幕間・馬に蹴られるその前に

惚れたが負けとは言うけれど
     

5202文字

 鶴丸国永は驚きが好きだ。
 刺激がなくては刃生つまらない。自分以外の誰かや何かと触れ合い心を動かして、そうして初めて生きていると実感できる。
 畑の野菜が次々と実をつけて色づいていく様子はうつくしい。庭の木に住み着いた小鳥が巣を作り、そこから雛が生まれ巣立っていく姿は生命の神秘だ。雨上がりの木の枝を揺らしてしずくを撒き散らすのは楽しいし、うっすらと白く凍りついた地面をざくざくと踏みしめて歩く時の感触も面白い。凍った水たまりをばりんばりんと割っていくのも爽快だ。
 手先の器用さを活かし短刀達に竹とんぼを作ってやった時の笑顔も、その竹とんぼが高く澄んだ青空にくるくると舞い上がった時の歓声も好ましいものだ。「鶴丸さん、ありがとうございます!」と礼を言われた時のこそばゆくあたたかな気持ちなど、言葉にできない。
 しかしその日ばかりはこんな驚きはいらなかった、と鶴丸は思った。

◆ ◆ ◆ ◆

 鶴丸が弟分の大倶利伽羅から「相談があるんだが」と話を持ちかけられたのは夕餉も終わった夜半の事だった。
「なんだ、珍しいな」
「光忠の事なんだが……」
 この弟分が口籠るのはさらに珍しい。鶴丸が先を促すように黙っていると、大倶利伽羅は何やら低く唸ってから、ようやく口を開いた。
「……あいつ、長谷部に無体な事を強いてるんじゃないだろうか」
「光坊が?」
 大倶利伽羅の言う光忠と長谷部なら、間違いなくこの本丸の光忠と長谷部の事だろう。しかし光忠が長谷部に無体を強いるとはどういう事だろう。傍から見て、光忠の長谷部への甘やかしっぷりと来たら掌中の珠もかくや、という程なのである。こと長谷部に関しては羊羹に蜂蜜と砂糖をふんだんにまぶしたような甘い甘い男が、その長谷部に無体?
 首をひねる鶴丸の前で、大倶利伽羅は視線を泳がせつつも言葉を紡ぐ。
「……本丸のゴミ出し当番の間で、二人の部屋からアダルトグッズのゴミをよく回収すると噂になっている」
 嗚呼。なんとなく話の方向性が見えてきた。
「……あいつらだってそういうのを使いたい気分の時もあるだろうさ」
「それだけじゃない。この間、夜中に二人の部屋の前を通ったら、光忠が長谷部に……」
「なんだ」
「…………なんというか、詰っているのが聞こえた。長谷部は泣いていた」
 鶴丸は内心頭を抱えた。何やってるんだ、あいつら。そういうのはせめてもっとうまく隠れてやってくれ。
 どうしたものかと考えつつ、そういう方向に疎く育ってしまった弟分の肩をがしりと掴む。
「伽羅坊、きみには理解し難いかもしれないが、それは多分そういうプレイだ。恋人同士の閨の事情に部外者が口を出すのは野暮というものだぜ」
「……だが、あの長谷部だぞ? 光忠に強要されて無理矢理やらされてるんじゃないか」
 あの長谷部、と言われて鶴丸も腕組みをする。たしかに、長谷部といえば周囲が酒の席で下世話な話をしていても少々眉を顰めるだけでけっして乗ってこない堅物で知られている。燭台切と付き合っている事ですら未だに信じられないというのに、そのうえ過激なプレイまでしているとなると、無理矢理を疑う大倶利伽羅の気持ちも理解はできる。だが。
「たしかに長谷部は禁欲的なところがあるが、あれは根っからの武闘派だぞ。本当に嫌ならとっくに殴るか切るかしてるだろう。おそらく合意の上だ。問題ないと思うがなあ」
「相手は光忠だ。うまく言いくるめられた可能性もある」
 大倶利伽羅は燭台切の前、長谷部の少し後に本丸に来ており、しばらく長谷部が世話役だった時期がある。そのせいか、大倶利伽羅は長谷部に比較的同情的な見方をしているふしがあった。燭台切に対しては昔馴染みという事で、元々あまり遠慮がないという事もあるのだろう。
「まあ、光坊だが……」
「あの光忠だ」
「光坊、だけどなぁ……」
 言い募られるたびに自信がなくなってくる。
 大倶利伽羅が長谷部の後輩なら鶴丸は燭台切の同期だった。まだ鶴丸が顕現したばかりの頃、同じ日に鍛刀された燭台切が長谷部に猛アタックをかけるのを興味深く眺めていたのをよく覚えている。頑張れ若人よ、と最初は微笑ましく眺めていたのだ。そう、最初は。
 毎日毎日燭台切が飽きもせず長谷部に話しかけ、好物を差し入れ、文をしたため、愛の言葉を囁いても長谷部は「ああ」「だから?」「そうか、俺はどうでもいい」と冷たく切り捨てていたが、それに対する燭台切の反応は「長谷部くんが返事をしてくれた!」「今日は三語も返してもらえた!」という楽観的通り越して馬鹿なんじゃないかというものだった。恋は盲目とはこの事か、と当時鶴丸は妙な感心をしてしまった。なる程、四百四病の外とはよくいったものである。これは草津の湯でも治せまい。
 同期ゆえ一緒に出陣する機会が多く大倶利伽羅という共通する友人がいた事から、鶴丸はよく燭台切から長谷部に対する悩みや惚気を聞かされていた。しかし話の内容を鑑みても、本丸での様子を見ても、長谷部が燭台切に振り向く事は永遠にないように思われた。
 だが燭台切の執念深さによる止めどないアプローチでどうにか長谷部が絆されてくれたらしく、いつの頃からか目に見えて長谷部の態度が軟化し、とうとう告白を受け入れてくれるまでになった。一部では惚れ薬の類でも盛ったのではという噂も出回ったが、真偽は怖くてたしかめたくはない。恋に狂った光忠ならやりかねない、というのが伊達出身の二人の結論である。
 付き合った当初は心配していたものの、今では仲良くやっているのを見て安心していたのだが。
「うーん……あまり本意ではないが、百聞は一見に如かずと言うしな。俺も一度こっそり様子を探ってみよう。それでいいな?」
 鶴丸の提案に大倶利伽羅がこくりと頷く。そして。

