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1.この俺がネコだなんてありえない!
長谷部国重は目の前の映像に絶句した。
『ぁあッ、あっ、やあ、も、いきたくない、やらっ』
『大丈夫だよ。ほら、ここ、ぐーって押すと気持ちいいね? 気持ちいいって言ってごらん』
『いいっ……きもちぃ、から、も、そこ、突くな、あ、ァあああ……!』
『ははっ……長谷部くん、かぁわいい』
「これ、なーんだ?」
スマートフォンをかざした悪魔がにんまりと笑う。
夢ならどうか醒めてくれ。そう思うのに、体中の軋みと尻穴の異物感がそれを許してくれそうにはなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
長谷部国重と言えば新宿二丁目界隈で知らぬ者はいないというタチ専門の、言わばバリタチのゲイである。
百七十八センチの高身長にすらりと引き締まった体躯、左右対称で均整の取れた顔、色素の薄い髪と、同色の長い睫毛に囲まれた神秘的な藤色の瞳。耳に心地よいテノールの声。
そんな長谷部が本気になって抱けない男はいないと二丁目ではもっぱらの噂で、長谷部自身もそう思っていた。つい最近までは。
その自負を覆したのが、二丁目に流星のごとく現れた、アメリカ帰りの燭台切光忠である。
伊達政宗が所有していたという日本刀と同じ名前を冠したこの男、なんと全てがパーフェクトだった。
日本人男性の中では高身長な長谷部よりもさらに八センチ高い身長に、鍛え抜かれみっしりと筋肉のついた身体、西洋人形のごとく華やかで整った顔、腰に来る低音ボイス、ワイルドでミステリアスな印象の眼帯。
正直に言おう。めちゃくちゃ長谷部のタイプだった。元々自他共に認める面食いの長谷部は、アメリカ帰りというこの毛色の変わった極上の餌にさっそく飛びついた。同じバーカウンターに座り、なんやかんや言いくるめてカクテルを一杯奢り、世間話をして脈ありとわかって、じゃあホテルにでも、と話が進んだ時に、「ちょっと聞きたいんだけど、」と手を上げたのは燭台切の方だった。
「僕、バリタチなんだけど、君はウケなんだよね?」
交渉は決裂した。
このバリタチの長谷部国重を捕まえてなんたる言い草、なんたる侮辱。どんな屈強な男のケツすらとろふわのケツマンに変えて掘ってきたタチの中のタチとして聞き捨てならない。掘られるのは俺のケツじゃない、おまえのケツだ……!
長谷部はそれ以来、この燭台切を目の敵にしていた。さらに良くなかったのが、長谷部が狙った相手と燭台切の狙った相手がバッティングする事が多かったことである。天秤にかけられた結果、僅差(だと思いたい)で燭台切を選ばれる事も一度や二度ではなかった。
「よくもまあハイエナのように人の獲物を掻っ攫えるものだな。プライドはないのか?」
「目移りされる程の魅力しかないのによく言えるよ。自分磨きでもして出直してきたら?」
そうなるともう意地の張り合いである。長谷部は燭台切の、燭台切は長谷部の狙った相手を互いに奪い合い、二丁目界隈はしばしば二人による仁義なき狩り場へと変貌した。しばらくするととうとう「あんた達、もううちに来ないでくれ」と言ってくる店も出てきてしまった。それもこれもすべて燭台切のせいだ、と毒づいて、長谷部はまた見目のいい、清潔感のある男を探して夜の街へと繰り出すのだった。
そんなある日の事である。長谷部が最近できたというバーでいつものように男を引っかけていると、相手が長谷部に一杯奢りたいと言ってきたのだ。お言葉に甘えてバーテンダーからブルーマンデーを受け取り、気分よく飲んでいると、突然眠気が襲って来た。長谷部は酒には強い方である。カクテル一杯で前後不覚になるなんてありえない。
(こいつ、バーテンに何か盛らせたな……!)
