惚れたが負けとは言うけれど・4

惚れたが負けとは言うけれど
     

22377文字

「光忠、今日は普通にしよう」

 本来なら喜ぶべき一言は、僕の動揺を誘ってあまりあるものだった。
「は、長谷部くん? 大丈夫? 具合悪い?」
「いや、まったく」
「え、ええと、そうだ。手錠使ってみる? それともロープで縛ろうか? 長谷部くん、前に使いたいって言ってただろう?」
「いらない。普通がいいんだ」
 長谷部くんの指が僕の後頭部に回って眼帯の留め具を外し、そのままゆっくりと引き寄せた。
 僕は釈然としないまま、促されるままに長谷部くんにくちづける。


 最近、長谷部くんが変だ。

 
いや変なのは元々だからこれは正常になったというべきだろうか。しかし変人が常識的な行動を取っているんだから、やっぱり異常だ。
長谷部くんがどう正常になったのかというと、ご覧のとおり変態的なプレイをまったく要求してこなくなったのである。
 始めのうちは内心ほっとして喜んでいた僕も、これだけ同じ事を言われ続けるとさすがに心配になる。何かのきっかけで拗らせた性癖が矯正されたのかも、とも思ったが、簡単に矯正できるならば性癖とは言わないだろう。
 常識人(性的な意味で)にジョブチェンジした長谷部くんは熱もないようだし、食欲もある。顔色だって悪くない。日常生活での振る舞いだっていつも通りで、ただ特殊プレイをしたがらなくなっただけである。つまり、長谷部くんの異常さに気づいているのは今のところこの本丸でただ一人僕だけなのだ。
 こんな事誰にも相談できるわけがない。特殊プレイ大好きな長谷部くんが突如としてまともなプレイしかしたがらなくなったんですとか誰にどんな顔で訴えればいいというんだ。訴えられた方だって困るだろうそんなの。

 
何がしかの明確な理由があって長谷部くんがアブノーマルな世界への興味を失ったというのなら、僕もそれ程悩まなかったと思う。
 けれど長谷部くんがセックスが終わった後にこっそり、いかにも物足りませんといった様子で切なげな溜息を漏らしているのを僕は知っている。それを見かねて「次は長谷部くんの好きなプレイで」と申し出ても、彼は頑として首を縦に振らなかった。僕の好きなプレイがいいのだと、そう強く主張されてはこちらとしても断りにくい。
 彼の好きな口枷も手錠もバイブもローターも、その他未使用のままのオモチャも、ここ数週間は鍵付きの戸棚に仕舞いっぱなしだ。壁に押し付けてからの駅弁ファックも、それ体折れるんじゃないの?っていうようなアクロバティックな体位も要求される事がない。ごくごく一般的なセックスのみをする今の僕達は、長谷部くんから性癖暴露される数ヶ月程前の、普通の恋人同士に戻ったようだった。
 いたって正常だ。そしてそれが故に明らかに異常だった。

「っ……は、ぁっ……光忠……」

 
それでも、長谷部くんの熱くてとろとろの口内を味わっていれば勃つものは勃つ。こればかりは健康な成人男性の肉体である以上どうしようもない。けして僕が、様子のおかしな恋人を鑑みずに犯したがっている鬼畜な変態野郎というわけではない事だけは弁解させていただこう。

 
僕の悩みの種はもう一つある。
 最近、長谷部くんが余所の本丸に頻繁に出張しているのだ。
 なんでもそこの本丸は新米審神者や顕現したばかりの刀剣男士の指導育成をメインに活動しているらしく、とある講座にキャパシティ以上の申し込みがあった為困っていたところを見かね、うちのお人好しな主が長谷部くんを手伝いにやる事にした、してしまったのである。
 そういうわけで長谷部くんはしばらく出陣や内番を免除され、余所の本丸へ入り浸りの日々だ。
 それだけならまだ良かった(良くない)のだけど、僕の懸念点は――、

「こんにちは。へっくんはいる?」

 
この、余所の本丸の燭台切光忠である。

 彼は現在長谷部くんが出張している本丸の近侍で、僕が顕現する前にこの本丸に指導に来ていた事もあったらしい。そのせいか彼は長谷部くんの事を親しげに「へっくん」と呼び、長谷部くんからは「ダイキリ」と呼ばれている。
 別に僕は長谷部くんとあだ名で呼び合いたいとは思わないし? 長谷部くんが「光忠」と呼ぶのは僕だけだからいいんだけど? 目の前で親しげな様子を見せつけられてあまりいい気分はしない。

 
向こうは各本丸の中でもほぼ最古参に数えられる本丸において、長く近侍を務めてきた大ベテランの上に練度最高値。顕現期間が僕よりも長い為か、常に冷静で余裕ある振る舞いをしている。業務上他の本丸に行く事が多いらしく、識別の為に自前のネクタイやタイピン、カフスボタンを身につけていて、そのどれもセンスの良さが感じられる。見目が整っているのは燭台切光忠なので言うに及ばずだが、仕事ぶりも優秀だともっぱらの噂で、贔屓目せずに見ても文句なしの伊達男だ。長谷部くんとの事がなければ同じ燭台切光忠として誇らしかっただろう。その長谷部くんとの事が非常に問題なのだが。
「…………呼んでくるよ。少し待っててもらえるかい」
「すまないね、頼むよ」
 そうして資料室で読み物をしていた長谷部くんを連れてくると、長谷部くんはダイキリくんを見て軽く顔を顰めた。

「ダイキリ、貴様なんでここに……」
「今度の講座内容でちょっと相談したい事があって。今いいかな?」
「……わかった。応接室で話そう」
「ちょっとへっくん借りるね」

 
ダイキリくんはポンと僕の肩に手を置いてそう言うと、長谷部くんと二人仲良く応接室の方へ消えていった。二人仲良く。そう、二人きりで!

 
長谷部くんの気持ちを疑った事はないけれど、密室に男(それも僕と同じ姿の)と二人きりだなんて恋人として不安過ぎる。あれで長谷部くんは結構抜けているところがあるし、万一ダイキリくんがその気になったらあっという間にぺろりといただかれてしまうんじゃないだろうか。
 先日こっそり主に応接室に監視カメラをつける事を提案したらそんな予算はないと突っぱねられたばかりだった。いっそ長谷部くんに防犯ブザーとか催涙スプレーとか渡しておくべきなのか。

 
長谷部くんの不可思議な言動と余所の本丸の僕の出現に、僕の心は荒れに荒れていた。
 おかげで皿は割るわ卵は潰すわ砂糖と塩は間違えるわで、ここ数日僕は厨当番を始めとした内番や出陣を強制的に外されていた。要は暇なのである。暇だから余計にいらぬ事ばかり考えてしまう。悪循環だった。
 僕は考えを整理する為、自室で洗濯当番から受け取った二人分の服を箪笥にしまいながら、ここしばらくの長谷部くんについて考えてみる。

