スイートハニーは俺のもの

短編
     

7960文字

「わー、光忠だ!」

 駅のホームで電車を待っていると、後ろからそんな声が聞こえて内心どきりとした。

「光忠、マジでかっこいいよね」
「今度の写真集もう予約した?」
「通常版と限定版両方とも予約済」
「いいなー。私悩んでとりあえず限定版だけにしたわ」
「サイン会もあるんでしょ? 絶対行きたいよね」

 俺の目の前、線路を挟んだ向かいにある大きな看板広告を見ながら背後の話は続いていく。「とにかく顔がいい」だの「付き合いたい」だの、きゃあきゃあと盛り上がりつつカメラアプリのシャッター音をカシャカシャと響かせる女子達の会話をぼんやりと聞き流しつつ、俺も看板広告を改めて眺めた。
 シャツの前をはだけさせ、艶のある黒の前髪をかきあげながら色気たっぷりに微笑む極上の男がそこには映っていた。『長船光忠 初写真集「Sweet Honey」二月十四日発売』と控えめな書体で端に書かれているだけのシンプルなデザインなのに、モデルの存在感のおかげでけして地味には見えない。素材の魅力を最大限に活かしたセンスのいい広告だと思う。
 電車の到着を知らせるアナウンスが流れた後、数分遅れて電車が到着する。ごおっという到着音とブレーキの音と共に、看板広告の姿はすぐに車体に隠れて見えなくなってしまった。
 車体に乗り込んで入り口脇のスペースを陣取っていると、コートのポケットの中でスマホがブブッと震えてメッセージアプリの着信を知らせた。スマホを取り出して画面を見ると、『今どこ?』とかわいらしいハムスターが首を傾げているスタンプが送られて来ていた。
『今○○駅。あと二十分くらいで着く』
 そう返すと即座に既読が付いて返信がやって来た。
『わかった。夕飯作って待ってるね』
 思わずにやつく口元をマフラーを引き上げて隠しながら、俺は「長船光忠」と表示されたトーク画面をそっと閉じた。
 そう。何を隠そう、今をときめく人気モデル・長船光忠とは俺の彼氏なのである。

◆ ◆ ◆ ◆

 俺と光忠は母親同士が友人で、家が近いこともあって小さい頃からよく遊ぶ仲だった。

 とはいえ、光忠は俺より七つも年上で、ほとんど俺が光忠に遊んで貰っているような関係ではあったのだが、物心ついた時には既に俺は光忠にべったりだった。帰宅を促す母の手を振り払い、光忠の手を掴んで「やだやだ! かえりたくない! みつただとケッコンする!」と言って泣きわめく幼き日の動画は未だに母のスマホに眠っている。
 初めて男同士では結婚できないと知った小学一年生の頃、落ち込む俺に光忠は優しく頭を撫でて「どうしたの?」と尋ねて来た。
「どうしたの、長谷部くん。何か悩みがあるなら言ってごらん」
 六歳の俺は聞かれるままに光忠に悩みをぶちまけた。光忠とは男同士だから結婚できないこと。それが悲しくて仕方がないこと。
 すんすんと鼻を啜りながらそんなことをぽつりぽつりと話していると、光忠はしばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……長谷部くんは僕のことが好きなの?」
 だいすき、と俺は答えた。なんで今更そんなことを聞くんだろうと思いながら、さらに言葉を重ねた。
「光忠がすきだ。世界で一番だいすき」
 そう言った瞬間、俺はぎゅうと光忠に抱きしめられた。
「僕も君が好きだよ」
 俺の前髪をかきわけながら、光忠が唇で俺の額に触れる。

「君がもっと大きくなって、僕のことが一番じゃなくなっても、僕はずっと君が一番好きだよ」
「そんなことない。俺はおっきくなっても絶対光忠がすきだ。結婚……はできなくても、でも、すきなんだ」

 すき、すき、と言いながら光忠の胸にぐりぐりと頭を擦りつけると、困ったように光忠が笑う。その頃の光忠は既に声変わりを終えていて、低い笑い声に意味も分からずどきりとしたのを覚えている。