にやにやと下卑た笑みを浮かべた相手が、ぐらりとカウンターに倒れ込む長谷部に手を伸ばそうとした時、後ろから黒革の手袋に包まれた手がその腕を捻り上げた。
「こういうやり方は感心しないなぁ」
燭台切光忠だった。
「ねえ、通報されたくなかったらとっとと彼から手を引いて貰えるかな?」
元々きつい顔立ちでガタイのいい燭台切が凄めば、効果は覿面だった。すごすごと帰る男と、慌てて店じまいを始めるバーテンを尻目に、燭台切が長谷部に声をかける。
「長谷部くん、生きてる?」
「うる、さい……。恩でも売った、つもりか?」
「まあそんなところかな」
よいしょ、と声をあげて燭台切が長谷部の身体を抱え上げる。
「ここに放置する訳にもいかないし、家まで連れてくね」
返事も聞かず、燭台切は朦朧とする長谷部を運んだままタクシーに乗り込み、長谷部の知らない住所を告げる。
連れて行かれたのはいかにも高給取りが住んでますといった風な小綺麗なマンションで、そのまま華やかなエントランスを抜けてカードキーで中に入り、あれよあれよという間に燭台切の家の寝室と思しき部屋に連れ込まれた。
「水飲めそう? それとも吐いちゃう?」
「へ、いきだ」
くらくらする頭を抑えつつ、ペットボトルに入った水を受け取る。糊の利いたパリッとしたシーツに手をついて体を支えながら、なんとか冷えた水を飲むと、少しだけ眠気が引いてきた気がする。それでもまだ、体は泥のように重い。
「……燭台切、礼を言う。貴様に恩を作るのは癪だが、助かった」
長谷部の言葉に返事はない。怪訝に思った長谷部が頭上に視線を向けると、「うーん」と燭台切が苦笑していた。
「礼を言うのはちょっと早いんじゃないかなぁ」
「は?」
ベッドのスプリングがぎしりと鳴る。燭台切が長谷部の脇に手をついて顔を覗き込んで来たのだ。蜜色の瞳が長谷部の瞳を捉えて、うん、と頷く。
「……やっぱり、見た目はすごく好みなんだよね」
「なに、」
何を言っているんだ、と言いかけた次の瞬間、唇に柔らかいものが触れる。次いで、口内に差し込まれるぬるりとした感触。
キスを、されている。
ひらひらした薄い舌が長谷部の口の中を探るように蠢き、歯列を裏側から舐められる。吸い出された舌に軽く歯を立てられた時には思わず腰が重くなった。
「ん、やめ、ろ……っ!」
力の入らない腕で、それでもなんとか厚い胸板を押し返すと、大した抵抗もなくすっと身を離される。
は、は、と浅く息を吐きながら燭台切を睨みつけると、燭台切は唇をぺろりと舐めて目を細めた。
「うん、その表情。いいね。ぞくぞくする」
まるで肉食獣が獲物を見定めた時のようなその視線に覚えがあって、長谷部は思わずベッドの後ろへと後ずさった。
「やめろ、燭台切。今ならまだ、許してやる」
「何を?」
「……貴様がしようとしてることを、だ」
「へえ? でも心配は無用かな」
しゅる、と音を立てて燭台切がネクタイを外し、ベッドへと乗り上げる。逃げようと動いた長谷部の腕は、たやすく掴まれて頭上にひとまとめにされる。
「燭台切っ……!」
「ねえ、長谷部くん」
身を捩って逃げようとする長谷部の耳元に、吐息まじりの声が注ぎ込まれる。
「君をとびっきりのネコちゃんにしてあげる」
気づけば長谷部はベッドの上で朝を迎えていた。
見慣れない部屋と全身の倦怠感、尻の異物感は全力でスルーする事にして、長谷部は呻きながら頭を抱える。昨夜の事はどうか夢であってくれ。
「あれ、長谷部くん起きたの?」
ぎぎぎ、と音がしそうな程ぎこちなく振り返る長谷部の視線の先には、シャワーを浴びてすっかり身だしなみを整えた燭台切が立っていた。
「しょく、だいきり」
喉が掠れている。がさがさとした自分の声に長谷部が思わず舌打ちすると、燭台切はふっと笑ってよく冷えたペットボトルを手渡してきた。
「昨日は散々鳴かせちゃったからね。腰は大丈夫? できるだけ優しくはしたつもりだけど」
「……昨日」