 
本当に長谷部くんは一体どうしちゃったっていうんだろうか。
 終わった後の様子を見るかぎり、アブノーマルなプレイが嫌いになったわけではないようなのだ。それなのに、何故か頑なにそういったプレイを拒み続けている。
 もしかして、と嫌な想像をしてしまう。
 もしかして長谷部くんは僕に飽きてしまったのだろうか。
 信頼と愛情の証だと思っていたアブノーマルなプレイを要求してこなくなったのは、彼の中で僕がその信頼と愛情を寄せるに足る存在ではなくなってしまったからなんだろうか。長谷部くんは優しいからそれを言い出せなかっただけではないのか。
 長谷部くんは以前、僕に「才能がある」と言った。何を指してそう言ったのかは謎だが、罵ったりいたぶったり、そういう事の才能のようだった。
 僕にある才能なら、よその燭台切光忠にだってあるだろう。本丸ごとの刀剣男士には個体差があるけど、もしも僕よりもそういった才能に秀でている燭台切と出会ったら、長谷部くんは一体どうするんだろう。もしダイキリくんがそうだったら?
 長谷部くんは僕を好いたきっかけが、その才能にあると言っていた。なら、彼が余所のもっと超絶ドSな燭台切光忠と出会って好きになる可能性だって、ない訳ではないのだ。
 それに、何も燭台切光忠でなくたって、余所の審神者だったり、余所の刀剣男士でそういう奴がいないとは限らない。その場合は?
 そこまで考えてしまってから、落ち着け、と僕は自分に言い聞かせた。
 あの不器用すぎるくらい一途で真面目な長谷部くんに限って浮気や心変わりなんてする筈がない。そりゃあたしかに閨の中では淫蕩だし性には奔放なところのある彼だけど。低い声で詰ってやったり、腰骨のところをゆっくりとなぞってやると力の抜けるベリーイージーな彼だけど。
 ああやっぱり全然安心できない。こうなったら貞操帯でも購入して長谷部くんにつけてやろうか。彼そういうの喜びそうだし。
「……ん?」
 ふと、長谷部くんの箪笥の引き出しの奥に見慣れないものが目に入ったので、僕は悪いと思いつつもそれを摘んで持ち上げてみる。
 それは小ぶりな硝子の瓶だった。中にはどことなく淫靡な桃色をした粘着質な液体が詰まっている。

 
嫌な予感がして瓶を転がしてラベルを見ると、やけにポップかつカラフルな字体でこう書いてあった。『Love Potion』――すなわち媚薬である。

 
僕はその瓶を見てすべて納得した。エウレカ。謎は全て解けた。
 これは長谷部くんがプレイ用に購入したものに間違いないだろう。
 ここ最近長谷部くんが変態的なプレイを自重してきたのは、あれは一種のセルフ焦らしプレイだったのかもしれない。我慢して我慢して、それで媚薬を盛って変態的なプレイに興じる――なる程、実に倒錯的で長谷部くんの考えそうな事である。
 しかし僕だって伊達に今まで長谷部くんに付き合ってきた訳ではない。僕はにんまりと笑って小瓶をそっと元の位置に戻した。
 媚薬くらいなら正直全然アリだった。 以前「おまえの燭台にしてくれ」と持ちだされた蝋燭よりはよほど受け入れられる(ちなみに当然ながら却下した)。今までの度重なるプレイ経験でハードルが下がっている感は否めない。
 僕はここ数週間の長谷部くんの常識的な奇行の理由にようやく納得の行く説明を見つけ、ほっと胸を撫で下ろす。なあんだ、僕、飽きられた訳じゃなかったのか!
 安心したらむくむくと悪戯心が芽生えてきた。
 せっかくだ。ご期待に応えて今度は僕から媚薬プレイをしかけてやろう。
 長船派の祖、光忠が一振り、参る! ……なんてね。


 しかし僕の計画は結局実行される事がなかった。

 ダイキリくんとの話し合いを終えて戻ってきた長谷部くんが、どこか沈痛な面持ちでこう言ったのだ。
「……これから一ヶ月程本格的に向こうの本丸に通う事になった」
 話を聞けば、元々は向こうの審神者が健康診断で引っ掛かり、しばらく現世で療養が決定したのが事の発端らしい。それで付き添いで何名か審神者についていく事になり、そのせいで足りない人手がさらに足りなくなったらしいのだ。そういったあちらの事情を聞きつけたうちの主がそれを大層不憫に思い、長谷部くんの派遣期間の延長を一存で決めてしまった、とそういう話のようだった。
「主からも向こうの審神者からも頼まれてな。断れなかった」
「そういう事情じゃ仕方ないよ」
 正直に言って一ヶ月も長谷部くんとすれ違い生活を送るのはつらい。僕も付き添いという事でついていっては駄目だろうか。駄目だろうな。知ってる。
「悪い、しばらく留守になるが……」
「気にしないでくれ。長谷部くんのせいじゃないし、それよりもあんまり無理しないようにね? 留守の間の事は任せてくれていいから」
 僕は内心何故よりによって長谷部くんを選んだのか主に問い質したい気分だったが、そんな事はおくびにも出さない。
 僕は気を遣わせないように微笑んで、しゅんと項垂れている長谷部くんの頭を撫でた。しばらく撫でていると、長谷部くんが僕の手をやんわりと掴み、じっと眺める。
「長谷部くん?」
 何か手についていたのだろうか。
 首を傾げている間に長谷部くんは僕の手袋を外し、目を閉じて僕の手に頬をすり寄せた。どこか猫を思わせるような仕草だった。
 いつになく可愛らしいその様子に思わず息を呑んでしまう。
 僕の視線に気づいたのか、長谷部くんがゆっくりと瞼を開いた。熱を孕んで潤んだ藤色が切なげに僕を見つめる。体を重ね終わった時、最近の長谷部くんはよくこういう瞳をする。その度に僕はなんだかたまらなくなって、なんにも言えなくなってしまう。

「光忠」
「……何?」
「抱いてくれ」
 そう言って長谷部くんが僕の手にくちづける。
「…………『普通に』?」
「ああ、普通に」

 
長谷部くんのセルフ焦らしプレイは続行中のようだった。僕が既にそれに気づいていると言ったら長谷部くんはどんな顔をするのだろうという思いがむくむくと湧いてきたが、ぐっと堪える。そうしてできるだけ優しく長谷部くんを抱きしめると、長谷部くんがすりすりと胸に頬を寄せてきた。甘えたい時、長谷部くんはよくこういう仕草をする。今日はどうやら甘えたい気分のようだ。ならば存分に甘やかしてあげよう。
 あの媚薬の出番はまだ当分先の事になりそうだな、と思いつつ、僕は長谷部くんの腰に腕を回し、カマーバンドのボタンを外した。


 長谷部くんが足りない。

 
あれから長谷部くんはさらに忙しくなって、朝はみんなが起きてくるよりも早く出勤し、夜は短刀達が寝静まる頃にようやく帰ってくるような生活を送っている。慣れない環境はやはり長谷部くんでも疲れてしまうらしく、このところ長谷部くんは床につくとすぐに瞼を降ろして穏やかな寝息を立てている。いってらっしゃいとおかえりなさいを言う時間くらいはどうにか確保しているものの、まともに会話だってできていない。

 僕はといえばようやく出陣禁止令が解除されて、長谷部くんが足りない辛さを遡行軍にぶつける毎日だ。近頃短刀達から僕が怖がられているという噂を聞いて鏡で確認したところ、荒んだ瞳をした眼帯男がこちらをじっとりと睨みつけてくる始末だった。無様な事この上ない。

 長谷部くん成分に僕は完全に飢えていた。長谷部くん欠乏症だ。
 僕がこんなに嘆き悲しんでいる間も、向こうの燭台切は僕の長谷部くん成分を摂取しているのかと思うと、もういい加減嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。

