑顔を返す。
「……光忠、久しぶりだな。その、見舞いありがとう。嬉しかった」
「喜んで貰えたなら何よりだよ」
 そうして燭台切は長谷部の姿を上から下まで眺めた。

「な、何か、変か?」
 一応出る時に姿見で確認はしたものの、随分と久しぶりの武装姿だったものだから、何か問題があっただろうかと慌てて自分の体を見下ろすと、ううん、と燭台切が首を横に振った。
「……やっぱり、君はその姿が一番かっこいいや」
 ふわりと微笑まれて、いよいよ心臓の音がうるさい。

「今日はさ、君と手合わせをしてみたくて演練場を借りたんだ。病み上がりで申し訳ないけど、付き合って貰えるかい?」
「……手合わせ? 俺でいいのか?」

 長谷部はこの半年間殆ど出陣していない上に、そう練度も高くない。対して燭台切はその隙のない身のこなしからして、練度は上限に近いだろう。
「うん。君がいいんだ」
 そうまっすぐな瞳で見つめられては、長谷部に否やはない。燭台切に連れられて演練場のうちの一室に入ると、燭台切はすらりと刀を抜いた。
「さあ、君も抜いて」
「……言われずとも」
 今まで手入れを怠ったことのない皆焼刃を抜くと、自然と口角が上がるのがわかった。

「僕も全力で行くから、君も本気で来てね」
「当たり前だ。手加減なんてしたら圧し切ってやる」
「ふふ、その調子」

 そこからはひたすら互いに斬り合うだけだった。ぎらりと獣のように金眼を光らせ、燭台切の放つ重い一撃を紙一重で躱しながら、遠慮なく死角であるだろう右側に鋭く切り込んでいく。
 しかし攻撃は読まれていて、長谷部の放った一撃は燭台切の髪の一筋を切るだけに留まった。すぐに地面を蹴って後ろに飛び間合いを取ると、一瞬遅れて長谷部のいた所に斬撃が走る。
「っはは!」
 剣圧だけで頬が切れ、長谷部は思わず笑った。燭台切にはまだ余裕がある。勝てる戦いではないだろう。けれど。

 楽しい。己の体を使って、己の切れ味を試すのは筆舌に尽くし難い喜びがあった。しかも、相手は恋い焦がれてきた男だ。その男が、自分だけを見て、普段は見せない表情で切りかかってくる。
 最高だ、と思った。もし折れるなら今この男の手で折られたいとまで思う。
 口の端を上げ、柄を握り直し、再び長谷部は燭台切に斬りかかった。

 結論から言って、試合はやはり長谷部の負けだった。演練終了のブザーが鳴ると同時に、長谷部の傷と壊れた防具が瞬く間に元に戻る。
「長谷部くん、ありがとう。すごく楽しかったよ」
「……俺も、楽しかった」
 刀を鞘に収めながら応じると、燭台切はふっと笑って目を細めた。

「……ねえ、覚えてる? 僕達、初めて会ったの、この演練場なんだよ」
 驚いて燭台切を見上げる。
「丁度半年前くらいだったかな。あの頃まだ弱かった僕は隊長の君に全然歯が立たなくて、こてんぱんにされたんだ。あれは悔しかったなぁ」

 あはは、と笑いながら燭台切は頬を掻く。
「戦ってる時の君は本当に綺麗で、僕はそんな君とまた戦いたくて。でもそれ以来君の本丸は演練に出なくなったから、どうしたんだろうと思って調べたら、レンタル彼氏業なんて物を始めているって言うじゃないか。僕はどうしてもまた君と会いたくて、君を指名したんだよ」
「……光忠、」
「好きだよ、長谷部くん。僕はずっと君のことが好きだった。レンタルなんかじゃなくて、君の本当の恋人になりたい」
「……嘘だ、」
「嘘じゃないよ。ねえ、どうしたら信じてくれる?」

 困ったように顔を覗き込まれて、長谷部は視線を泳がせる。
「…………抱きしめてくれ」
「うん、いいよ」
 ぎゅっと抱きしめられる。お互いの防具が当たって少し痛かったが、布越しに感じる体温が心地よかった。
「……それから、キス、してくれ。額でなく唇に」
 すぐにやわらかく唇を塞がれる。何度も角度を変えて啄まれるように口付けられ、やがて唇を割ってぬるりと舌が入ってくる。
 けして初めての経験ではないのに、まるで男を知らぬ生娘のように緊張しているのが自分でもわかった。縮こまった長谷部の舌を燭台切のそれが絡め取り、ちゅると音を立てて吸い出される。

