【ゲームブック風小説】いつだって愛してる

短編
     

 

※選択肢によってエンディングが7種類に分岐します
※893アルファ×庶民オメガのオメガバース軸
※長谷部のモブ彼描写、燭→へしの無理矢理描写あり
※全ルート暗め

 

 世の中には男女以外の第二性としてアルファ、ベータ、オメガの三種類の性がある。
 長谷部国重はオメガとして生まれた。何かと蔑まれることの多い性ではあるが、理解のある周囲に恵まれ、ベータの恋人もできた。数ヶ月に一度の発情期もそれほど重い方ではなく、抑制剤でなんとか乗り切れる程度だった。
 きっと自分はこのまま平凡なオメガとして一生を終えるのだと、そう思っていた。

 ――つい、この間までは。

「ぁああっ! いや、だっ……! やめ、」
「どうして? 気持ちいいだろう?」
 ほら、と腰を押し付けられればもうたまらない。
「ぁんっ! あ、や、ふあぁっ!」
「気持ちいい? ふふ、僕もすごく気持ちいいよ……夢みたいだ……」

 心を伴わない嵐のようなセックスに体だけがどんどんと従順になっていく。支配されて喜ぶ体に、これがオメガということか、と長谷部は目の前が真っ暗になった。
(どうしてこんなことになったんだ……!)

 話は一週間前に遡る。

◆ ◆ ◆

 町を歩いていると、どこからともなくいい匂いがして、体が突然熱くなった。
(今は発情期の時期でもないのに、馬鹿な……!)
 勝手に発情する体に戸惑いつつその場にしゃがみ込んではあはぁと荒い息を吐いていると、鼻孔をくすぐる香りはいや増し、頭上から声がした。
「……君、大丈夫?」
 ゆるゆると顔を上げて男の金色の隻眼と目が合った瞬間、体が歓喜に震えた。
 ――この男が自分の運命の番だ。
 男にもそれがわかったのだろう。身なりのいい長身の美丈夫は軽く目を見開き、こころなしか頬を紅潮させながら、長谷部に手を差し出してきた。
「……嗚呼、ずっと君に会いたかった……」
 ふらふらとその手を取りそうになって、咄嗟に脳裏をよぎったのは恋人の顔だった。寸での所で正気を取り戻し、ぱしりと男の手を払い除ける。
「……悪いが、俺にはもう恋人がいる」
「番になってない所を見ると、相手はベータかな? ねえ、わかるだろう、僕達のこれは運命だ。君と僕は結ばれるべきだ」
 そう言い募る男からどうにか身を離し、長谷部は反対方向に駆け出した。
「ねえ、待って!」

 反射的に止まりそうになる体を叱咤して、意志の力だけで町を駆け抜ける。どうにか自宅に戻ると、心配そうな顔をした恋人が長谷部を出迎えた。どうしたのかと顔を覗き込んできた恋人の後頭部を引き寄せ、無理矢理キスをする。
「……なぁ、抱いてくれ」
 恋人の方も何かただならぬ物を感じたのだろう。
 そのまま寝室に連れられ、我慢できなくなった長谷部から押し倒すように恋人の上に乗ってはしたなく股間を擦り付ける。
 今までは充足感でいっぱいだった筈のセックスがその日ばかりはどうにも物足りなくて、何度も何度も、恋人が音を上げる夜明けまで求め続けた。