 やっぱりこれは今夜辺り僕から長谷部くんにアブノーマルなプレイを仕掛けてやるべきなのかもしれない。無理矢理というのは長谷部くんも好むシチュエーションだしきっと大丈夫だ。最終的に長谷部くんが同意してくれれば和姦になる。

 「今夜は遅くなる」とメッセージの浮かぶ端末を握ってじっと画面を見つめていると、鶴さんと伽羅ちゃんが恐る恐ると言った様子で僕に声をかけてきた。

「きみ、こういうときは気分転換が一番だぜ。よかったら飲みに行かないか? いいダイニングバーを知ってるんだ」

 連れてこられたバーは刀剣男士や審神者にはお馴染みの万屋が立ち並ぶ一角にあって、中も様々な本丸の刀や人達で賑わっていた。

 適当に酒や食事を頼んで久々に三人で雑談なんかを交わしていると、僕の荒れきった心も段々と癒やされてきて、ニ週間ぶりにちゃんと笑えたような気がする。

 ずっと心配していてくれたのだろう、伽羅ちゃんがそんな僕を見てほっとしたような顔をして話を切り出した。「実は、長谷部の事なんだが」

「分担制で手伝いを出せないのか、近々鶴丸と主に相談しようと思っている」
「さすがに今のままじゃ長谷部の負担が大きすぎるだろう? 長谷部担当の講座はPCスキル系と聞いてるし、それなら俺や他の奴らでも補助できるんじゃないかと思ってな」
「鶴さん、伽羅ちゃん……」

 
持つべきものは友達だ。僕は熱くなった目頭を押さえる。
 言われてみればたしかにそのとおりで、どうして思いつかなかったのかと不思議なくらいだった。僕は長谷部くんが足りないだけではなく考えまで足りなかったらしい。
 そうと決まれば話は早い。三人でこれからの方針についてああでもないこうでもないと話していると、鶴さんが近くのテーブルに目を止めた。
「ん、あれ、うちの長谷部じゃないか?」
 言われて即座に視線を動かすと、通路を挟んだ向こうの席に僕の長谷部くんが座っていた。
「はせっ……」
 叫びかけて、その向かいにダイキリくんが座っているのを見て僕は咄嗟に口を抑える。通路の真ん中に置いてある観葉植物でこちらの姿は気づかれていないらしい。格好を気にしている場合ではない。僕は眼帯を剥ぎ取り全神経を眼と耳に集中させた。

「昔僕が仕込んだこと、役に立ってるみたいで良かったよ」
 ダイキリくんが零すように笑い、手の中のワイングラスを回す。
「……それは、」
「わかってる。君の燭台切くんには内緒、だろう?」
 長谷部くんが伸ばした手を黒革の手袋に包まれた手が握る。
「駄目だよ、こんな所で。君は昔から我慢が苦手なんだから、もう少し堪えて?」

 鶴さんと伽羅ちゃんが無言でこちらを見ている。どうしてか手が冷たいなと思ったら、手の中には粉々になった硝子の破片と氷と薄くなった酒が握られていた。おかしいな、グラスってこんなに脆かったっけ。
「お、おい、光坊。落ち着け。落ち着いてよく考えよう!」
「僕の長谷部くんが既にあの燭台切のお手つきだったかもしれないってこと?」
「いやそうかもしれんがそうじゃないかもしれないだろ!?」
 たしかに付き合いたての頃の長谷部くんはそれはもう初々しくてキスの息継ぎすらできない有様だったので、あれが演技だったとは僕も思いたくはない。
「落ち着け光忠。勘違いか聞き間違いの可能性だってある。後で長谷部とじっくり話し合えばいい」
「そうだ。とりあえずこの場は落ち着いて、しばらく頭を冷やそう。ほら深呼吸してみろ。な?」
 言われた通り息を大きく吸い込み、吐き出す。それを何度か繰り返して、僕は手の中の硝子を払ってテーブルの端に寄せる。
「…………オーケイ。落ち着く。帰ってから長谷部くんとちゃんと話し合う。それでいいかい」
 よく我慢した、と鶴さんが肩をバシバシと叩いてくる。伽羅ちゃんも満足気に頷いている。
「そうと決まったら長居は無用だ。とっとと帰るぞ」
 そうして二人に脇を固められながら店の出口の方まで歩いて行くと、後ろから聞き覚えのありすぎる声がかけられた。
「光忠?」
 振り返ると、そこには僕の恋人が立っていた。隣で鶴さんが手で顔を覆ったのが視界の端に見える。
「やっぱり光忠だ。鶴丸と大倶利伽羅も。おまえら、どうしたんだこんなところで」
 そう言って先程までダイキリくんに触れられていた手が僕に伸ばされる。
 僕は反射的に長谷部くんの手を払い落とした。
「……みつ、」
「ごめん、今は君の顔を見たくないんだ。しばらく放っておいてくれないか」
 行こう、と両脇の二人を促してレジで会計を済ませるまで、長谷部くんはその場に立ち尽くしたままだった。

 そしてその夜も次の夜も、長谷部くんはとうとう本丸に帰って来なかった。


 きつく当たり過ぎたのかもしれない。なんであんな事しちゃったんだろう。
 そんな事を思いながら、僕は庭の藤の木に水をやっていた。

 大体こうして落ち着いて考えてみるに、あれが本当に浮気現場だったのかも怪しい。長谷部くんはあれでチョロいところがあるから、なにか口車に乗せられて口説かれていたって事も否定出来ないのだ。僕が勝手に浮気だと思い込んでああやって拒絶してしまったけれど、長谷部くんが清廉潔白な可能性だって十分にある。
 僕の脳裏に浮かぶのは、別れた時の長谷部くんの呆然とした顔だ。訳がわからない、と大きく目を見開いて、その瞳の奥にはあきらかに傷ついた色が浮かんでいた。
 実際あれが浮気であろうとなかろうと、あの場で長谷部くんをああして傷つけてしまった事だけは、僕は謝らなくてはいけなかった。長谷部くんにはいつだって笑っていてほしいし、それにもし万が一長谷部くんが僕よりも向こうの燭台切といたほうが幸せになれるというのなら身を引く覚悟だってある。
 直接会って謝りたい。そして、本当の事を長谷部くんの口から聞きたい。

 はあ、と大きく溜息をついているとポケットから振動が伝わってくる。一人一台持たされている携帯端末のバイブレーションだった。発信元は長谷部くん、ではなく知らない番号だ。
「もしもし……?」
 不審に思いながら通話モードに切り替えると、向こうから同じ声で返事が返って来た。
『やあ。ダイキリと言えばわかるかな。君と少し話したい事があって。今、いいかい?』
 一瞬叩き切ってやろうかと思ったが、僕は端末を慎重に握り直し、できるだけ平静を努めて返答をする。
「いいよ。僕も君とは話したい事があった」
『うん。それなんだけどね。単刀直入に言って、君、僕の事へっくんの浮気相手だと思ってるだろう?』
 前置きもなしにいきなり本題に入られてしまって、流石に僕も動揺した。