「なら、君がもっと大きくなって、それでも僕のことがいいって言うなら、僕と付き合おう」
「付き合う?」
「恋人になるってことだよ。男の子同士はね、この国じゃ結婚はできないけど、恋人にはなれるんだよ」
「コイビトになったら、光忠とずっと一緒にいられる?」
「うん。少なくとも僕はそのつもり」
「じゃあなる! 俺、光忠のコイビトになる!」
「もっと大きくなってからね」
「何年生になったらいいんだ?」
「そうだなぁ、せめて長谷部くんが高校生になってからかな」

 当時中学二年生の光忠のそんな言葉に、俺は口を尖らせた。
「めちゃくちゃ先じゃないか。俺のことそんなにシンヨーできないのか?」
「そうじゃないけど、やっぱりこう、ケジメとしてね」
 ぶうぶうと文句を言う俺の頬をそっと撫でながら、光忠はその蜜色の瞳をとろりと蕩かせて俺に微笑んだ。

「好きだよ、長谷部くん。待ってるから、早く大きくなってね」

◆ ◆ ◆ ◆

 そんなこんなで約十年に及ぶ俺の熱烈なラブコールをのらりくらりと躱してきた光忠だったが、高校入学式の夜、光忠の部屋に突撃して「好きだ。俺と付き合ってくれ」と言ったら、今までのことは一体なんだったのかと思うくらいあっさりOKを貰った。ぽかんとする俺をぎゅうと抱きしめながら、光忠は俺の耳元で一言こう囁いた。
「……待ちくたびれるかと思った」
 万感の思いが込められたその言葉に、光忠もずっと俺と同じ気持ちだったことを悟って、視界がぶわりと滲む。
「光忠、好きだ。ずっと、ずっと好きだった……!」
「僕も、長谷部くんが大好きだよ」
 俺の藤色の瞳には光忠の金の瞳が、光忠の金の瞳には俺の藤色の瞳が合わせ鏡のように映りこんでいて、俺達はそのまま吸い寄せられるように生まれて初めて互いに唇を重ねた。
 光忠が二十二歳、俺が十五歳の春のことだった。

◆ ◆ ◆ ◆

「いらっしゃい、長谷部くん」
「お邪魔します」
「夕飯できてるよ。手を洗って座ってて」
「ああ」
 今まで何度となく交わしたそんなやりとりをしつつ、俺は洗面所で手を洗ってからコートハンガーにコートとマフラーをかけ、ローテーブル前、俺専用のクッションの置いてある場所に腰を下ろす。
「何か手伝うか?」
「大丈夫。塾帰りで疲れてるだろう? 座ってていいよ」
 そう言われてしまうと特にやることがなくなってしまい、俺は仕方なくテレビのリモコンで適当なバラエティ番組をだらだらと見ることにしたが、内心はすこしドキドキしている。
 去年から一人暮らしを始めた光忠のマンションは、俺達の実家のある辺りからは電車で三十分ほど離れたところにある。週に一度は必ず光忠の家に遊びに行く俺を、母達は「まだ光忠くん離れできてないんだから」と笑っているが、これは俺達にとっては立派な「おうちデート」というやつなのだ。

 親の目の届かないところで恋人同士がおうちデートと言えばやることはひとつ……の筈なのだが、実は俺はまだ一回も光忠の家に泊まったことはおろか、セックスもしたことがない。光忠いわく、「そういうことは君が高校を卒業してからね」ということらしく、光忠と交際が始まって約二年、けれど俺達は未だ健全なお付き合いというやつを続けている。
 手を繋いでデートしたことは何度かあるし、人目のないところならハグやキスだってする。だけど、光忠はけしてその先を俺に許してはくれない。

「長谷部くん?」
「わっ」
 気づけば華やかな美貌が愁いを含んだ表情で俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫? 眠い?」
「い、いや、大丈夫だ」
 小さい頃から見慣れている筈なのに、こうやって改めて見ると本当に顔がいいと思う。
「そう? 体調が悪かったりするならちゃんと言うんだよ」
 そう言いながら光忠は俺の前に夕飯を並べていく。
 二色のパプリカの入ったイタリアンサラダ、オムライス、コンソメスープ。こう言うと簡単なメニューのようだが、サラダにはカリカリに焼いたベーコンと砕いたくるみ、自家製人参ドレッシングがかかっているし、オムライスは今SNSで流行っているとかいうドレス・ド・オムライスとか言う、卵がドレスのスカートのように巻いてあるタイプのものだし、コンソメスープは光忠こだわりの自家製レシピを使っていることを俺は知っている。
「光忠だって仕事帰りだし、疲れてるだろ。もっと簡単な料理でいいし、先に食べてていいのに」
「僕は長谷部くんと一緒にご飯を食べるのが好きなんだよ。気にしないで」
 そう言ってにこりと笑うと、有無を言わさぬ調子で光忠が両手を合わせた。

