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夢を見ない為には睡眠を取らないのが一番だと考えて実行に移してから一週間が経った。
刀剣男士の体というのは不思議なもので、どんなに疲労が溜まっても霊力の籠もった特殊な団子や弁当を口にすればたちどころに回復する。
長谷部はその特性を活かし、自分の給金から一口団子なるものを購入してこっそり食する事にした。効果の程はなかなかで、今まで眠っていた時間を書類仕事や読書に当て、疲れを感じ始めたら団子を食べることで、長谷部はなんとか夜に眠らずに済んでいる。
「長谷部さん、ちょっといいでしょうか」
審神者が長谷部を呼び出したのはそんなある日のことだった。
心労が祟り、あれからしばらく現世で臥せっていた審神者の頬からは幾分か肉が削げ、元々華奢だった体は一回り小さくなったように感じられた。
「……お加減はよろしいのですか」
思わず長谷部がそう問いかけると、審神者は弱々しく微笑んで頷いた。
「おかげさまで、だいぶ落ち着きました。……それより、」
審神者がちらりと畳に視線をやると、審神者の影の中からひょこりと金色の毛並みが現れた。
「こんのすけから報告を受けました。このところ一口団子を大量に購入しているそうですね」
舌打ちしそうになるのをぐっと堪え、長谷部は膝の上で拳を握りしめた。
「休めていないのですか?」
「……本丸再建の為にやるべきことは山積みです。休むわけにはいきません」
半分本音で、半分嘘だった。眠るのが怖い、そんな子どもじみた理由を素直に主君に打ち明けられるほど、長谷部の自尊心は低くできていなかった。
審神者はぐっと唇を引き結ぶ長谷部を見てひとつ息をつき、目を伏せた。
「……長谷部さん、燭台切さんが折れたことは、全て将たる私の責任です」
そっと審神者の手が長谷部の手に伸ばされ、触れる。ひやりとして細い、女の指だった。
「お願いだから、どうか一人で悩まないで」
あるじ、と言いかけて、長谷部はひゅっと息を呑んだ。
「長谷部さん?」
部屋の隅に、血まみれの眼帯の男が立っていた。
カチ、と奥歯が鳴る。カチ、カチカチカチ。
「長谷部さん? どうしたんですか、長谷部さん!」
そこに、とどうにか声を出して指を指すと、審神者とこんのすけが不思議そうな顔で後ろを振り返る。
「? 何もいませんが……」
「私にも何も確認できません」
本当に何も見えていない様子の一人と一匹の姿に長谷部は叫びだしたくなるのを必死に我慢して頭を下げた。
「…………い、え。いえ、俺の気の所為だったようです。お気になさらず」
腑に落ちない様子の審神者は、それでも長谷部の態度に何かを感じたらしく、渋々と引き下がった。
「わかりました。……とりあえず、一口団子の使用はしばらく禁止します。薬湯を出して貰いますから、それを飲んで夜はゆっくり休むように」
主命です、と駄目押しのように言われ、もう一度深々と頭を下げる。
「…………………主命とあらば」
そうして長谷部は視界の端にちらつく影に視線をやらないようにしながら、審神者の部屋を出た。
廊下に出て障子を閉め、深く息を吸う。シャツの袖を捲って鳥肌の立った腕を撫でる。
なんだあれは。なんだあれはなんだあれはなんだあれは。
「アレ」は、なんだ。
呼吸が浅くなり眼の前が薄暗くなる。嘘だろう。だって、なんで。どうして。
「…………ひっ……!」
庭の池の端に、眼帯の男が立ってこちらを見ていた。
ぺたん、とその場にしゃがみ込むと、後ろから声をかけられる。
「おい、大丈夫か? ひでえ顔色だぞ」
旧知の槍だった。長谷部に無骨な手を差し伸べて、心配そうに顔を覗き込んでくる。やはり、この槍にも池の端の男は見えないようだった。
「……だい、じょうぶだ」
「そうは見えねえがな。何かあったか?」
「本当に、なんでもない」
差し出された手を振り払ってなんとか一人で立ち上がると、長谷部は早足で自室へと向かった。
一瞬だけ視線をやった池の端にはもう誰の姿もなく、池の鯉が凪いだ水面から宙に身を躍らせてとぷんと再び池の底へと潜って行った。
長谷部くん、と風に乗って男の声が聞こえた気がして、ぶるぶると首を振って耳を塞ぐ。違う、こんなのは、まぼろしだ。幻聴だ。そうに決まっている。
夜半の夢が、現実を侵食し始めていた。
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