「そう。かわいかったなぁ、昨日の長谷部くん。最初はやだやだやめろ馬鹿死ねって悪態ついてたのに、じっくり前立腺マッサージしたら泣いてよがっちゃってさ。『やめろ、ケツでイきたくない、お願いだ』って僕に縋りついてきて――」
「嘘だ!!」
反射的に否定すると、燭台切は無言でベッドヘッドに置いてあったスマートフォンに手を伸ばした。そうしてしばらく何やら画面を操作してから、長谷部の眼前にそのスマートフォンをつきつける。
「これ、なーんだ?」
長谷部国重は目の前の映像に絶句した。
『ぁあッ、あっ、やあ、も、いきたくない、やらっ』
『大丈夫だよ。ほら、ここ、ぐーって押すと気持ちいいね? 気持ちいいって言ってごらん』
『いいっ……きもちぃ、から、も、そこ、突くな、あ、ァあああ……!』
『ははっ……長谷部くん、かぁわいい』
スマートフォンをかざした悪魔が、青ざめる長谷部の様子を見てにんまりと笑う。
夢ならどうか醒めてくれ。そう思うのに、体中の軋みと尻穴の異物感がそれを許してくれそうにはなかった。
「…………うそだ」
「嘘じゃないよ。君はネコちゃんになったんだ。男を銜えてよがり狂う、淫乱なメスにね」
「嘘だ!」
長谷部は枕を燭台切の顔に思いきり投げつける。ぼすっとくぐもった音を背後で聞きながら、ベッドの脇に乱雑に落ちていた服を拾い集めて袖を通して玄関まで向かった。長谷部くん、と呼び止める声は無視して、玄関の三和土に投げ捨ててあったカバンを引っ掴んでそのまま外に出ていく。
燭台切のマンションは幸い駅の近くだったらしく、標識の案内に従って進めば聞き覚えのある駅に辿り着いた。駅に入るやいなや、真っ先に男子トイレの個室に駆け込んでベルトを緩め、スラックスと下着を下ろす。どろりとした液体が尻の割れ目に従って太腿に垂れる感触がして目眩がした。生種つけられた。最悪だ。
生ぬるい便座に腰掛けてウォシュレットで尻を洗いながら、長谷部は情けなさで涙が出た。バリタチとしての、いや、男としてのプライドをへし折られた気分だった。
「っくそ……!」
全部全部、燭台切のせいだ。
◆ ◆ ◆ ◆
あれから一週間が経った。一週間もあれば長谷部にだってある程度冷静さが戻ってくる。
この間のあれは薬で前後不覚になったが故の失態であって、長谷部の責任では一切ない。ノーカンと数えてもいいのではないだろうか。犬に噛まれたようなものだ。忘れるに限る。
そんな苦しい言い訳を自分に信じ込ませて、長谷部はどうにかこうにか己のプライドを繋ぎ止めていた。
平日中は仕事に溺れるようにして過ごし、念願の週末がやって来た。長谷部は何度か抱いたことのあるネコの連絡先をスマホから引っ張り出し、「今夜会えるか」と連絡をした。しばらくして既読がつき、了解のスタンプと待ち合わせの時間と場所がメッセージアプリに表示されるのを見て安堵する。
あんなのは一夜の過ちだ。またいつも通りに男を抱けば元の自分に戻れるはず。なんたって自分はバリタチなのだから。
その晩、長谷部は男同士でも利用できる小綺麗なラブホテルの近くで約束したネコと落ち合い、フロントで適当な部屋を選んでエレベーターに乗った。誰もいないのをいいことに男の尻をすっと撫でると、自分より若干低い位置にある男の頬が赤く染まる。素直にかわいいな、と思った自分に内心でガッツポーズを取った。これだ。これこそがバリタチの在るべき正しい姿である。
煙草の匂いの色濃く残る部屋に入るなりキスをしかけて、相手の腰が砕けかけてきたところで背中を支える。息の乱れた相手の耳元で「もう感じたのか? いやらしいな」と軽く詰ると、恨めしそうに睨まれるが、こんなのは雰囲気を盛り上げる為だけの前戯だとお互い承知の上である。
ぴんと伸ばされたシーツの上に拗ねた様子の男を余裕を持ってゆっくりと押し倒していく。スプリングがキイと安っぽい音で軋んだ。
男のシャツのボタンをゆっくりと外していく仕草も手慣れたものだ。時折くすぐるように胸元や脇腹に手を滑らせれば、はあと熱い息が男の唇から漏れる。
シーツの上に寝そべりながら期待の目でこちらを見上げてくる己のネコに、長谷部は見せつけるようにことさらゆっくりとネクタイを緩めて抜いた。