「……疑っているけど、その口ぶりだと違うって言いたいのかな」
『その通りだよ』
「証拠はあるのかい」

 
しばらく間があって、端末に画像が転送されてきた。どこか南国らしい澄み渡った青空とエメラルドグリーンの海を背景にして、アロハシャツを着た燭台切光忠とへし切長谷部がピース姿をしている写真データだった。幸せそうに微笑んでいる燭台切の方はダイキリくんで間違いない。ただし、ダイキリくんの隣にいるへし切長谷部は、僕は知らない。どこか茶目っ気のある笑顔を浮かべ、ダイキリくんにしなだれかかるようなポーズを取って見せている長谷部くんは、僕の長谷部くんとは別人だった。よく見れば、ダイキリくんの手は隣の長谷部くんの腰に回っている。

『それ、僕が恋人の長谷部くんと旅行先で撮った写真。僕、彼一筋だから浮気なんて絶対にしないよ。へっくんは弟みたいなものだ』
「……この間、バーで長谷部くんに僕が昔仕込んだだの我慢だの言ってたのは」
『僕がへっくんに仕込んだ事があるのはPCスキルとビジネスマナーくらいだし、我慢って言ったのは彼がすぐ殴ろうとしてくるからだよ』
「…………僕に内緒って言うのは?」
『ああ。顕現当時にへっくんがやらかしたミスの話かな。彼、恥ずかしいから君には言うなってうるさくて』

 
僕はがくりと力が抜けて、その場にしゃがみこんだ。
 恥ずかしい。ものすごく恥ずかしいしいたたまれないし第一長谷部くんに申し訳ない。
「…………長谷部くんに謝らせてくれ。今そっちにいる?」
『今ちょうど連続二日目の自棄酒に付き合ってる所。この間のバーで待ってるよ』
 僕は持っていた端末を仕舞い、じょうろを置くと、外出届を出す為に一目散に駆け出した。

「やあ。思ったより早かったね」
 店の前には既にダイキリくんが立って待っていた。
 諸悪の根源ににっこりと微笑まれて思わず剣呑な視線を向けてしまうが、向こうはどこ吹く風とやらで涼し気な顔をしている。我ながら元が整っているだけに憎たらしい。大体彼が僕の長谷部くんを馴れ馴れしくあだ名でなんて呼ぶから勘違いしてしまったんじゃないか。相手がいるなら最初から顔にでも書いておいてほしい。
「言いたい事は色々あるだろうけど、とりあえず後でね。
ちょっとこれ着けて」
 いきなり強引に手に何かを握らせられる。手のひらを開くと、そこにあったのは金地にオニキスの装飾がされている揃いのタイピンとカフスボタンだった。
「へっくんが中で潰れてるんだ。いい機会だから、それ着けて少し僕のふりして彼と話しておいで。かなり酔ってるから多分よっぽどじゃないとバレないと思う」
「は?」
 訳がわからない。しかし長谷部くんが潰れていると聞かされては放っておくわけにはいかない。
 早く早く、とぐいぐい背中を押されて、僕は言われるがままに渡されたタイピンとカフスボタンをつけて、示された席へと向かう。
 店の奥まった席に見慣れた煤色の頭を見つけて僕は慌てて駆け寄った。長谷部くんはグラスを握ったままテーブルに突っ伏していた。
「ダイキリぃ、水……」
 ちょうどその時、先にあのダイキリくんが頼んでいたのであろう水がテーブルに運ばれた。長谷部くんは完全に据わった目でひったくるようにグラスを掴み、ごっごっごっと一気にその中身を飲み干し、そのまま乱暴に口を拭う。
 これはひどい。
 なんて言葉をかけたものか迷っていると、長谷部くんは再びテーブルにごとんと頭を乗せた。痛そう。

「で、どこまで話したっけ……」
「え、えーと、よく覚えてない」
「貴様、せっかく俺が話してやったのに……」

 
すぐにバレるかと思ったが、殆ど顔を見られてないからかどうにか騙せているようだった。
「……もういっかいはなすからちゃんときけよ……」
 僕にはあまり見せない、どことなく尊大な態度の長谷部くんも可愛い、とこんな時だけど思ってしまった。
 それにしてもダイキリくんと話す時って長谷部くんこういう感じなんだ。へええ。僕の胸の内に再び嫉妬の炎が燃え上がりかけたが、続く長谷部くんの言葉に僕は目を丸くする。

「光忠はなぁ、本当にいい男なんだ……」
「…………へっ!?」
「かっこいいし、可愛いし、強いし、優しいし、料理上手だし、セックスも上手いし、とにかく最高なんだ。燭台切光忠のなかでも一番の伊達男なんだぞ」

 
その時の僕の気持ちを想像してほしい。喧嘩別れして出て行った相手に自分の事を惚気けられるって、嬉しさよりも申し訳無さや恥ずかしさのほうが先に立つ。しかもこれ、第三者に言っているつもりなのだから、ほぼ本心に間違いない。つまり僕は今、長谷部くんの本気の惚気を聞いているのである。

「あいつ、嫌々だけど俺のプレイにも付き合ってくれるくらい優しいんだ。なのに、きっと俺が我儘ばかり言ったから……」

 
光忠ぁ、と涙声で名前を呼ばれて僕の胸が締め付けられる。

「もう二度と丸一日射精管理されたあと結腸ガツガツ責められてトコロテンからのメスイキしたいなんて思わないから戻ってきてくれ……」
「君そんな事考えてたの!!?」

 
思わず叫んでしまうと、長谷部くんがびくりと肩を跳ねさせて顔をあげる。
「……………………………………………………光忠?」
「そうだよ、君の光忠だよ」
 さあっと長谷部くんの顔から血の気が引き、そのままふらふらと立ち上がろうとしたので慌てて肩を掴んで押さえつける。
「どこに行くんだい」
「帰る」
「そうか。なら一緒に帰ろう」
 そう言って顔を覗き込むと、長谷部くんは逆らうように視線を下に向けた。

「ねえ。長谷部くん、ごめんね。僕、君の浮気をちょっと疑ってた。ダイキリくんから本当の話を聞いたんだ。勝手な思い込みで君を傷つけてしまって、本当にすまなかった」
「浮気?」
「……恥ずかしい話だけど、君があんまりダイキリくんと仲がいいものだから、彼と浮気してるんじゃないかって。最近、あんまりちゃんと触れ合えてなかったし」

 
言い訳のようにそう言うと、長谷部くんは驚いたように顔を上げ煤色の睫毛をぱちぱちと上下させた。
「……俺が嫌いになったんじゃなかったのか?」
「なるわけないだろう!」
 反射的に否定する。思いがけず大きな声になってしまって、慌てて声を潜める。
「僕は君が好きだよ。これまでもこれからも、ずっと」
「…………おまえは、」
 ぽつり、と長谷部くんが言った。

「おまえは、あまり、その、俺が好むようなプレイが好きではないから、とうとう嫌われたのかと思って、いて」

 
長谷部くんのうつくしい藤紫の双眸が潤んで涙の膜が張った。思わず僕はそれを破るように長谷部くんの頬に手をやり、目元に指を這わせる。
「嫌ってなんかないよ。不安にさせてごめんね」
「だっておまえ、俺が普通のプレイをしようって言いだす時、いつも少しほっとしてるだろう」
「…………それは、」
 そうじゃない、と否定するには思い当たる所が多すぎた。長谷部くんはそんな僕を見て目を伏せると、テーブルの上においた拳をぎゅっと握りしめる。

「俺はおまえが意に沿わないプレイに付き合ってくれればくれる程、愛されてると実感できて…………同時にとても怖かった」
「何が?」
「いつか、おまえの我慢の限界が来るんじゃないかと。愛想を尽かされる日が来るのが、もう、ずっと、こわくて……」

