夏空に咲くは大輪の

こころなしてとて春を知る
     

4512文字

※軽装実装前に書いた話です

 

「夏祭り、ですか?」
「そう、今度万屋街で政府主催の夏祭りがあるそうだよ」

 そう言って主が差し出して来た一枚の紙を、俺はしげしげと眺めた。

「三日間の開催で、出店や盆踊り、花火もあるらしい。本丸のみんなで行こうと思うんだが」
「皆喜ぶでしょうね」
「うん。しかし、全員で行って本丸を空にする訳にはいかないし、屋台にどんなものがあるのか下調べもしておきたい。そこで、先遣隊を作って一日目に行ってもらい、二、三日目に残りの全員を二組に分けて赴こうと思うんだ」
「よいお考えだと思います」
「その先遣隊は、君と燭台切に頼みたい」
「は……?」

 言われた内容が一瞬理解しきれず、俺は口をぽかんと開けて間抜けな声を出してしまった。
 そんな俺を見て、主はおかしそうにくすくすと笑い声を立てる。

「要はデートというやつだね。このところ大阪城や戦力拡充で忙しかったし、久々に二人きりで楽しんでおいで」
「え、ええと、その、」
「長谷部、主命だよ」
 そう言われてしまえば俺に否やはない。
……しゅ、主命とあらば」
 そういうことになった。


 ふわふわと夢見心地のような気分で主の部屋から立ち去り、自室に戻ろうとした所で、歌仙の部屋から出てきた光忠とかち会った。

「あれ、長谷部くん。どうしたのこんな所で」
「主から呼ばれてな」
「珍しいね。次の遠征任務でも貰った?」

 俺ははっと気づいて祭りの詳細用紙をそのまま光忠の胸に押し付けるようにして渡す。

「ああそうだ。俺とお前で遠征をしてこいとのことだ」
「へえ、夏祭り? いいね。楽しそうだ」
 光忠は手元の紙に視線を走らせると、にこりと笑った。
「言っておくが遊びではないぞ。主始め本丸の皆が二、三日目に祭りに行くから、その為の先遣隊だ」
 主公認のデートであることは伏せておくことにして、俺は取り繕うように早口でまくし立てる。

「というと、屋台の種類や数を数えたり?」
「どんな花火が上がるかとかな」
「そうすると、盆踊りもどんなものか見ておいた方がいいね」
「トイレや休憩所の位置も把握しておくつもりだ」
 光忠は何度か頷き、ふふ、と笑い声を上げた。
「うん、楽しみだ」
「だから、これは遊びでは、」
「わかってるわかってる。……主には後でお礼を言わなきゃね」

 すべて見透かした顔で光忠はちらりと主の部屋に視線をやってから、再び俺に向き直った。
「僕は君とお祭りに行くのが楽しみだよ。君は?」
 蜜色の瞳にまっすぐに覗き込まれてしまい、俺は顔に血が上ってくるのを感じた。恋人になってからそれなりに経つものの、未だにこの瞳には弱いのだ。
……お、俺も、嫌では、ない」
「そう」
 そうかあ、とふわりと笑われて、ますます顔が熱くなる。鼓動の音がどくどくと耳元でうるさい。こんな状態で、当日俺は無事でいられるのだろうか。
「ああ、そろそろ厨に行かなきゃ。またね、長谷部くん」
 そう言ってひらひらと手を振りながら光忠が去っていく。その背中が廊下の角を曲がって消えるまでぼうっと見つめていると、突如後ろからにょきっと腕が伸びてきて俺の両肩を掴んだ。

「はーせーべっ」
「うわっ」

 振り向くと、そこには悪戯っぽい笑顔を浮かべる加州清光が立っていた。
「話は聞かせてもらったよ! 燭台切と夏祭りデートだって? やるじゃん」
「だから、デートでは」
「はいはい。で、当日は何着ていくかもう決めてる?」
「あくまでも夏祭りの視察だからな。当然動きやすい戦装束か内番着で、」
「はあ? 馬鹿なの?」
 びしっと爪紅の塗られた人差し指が俺の鼻に突きつけられる。
「せっかくのお祭りなんだよ? とびっきりお洒落しなくちゃ勿体無いってば」
「しかし、」
「大体さ、あの伊達男が何のお洒落もせずに夏祭りに行く訳無いじゃん。そんな燭台切の隣でお前普段着で並べるわけ?」

