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――これは、夢だ。
敵襲だ、と遠くで誰かが叫ぶのを、「わかっている!」と返して、長谷部は己の本体を構えたままじりじりと間合いを測る。
眼の前には足の速い槍や苦無達がひしめき、退路は中脇差達が塞いでいる。その光景に小さな悲鳴をあげる審神者を、背に庇うように立つ。審神者の背後を守っていた黒づくめの男が強張った声をあげる。
「……完全に囲まれたね」
襲撃は一瞬だった。何かが割れるような音と共に遡行軍の化け刀達が一斉に本丸へと流れ込んできたのだ。しかし、その時審神者と共に執務室で作業をしていたのが長谷部と燭台切だったのは不幸中の幸いか。本丸でもトップクラスの実力を誇る二振りが審神者を護衛し、何とか緊急避難用のゲートまでの道筋を切り開いたものの、遡行軍は脱出ルートを先回りして読んでいたようで、とうとう挟み撃ちの形で追い詰められた。
「……主、俺達がなんとしてでも主だけはお守りします。二人でなんとかして道を切り開きますから、その隙に、」
「駄目だ」
即座に否定したのは燭台切だった。
「この襲撃の用意周到さを見る限り、敵は緊急避難ゲートの向こうにも潜んでいる可能性がある。主を一人で行かせる訳にはいかない」
弾かれたように長谷部が背後を振り返り、金と藤の視線が刹那の間交錯する。二人にはそれで充分だった。
「……っ投石兵!」
長谷部は残りわずかな投石兵を展開した。石の礫が敵の集団に雨あられと降り注ぎ、敵陣が一瞬怯んだ所を皆焼の刃は逃さない。
「主に仇なす敵は斬る!!」
長谷部の一撃が敵陣に僅かな隙間を作り、その間を審神者の手を引いた長谷部が風のように駆けていく。二人を追おうとした遡行軍達の前に立ちはだかったのは燭台切だ。
「長船派の祖、光忠が一振り、参る!」
「長谷部さん! 燭台切さんが!!」
悲鳴をあげる審神者の声を無視し、ただひたすら前へと走る。食いしばった唇の端から一筋の赤い血が流れる。鉄錆の味が口内に広がる。
「長谷部さん!!!」
全てを振り切るように、ただ、前へ。
そうして緊急避難ゲートから脱出した長谷部と審神者は、こんのすけの救難信号を受け取った政府から即座に保護された。その後すみやかに政府からの援軍が本丸へと派遣され、ほどなくして遡行軍達が掃討されたとの報が入った。審神者と長谷部はすぐに本丸へと帰還して皆と合流し、互いの無事を喜びあった。
「あの、燭台切さんは……?」
審神者の声に目に涙を浮かべた短刀が一人、布の包みを抱えて進み出た。
「……す、すみません……。僕達が助けに行った時は、もう……」
少年が声を震わせながら包みを開くと、折れた鋼の欠片がじゃらりと音を立てて広がった。
それを見て声もなくその場に泣き崩れる審神者を囲むように、皆が嗚咽を上げてうなだれる中、長谷部だけが泣かなかった。
「っ……なんでそんな平気な顔してるんだよ!」
やめろ、と誰かが肩を掴むのを振りほどき、一人が長谷部の胸ぐらを掴んだ。
「なんでだよ! お前、あいつと付き合ってたんだろ! なのに、なんで!!」
「泣いて何かが変わるのか?」
しん、とその場が水を打ったように静まり返る。
「敵の襲撃経路と手段の究明、本丸の再建、負傷者の手入れ、やることは山積みだ。……それに」
温度のない瞳がちらりと鋼の欠片に視線をやる。
「主を守って折れたんだ、そいつも刀の本懐を遂げられて満足だろう」
「……それ、本気で言ってんのかよ」
ああ、と頷くと同時、がつ、と拳が長谷部を殴り飛ばした。
「おい、やめろ! 誰かそっち掴んでろ」
「やめなってば」
とうとう見かねた者達から羽交い締めにされてもなお青年は唸り声を上げながら長谷部を罵倒する。
「この冷血漢!!! そんなんじゃ、こいつがあまりにも――!」
「やめてください!」
ほとんど悲鳴のような声で誰かが叫んだ。審神者だった。
「悲しいのは、もうたくさんです。お願いですから、もうこれ以上はやめてください…!」
そう言って折れた刃の包みを抱きしめ、黒真珠のような瞳からはらはらと涙を流し続ける審神者に声をかけられる者はいなかった。
そんな様子を眺めながら、長谷部は口の中の血をぷっと吐き出して口元を拭い、乱れた襟元を直す。わずかに紅に染まった薄い唇から冷徹な声が発せられる。
「――――こんのすけ」
はい、という返事と共に審神者の影からすっと金色の狐が現れた。
「近侍として戦況の報告をする。記録の用意をしろ」
「はい」
すう、と短く息を吸ってから、長谷部は告げた。
「……刀剣破壊一名。太刀、燭台切光忠」
そう告げる己の姿を長谷部はどこか遠くから見ていた。
これは夢だ。わかっている。それなのに。
「長谷部くん」
背後から男の声が聞こえてゆっくりと振り返る。そうして、自分より少しだけ高い位置にある顔を見上げた。
「……今日は何が言いたい」
「長谷部くん」
「俺は正しいことをした。もしまたあの場面になれば俺は何度だって同じ選択をする」
「長谷部くん」
「お前だってわかってるだろう。わかっていたから、俺達は、あの時、」
「長谷部くん」
「……やめろ」
「長谷部くん」
「やめろ、そんな目で俺を見るな」
「長谷部くん」
「やめろ!!!!!」
目を覚ますと見慣れた自室の天井が見えた。どくどくとうるさい心臓を胸の上から押さえつけ、もう片方の手を畳につけて体を起こす。目に入った枕元の水差しを乱暴に掴むと、そのまま注ぎ口に唇をつけてごくりごくりと飲み干していく。
濡れた口元を着物の袖口で拭っていると、ふと鏡の中の自分と目が合って、長谷部は自嘲の笑みを浮かべた。
「…………我ながら、ひどい顔だ」
窓の外、まだ夜の帳が明ける前の暗闇の向こうから、虫の鳴く声がわあんと部屋の中に響いていた。
夜半、男の夢を見る。
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