「いただきます」
「……いただきます」

 渋々フォークを手に取ってサラダを食べる。シャキシャキのレタスとほんのり甘味のあるパプリカと人参ドレッシングのコクとくるみの風味が口の中で混ざり合う。うまい。
 とろとろの卵をスプーンで割り、湯気の立つチキンライスと共に一口掬って食べる。卵の半熟具合はさることながら、チキンライスに入っているごろごろとした鶏肉の感触が食べごたえがある。うまい。
 あつあつのコンソメスープにはくたくたになった沢山の野菜の旨味が溶け込んでいて最高だ。うまい。
 無言でがっついていると、光忠がにこにこと満足げにこちらを眺めていることに気づく。
「どうした? 食べないのか?」
「いや、長谷部くんって本当に美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるなぁって」
 そう言うと、光忠はやっと食事に手を付け始めた。

「当たり前じゃないか。光忠が俺の為に作ってくれたご飯だぞ。美味しく食べないと罰が当たる」
「うーん、そういう意味じゃないんだけど」
「? じゃあどういう意味だ?」
「君が好きだよってこと」

 一気に顔に血が上る感覚がする。
「ふふ、長谷部くん真っ赤」
 これは。これはもしかしたらイケるかもしれない。
 俺は今夜こそ光忠の家にお泊まりして一線を越えようと計画していた。鞄の中には念のため着替えも一式用意してきたし、下着だって――。そして、おあつらえ向きに明日は祝日で学校も休みだ。
「……光忠の料理なら、毎日だって食べたい」
「ありがとう」
 俺なりの必死なアプローチはさらりと躱されたが、こちらだって伊達に十年光忠に告白し続けてきたわけじゃない。自慢じゃないが、光忠にスルーされるのには慣れている。
 互いに食事を終え、食器を洗い終わってソファに並んで座ると、俺は光忠の肩にこてんと頭を乗せた。
「……光忠」
 なぁに、と優しい声が降ってくる。

「今日、泊まっちゃ駄目か?」
「駄目です」

 甘い空気を切り裂くような無情な答えが帰ってくる。

「高校生が外泊なんて、おばさんが心配するだろう」
「母さんは『光忠くんのところならいいわよ』って言ってた」
「でも駄目」
「なんでだよ!」
「君に手を出さない自信がないから」

 光忠の答えはいつもそれだった。
 光忠は二十一時までには絶対俺を家に帰そうとするし、たまにするキスだって触れるだけの、海外では挨拶に近いようなものだ。

「付き合ってるんだから、手を出せばいい」
「長谷部くん、」
「クラスでラブホに行ったカップルだって知ってるし、大学生と付き合ってヤった奴だって知ってる。なんで、なんで俺だけ……!」
「よそはよそ、うちはうち、だよ。それに、付き合う時に約束しただろう。君とそういうことをするのは、君が高校を卒業してからだって」

 普段ならここで引き下がるところだったが、今日の俺には奥の手があった。
 俺は意を決して光忠の手を取り、パンツ越しに俺の太腿を触らせた。
「…………今日、下着履いてきてないって言ったら、どうする?」
 お色気作戦だ。勝利を確信しながら光忠の顔を見上げると、そこにあったのは冷ややかな眼差しだった。「ひっ」と喉から情けない悲鳴を漏らすと、光忠は真顔のまま俺の腕を掴んで立たせ、壁際に置いてあったバッグの前まで引きずるように連れて来た。