「……国重、ごめん、別れてくれ」
 恋人からそんな事を言われたのは、その一週間後の事だった。どうして、と問いかけると、恋人は唇を噛み締めながら俯いた。
「……実家が多額の借金を抱えることになって、融資してくれる人が現れたんだけど、その条件が、」
「……まさか俺、なのか」
 その無言こそが肯定だった。
 重い沈黙が部屋中を包んでいると、ピンポン、と場違いな程明るいチャイムの音が鳴り響いた。
「……誰だ、こんな時に」
 苛立たしげに長谷部が玄関に向かいドアを開けると、そこに立っていたのはいつぞやの男だった。
「……やっとまた会えたね。長谷部くん。長谷部国重くん」
「お、まえは、」
 咄嗟に身を引こうとすると、無理矢理腕を捕まれて抱き寄せられる。男の肩口に顔を押し付けることになって、香水混じりの男の体臭を吸い込めば、勝手に体の奥が疼き出した。
「嗚呼、やっぱり間違いない。君は僕の運命のひとだ。また会えて嬉しいよ」
 長谷部の髪に顔を埋めながら、男がうっとりと呟く。
「……やめっ、離せ、」
 力の入らない体をどうにか捩っていると、背後から声がかけられる。
「国重っ……!」
 恋人の悲痛な声に胸を締め付けられて振り向こうとするも、男に力づくで押さえつけられた。
「それじゃあ、契約通り彼は僕が貰っていくから」
「それ、は……!」
「妹さん、結婚を控えてるんだっけ?弟さんも大学生で、まだまだお金が必要な時期に借金なんて大変だとは思うけど、ちゃあんと僕が全額払ってあげるから」
 だから、彼は僕に頂戴。そう言って男は朗らかに笑う。
「恨むなら、ただのベータに生まれた自分を恨むんだね」

 混乱したままの長谷部を横抱きにすると、男はそのままマンションの階段を降りていき、外に停めてあった黒塗りの高級車の後ろに乗り込んだ。
「このまま僕の自宅へ。しばらく休暇を取ると上には伝えてくれ」
 運転手にそう告げると、男は未だ力の入らない長谷部に頬ずりをした。
「愛してるよ、長谷部くん。僕の運命。僕のいとしいひと。これからはずうっと一緒だからね」
「ふざけるな、誰が貴様なんかと、」
 言いかけた所で唇を奪われ、途端に体が勝手に男の舌を受け入れてしまう。
「っん、ふ、ぁう、」
 背筋をぞくぞくと快楽が走り、気づけば長谷部は男の首に自ら腕を回していた。
 長い口付けを終えてようやく唇を離すと、弓なりに細められた金眼が長谷部をいとおしげに見つめた。
「あはっ。顔、とろんとしてる。すごくかわいいよ……早く僕のものにしてしまいたい」
「だ、れが、おまえなんかと、」
「そんな事言って、ここはすっかり待ち望んでるようだけど?」
 服の上から後膣をぐっと押される。そこは既にぐっしょりと濡れていて、男の言う通り埋められるべき剛直を待ち望んでいた。
「やだ、嫌、だ……!」
 心ははっきりと男を拒んでいるのに、体はたしかに目の前の男を番として求めていた。
「……可哀想な長谷部くん。すぐにあんな男の事なんか忘れさせてあげる」
 そうこうしているうちに男の自宅と思しきマンションに着いた。男は運転手の開けたドアから長谷部を抱き抱えたまま降りると、大理石の敷かれた広いエントランスを抜け、まっすぐにエレベーターへと向かっていく。黒革の手袋をした指が迷わずに最上階のボタンを押すと、男は長谷部の額に唇を落とす。
「もうすぐだからね。我慢してね、長谷部くん」
「だ、れが、我慢なんか、」
 長谷部が反論し終わる前に、再び唇を塞がれる。そうなるともう駄目で、長谷部は咥内を男の舌になす術もないままに蹂躙されてしまう。意識が朦朧としてきた頃、チン、と場違いな程軽い音が鳴ってエレベーターが止まった。
 男は足早にエレベーター前のドアに近づくと、ドアノブの下のパッドに親指を押し当てた。ガチャリと音を立ててドアが開く。
「今日からここが僕と君の家だよ」
 嬉しげにそう告げられ、長い廊下をずんずんと進んだ先、キングサイズのベッドの置かれた寝室へと連れて行かれる。
 壊れ物を扱うようにゆっくりとベッドへと降ろされ、男は長谷部の手を取ってその甲に口づけた。
「会いたかった。ずっと君に会いたかったんだよ。僕のたったひとりのひと」
 うっとりとそう告げて、男は長谷部をベッドの上に押し倒した。
「今まで会えなかった分、たっぷり愛してあげるからね」
 そこから先は嵐のような時間だった。男は優しく、けれど待ちきれないと言わんばかりにやや性急に長谷部の体を拓いていった。嫌だ、やめてくれ、と懇願するも聞き入れられず、ぬるぬると濡れそぼった後ろに男の性器が突き入れられた時は、快楽のあまり一瞬で果ててしまった。
「ぁああっ! いや、だっ……! やめ、」
「どうして? 気持ちいいだろう?」
 ほら、と腰を押し付けられればもうたまらない。
「ぁんっ! あ、や、ふあぁっ!」
「気持ちいい? ふふ、僕もすごく気持ちいいよ……夢みたいだ……」
 そのまま様々な体位で犯され、最後には項を噛まれて絶頂したのだけは覚えている。