「ほら、ハートマークつけて喘ぐんだろう? やらしい事もまだ言えるよね? おちんぽだけじゃなくてちゃんと頭の方にも血液回さないと」
「やっ、にぎらなっ……あっ、ああっひんっ」
「がんばれ♡がんばれ♡」
「やあ、みつただ、ほんとに待っ……ああああっっ」

 その夜、鶴丸は最大級の驚きを得たのだった。

◆ ◆ ◆ ◆

「光坊、ちょっといいか」
「長谷部とは最近どうなんだ」
 そう言って二人は厨で一人作業していた燭台切を挟むようにして座る。右手には鶴丸、左手には大倶利伽羅、伊達包囲網の完成である。
 ちょうど絹さやの筋とりをしていたらしく、テーブルの上にはつやつやとした緑色の眩しい絹さやが山のように入った籠が置いてある。普段なら当番が他にも何人かいる筈だが、今日は出陣や遠征で本丸に残っている人数が少ない為か、運良く一人のところを狙えたようだった。
 包囲されているとは知る由もない燭台切はきょとんとした表情で首を傾げた。
「どうって、普通に順調だよ。どうしたの急に」
「……なにか方向性の違いとかで悩んでたり、言い合いになった事は……?」
「あー……まあ勿論お互い合わない所もあるけど、そこは愛の力でなんとかするというか、うん」
 鶴丸と大倶利伽羅は「危険な徴候だ」とアイコンタクトを交わした。打撃七十三になんとかすると言われても、物理的な手法しか思い浮かばない。
「あまり無理矢理はよくないぞ? そういう時は話し合いとかそういう穏便な手段でな」
「無理矢理……とまではいかなくても最終的には納得してるし、僕も妥協してるから大丈夫」
「あんたの事はどうでもいいんだ」
「なにそれひどい」
 言いながらも燭台切の手は止まらない。「っていうか暇なら二人とも手伝って」とまだ筋の取られていない絹さやの入った籠を押し付けられ、しばし三人で黙々と筋とりをする。鶴丸も大倶利伽羅も手先は器用な方なので、作業が捗ると燭台切はご満悦である。
「…………なあ、光坊」
「なんだい鶴さん」
 きみ長谷部にSMプレイを強要してるんじゃないか。長谷部が可哀想だから控えてやれ、と言いかけて鶴丸は首を振った。肝は太い方だと自認していたが、こういう事を明け透けに、しかも身内に対して話すのはどうにも憚られる。
 仕方なしに若干ぼかして伝える事にして鶴丸は再び口を開いた。
「恋人に意に染まない事を強要されて、それを愛故に受け入れるというのは健気でうつくしい自己犠牲精神だが、同時に愚かでもある。俺達はそんな愚か者を救いたいと思っているんだ」
「うん……? 何かよくわからないんだけど、つまり?」
 肝心な所でヘタレた兄貴分に溜息を付き、代わりに大倶利伽羅が答える。
「……先日二人の部屋の前であんた達が睦み合う様子が聞こえてしまって、それで、その……心配になって」
 数拍置いて意味を理解した光忠の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「えっ!? えっと、あー、ええと、そうだったんだ。なんかごめんね……?」
「だから俺達は望まないプレイを強いられてるようなら止めなければ、と思ったんだが」
「伽羅ちゃん、鶴さん……」
 なぜか燭台切が感激したように胸に手を当て、にっこりと笑った。
「大丈夫だよ。なんだかんだ言って僕達はちゃんと同意の上でああいう事をしているし、何より好きあってるからね」
 なんかこいつ話通じてないぞ、と鶴丸と大倶利伽羅は再度視線を交わした。
 しかし筋を取るべき絹さやももう殆ど残っていない。今の時間から言って他の厨当番が来るのもそろそろだろう。あまり人に聞かせたい話でもないので、二人はこのあたりで話を切り上げる事にした。
 大倶利伽羅がぽん、と燭台切の肩に手を置く。
「最後に一言言わせてくれ」
 鶴丸が後を続ける。
「無茶は程々にな」
「? うん」
 互いの勘違いに誰一人気づかないまま、不毛な伊達包囲網はそうして解除されたのだった。