「…………替えの下着は?」
「……持ってる、けど」
「じゃあバスルーム行って履いて来て。今すぐ」

 完全に怒っている声だった。いつも笑みを浮かべている唇はキッと引き結ばれ、凛々しい眉は般若のように吊り上がり、金の目の奥ではごうごうと炎が燃えているようだった。

「悪いけど正直呆れたよ。下着履かずにここまで来たの? それで塾に行って電車にも乗って? そんなことで僕が喜ぶとでも思った? 興奮して君に手を出すとでも? そんなわけないだろう!」

 雷のような怒声が俺の体をぴしゃりと打つ。

「君はまだ子供だ。何もわかってない子供がそんな風に簡単に他人に自分を差し出しちゃ駄目だ。今までだって散々君に教えてきただろう!」
「俺はもう子供じゃない! 来年になれば選挙権だって、」
「それでも、社会的には君はまだまだ子供で、大人に守られるべき存在なんだよ。長谷部くんだって本当はわかってるんだろう?」

 じわじわと涙が溢れてくるのが自分でもわかった。さっきまで光忠が俺に手を出してくれるんじゃないかと期待していた自分が馬鹿みたいだった。勝手に期待して、勝手に裏切られて叱られて落ち込んで、光忠の言うとおり、俺は本当にどうしようもなく子供だった。そして、それを正直に認められない程度には、俺にも意地があった。

「光忠の馬鹿! 意気地なし!」

 俺はそう言ってバッグを光忠に投げつけると、コートとマフラーを引っ掴んで光忠のマンションを飛び出した。

◆ ◆ ◆ ◆

 そのままふらふらと当てどもなくふらふらと歩き回っていると、気がつけば蛍光色のネオンがギラギラと輝く、いわゆる歓楽街まで来てしまっていた。看板を持った客引きや、仕事帰りと思しきサラリーマンやカップル達が歩く中、俺みたいな高校生が歩くのは目立つらしく、あちらこちらからチラチラと物珍し気な視線を感じる。
 財布やスマホ、ICカードはまるっと光忠の家に置いてきてしまったので、自宅に帰るのには一度光忠のところに戻らなければいけないのは自分でもわかっているのだが、戻ったら戻ったでまたお説教が始まるのかと思うと途端に足が重くなる。
 喜んで貰えると思った。少なくとも、少しは興奮して貰えるんじゃないかと思っていた。その気になってくれるんじゃないかと。でも、結果はこのザマだ。光忠は俺に呆れ、怒った。もしかしたらもう嫌われてしまったかもしれない。
 再び涙が零れ落ちそうになる。ぐしぐしとコートの袖口で目元を拭っていたら、後ろから声をかけられる。

「ねえ、君、高校生? どうしたんだい?」

 そこにいたのは小太りなサラリーマン風の男だった。
「……ちょっと、家出してきて」
 嘘ではなかった。
「そっかー。じゃあ良かったらおじさんのところに泊まる? 家、すぐそこなんだ」
 にちゃりとしたなんとなく嫌な笑みだった。
「結構です」
 そう言って肩に伸ばされた手を振り払おうとすると、強引に手首を掴まれた。
「こんな時間にこんなところ出歩いてるなんて、何かあったんだろう? 相談に乗るから、うちにおいでよ。何もしないからさ」
 じっとりと湿った肌の感触が気持ち悪かった。酒の匂いの混じった生臭い息が顔に当たる。
「やだ、離せ! みつた」
 だ、と言う前に男の体が横に吹っ飛んでゴミ捨て場のごみ袋の中にどしゃっと落ちた。
「長谷部くん!」
 聞き慣れた声が俺の名を呼ぶ。光忠の長い脚による蹴りが男に入ったのだ、と気づいた頃には、俺は光忠の腕の中にいた。
「大丈夫? 何もされてない?」
「う、うん」

 はぁっと溜め息をついて、光忠が俺の肩に額を乗せた。
「良かった…………」
 吐き出された声が震えていた。よく見れば光忠はこの真冬の最中に上着も着ず、靴もよく見れば左右違うものを履いていた。格好にこだわりがちなこの男がこんな状態で外出してるだなんて、相当慌てて俺を追いかけてきてくれたらしい。不謹慎にも嬉しくなっていると、光忠はすぐに顔を上げ、俺の手をしっかりと握りしめ、「お説教は帰ってからたっぷりするからね」としっかり釘を刺すのを忘れなかった。