「どうしてほしい?」
ベッドの上でネコと行う、こういう駆け引きが長谷部は好きだ。見えない主導権を互いの間で引き合うような、甘く張り詰めた緊張感が肌に心地よい。
「さ、わって」
「どこを?」
笑みを崩さないまま顔を覗き込むと、恨めしげに男が唇を噛んだ。
「意地悪……」
「そうだな。で、どこだ?」
「……ここ」
男は蠱惑的な表情で長谷部の右手を掴み、胸元へと引き寄せる。
「ねえ、シて」
反対の手で後頭部を引き寄せられ、キスを強請られる。そういえばこの男は甘えただった。かわいい奴め、と征服者の顔で長谷部は男に唇を寄せた。
「じゃあ、また」
「うん。……その、疲れてるみたいだし、無理するなよ」
そう言われてホテルの前で男と別れて、長谷部は深い深い溜め息をついた。
こうなった原因は、思いつく限り一つしかない。そう思い至るやいなや、長谷部は燭台切に文句を言うべくスマートフォンを起動した。いつの間にかスマートフォンに登録されていた燭台切の連絡先を画面を突き破る勢いでタップしてコールする。
何度かのコール音の後に、『もしもし』と声が聞こえるが早いが、長谷部は電話先の憎い男の名を叫んだ。
「燭台切ぃ!!」
『やあ、長谷部くん。どうしたんだいこんな夜に』
「貴様、俺に何をした!!」
『うん? 何のことかな』
「あの晩! 俺に! 何かしただろう!」
『何か?』
特に思い当たる様子もないゆったりとした口ぶりに思わず舌打ちする。
「貴様、しらを切るつもりか」
『待ってよ、何が何だかわからない。きちんと説明して貰える?』
「…………なかった」
『は?』
「前で!! イケなかったんだ!!」
長谷部がネコの男に挿入してしばらくしても、長谷部は絶頂を迎えることがなかった。バリタチの威信にかけてなんとか男をイかせることはできたものの、長谷部は射精できないままだった。不憫に思った男からお掃除フェラをされても、長谷部のペニスは硬くなるだけで、そこから精液を吐き出す事はなかった。今夜はホテルに宿泊の予定だったが、とうとう男から「今日は疲れてるみたいだし、ゆっくり休みなよ」と気遣われて別れを告げられ、長谷部のプライドは二重に傷ついた。
簡単に経緯を説明すると、燭台切が低い声で呟く。
『…………へえ。なるほどね』
電話越しにもわかる美声が長谷部の鼓膜を震わせる。
『で、君は僕にどうしてほしいのかな』
「っ……」
特に考えてなかったので思わず口ごもる。何か一言文句を言いたくて、それで。俯いて下を見ると何度も踏まれて黒ずんだガムの跡が目についた。みっともなくコンクリートにへばりついたままのガムは、長谷部のバリタチとしてのプライドを思わせた。ぎりりと唇を噛むと口の中にじんわりと血の味が広がる。
そんな長谷部の様子を見透かしたようにバリトンボイスが言葉を連ねていく。
『まさか謝ってほしいの? 頭を下げて「ゴメンナサイ」って言って、それで君の気が済むならやってあげてもいいけど、でもそれって結局根本的解決にはならないだろう?』
「……根本的、解決」
長谷部くん。艶のある低音がねっとりと長谷部の名前を呼んだ。
『ねえ、認めちゃいなよ。君はもうネコなんだよ。バリタチじゃなくてさ』
「そんなことは!!」
『じゃあ、今から僕のマンションにおいでよ。証明してあげるから』
罠だ。わかっている。長谷部の長年のバリタチとしての経験からして、燭台切の魂胆は見え見えだった。この男、うまいこと言って長谷部をもう一度抱くつもりでいるのだ。
それでも、長谷部のバリタチとしてのプライドを取り戻す為には、きっと燭台切を抱き返すことが必要不可欠だ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。長谷部を再び抱こうと手ぐすね引いて待っている燭台切を油断させ、なんとか主導権を握って奴の尻をガン掘りしてやる。イけないだけで勃ちはするのだから不可能ではない筈だ。
それが長谷部にできる燭台切への唯一の復讐である。
そう思い直して、長谷部は了承の返事をした。