◆ ◆ ◆

 翌朝髪に触れられる感触で目を覚ますと、男が長谷部の髪を優しく梳いていた。
「おはよう、長谷部くん」
「貴様っ……!」
 起き上がろうとしたものの、腰に力が入らず、そのまま男の腕の中に倒れ込む。
「ああ、ほら、無理しちゃいけないよ。待ってて、今朝食を作ってくるから」
「……なんで、貴様は、」
「光忠」
「……は?」
「名乗るのが遅れたね。僕は長船光忠。折角正式に番になったんだから、名前で呼んで欲しいな」
「誰がっ……!」
「君の元彼氏の実家への融資、取りやめてもいいんだけど?」
 長谷部はぐっと唇を噛み締めて、泣きそうになりながら口を開く。
「……光忠」
「うん、よくできました」
 そう言ってにっこりと笑うと、光忠はベッドを降りてダイニングの方へと向かった。
「愛してるよ、長谷部くん」
 後ろ手に閉められるドアに、長谷部は思わず枕を投げつけた。
「……俺は、貴様なんか、大嫌いだっ…………!」
 静まりきった部屋の中に、押し殺した泣き声がむなしく響いた。

「長谷部くん、ご飯美味しい? ふふ、僕誰かと朝食食べるなんて久しぶりだなぁ」
「ぁ、あっ、や、離せっ……!」
 ずぷ、ぬぷ、とおよそ食事時には相応しくないような水音がリビングに響く。椅子に座った光忠の上に跨がらせられながら、長谷部は口元に運ばれた食事にいやいやと首を横に振って抵抗した。
「ちゃんと食べて栄養取らないと。これから君は僕のカタチをちゃあんと覚えるまでこのままだからね。体力はつけた方がいいよ?」
 何をいけしゃあしゃあと、と睨みつけようとしたものの、腰を掴まれて下からぐんと突き上げられれば体が歓喜に震える。
「ぁああっ、やだ、奥、入っちゃ、」
「あは、君の子宮口、僕の精液欲しがってちゅうちゅう吸い付いてくるね。気持ちいいよ……最高だ、長谷部くん」
「っぁん、や、やら、も、やだぁ……っ」
 ぼろぼろと涙を流しても光忠が離してくれる気配はない。昨夜噛まれた項の傷跡をべろりと舐められて、もう何度めかわからない絶頂を迎える。
「ほら、ご飯食べて?」
 ちかちかと瞬く視界の中、唇に一口大のフレンチトーストを押し付けられる。朦朧とした意識の中、観念して口を開くと、バターとバニラの香りが口いっぱいに広がる。
「どう? 美味しい?」
「んっ美味しい、からっ」
 もっと動いて、と言いそうになって、慌てて唇を噛みしめる。
 オメガとしての体はとっくに光忠を己の番として認識しているらしく、どこまでも貪欲に光忠の精を求めていた。
「んぅっ……」
 己の性を恨みながらも、中で脈打つ光忠の陰茎を無意識に締め付けてしまって声が漏れる。
「ああ、そうだ。長谷部くん、」
 ぐい、と後ろを向かされて無理矢理唇を奪われる。
 何か固い物を口移しで飲み込まされ、目を白黒させていると、光忠はにこりと笑って長谷部の腹を撫でた。
「アフターピルだよ。いずれ君には孕んで貰うけど、今はまだ新婚気分を味わいたいからね」
「……なんで、」
「うん?」
「なんで、俺なんだ」
 問いかけると、きょとんとした顔で光忠が首を傾げた。
「だって僕ら、運命の番だろう? 愛し合うのは当然じゃないか」
「っそんなの、単に遺伝子の適合率が高いだけで、俺は、俺はまだあいつのことが……!」
 最後に見た恋人の顔が脳裏を過ぎり、再びじわりと溢れた涙を、光忠の指が優しく拭った。