◆ ◆ ◆ ◆

 それから光忠の家に着いてあたたかいココアを出しながら、光忠はこんこんと俺にお説教をした。未成年が夜に不用意に歓楽街を出歩かないこと、知らない大人に声をかけられても無視すること、エトセトラ、エトセトラ。もしかしたら高校の風紀指導の教師より厳しいかもしれないと思い始めた頃、光忠はようやくいったん説教の言葉を止め、俺をそっと抱きしめた。

「……本当に心配したんだよ」
「ごめん」
「君が危険な目に遭ってるんじゃないかって気が気じゃなかった」
「……悪かった」
「世の中にはね、ああやって子供に手を出そうとする下卑た大人が沢山いるんだよ。もちろん手を出すような大人が百パーセント悪いんだけど、君も下着を履かずに外出するなんて、そういう隙を周りに見せたら絶対に駄目だよ」

 光忠はどこまでも俺に誠実で、優しかった。鼻の奥がつんとして目元からみたび涙が溢れてくる。

「……俺、不安で、」
「うん」
「光忠が全然俺に何もしてこないから、本当は俺のこと弟みたいにしか思ってないんじゃないかって、」
「……長谷部くん」

 頬に手を添えられて上を向かされたかと思うと、ふに、とした感触が唇に触れる。キスだ。そのままふにふにと唇を触れさせたかと思うと、ぬるりと俺の口の中に何かが侵入してきた。生まれて初めて味わう光忠の舌だった。
「っ、ん、」
 光忠はそのまま俺の口の中をぐるりと舐め、最後に俺の舌をちゅうと吸うと、そのまま濡れた唇を離した。つうと口から零れた唾液を指で拭いながら、光忠が俺の額にこつんと自分の額を当てた。

「好きだよ。弟にこんなことなんてしない」

 わかってよ、と困ったように光忠が眉を下げた。
「僕だって、本当は今すぐにだって君のことを抱きたい。だけど、僕は大人で、君はまだ子供だ。大人には子供を守る義務がある」
 形のいい唇から溜め息が漏れた。
「……僕は君が思ってるほど大人じゃないんだよ。いつも、君が本当は同世代の子や女の子の方がいいって言いだすんじゃないかって、不安で仕方ない」
「そんなの俺だって、」
 昼間聞いた女子達の会話を思い出す。俺の光忠の名前を気安く呼んで、「かっこいい」だの「付き合いたい」だのときゃあきゃあ騒ぐファンの声に、俺だっていつもやきもきしているのだ。

「光忠には沢山ファンがいるし、周りも綺麗な芸能人ばっかりだし、早く光忠に抱かれないと、誰かに取られちゃうんじゃないかって……」
「僕が好きなのは、これまでもこれからも長谷部くんだけだよ」
「俺だってそうだ」

 言いあいながら、どちらからともなくぷっと噴き出した。

「似た者同士だな、俺達」
「……そうだね」
「なあ、光忠」
「なんだい」
「……もっかい、大人のキス、してくれ」

 俺の言葉に光忠はすこしだけ苦笑すると、また深いキスをくれた。

◆ ◆ ◆ ◆

 結局あの夜は光忠にタクシーで家まで送られ、親には「どうせなら泊まってくれば良かったのに」と呆れられた。
 光忠と俺は未だ清い関係のままで、俺が高校を卒業するまではまだ一年近くある。街中で光忠のファンの声を耳にして嫉妬と呆れを感じるのも今までどおりだ。
 それでも、俺はもう知っている。あの格好つけが、あんなになりふり構わずに夜の街を駆けるのは、俺の為以外にはありえないということを。あの真面目で誠実な光忠があんなにも真剣に叱ってくれるのは俺だけだということを。
 本屋に入って、予約していた光忠の写真集を買う。精算を済ませて店を出ると、駅前のビルの看板広告に「長船光忠初写真集『Sweet Honey』発売中」と書いてあるのが見えた。

「スイートハニーだって!」
「やっぱりみっちゃんかっこいいよねー!」

 そんなことを言い合いながら通り過ぎていく女子達をちらりと横目で見ながら、俺はふふんと鼻を鳴らした。
 長船光忠スイートハニーが俺のものだということは、今はまだ二人だけの秘密だ。

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