「わかった。今から行く」
記憶を頼りにあの因縁のマンションに着くと、一階のエントランスには既に燭台切が立っていた。
「やあ、早かったね」
「とっとと済ませて帰りたいだけだ」
「そういうことにしておこうか」
長い脚に一発蹴りを入れようとしたが、そんな反撃はとっくに見透かされていたようでひょいと避けられた。くそ、と毒づく長谷部の肩をゆっくりと抱きながら燭台切が告げる。
「じゃあ行こうか」
その甘ったるい声と置かれた手の感触に鳥肌がぶわりと立つ。反射的に手を払い落とすと、やれやれと肩を竦められた。その余裕ぶった態度に腹が立つ。しかしあと一時間後にはこの男は俺の下でアンアン喘いでいる筈なのだ。そう思い込むことにして心の平静を取り戻す。
大理石の貼られた豪奢なエントランスをつかつかと横切って高層階用のエレベーターに入る。
どの階なのか、とコンソールの前で手を止める長谷部に、後ろから声がかかる。
「三十二階だよ」
「…………」
長谷部は無言で三十二と書かれたボタンを人差し指で強く押した。ぼんやりとしたオレンジ色の光がボタンに灯る。
静まりきったエレベーターの中、長谷部は隣に立つ男の存在を可能な限り無視するため無駄に円周率を数えていた。心頭滅却すれば火もまた涼し。こっそりと燭台切の横顔を見ようとしたが、眼帯側だったのであまり表情が読めなかった。ファック。
低い機械音と体全体にかかる浮遊感、ピンポンと間の抜けた到着音が、エレベーターが目的の階に着いたことを示す。
前回来た時には気づかなかったが、これだけ広いマンションなのに、エレベーターホールから見えるフロアには数軒の家のドアしか見当たらない。これがセレブか、と言いようのない敗北感に打ちひしがれつつ、長谷部は『燭台切』と表札のかかったドアの前につかつかと歩いていく。
「待って待って。鍵開けるから」
燭台切はポケットから取り出したカードキーをドア横のコンソールにかざすと、ピピ、と電子音が鳴ってドアが解錠された。
「…………お邪魔します」
「どうぞ。入って」
玄関を開けて靴を揃えて脱ぐ。そうして長谷部は虎穴……もとい、燭台切の家の中へと足を踏み入れたのだった。
長谷部にスーツ用のハンガーを渡しながら燭台切はにこりと笑う。
「シャワー浴びてきなよ。それとも浴びないでする方が好み?」
「……浴びてくる」
「洗ってあげようか?」
「ぬかせ」
脱いだジャケットとスラックスをハンガーにかけたものを燭台切に投げつけるようにして渡すと、長谷部は案内された風呂場にずかずかと入っていった。
既にホテルで帰る時にシャワーを浴びてはいたので、ざっとお湯を浴びる程度だ。そして、ものすごく不服だが、尻の穴も念の為準備せねばなるまい。万が一、億が一、長谷部が燭台切を押し倒せずに燭台切に掘られてしまった場合、尻が裂けたりして血を見るのは長谷部としても勘弁願いたい。これは自分の身を護る為の防護策なのであって、自分がネコになった訳ではない。そう言い聞かせながら、念入りに尻穴の処理をしていく。
自分の指がシャワーのお湯とともに腹の中をかき回す感触はまるでエイリアンが蠢いているようで気持ち悪く、陰茎の方はぴくりともしない。当然だ、と長谷部は頷く。なんたって俺はバリタチなのだから。
指が三本ほど入ったところでようやく指を抜き、棚にそびえ立つボトルの中からボディソープを見つけて指先を入念に洗う。これで準備完了だ。
シャワールームを出て、用意してあったタオルで全身を拭いて着替えようとして、着替えがないことに気づく。
「おい、燭台切。俺の着替えをどこにやった」
ドアをうっすら開けて問いかけると、のんびりとした声が返ってくる。
「皺になっちゃうからまとめてハンガーにかけておいたよ。代わりにバスローブが置いてあるだろう?」
そう言われると、なんとも返す言葉がない。どうせこの後は脱ぐだけの服である。着てきた服を取り戻すのは早々に諦め、置いてあったふかふかのバスローブに袖を通す。さすがというかなんというか、ラブホテルによくあるペラペラでごわごわのものとは比べ物にならないくらいの上質さだ。厚手で肌触りがいい。