 
堰を切って流れだした涙が僕の指に跡をつける。
「なあ、おまえの事が本当に好きなんだ。もう変なプレイなんて要求しないから、嫌いにならないでくれ。頼む、光忠」
 頭を殴られたような衝撃だった。

 てっきりセルフ焦らしプレイかと思われた長谷部くんの奇妙な行動に、そんな意図があったなんて僕は今の今までまったく想像していなかった。
 僕は馬鹿だった。自分のちっぽけな悩みばかり気にして、長谷部くんがずっと悩んでいた事にちゃんと気づいてあげられなかっただなんて恋人失格だ。世界一間抜けで無様な大馬鹿野郎だ。

「長谷部くん……!」
 今すぐ抱きしめて顔中にキスの雨を降らせてやりたい。けれどさすがに公共の場だったので、僕は長谷部くんの震える手を優しく包むに留めた。
「ごめんね、本当にごめん。僕が馬鹿だった。許してくれ」
 握った手に祈るように額をつける。

「君が好きだよ。頑固で真面目で融通が効かなくて困った性癖の、でも情の深くて優しくて臆病な君の事を、僕は世界で一番好きなんだ。そのままの長谷部くんを愛してるんだよ。だからそんな事言わないでくれ」
「……光忠、」
「…………この際認めちゃうけど、」

 
僕は意を決して息を吸い、口を開く。

「僕は君とああいったプレイをするの、嫌いじゃないみたいだ。君が僕にしか見せない姿を見せてくれる事が嬉しい。普段は品行方正謹厳実直を絵に描いたような君が、僕の前でだけいやらしく乱れてくれるのが好きだ。僕だけの長谷部くんって感じがして、すごく好き。他の奴になんか絶対見せたくない」

 
言葉って不便だ。こうして一生懸命話しているつもりでも、僕のこの胸の中の気持ちの半分でも伝えられている気がしない。それでも長谷部くんに伝わるまで僕は何度だって言うつもりだった。僕のこの想いを表現するには長くて短すぎる言葉達。それでも万感の想いを込めて声に出す。

「だからもう一人で我慢なんかしないでくれ。昔君に言った通り、僕はどんな君だって嫌いになんてならないから。……そりゃあ僕にもできる事とできない事があるけど、僕と君が2人とも満足するやり方、一緒に一つずつ探していこうよ」

 
そう言って握ったままの手のひらに唇を落とす。
「ねえ、一緒に帰ろう? 一緒に帰って、また君の好きなえっちでやらしい事、たくさんしよう?」
僕の言葉に長谷部くんの瞳が潤み、頬にほんのりと朱が差した。
 ああ今すごくキスがしたい。普段ならこんな公衆の面前でなんかしないんだけど、今このくらいは許されるだろうか。僕は長谷部くんの頬に手を伸ばして、テーブル越しに唇を寄せようとして――、
「はいストップ。それ以上は帰ってからやってくれるかな。他のお客さんの迷惑だから」
 ダイキリくんに後頭部を掴まれてぐいと引き離された。見渡せば、いつの間にか僕達の座るテーブルは店中の視線を一心に集めていた。
 邪魔が入って少しだけ不満気な顔をした長谷部くんだったが、渋々と引き下がる様子の僕を見て、ふは、とおかしそうに破顔した。
 あちこちに頭を下げ、色々と迷惑をかけてしまったダイキリくんに礼を言い、僕と長谷部くんは店を出て本丸への道を歩いていた。本丸を出てきた頃は夕方だったのに、いつのまにかすっかり日は沈み、黒々とした夜空の向こうでは月が煌々と辺りを照らしている。その青白い光を浴びながら、長谷部くんが口を開いた。

「出張、一週間短くなったんだ」
「えっ本当?」
「その為にこの二週間頑張ってたからな。あと明日からは時短勤務になった」

 
そういう事を皆に黙って一人で実行するあたりが、なんだかとても長谷部くんらしい。

「元々そんなに仕事量があるわけじゃなかったんだ。人手が足りないと言っても、しばらく事業規模を縮小すれば足りる話だったしな。だから向こうもそんなに根を詰めなくていいって言ってくれていたんだが、俺がだらだらやるのが好きではなくて」
「講座はいいの?」
「今持ってるのは副講師やってる講座だけだし、講座終盤はいなくてもいいだろうってダイキリからも言われていてな。閉講式だけは流石に顔を出すが、あとは向こうの連中に任せて大丈夫だろう」

 
長谷部くんは長谷部くんで少しでも出張期間を短くする為に頑張っていてくれたらしい。
 なんだか僕は回し車を走るハムスターのようにひたすら空回りをしていただけのようだった。いついかなる時でもかっこよく、が信条の僕だったけど、この一ヶ月ばかりは非常にかっこわるくてみっともない姿を晒してしまった。今後はもう少し精進しなければならない。
 一つ息を吐いて、長谷部くんの指に自分のそれをそっと絡ませると、長谷部くんは一瞬びくりとしたものの、次の瞬間にはふっと微笑んでやわらかく手を握り返してきた。手袋越しにじんわりと長谷部くんの熱が伝わってくる。
 こういう瞬間が、僕はとても好きだと思う。
「光忠」
「なあに」
 長谷部くんが絡めた指を親指でつーっとなぞった。
「…………戻ったらちゃんと抱いてくれ」
「……どんな風に?」
 笑い混じりに問いかけると、長谷部くんはにっこりと、それはもう艶めいた笑みを僕に向けてくる。

「とびきりえっちでやらしいのを、頼む」


 本丸に戻ってざっと風呂に入って大急ぎで身支度を整えると、長谷部くんより先に部屋に戻って真っ先にあるモノを準備した。そう、媚薬である。

 長谷部くんからもリクエストされている事だし、今日はとことんアブノーマルなプレイに付き合う気でいた。ううん、付き合うって言い方はおかしいかな。今日は僕もこういうプレイをしたい気分だから。
 他にもいくつかのものを用意して枕元に置いていると、長谷部くんが障子を開いて部屋に入って来た。長谷部くんは僕が手に持っているものを見てさっと顔色を変えた。

「光忠、それ……」
 まだこういうものを使うと僕が難色を示す、ひいては嫌われると思ったのだろうか。たしかに難色を示すものだってあるけど今回のは許容範囲だし、それと長谷部くんへの気持ちはまったくもって別のものだ。まあ、それについてはこれからゆっくり知ってもらうしかないだろう。長期戦だ。
 僕は安心させるように長谷部くんに笑顔を向けてやって、手の中の小瓶をとぷんと揺らしてみせる。
「この媚薬、君が使いたくて買ったんだろう?」
「……だいぶ前にな。色々ごたごたして言い出せなかったが」
 おいで、と手招きすると、長谷部くんはおとなしく僕の腕の中に収まった。
「……長谷部くんてば本当に変態なんだから」
 そう耳元で囁いてやるだけで、長谷部くんが恍惚とした表情を浮かべる。もう随分と久しぶりに見る、甚振られて感じている時の長谷部くんの顔だった。
 桃色の液体の詰まった瓶をシャツの上から長谷部くんの乳首に押し付け、そのままぐりぐりと押し込むように動かす。

「ね、これ欲しい?」
「んっ」
「欲しいなら、自分からおねだりしてごらん。どこに飲ませて欲しいの?」
「く、口に」
「上? 下? ちゃんと言ってくれなきゃわからないよ」
「上の……ひあっ」
「聞こえないな。ちゃんと言ってって言ったよね?」