 確かに言われてみればそうだった。あの洒落者が夏祭りなどという大舞台に普段着で挑むとは到底思えず、そしてそんな光忠の隣に普段着の俺が並んでは、燭台切に恥をかかせてしまうことにもなり得る。それだけはなんとしても避けたかった。
「だが、どうすればいい。俺はお洒落なぞ到底わからんぞ」
「だーかーら。俺が手伝ってやるって言ってんの!」
 パチンと綺麗に片目を閉じて、加州がにんまりと笑う。

「俺がとびっきりの浴衣、見繕ってあげる」

 それから夏祭りの間、俺は空いている時間をひたすら加州や、何故か途中から参戦してきた乱や次郎、歌仙にまであちこちを連れ回され、人形のように色々とあれもこれもと着せられては脱がされ、脱がされては着せられた。

「長谷部さんの瞳の色に合わせて藤色は入れるべきだと思う!」
「いやいや、補色を使うっていうのも粋だよ? ここはいっそ黄色の小物をこう……
「香水かぁ……僕は服に香を焚きしめた方が雅だと思うんだが」
「燭台切の好みに合わせた方がいいでしょ。あいつムッツリっぽいからちょっと清楚系な方向で行こうよ」

 そんなこんなで、ようやく皆の意見が一致した頃には、夏祭り出発の直前になっていた。
「完っ璧!」
「会心の出来だよ」
「長谷部さん素敵ー!」
「さあ行っといで!」
 四人から太鼓判を押され、逸る気持ちを押さえながら、下駄の音をカラコロと鳴らしながら光忠との待ち合わせ場所である本丸の門へと向かう。
 既に光忠は門の前に立っていて、俺の足音に気づくとぱっと顔を上げてこちらに手を振った。

「長谷部くん」
「すまん、待たせたか」
「いいや、僕も今来たところだから」

 そんなこそばゆいやり取りをしつつ、俺は改めて光忠の全身を見る。
 薄黒のしじら織の浴衣に、黒地に金糸の入った角帯を貝の口に締めた姿は大層粋だった。薄く香るのはいつもとは違う香りで、今日に備えて新調したのだろうか。鼻がすうっとするような爽やかな香りがした。
 対する俺は、薄灰の地に紫綱と唐草が描かれた浴衣に、濃紺の角帯をやはり貝の口に締めている。つけているのは加州イチオシのネロリとやらの香水だ。詳しい香りについてはノートがどうとかラストがどうとか説明を受けたが俺にはさっぱり覚えられなかった。
 気づけば光忠が真顔でこちらを見つめているものだから、俺は内心ものすごく慌てた。
「な、何かおかしなところでもあったか?」
 うちの本丸きっての洒落者達に選んでもらったのだから間違いはないと思うのだが、万一光忠の好みではなかったらどうしよう。わたわたと慌てる俺に、光忠はふっと目元を緩めた。

「いいや、すごく似合ってるよ」
「ありがとう。……おまえも、その、すごく似合っている」
「よかった」

 じゃあ行こう、と光忠が俺の手を引いて歩き出す。
 手袋越しにもわかるその手のあたたかさに、俺は安堵とときめきを同時に感じるのだった。


「ええと、たこ焼き、焼きそば、チョコバナナ、焼き鳥、じゃがバター……
「お好み焼きは手前の店の方が安かったな」
「でも奥の店は肉が多めに入っていたよ」
……よく見てるな。なら報告書にはそのように書いておこう」

 休憩所のベンチで盆踊り会場の方から響いてくる祭り囃子を聞きながら、俺と光忠は手元の帳面へさらさらと祭りの報告を書き連ねていく。
 机の上に所狭しと並べられた食べ物や景品を見て、光忠が感心したように溜息をついた。