「……上がったぞ」
「おつかれ」
「貴様は入らないのか」
「僕は君が来る前にシャワー浴びちゃったから。ああ、せっかくだしお酒とか飲む?」
「結構だ」
以前のように怪しげな薬を盛られないとも限らない。用心には用心を重ね、長谷部はきっぱりと断った。
「それより、さっさとベッドに行くぞ」
「……そういうのも嫌いじゃないけど、僕はもっと色気のある言い方の方が好きかな」
言い終わるよりも早く、長谷部は燭台切の首に腕を絡めた。そのまま焦らすように端から舌で唇の輪郭をなぞり、ゆっくりと唇を重ねる。そうして吐息が触れ合うくらいの距離で挑戦的に燭台切の蜜色の瞳を見上げて蠱惑的に笑ってみせた。
「…………こういう風に、か?」
「……いいね。悪くない」
リップ音を立てて軽い口づけを返すと、燭台切は長谷部の腰を抱えるようにしてベッドルームに連れていく。ダークブラウンの木製のドアを開けると、間接照明の点いた薄暗い部屋の真ん中にダブルサイズのベッドが鎮座していた。
皺ひとつなくベッドメイクされたシーツの上に、燭台切は長谷部を慎重に押し倒した。長谷部くん、と甘ったるい声が名前を呼ぶ。
「それじゃあ、長谷部くん。今夜は僕の所に来てくれてありがとう。お礼にすっごく気持ちよくシてあげるから、存分に鳴いてね?」
「ハッ! 言っていろ。俺の下で鳴く羽目にさせてやるからな」
「へえ、驚いた。まだ僕を抱く気でいるの?」
「当たり前だ」
そう言ってぐいと燭台切の肩を押し返し、寝技の要領でくるりと体勢の上下を入れ替えた。
「俺はバリタチだ。この間のあれは薬のせいに過ぎない。今度は俺が貴様を抱いて、それでチャラだ。覚悟しろ、燭台切光忠」
「うーん、いいね。気の強い子を屈服させるの、僕だぁいすき」
バチ、と肉食獣二人の間に見えない火花が散った。
ちゅ、ちゅく、と粘ついた水音が部屋の中に響く。さすが界隈で長谷部と共に名を馳せただけのことはあり、燭台切はキスが上手かった。だが、と思う。長谷部だって、負けてはいない。
「……っ」
舌をなぞるように舐め、口蓋の部分をねっとりと甚振ると、がっしりとした男らしい体躯が自分の下でぴくりと動いた。わずかに離した唇の隙間から熱い吐息が漏れる。燭台切の足の間をそっと膝で押し上げると、そこは既に硬くなっていて、長谷部は思わず唇をにやりとつり上げた。
「はっ、キスだけでチンコ硬くするとは、はしたない奴だなァ? 燭台切」
濡れた唇を舐めながらそう告げると、燭台切はとくに恥じた様子もなくふふふと笑った。
「そういう君だって、ここ硬くなってるけど?」
「っ!」
摘ままれたのは乳首だった。バスローブの上から駄目押しのようにカリ、と長い指で引っかかれて息が詰まる。
「この間はあんまり弄ってあげられなかったけど、今夜はたっぷり苛めてあげるね? ピンク色でかわいい、長谷部くんの乳首」
「……神経通ってるんだ、感じるのは当たり前だろ」
「そう?」
長谷部は無言で燭台切の唇を自分のそれで塞ぐと、燭台切のシャツのボタンをぷちぷちと脱がせ始めた。開いたシャツの隙間から手探りでまだやわらかい燭台切の乳首を見つけると、乳輪からなぞるように撫でていく。顔に当たる鼻息が軽く乱れる。
(こいつだって、感じてるじゃないか)
そう思うと愉快な気分だった。薄目を開けると、わずかに眉値を寄せたセクシーな美貌が視界に入る。前々から認識してはいたが、やはりこの男、顔がいい。
(……見た目は正直、好みなんだよな)
そんなことを思いながら反対の乳首にも同じように手を伸ばしかけたところで、長谷部の胸を燭台切の長く太い指がまさぐった。
「っおい、俺はいい!」
「どうして? せっかくのセックスなのに。お互い楽しもうよ」
「……ぐ、」
そう言われてしまえば無闇に抵抗するのも無粋というものだ。
渋々とキスを再開すると、長谷部の胸への愛撫も再開された。
指でそっと擦るように、さわさわと撫でるように。くすぐるような一連の動きに長谷部の息が乱れていく。
(く、そ……!)
