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※※※こちらの話と同じ本丸設定です※※※
「僕のスイーツ男士としての地位がはちゃめちゃに脅かされている」
いきなりそう言い出した燭台切に、審神者は「はあ」としか言えなかった。
燭台切がトンチキなことを言い出すのは大抵長谷部絡みのことなので、こいつらまたなにか問題起こしたのか、と審神者は呆れと諦念に似た感情を抱いて嘆息する。
「今度はどうした」
「小豆くんだよ。わかってるだろう」
小豆といえばこの本丸で最近来た新入りの太刀、小豆長光である。久々に鍛刀で三時間二十分が出たので「どうせ鶴丸だろもう驚かねえよ」と思いつつ手伝い札を使ったら見慣れない大男がやって来たので仰天したのは未だ記憶に新しい。ありがとう鍛刀キャンペーン。ちなみに目当ての新刀剣男士は来なかった。
苦い過去を思い出してすこし遠い目になった審神者をよそに、燭台切は大きくため息をついて首を横に振る。
「もう彼ボイスからして厨でスイーツ作るために生まれてきたようなものじゃないか」
「まあそうだな」
「きみはすいーつすきかい」とにこにこと尋ねられ、「大好きです!!」と即答したらそのまま水ようかんを作って貰ったのはついこの間のことだ。それ以来審神者もちょくちょくおやつをご馳走になっていて「なんだこいついい奴だな!」と好印象だったのだが、その口ぶりからすると燭台切はあまりよく思っていないらしい。
部下の相談に乗るのも上司たる審神者の務め、と審神者がなんとなく居住まいを正すと、燭台切はその凛々しい眉をキッと吊り上げた。
「僕なんか七面回想実装と花丸放映前までは畑当番ボイスと政宗くんの料理好きエピソードを膨らませに膨らませてやっと料理上手キャラとしての地位を築いたのに、彼はもう生まれた時から料理、しかもスイーツ特化型男士であることが約束されてるんだよ? ずるくない? 僕の地道な努力はなんだったの?」
「私怨すぎない?」
思わずツッコミを入れてしまった。
「おまえ、小豆長光って刀派的にも顕現順的にも後輩じゃん。もっと先輩らしくどっしり構えてろよ」
「僕だって好きで先輩に生まれたわけじゃないんだけど?」
「顔が怖い!」
「怖くもなるよ。だって、長谷部くんが僕以外の奴のスイーツを食べてるんだよ!」
燭台切の不満点はそこだったらしい。
ははあ、と審神者は腕組みをした。
「まあ、長谷部だってたまには気分変えたい時もあるだろ」
「長谷部くんには僕の作ったものだけを口にして生きててほしいんだよ」
「やべえヤンデレ始まったぞこいつ」
「僕はただ長谷部くんの上の口も下の口も全部僕のものでいっぱいに満たしてあげたいだけなのに……!」
「口に上も下もねえよ? 落ち着け?」
「長谷部くんには下のお口どころか子宮だってあるよ」
「ねえよ! 薬研から人体図鑑借りて来い!」
「主は全然わかってない! 長谷部くんには無限のポテンシャルがあるんだよ! 頑張れば母乳だって出るし猫耳だって生えるしショタにだってなれるんだ!」
「わかりたくねええええ!!」
審神者は頭を抱えて絶叫した。わかりたくない。こいつ怖い。
思わず皺の寄った眉間をぐりぐりと指で揉み解しながら、審神者は深い溜め息をついた。
「そんでおまえ俺にどうして欲しいの? 言っとくけど刃傷沙汰は勘弁だからな」
「長谷部くんが僕以外の奴の料理を食べられないようにする呪いとかない?」
「そんなピンポイントな呪いがあってたまるか」
っていうか長谷部に直接言えば済む話では? 審神者が内心で訝しんでいると、燭台切が口を開く。
「それはかっこ悪いから嫌なんだよね」
「思考を読むなよ! こえーよ!」
「それに、長船派の太刀って大般若くんといい小豆くんといい小竜くんといい僕といいイケメンスパダリ枠だろう?」
「ソウデスネ」
「これ以上ライバルが増えるのは正直困るんだよ。長谷部くんは面食いだし甘味好きだし、いつ小豆くんに靡いてしまうかと思うと気が気じゃない」
「さすがにそれはないんじゃ……」
「そのうち甘味に絆されて押し倒されて「はせべくんのはしたないしたのおくちにあまいみるくをのませてあげよう」とか成人指定のことされるんだ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」
「おまえの頭がエロ同人だよ落ち着け」
机に突っ伏して呻き出した燭台切の肩を叩こうと思わず手を伸ばしかけた瞬間、燭台切はガバリとバネ仕掛けの人形のような動きで起き上がった。怖い。
「そこで僕は小豆くんが作らない分野のスイーツを作って対抗することにしました」
「切り替えと判断が早すぎる」
鱗滝さんもびっくりなレベルだった。