 
僕は瓶を押し付けてるのとは逆の胸に爪を立てた。服の上からだからそれ程痛みはないだろうけど、鋭い刺激に長谷部くんが体を強張らせる。
 一応言っておくと、これはあくまでもプレイ上の演出かつ演技であって、僕のデフォルトでない事だけは弁解させてもらいたい。今回はこういったプレイが久々という事もあって僕自身加減の調整がうまくいかないのと、いつもよりテンションが上がっている為に、いささか過激な責め方になっているだけだ。
僕にサディストの才能があるとかそんな訳ないと思いたい。勿論、嫌いでは、ない、けれども。

「俺の、上の口に……おくすり、飲ませてください」
「上の口だけでいいの? 長谷部くんのとろとろの下のお口には? そうやってみっともなく勃たせてるおちんちんに塗りたくって欲しくない?」
「……ぁ、全部、全部欲し……ください」
「そう」

 
僕は瓶の蓋を開けて傾け、中の液体を手に垂らしてから、長谷部くんの目の前に突き出した。
「舐めて」
 てらてらと桃色の液体を纏わりつかせた僕の手を捧げ持つと、長谷部くんは犬のように舌を伸ばした。ちろちろとこまかく動かされる舌の感触が少しくすぐったい。指の間から零れ落ちそうになった分まで必死に舐め取ろうとする動きがなんだか可愛くて、僕は失笑してしまう。
「ふふ。長谷部くん、おくすりおいしい?」
「……おいひい、れす」
 ちゅ、と指先に吸い付きながら長谷部くんが答える。特に香りはなかったけれど、色からすると甘いのだろうか。
「そう、良かったね。次に欲しいところはどこ?」
 長谷部くんの顔が赤くなり、もぞもぞと体を動かしてもどかしげに服を脱いでいく。そこまでやれって言ったつもりはなかったんだけど、まあいい。
 下着まですべて脱ぎ去ってしまうと、長谷部くんはぶるりと身震いをした。寒いのだろうか、それともこの先への期待からだろうか。前者なら気持よくして温めてあげないといけないし、後者ならご期待に添えるよう気持よくしてあげなければいけない。
 は、は、と荒い息をついた長谷部くんに僕の手がつかまれる。抵抗せず導かれるままにしてやると、既に半立ちになっている前のものに触れさせられた。反応を返さない僕に焦れたのか、長谷部くんはさらに僕の手をそこに握らせる。
「っ……おれの、おちん、ちんに……おくすり、ください」
 恥ずかしくて恥ずかしくて、それが気持ちよくてたまらないという顔で長谷部くんが言う。本当に変態だ。でも世界で一番可愛いと思う。
「わかった。ならちょっと待っててね」
 なんだか今日の僕は調子がいい。以前だったら次はどう長谷部くんを喜ばそうか、とプレイ中は頭をフル回転させていたのだけど、今日はスラスラとアイディアが浮かんでくる。
 僕は枕元に畳んであったネクタイを手に取り、長谷部くんの両手を素早く後ろ手に縛る。少々不本意だけれど慣れた動きだった。手首より少し上、肘寄りのところを縛ったので、胸がこちらに突き出されるようなかたちになる。ぐ、と長谷部くんが苦しげに顔を歪めた。

「ああ、痛かったかな。ごめんね。でも、長谷部くんこういうのも好きだろう?」

 
そう言って目元に唇を落とすと、健気にも大丈夫だと返された。僕はそんな長谷部くんの頭を撫でてから、先に枕元に用意しておいたいくつかの道具を見繕う。久しぶりなので、今日は長谷部くんをたっぷり気持ちよくしてあげたい。
「あっ……光、忠っ」
「もう薬効いてきた?」
 尋ねると、がくがくと頭を縦に振られる。先程は僅かに固くなっていた彼のモノが、触ってもいないのに完全に立ち上がってだらだらと先走りを零している。

「あつい……光忠、はやくっ」
「でも長谷部くん、もう媚薬なくてもここ大丈夫そうじゃないかな? こんなに濡れてるし」
「ぁあああああっ」

 
つう、と根本から浮き出た血管に沿うようになぞってやると、長谷部くんが首を仰け反らせて達した。仕掛けた側の僕が驚く程の呆気なさだった。

「はーっ……は、ぁっ」
「長谷部くん、もうイッちゃったの?」
「あ、やだっだめ、また、イッて、イッちゃう、からっ……ひぁっ」

 
確かめるように何度か扱きあげると、長谷部くんがひんひんと鳴き声を上げる。僕の手の動きに合わせて腰が動いているのは、おそらく無意識だろう。
「んっあっあっ! やあ、みつ、みつただっあっ」
 二回目の絶頂を迎えそうになる直前、僕は手を離した。突然快感を奪われた長谷部くんが恨めしそうに僕を見上げてくる。

「やだ……なんでぇ……」
「長谷部くん、まだ夜は長いんだから、そんなにすぐ出してたら身が保たないよ?」
「ぅあっああっ!」

 
ピン、と指先で弾いたら、長谷部くんのそこから再びとろとろと先走りが漏れる。あともう少し刺激を加えれば、またすぐにでも弾けてしまうだろう。けど、せっかくの媚薬プレイでそんなに呆気無くイかせてしまって長谷部くんに不満が残ってしまっては困る。
 僕は今夜は長谷部くんをとことん可愛がってやろうと決めているのである。終わった後にあの物足りなさ気な溜息なんて、絶対につかせるわけにはいかない。
「やっぱり蓋が必要かな」
「………………ふた?」
 いつもならすぐ気づくはずの長谷部くんだけど、快感でふやけている頭ではうまく思考が纏まらないらしい。僕はにっこり笑って、先程棚から取ってきた箱を開いて長谷部くんに見せつける。
「前に君が買ってきて、僕が却下した奴。せっかくだから今使ってみようと思って」
 小ぶりな箱の中に行儀よく並んで収まっていたのは、長さと種類が異なる複数の尿道ブジーだった。
 長谷部くんが買ってきたばかりの当時はとんでもないと断ったものの、今の僕はいろんな意味で絶好調だった。今ならなんでも出来る気がする。もう何も怖くない。
「……み、光忠」
「なあに?」
 僕は長さや種類の異なるブジーが収められたケースから、長谷部くんに合った長さのものを吟味して取り出す。初めてでいきなり膀胱まで責めるのはさすがに避けたい。万が一失敗して中を傷つけて手入れ部屋を使う事態にでもなったりすれば、僕も長谷部くんも二度と主や仲間達とまともに顔を合わせられない。長谷部くんの事だからそのうち要求してくる気もするが、今日はいいだろう。初回だし。