負けじと燭台切の乳首をやんわりと摘み、先端をくりくりと責める。
「っふ、ん……」
気持ち良さそうな声に気分が上向きかけたが、不意に燭台切の指が長谷部の立ち上がった乳首をきゅうと摘まんだものだからたまらない。
「ぅ、ん!」
さんざんやわらかく焦らすように愛撫されてきた胸に鋭い刺激が走り、思わず腰が揺れる。揺れたはずみで布越しに互いの性器が擦れ合って気持ちがいい。燭台切も同様のようで、悩ましげに熱い息を吐いた。ならばと中を穿つ時のように軽く腰を動かしながら燭台切の乳首を責めた。
キスをしながら互いに胸をまさぐりあい、布越しとはいえ甲合わせをしていると、段々と快感で頭にもやがかかってくる。
ぷは、とどちらからともなく唇を離すと、吸われ続けてぽってりと赤く腫れた長谷部の唇を、燭台切の親指が拭うように撫でた。
「ふふ。腰へこへこしちゃって、かーわい」
言葉と共に今度は思わぬところに手が伸びてきて焦った。尻に、燭台切の手が触れている。
学生時代は陸上をやっていた長谷部の、引き締まった尻を揉み込むように両手が動かされる。
「くそ、やめ、っんん!」
引き剥がそうと身を捩ろうとした時、胸にぬるんとした感触があった。舌だ。燭台切が体をずらして長谷部の乳首を舐めていた。
「ぁっ、ん、やめ、」
胸をちろちろと舐められて腕から力が抜け、余計に燭台切に胸を押しつける形になってしまう。尻を撫でていた手は今度はするりと太股を撫で、また尻の割れ目へと戻っていく。ぞわぞわとした、怖気とも快感ともつかない感覚が下半身から上ってくる。
「あれ、準備してきたの? もしかして挿れられるの、期待してた?」
念のため慣らしてきた穴の縁をくるくると撫でられてぎくりとした。燭台切がべろりと舌で己の唇を舐める。
「じゃあ、期待に応えないとね」
「やめ、っっっっ!」
言い終わる前に指を一本挿し入れられ、息が止まった。
「うーん、慣らしたとはいえ、やっぱり少し硬いかな。ローション足すね」
「ふざけるな! ぐっ、う」
ぐるりと中に入れた指をかき回され、思わず呻き声を出している間に、燭台切は手慣れた様子でサイドボードからローションを取り出してきた。程なくして尻に濡れた感触がやってきて、涙が出そうになる。
「泣くほど気持ちいい?」
「くっそ、気持ちよくなんか、あるか! 俺はバリタチだぞ! 絶対貴様を抱いてや、っぐ、あ」
低い呻き声をあげながら内部の不快感に眉をひそめる。ぐちゅ、ぐぽと音を立てながら指を抜き差しされて長谷部はとうとう完全に燭台切の体に体重を預ける形となった。
「こっちも可愛がってあげないと、ね」
ローションに濡れた燭台切の左手が長谷部の陰茎に添えられる。右手は後孔を穿ったまま、舌が再び長谷部の乳首に触れた。
「っひ! やめ、ぐ、ぅ、ん、んンッ」
「ああ、段々かわいい声になってきたね」
「あ、ぁ、ちが、んっ、ひ、うあ!」
カリ、と乳首に軽く歯を立てられてとぷりと先走りが漏れるのと同時、後ろもひくんと締めつけてしまう。
「っっっ!」
「あ、当たった? ここだよね、長谷部くんのイイトコロ」
長谷部の反応をたしかめるように二度、三度と中を押される。既に勃起しているため腫れているそこを、長谷部だって今までタチとして何度も責めてきた。だからこそわかる。これ以上されたら終わりだ。それこそ本当に燭台切の雌にされてしまう。
慌てて燭台切の腕を押し返そうと暴れたが、燭台切の体はびくともしない。それどころか、暴れたはずみに前立腺に指が当たって余計に感じてしまう。
「っ、あ!」
「ほら、暴れないの」
「嫌だ、俺は、バリタチ……!」
「ふうん」
ぐるん、と視界が反転した。組み敷いていた筈の燭台切の肩越しに部屋の天井が見えて、燭台切に反対に押し倒されたのだとようやく気づく。
「…………じゃあ、天国見せてあげる」
「なに、」
言うが早いが燭台切は長谷部の足の間に顔を近づけ、ぱくりと長谷部の竿を咥えた。
「っ! やめ、」
引き剥がそうとするものの、じゅうと性器を吸われ、駄目押しに中から前立腺を押されては力が入らない。伸ばした手はぱたりとベッドに力なく落ちて、シーツの上に波模様を描いた。
「っっっく、」
せめて喘ぎ声だけでも漏らすまいと唇を噛みしめると、それすらも許すまいと燭台切の責めは激しくなり、徐々に鼻にかかった甘い声が長谷部の口から漏れていく。
「ぁ、あ、ぅ、んん、んーっ!」
いつの間にか挿入されている指は三本に増やされ、下半身からはぐちゃぐちゃとひっきりなしに水音が上がっている。しかも、悔しいことに気持ちがいい。いっそ泣きたい。自分で弄っていた時はなんとも感じなかったのに。