「……可哀想な長谷部くん」
「……みつただ、」
「ごめんね、僕が君を見つけるのが遅くなったせいで、あんな男に引っかかっちゃって。すぐにあんな奴の事どうでもよくなるくらい、僕でいっぱいにしてあげる」

 そう言うが早いが、両手で腰をがしりと掴まれて激しく抽挿される。
「ん、ぁああっ、ふあっあ、や、激しっ」
「すき、すきだよ、長谷部くん……」
「あ、あ、ぅあっあ、俺、は、貴様なんか、嫌い、だっ……!」
「……もう、素直じゃないなぁ」
 がり、ともう一度存在を刻みつけるように項に噛みつかれ、長谷部はびゅくびゅくと前から薄くなった精液を撒き散らし、とうとう意識を手放した。

◆ ◆ ◆

 それから数日間、長谷部は光忠の家のあらゆる場所で犯された。風呂場で、キッチンで、リビングのソファで。脱衣場で立ったまま後ろから挿れられ、己のよがり狂う姿を鏡で見せられた事もあった。体は従順に光忠に馴染んでいく一方で、長谷部の心はどんどんと麻痺していった。
 好き、愛してる、と囁かれいとおしげに髪に唇を落とされる度に、長谷部の心は凍りついていった。一緒に風呂に入った時に光忠がちらりと仄めかした職業は堅気の物ではなかった。光忠は裏組織の、幹部に当たる人物らしかった。長谷部と恋人の仲を無理矢理に引き裂いたのが光忠である事は最早明白だった。
 仕事ももう行かなくて済むように話はつけてある、必要な物なら何でも買ってあげるからずっとこの家に居るように、と言われ、長谷部は目の前が真っ暗になった。断れば、恋人の実家がどうなるかは目に見えていた。失意のまま渋々と頷くと、光忠は嬉しげに長谷部に頬を寄せた。
「嬉しいよ、長谷部くん。僕達これでずうっと一緒だ。愛してるよ、僕のいとしいひと」
 出来ることなら殺してやりたい、と長谷部は光忠の腕の中で思った。