「いっぱい買ったねぇ」
「視察だし、経費で落ちるからな。食べきれなかった分はあとで御手杵や同田貫辺りに差し入れよう」
「いいね、喜ぶと思うよ。主にお土産も買ってく?」
「そうだな。あの方は変わったものが好きだから、帰りに点滴ソーダとやらでも……

 そんなことを話していると、夜空がぱっと明るくなった。反射的に空を見ると、大きな菊花が夜空いっぱいに広がっていた。花火だ。一拍遅れてドォンという重い音が聞こえてくる。

「花火、始まったみたいだね」
「そうだな」
「そっち側に座ってもいい?」
…………ああ」

 頷くと、机を挟んで向かいに座っていた光忠がこちら側に移動してくる。男二人分の体重に安物のベンチがみしりと軋んだ。
 ベンチの上に置かれた俺の手に、光忠の手がそっと重なり、指が絡められる。

「おい、」
「いいじゃないか。みんな花火に夢中だし見てないよ」
「それは、そうだが」

 祭り会場にはカップルらしい二人組の姿も少なくはなく、こうしてベンチに並んで座って己の世界に浸っているのも俺達だけではない。しかし、だからといって恥ずかしくないと言ったら嘘になる。
 せめてもの抵抗に、俺は光忠から無理矢理顔を背けて空を見上げた。
 生温い空気に、祭囃子の笛と太鼓、ぼんやりと薄闇を照らす提灯の灯りと、濃紺の空を明るく輝かす花火たち。
…………来て、良かった」
 聞こえるか聞こえないくらいの声でぽつりとそう零すと、無事に隣に届いたらしく「僕もだよ」と光忠が手に力を込めてきた。

「また君とこうしてお祭りに来たいな。来年もその先も、ずっと」
……ああ」
「その時は、さ」
「なんだ」
「僕に君の服を選ばせてくれないか」

 いつもより少しだけ硬い声で、光忠が告げる。

「今日の君もすごくお洒落で素敵だけど、次は僕が君の魅力を引き出してあげたい」

 どんな顔でそんなことを言ってるのかが気になって、俺はそろそろと後ろを振り向いた。
 そこにいた光忠は奥底に炎を灯した瞳で、怖いくらいに真っ直ぐに俺を見据えていた。

「特に、君の香りは僕が選びたい」

 ぼん、と音が立つくらい一気に顔が火照るのがわかった。周りから鈍いと言われることの多い俺にだってわかるくらいの、一途な独占欲。そんな強い感情を、光忠が俺に抱いている。その事実は俺の心臓を早鐘へ変えるには充分だった。
…………わ、かった」
 乾いた唇をどうにか動かしてそう言うと、光忠は「約束だよ」と微笑んで、きゅうと手を握りしめてくる。

『それでは、本日最大の四尺玉を打ち上げます。三、二、一………

 カウントダウンを告げる放送とともに、一際大きな花火がぱっと夜空に広がった。わあ、と周りから歓声が上がる。
「! 見ろ、みつた」
 言い切る前にぐいと腕を引かれる。瞬間、唇をやわらかいもので塞がれ、すぐに離される。
 周囲は夜空に釘付けで、誰一人こちらなど気にも止めていない。その隙をついた口づけだった。
 何も言えずにぱくぱくと口を開け閉めする俺に、光忠は悪戯の成功した子供のような顔で笑って見せた。そして、そっと俺の耳元に唇を寄せる。

……ねえ、今夜、君の部屋に行ってもいい?」

 答えは言わずともわかっているくせにそんなことを言うのだから、存外こいつは意地悪だ。
 俺は了承の意を示すために光忠の手をそっと握り返して、掠めるようなキスを返した。

 来年も再来年もその先もずっとずっと、俺はこんな風に心臓をかき鳴らされたり、甘やかに胸を締め付けられたりし続けるのだろう。他ならぬ光忠の隣で、笑ったり泣いたりしながら。
 それはきっととても幸せなことなのだと、そう思う。

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