 これから遠征に行くという大倶利伽羅と別れた後、鶴丸は廊下の向こうからやってくる長谷部を見つけて立ち止まった。昨夜垣間見た情景を思い出しそうになったので慌てて記憶の底の底に鍵をかけてしまっておく。
「長谷部、もう大丈夫だぞ。光忠には俺達から注意しておいたから」
「はぁ?」
 怪訝な様子でどういう事だと問いかける長谷部に簡単に事情を説明すると、特に顔色を変えないまま「ああ、なる程」と頷かれる。この辺りの落ち着きは光忠とは対照的である。
「……それは大倶利伽羅にすまない事をしたな……」
「俺はいいのかい」
「貴様がショックを受けて引きずるような殊勝なタマか?」
 ハッと鼻で笑う長谷部の姿は、昨夜聞いた声が幻じゃないのかと思える程不遜だ。これを組み敷いてる光坊ってすごいなあ、と鶴丸は若干見当違いの感想を抱いた。自分にはとてもできそうにない。一つ扱いを間違えれば食い千切られそうだ、色々と。
「しかし大丈夫なのか? ……その、無理矢理とかじゃあ……」
「問題ない。全て同意の上だ」
「脅されてるとかじゃないんだな?」
「…………俺が? あいつに?」
 目を丸くした長谷部は何かがツボに入ったらしく、くつくつと肩を震わせて笑い出した。
「ないない。むしろ俺から頼んでいるくらいだ」
「ははは! なんだ、きみも冗談がうまくなったな」
 鶴丸は笑ってバシバシと長谷部の背中を叩いた。
 この様子なら深刻な問題ではなさそうだ。鶴丸はほっと胸を撫で下ろした。恋人同士の関係など千差万別あるものなのだから、特に問題がないのならこれ以上外野が口を出すのは野暮というものだろう。
 伽羅坊にも伝えておこう、とうんうん頷いている鶴丸の耳には、長谷部が「よほどあいつに信用がないのか俺の信用がありすぎるのか……」という呟きは届かなかった。
「ん、なんか言ったか」
「いいや別に。それより、光忠は厨か?」
「ああ。絹さやの筋取りしてたぜ」
「そうか。礼を言う」

 長谷部と別れた後にどうしても二人の事が気になって厨の裏手からこっそり回りこんで窓を覗きこみ、鶴丸はひゅうと口笛を吹きそうになり、すんでの所で思いとどまった。
 燭台切が長谷部くん、と蕩けそうな甘い声で呼ぶのはいつも通りだ。しかし、それに対して長谷部が見た事もないやわらかい表情で微笑んでいた。本丸の誰にも、おそらく光忠にしか見せないであろう顔で、長谷部が恋人の名を呼ぶ。審神者相手にだって出さないような、愛情と信頼を溶かしこんだ声音だった。

◆ ◆ ◆ ◆

 鶴丸国永は驚きが好きだ。
 刺激がなくては刃生つまらない。自分以外の誰かや何かと触れ合い心を動かして、そうして初めて生きていると実感できる。
 木々のざわめき、鳥の歌。屋根を叩く雨音に躑躅の花の蜜の匂い。それに馴染みの二人が心を通わせ合って睦み合う様子など、心あたたまる素晴らしい光景だと思う。
 あの長谷部があんな風に笑うんだから、いやはやまったく、恋というものは驚きに満ちている。
 けれどそんな二人の様子を最後まで見ずに、鶴丸は来た道をするすると戻っていく。
 ――――いくら鶴丸国永と言えど、馬に蹴られるのは勘弁なのである。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!
     
タイトルとURLをコピーしました