「っひ、ぁ、や、燭台切、やめ」
「光忠」
「は?」
「光忠って呼んでくれたら、考えてあげる」
「…………だ」
「うん?」
長谷部の言葉を聞く為に近づいてきた光忠の顔へ、長谷部はぷっと唾を吐いた。
「だァれが言うか。地獄に落ちろ」
「……とんだじゃじゃ馬だなぁ」
頬についた唾を手の甲で拭きながら、燭台切はにやりと笑った。長谷部の腰ががしりと掴まれ、硬くなった先端を押し当てられて長谷部の血の気が引く。
「やめ、」
「ますます欲しくなっちゃう、な!」
「っっっっ!」
ごりごりと中を太いモノで擦り上げられながら一気に挿入されて、長谷部は衝撃にはくはくと口を開閉するばかりだった。ぼろりと生理的にこぼれた涙を、燭台切の舌が舐め取る。
「はは、気持ちよすぎてトコロテンしちゃった? 二回目とは思えないな。素質十分じゃないか」
長谷部の腹の上に散る白濁を指ですくい上げられて、長谷部はようやく自分が吐精したことに気づいた。
あんなに前だけの刺激じゃ出せなかったのに、入れられただけで、こんなに呆気なく。
「違っ、違う、俺は!」
「もうバリタチとは言えないね」
にっこりと微笑まれて、ぱきりと長谷部の中で何かが折れる音が聞こえた気がした。
「っ……ふ、ぅ」
歯を食いしばってぽろぽろと涙を流す長谷部の頭を、よしよしと燭台切が優しく撫でる。
「大丈夫だよ、長谷部くん。君のことオンナノコにした責任はちゃあんと取ってあげるから」
「死ね、変態強姦野郎」
「今は和姦だろう? 人聞き悪いこと言わないでほしいな」
「うるさい、死ね、中折れしろ」
「……そろそろ黙ろうか」
ぐり、と腰を押しつけられて長谷部の喉が震える。まだ全部入っていないのだと、そこで気づいた。青い顔で燭台切を見上げると、間接照明に照らされた華やかな美貌がにこりと笑みを返した。
「言っただろう? 天国見せてあげる」
「やだやめろばかしね……!」
「やーだね」
――そうして長谷部は二回目にもかかわらず結腸まで散々責められ何も出なくなるまで夜通したっぷりと鳴かされるはめになったのだった。
気絶するように眠りに落ちて、気づいたら朝だった。何度も求められ最終的には騎乗位までさせられ、恥ずかしいことを沢山言われたし言わされた、気がする。最後の方はもうあまり記憶にない。
「…………しにたい…………」
手で顔を覆ってシーツの中で丸まっていると、がちゃりと寝室のドアが開いた。
「長谷部くん、朝食は和食派? 洋食派?」
現れた諸悪の根源を睨みつけると、燭台切は特に気にした様子もなく長谷部の隣に腰を下ろした。
「特に好き嫌いないなら、パンケーキはどうかな。ベーコンとスクランブルエッグもつけるよ。スムージーも」
「……随分と気前がいいことで」
「うん。僕、恋人の世話を焼くの好きなんだよね」
「は?」
思い切り地を這うような声が出てしまう。
「誰が? 誰の?」
「君が。僕の」
「頭沸いてるのか」
燭台切は意味深な笑みを浮かべてポケットからスマホを取り出し、長谷部に見せつけた。そこには。
『ほら、長谷部くん。もう一回言ってみて?』
『なるっ……! なるからぁ! しょくらいきりの、こいびとになるぅ! や、とんとんらめっ! ひあああっ』
それ以上見ていられずに長谷部はすぐに動画を止め、そのまま削除しようとしたところで「だーめ」とスマホを取り上げられた。
「一応バックアップも残してるけど、大事な君との思い出だからね。ちゃんと保存しておかなきゃ」
「悪魔め…………」
「嫌だな。欲しいもののためには手段を選ばないだけだよ」
その言葉に薄ら寒いものを感じて、長谷部はふと思いついた考えを口にしてみる。
「…………まさかとは思うが、最初の薬騒動も、貴様が差し金か」
無言で笑みを返されて確信する。最初から長谷部はこの男の手のひらの上で踊らされていたのだ。
「…………しにたい」
もう一度呟いてごろんと背を向けると、後ろからぎゅっと抱きしめられて甘く囁かれる。
「死んでも離さないよ、ダーリン」
長谷部はバリタチだ。この間まではたしかにそうだった。だけれど、その長谷部のさらに上を行く、性格最悪なバリタチに目をつけられたのが運の尽き。
ああ、それでも。
(顔と体はめちゃめちゃ好みなのが腹が立つ……!)
なんだかんだこのまま流されて許してしまいそうな自分に、一番腹が立つ長谷部なのだった。
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