「それ、き、今日はやめないか」
「どうして?」

 
細い金属の棒を軽く消毒してから媚薬をまんべんなく塗りこめ、長谷部くんのだらしなくよだれを流し続けるそこに近づけていく。
「だめだ、光忠。別な日、別な日にしよう!」
 長谷部くんが本気で焦った様子で言ってきた。これは半分くらい素に戻っている。いつもノリノリでプレイしている長谷部くんがここまで焦るのを見るのは初めての事だった。新たな一面を発見した気分だ。ちょっと楽しくなってきた。
「遠慮しなくていいよ、長谷部くん。今日は君のこと泣かせちゃったし、お詫びも兼ねてたっぷり君の大好きなやらしい事させて?」
 僕がにじりよると、長谷部くんがその分だけずりずりと器用に両足だけで後ずさっていく。抵抗されないように先に両手を縛っておいてよかった。
「駄目だ。今日じゃないならいいから……! 今それは駄目だっ」
 嫌だ、こわい、とぐずる長谷部くんを安心させるように微笑んで抱きしめてやる。媚薬に侵された体はそれすらも快感に感じるようで、時折震える吐息が耳元をくすぐった。
「そうか。怖いんだね、長谷部くん。大丈夫だから」
「光忠ぁ」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら長谷部くんが僕の肩に頭を押し付ける。ああ可愛いなぁ、と思って僕はますます笑みを深くする。
 そうして僕はにっこりと口を開いた。

「君、淫乱でマゾのド変態だから、どうせすぐに気持ちよくなるよ」

 
そう言った瞬間、長谷部くんの瞳に映ったのは、絶望の二文字だったと断言できる。

「…………………………は、」
「暴れないでね。傷ついちゃうから」
「ひっ……」

 
動こうとする長谷部くんを膝立ちの状態で押さえつけ、問答無用で鈴口の先端に鋼の棒をつぷりと埋めると長谷部くんの体が声もなく仰け反った。
 潤滑剤代わりにたっぷり媚薬を塗りつけてあるし、尿道の中にも先程出した精液が残っている為、多少抵抗はあるものの比較的スムーズに奥まで入れる事ができた。どっちかというと暴れようとする長谷部くんの体を抑えこむほうが大変で、どうにかある程度入れきったら妙な達成感を覚えた。

「どう? 長谷部くん、初めての尿道責め」
「やっ……やだっ光忠、あ、ん、ぁ……いたい、抜いて、抜いてぇ」
「そんな蕩けた顔して痛いはずないだろう? ほら、長谷部くんのおちんちん、おくすりもブジーもちゃんと飲めてるよ。えらいえらい」
「うああっやめ、さわ、るなっ……あっふああっ…なか、あ、あついっ」

 
ブジーを刺したまま長谷部くんのものを掴んで軽く上下に扱くと長谷部くんが首を横にふる。段々と声も瞳も甘さを含んだものになってきているのは、媚薬が効いてきたからだろう。やはり僕の言った通りになった。
「次はどこにおくすり欲しい?」
「ん、あっ……やめっ……やだ、光忠っ」
 口では嫌だ駄目だと言うくせに、長谷部くんの瞳はさらなる刺激を求めて情欲に潤んでいる。もっと苛めて欲しい、甚振ってほしい、と全身が訴えている。
 こんな風に恋人に求められては、応えない訳にはいくまい。
「ほら、どこに欲しいかちゃんと口で言ってみて?」
「お、おれのっ……うしろっ……」
 ぱしん、と軽く長谷部くんの引き締まった形の良い尻を叩く。音が大きく鳴るような打ち方をしたのでそう痛くはないはずだけど、叩かれたという事実に長谷部くんの藤色の瞳がどろりと融ける。浅い息を繰り返しながら、長谷部くんが怯えと期待の入り混じった視線を向けてくる。「長谷部くん」と耳元で囁いてやると、大袈裟なくらい体が震えた。
「もっとやらしく下品におねだりしてみせてよ。できるだろう?」
「ぅ……あ、」
 僕が長谷部くんの腕の拘束を解いてやると、長谷部くんはがくがくと震える手足をどうにか動かしながら、こちらにお尻を向けて四つん這いになる。

「おれの、淫乱なけ、けつまんこに……えっちなおくすり、いっぱい飲ませてくださいっ……!」
「…………長谷部くんってば本当にやらしいなぁ」
「は、はやくっ」

 
長谷部くんのお尻に手を伸ばし、僕を待ちわびる蕾に指を差し込む。そこは既に溶けていて、少し触れただけで僕の指をぐずぐずと飲み込んでいく。
「長谷部くん、ここ自分で準備してきたの?」
 問いかけると、潤んだ藤色が恥ずかしそうに僕を見返してくる。長谷部くんが唇を舐めながら上ずる声で告げる事には。
「……おまえと、はやく繋がりたくて」
 たまらない。
 僕は長谷部くんの後ろに直接瓶の口をあてがい、指で広げたそこに直接流し込んでいく。
「冷たっ……ひっ」
 体温より低い温度の液体に身をすくませる長谷部くんの太腿を撫でながら、薬を全て流し込んで瓶を適当にその辺りに投げる。馴染ませる為に指を入れて掻き回すと、びくびくと体中を震わせて長谷部くんが鳴いた。

「みつ、光忠っ」
「どうしたの?」
「あ、あっあっ! やだ、やっそれ、指、も、やだっ」
「ああ、もう指じゃ物足りない? バイブ入れてあげようか?」
「ちがっ……」
「奥まで塗りこんでもらったらきっと気持ちいいと思うよ。そうだ、いっそそのまま一晩過ごしてみる? 放置プレイはやった事なかっただろう?」
「みつただ、や、やら、おねがっおねがい……!」
「何を? 何が欲しいのかな、長谷部くん」
「みつただっ……みつただのふといので俺の奥まで突いてぇっ」

 
僕はもったいぶるようにゆっくりと自分のものを取り出し、長谷部くんの太腿に擦りつける。

「これ? これが欲しいの?」
「んっそれ、それ、ほしっ、おねがい……」

 
みつただぁ、と泣き声混じりでお願いされては、僕も叶えてあげない訳にはいかない。
 僕まで媚薬にやられるわけにはいかないので、口惜しいけど自分のモノにゴムを被せてから長谷部くんのひくひくと震える蕾に宛てがう。
「あああぁっ」
 ぬぷ、と焦らすような緩慢な動きで入口に侵入させると、長谷部くんの体を支えていた腕ががくりと崩れ落ちた。びく、びく、と何度か痙攣するように震えたのは、中の刺激だけで出さずにイッてしまったのだろう。僕は長谷部くんの可愛いおちんちんを褒めるように握り、中に入れていたブジーを軽く抜き差しした。

「長谷部くん、上手にメスイキできたね。いい子いい子」
「あっっやっや、それっうごかしちゃだめっうあ、あああっ!」

 
動かすたびにイッているらしい長谷部くんの顔は既に涙や唾液でぐしゃぐしゃで、僕は無理矢理長谷部くんの首をこちらに向けて涙を舐めとった。しょっぱいはずなのに、どこか甘く感じる。
 それと同時にさっきよりも深く僕の砲身を受け入れてしまった長谷部くんは、またびくりと震えて声もなく達してしまった。体を支える事も難しい様子だったので、一度抜いて体をひっくり返し、もう一度突き刺すと長谷部くんは首を反らした。もう何度イッているかわからない。
 少し苛めすぎたので今度はできるだけゆっくり腰を動かすと、長谷部くんの息が段々と整ってくる。生温い快感に長谷部くんが、あ、とか、ん、とか言いながら瞳を閉じて感じだした頃、僕は角度をつけて長谷部くんの弱い所を穿ってやる。

「っっあ、ん!! あっ、あ、そこっ光忠っ!」
「ここ?」

 
わざわざ聞かずとも、いまさら長谷部くんの好きな所なんて全部わかっている。それでも尋ねるのは、そう、様式美のような物だ。

「~~~~っひ、ぁ、やだ、ん、はっ」
「ふふ、長谷部くん、ここ好きだもんね。いっぱい可愛がってあげる」
「やっやぁ、もうイきたくない…………もう無理、やだ、出したい。みつただぁ……」