「っ……ん、ふ、ぁ」
 長い口付けが終わった頃には、長谷部の息はすっかり上がっていた。潤んだ視界いっぱいに、蕩けるような笑みを浮かべた燭台切が映る。

「ねえ、好きだよ。長谷部くん。君は?」
「……俺も、俺もおまえが好きだ、光忠」

 そう言って自分から燭台切の背中に腕を回す。この温もりを知ってしまっては、もう二度と他の男に触れられたくなかった。刀を振るえない、夜毎体を売るばかりの惨めな生活に戻るのは嫌だった。
「光忠、おまえと一緒にいたい。また手合わせがしたい……っ!光忠、」

 たすけてくれ。

 頬を流れる一筋の涙と共にそう零すと、長谷部の目尻をそっと燭台切の指先が拭った。ピピッ、と燭台切のポケットから何かの音がする。
「……やっと、言ってくれたね」
 そうして、燭台切は長谷部の額にこつんと己の額を当てた。

「大丈夫、安心して。全部僕に任せてくれ」

 その晩、長谷部の本丸にブラック本丸の疑いありとして政府からの出頭命令が下った。抵抗して逃げようとした審神者は制圧部隊によってすぐに捕まり、刀剣達は身柄を保護された。

「政府の上層部が絡んでたから、今回の摘発には骨が折れたよ。なんとか裏を取ったものの、決定的な証拠がなくて困ってたんだ」
 そう言って現れたのは制圧部隊隊長として現れた刀剣男士だった。
「でも、所属してる刀剣から助けを求められたなら、話は早い。おかげで助かったよ」
 そう笑いかけてくる制圧部隊隊長――燭台切に、長谷部はぽかんと口を開けた。

「光忠、おまえ……?」
「紹介が遅れたね。僕は政府直属のブラック本丸対策本部所属の燭台切光忠だよ。今まで教えていた本丸名はダミー」
 抜いた刀を鞘に戻しながら、燭台切はくっと口の端を上げた。
「おかしいと思わなかった? たかが本丸の一男士があんな金額を動かせる訳がないって。最も、君の主は大金に目が眩んでそこまで思い至らなかったようだけど」
「……俺は、ブラック本丸摘発の突破口に過ぎなかった訳か」
 長谷部が唇を噛みしめると、燭台切は慌てて長谷部を抱きしめた。

「違うよ! いや、正確には違わないけど、君に会いたかったのも、君が好きなのも本当。偽っていたのは身分だけだ」
 そうして、愛しげに長谷部の頬に唇を落とす。
「もう絶対君を他の奴になんか触らせたりしない。約束する。愛してるよ、僕の長谷部くん」
 僕の長谷部くん、という響きが嬉しくて、でも猛烈に恥ずかしくて、思わず燭台切の肩口に顔を埋める。

「…………主は、本丸の刀達はこれからどうなるんだ」
「審神者はブラック本丸運営の処罰が下るだろうね。刀剣達は被害者ということで、今後の処遇は各自で選べることになっている」
 そして、燭台切は長谷部の頬をするりと撫でた。
「僕は、君にうちの部隊に来て欲しい。なかなか難しい立場の職場だけど、好きなだけ刀が振るえることは約束するよ」
 どうかな、と問われて、長谷部は頷いた。
「……おまえといられるなら」
「長谷部くん……!」

「こら! おまえら!!」

 しっかりと抱き合い今にも唇を重ね合いそうな二人を叱咤する声があった。
「燭台切、後処理がまだ残っている。イチャイチャするならもう少し後でやれ。それから場を弁えろ」
 そう言って現れたのは極姿のへし切長谷部だった。

「ごめんごめん」
「これだからおまえはまだヒヨッコなんだ。後で光忠からも一言言って貰うからな!」
「えー、それは勘弁してくれよ」
「断る」

 ふんと鼻を鳴らして立ち去って行くへし切長谷部の背中を見送りながら、長谷部はぽかんと燭台切を見上げた。
「……今のは?」
「うちの長谷部くん。一振り目の僕と付き合ってるんだ」
 でも一振り目の僕苦手なんだよなぁとぼやく燭台切をまじまじと見つめ、長谷部はなんだか可笑しくなって吹き出した。うじうじと悩んでいたあの頃の自分が馬鹿みたいだった。
「っふ、ははっ」
 笑いはなかなか止まらなくて、不満そうな燭台切にこら、と頬をつつかれてようやく止まった。気を抜けば再び笑い出しそうなので、頬の内側を噛んでできるだけ真面目な顔を作ってみせる。

「……これから、よろしく頼む」

 色々と、と付け足して深々と頭を下げると、燭台切は満面の笑みで頷き、右手を差し出した。

「こちらこそどうぞよろしく。ようこそ、ブラック本丸対策本部へ」

 その後二人がブラック本丸対策本部の、二振り目の燭台切と長谷部として名を馳せるのは、また別の話。

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