部屋に入ってきた時から持っていて気になっていた岡持ちから燭台切がいくつかの皿を出してテーブルの上に並べ始める。
「西洋菓子は元々よく作ってたからね。とりあえず甜品から攻めることにしたんだ」
「テンピン?」
「中華風スイーツのことだよ」
へー、と呟きながらテーブルの上に所狭しと並べられた皿を見渡すと、突然信じられないような言葉をかけられた。
「今回は君に試食を頼もうと思って」
「えっ」
「なんだい?」
「……後から料金請求されたり『豚のくせに勝手に食べていいと思ってるのかい?』とか理不尽に怒られたりしない?」
「君、僕のことなんだと思ってるの?」
じろりと睨まれたので口を閉じた。どうやらちゃんとご馳走してくれる気があるらしい。もしかしたら明日は空から時間遡行軍が降ってくるかもしれない。
「僕も甜品は初めて作るからね。万が一長谷部くんに不味いものを食べさせるわけにはいかないから」
清々しいほどの毒見役扱いに、ははは、と乾いた笑いが漏れる。人権ってなんだっけ。審神者は遠い目をした。
そんな審神者には構わず、燭台切はテーブルに並べられた皿について淡々と解説していく。
「そっちから時計回りに説明するよ。桃膠、双皮奶、氷粉、糖不甩。双皮奶はとりあえずプレーンで作ってみたけど、トッピングでスイカやマンゴーの用意も――」
「いやわっかんねーよ! 日本語で言え!! ここ日本!! ウィーアージャパニーズ!!」
「えー……七言律詩暗記しろってわけじゃないし別にこれくらい……」
「あとこれ絶対長谷部も覚えられないと思うぞ」
「そうだね! ここ日本だもんね!」
恋人の名前を出した途端、燭台切はにこにこと菓子の解説を始めた。ひねくれてはいるが存外わかりやすい男である。
「うーん、和訳するなら、桃の樹液ゼリー、広東風ミルクプリン、四川風かき氷、ピーナッツ団子……かな」
「へー! 桃の樹液! そんなのもあるのか」
透明な茶色のゼリーのようなものを恐る恐るスプーンでつついてみる。見た目はクラッシュゼリーに近い。顔を近づけてみても、特に桃という感じはなく、薬膳のような香りがかすかにするだけだ。
「桃膠単体では味がないから、檸檬シロップとクコの実をかけてみたんだ」
「へー、さっぱりしてぷるぷるしててうまいな」
「桃膠は双皮奶にかけてもおいしいよ。こっちの氷粉もゼリー状のかき氷で夏にはぴったりだと思う」
「うん。さっぱりしてぷるぷるしててうまいぞ」
燭台切がじっとりと半目で審神者を見て溜め息をつき、呆れた、と言わんばかりに首を横に振った。
「語彙力が貧困すぎる……作った甲斐がない……」
「いやこれ絶対長谷部だって「ぷるぷるでうまいぞ」とか言うからな! あいつも食レポ下手な部類だろ!?」
「長谷部くんは語彙力なくてもかわいいから許されるけど、語彙力のない主はただの無能な上司だから……」
「食レポで手腕を測られる上司ってなに!?!?!?!?」
でもたしかにリスが木の実をカリカリ食べてる姿はかわいいけど、知らないおっさんが無言でナッツを貪り食ってるのはかわいくない。悔しいけどそれはそう。
「言っとくけど全部ちゃんとうまいぞ。こっちのミルクプリン、桃の樹液ゼリー乗せて食べたら食感の違いが生まれてうまいし、これマスカットとか乗せてもよさそう。あと全体的にぷるぷる系だから、ピーナッツ団子がもちもち系でちょっとテイストが違ってていい。このピーナッツ団子は和食好きな連中でも好きなやつ多いんじゃないか? 今度おやつで出してみろよ」
「あ、長谷部くん以外からの好感度とかは興味ないから」
「ソウデスカ……」
なんだかんだで四皿分をぺろっと完食し、ごちそうさまでしたと両手を合わせると、燭台切は手早く皿をしまい「ありがとう、参考になったよ」と岡持ちを手に立ち上がった。
「じゃあ僕はちょっと改良レシピ考えてくるよ。主は食べた分あとでちゃんと運動してね」
「はーい……」
力なく頷く審神者をちらりと見てから、燭台切は鴨居を窮屈そうにくぐって部屋を出て行く。高身長の男士も増えてきたし、そろそろ改築だろうか、と審神者が考えていると、「そうそう」と思い出したように燭台切が口を開いた。
「暑気あたり、早く治さないと長谷部くんが心配するから、とっとと養生するんだよ」
そう言って後ろ手にパチンと障子が閉められる。
残された審神者は頬杖をついて深く息を吐いた。
「うちの刀どもって、なーんでみんなあんなにわかりにくいかねぇ……」
残されたピーナッツ団子をもちもちと頬張れば、思わず笑みがこぼれた。
一週間後。
「ねえ、僕の農業系男士としての地位がはちゃめちゃに脅かされてるんだけど」
「知らねーよ桑名に直接言え!!!!!」
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