 
ぼろぼろと涙をこぼし始める長谷部くんを見て僕の胸がちくりと痛む。しかし今はそれ以上に胸の奥からこみ上げてくる思いがあって、僕は長谷部くんの耳元に唇を寄せる。

「…………今の長谷部くん、すっごく可愛い。大好き」

 
そう囁いた瞬間、僕の腕の中で長谷部くんが大きく痙攣した。また達してしまったようだった。
「またイッちゃったの? 長谷部くんの変態」
 イッた直後の荒い息を吐きながら、涙目の長谷部くんが恥ずかしそうに、でも少しだけ恨めしそうに僕を見上げる。

「………………いじわる」
「嫌い?」
「すきだ」

 
そして僕の後頭部を引き寄せ、噛みつくようなくちづけを寄越す。舌を絡めあい唾液を交換してお互いの境界がそろそろわからなくなりそうになった頃、ようやく唇が離れる。
「っは……や、あっまだ動かさなっふあああっ」
 腰をさらに押し付けるようにぐりぐりと動かすと、長谷部くんは髪を振り乱して悦んだ。ご期待に添えるように、まだ触れてもいないのにぴんと立ち上がっている桃色の乳首に吸い付くと、長谷部くんの奥がぎゅうと締め付けてきて僕は思わず低く呻いた。ゴムをつけてなかったら危なかったかもしれない。
 お返しとばかりに僕は長谷部くんの精液を堰き止めているブジーに手をかけ、ゆるやかに抜いていく。
「ぅあっああ、ん、あっや、出るっ……」
 精液がせり上がってきてつらいのだろう、長谷部くんが僕の腕に弱々しくしがみついて喘ぐ。晒されている白い喉に噛みつきながら、僕は指で摘んでいたブジーをもう一度埋めていく素振りを見せる。案の定長谷部くんはどうして、と目を見開いて僕を見上げてくる。

「やだ、なんでっ……」
「長谷部くん、僕にして欲しい事があるならちゃんとお願いしてくれないと」

 
長谷部くんは悔しげに唇を噛み締め数秒悩む様子を見せた後、震える舌で願いを口にした。
「……光忠の指で長谷部のメスちんぽイかせてくださっあああああっ」
 全部言い切る前にずるりと勢い良く楔を抜いてやり、やや乱暴に上下に扱く。長い間堰き止められていた精液がとぷとぷと力なく流れる。指の動きに合わせて腰の方も動かしてやると、ぴくんと震えながら白い雫を絶え間なくこぼし続ける様子はとても可愛い。あとで舐めてあげようと僕はひそかに決意する。
「やあああっイくっあっああっずっとイってっ……ひゃううっ」
 長谷部くんも自分で何を口走っているのかわからないのだろう。僕にしがみつきながら淫らに腰を振っているのもおそらく無意識だ。
 そろそろ僕も辛くなってきたので、長谷部くんの足を抱えてより深く穿とうとすると、僅かに袖を引かれる。見れば長谷部くんが切なげな顔で僕を必死に見上げていた。
「みつただ、キス、きすしたい……して」
 苛められるのが大好きな変態の癖に、こういう場面でこういう事を言う長谷部くんは本当にズルいと思う。
 僕は言われるがままに長谷部くんにくちづけながら、がつがつと腰を打ち付ける。

「んっ……長谷部くん、長谷部くんっ」
「みつただ、みつただっ……!」

 
僕のだ、と思う。
 この僕の腕の中でいやらしく淫らに咲き乱れる彼は、僕だけしか知らない、僕だけのものだ。世界中で、僕だけが。
 そう実感したらもう駄目だった。腰から脳天まで背筋を駆け上る快感に逆らわず、僕は薄い皮膜の中にありったけの白濁を放った。
 互いに荒い息を吐きながら、こつんと額を合わせると、どちらからともなく笑いが漏れた。しばらくくすくすと肩を揺らして笑っていると、長谷部くんがまだ萎えていない下半身を僕の腹にぐいぐいと押し付けてくる。同時に、僕の視界いっぱいに長谷部くんの楽しげな笑みが広がった。
「まさか、これで終わりじゃないだろう?」
「……もちろん」
 それから後は、まあ、ご想像におまかせしよう。

◆ ◆ ◆ ◆

 正直に認めよう。気持ちよかったし楽しかった。

 長谷部くんはと言えば途中で失神したものの先程目を覚まし、今は僕の腕枕で上機嫌に鼻歌を歌っている。

「…………長谷部くん、この間は疑って本当にごめんね」
 なんとなく言わずにはいられなくて、僕は煤色の髪の毛を指で優しく梳きながら先日の失態をもう一度詫びる。いくら仲直りHをしたとはいえ、こういうのを有耶無耶に流してしまうのは良くない。
 長谷部くんはぱち、と大きく瞳を瞬かせ、長い長い息を吐く。
「………………あのな、光忠」
 未だ潤む瞳で長谷部くんはにんまりと笑って、僕の頬を両手でゆっくりと包んだ。

「俺はおまえがそうやって俺にみっともなく執着して、どろどろの独占欲を向けてくれると、すごく興奮する」

 
絶句した。
 呆れ果てるやら恥ずかしいやらで僕はもうなんと言っていいかわからず、がしがしと頭を掻き回す。
「っ……君って奴は……! さっきまで僕の下で泣いてたくせに!」
 もしかしてダイキリくんとよく話していたのも、僕に嫉妬させたいとかそういう意図があったりしたのだろうか、と嫌な考えがよぎる。いやまさかそんな筈は。

「このくらい許せ。俺だって嫌われたのかと思って悲しかったんだぞ」
「う……それは、本当に悪かったと思ってるけど。それにしたって悪趣味じゃないか?」
「そうだ。俺は悪趣味で淫乱で被虐願望のある、ものすごく面倒な男だからな。面倒なおまえには似合いだろう?」

 
強気な発言に似合わず、僕の着物の背を掴む指は、そうだと言ってくれと言うように縋るような動きで掴んでくる。
 ああ、君って奴は本当に面倒だ。でも僕はそんな君が好きで好きで仕方がない。

「……淫乱にしちゃったのは僕にも責任のある事だから、最後まで面倒みてあげないといけないね」
「ああ、そうしてくれ」

 
そうして僕達は顔を見合わせて笑い、くちづけあう。

「長谷部くん、好きだよ」
「……ああ。俺も光忠が好きだ」

 
長谷部くんが花が開くようにふうわりと微笑む。ああ可愛いなぁ、と思う。閨で淫らに泣いて喘いでいる姿も可愛いけど、こうして穏やかに笑う長谷部くんを見ると胸があたたかくなって、彼の事が好きだと改めて思う。僕にできる事ならなんでもしてあげたいと、心底そう思う。惚れたが負けとはよく言ったものだ。
 光忠、と恋人が甘く僕の名を呼ぶ。

「じゃあ、今度は蝋燭や荒縄だな」
「ごめん。ちょっとそれは考えさせてほしい」

 惚れたが負けとは言う。たしかに言うけれど、それにしたってできる事とできない事はある。

 でも、きっとこれからも僕達はこんな感じで衝突したり妥協しあったりして、おおむねうまくやっていくのだろう。多分。

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