 光忠は昼間は仕事に向かい、夜家に帰ってきては長谷部に食事を作り、一緒に食べる事を強要した。食べながら犯されるということはなかったものの、食べ終われば即座に寝室に連れ込まれてセックスだ。嫌で嫌でたまらないのに、体ばかりが喜んで光忠を受け入れる。頭がおかしくなりそうだった。
 そんなある日、光忠の留守中、家に一人の男が訪ねてきた。
「よっ! 俺みたいのが突然来て驚いたか?」
 髪の毛の先から爪先まで全身白い男は、長谷部を見てすこし困ったように笑った。
「光坊から暇な時きみの話し相手になってくれと頼まれたんだが、その様子じゃあ、相当参ってるみたいだなぁ」
 持っていた荷物をリビングの床に置いて、男はグローブを嵌めた右手をこちらへ伸ばしてきた。
「俺は鶴丸国永。肩書上は光坊の部下だが、まあ彼の親代わりみたいなものさ。今回は光坊が随分と手荒な真似をしたようですまないな」
「……今更、謝られたところで、」
「それもそうだな。これは俺の自己満足だ」
 あっさりと認めると、鶴丸は勝手知ったるとばかりにリビングのソファに腰掛けた。
 長谷部が無言でコーヒーを淹れてテーブルに置くと、鶴丸は軽く礼を言って口をつけた。
「……まずきみが気になってるだろうから言っておくと、きみの元恋人も、その家族も無事だ」
 今はまだ、と付け加えて鶴丸が苦笑する。
「……俺が逃げたりすれば、光忠が手を下すという訳か」
 長谷部はくっと唇を曲げた。
「……なぁ、やり方はまずかったかもしれないが、光坊は本当にきみを愛してるんだ。どうかすこしでも受け入れてやっちゃくれないか?」
「無理だ。俺はあいつの事を、一生恨み続けてやる」
 きっぱりとした答えに、鶴丸は眉を下げて笑った。
「……すこし、昔話でもしようか。ある所にいた、ある少年の話だ」

 ◆ ◆ ◆

 少年が小学校から帰るとまずする事は、家のドアにそっと耳を押し当てる事だった。薄い鉄のドアの向こうから悲鳴じみた嬌声が聞こえた時は、母が客を連れ込んでいるサインだ。そういう時に家に入っていくと酷くぶたれる事を知っていたので、少年はくるりと回れ右をして近所の公園へと向かう。
 大きなタコ型の滑り台の下、トンネルになっている所が少年の特等席だった。薄暗いトンネルの中で、学校の図書館から借りてきた本を読んだり、宿題をこなすのが少年の日課だった。周りの同じくらいの年の子達は皆、親から何か言い含められているのか、少年には近寄らない。
 少年には父がいない。唯一保護者と呼べる母も、しょっちゅうふらりと家を開けては、客を引き連れて帰ってくる。そんな家庭環境の光忠と敢えて友人になろうとする子供はいなかった。最初は親身になって相談に乗ってくれた教師も、いつの間にか母と寝ているのを知って、少年の心は冷え切ってしまった。
 少年は図書館で見つけて気になって借りてきた本を開く。「おとなのからだのしくみ」と書かれた表紙を捲る。

『この世界には、二つの性があります。男と女、そして、アルファとベータとオメガです』

 そんな書き出しで始まった本を、外がすっかり暗くなって字が追えなくなるまで、少年は夢中になって読み耽った。
 「私がオメガだから」「あんたの父には捨てられた」時々そう言って光忠をぶってくる母の言葉の意味がようやくわかって、光忠はゆっくり息を吐いた。母は、番のアルファに一方的に捨てられたオメガだった。頻繁にヒステリーを起こし、貪欲に客を求め続け淫乱な体を持て余す母を、少年は初めて哀れに思った。
 そのまま帰宅し、中から声が聞こえない事を確認してから鍵を開けて中に入る。1LDKの狭い部屋には寝乱れた後の布団がそのままで、煙草と精の匂いがした。無言で換気扇をつけて、テーブルに何枚か置かれていた万札を財布に入れる。母はまたどこかへ行ってしまったらしい。冷蔵庫の中の物で簡単な食事を作り、一人でもそもそと食べて、シャワーを浴びて、押入れの下段で寝る。それが少年の日常だった。
 そんな日常が崩れたのは、少年が小学五年生になった時だった。学校の健康診断で少年がアルファである事がわかった数日後、知らない男が帰宅中の少年に話しかけてきた。
「君が■■■■くんだね?」
「……そうです、けど」
「私は君の父親だ。迎えに来たんだよ。私と一緒に来たまえ」
 無理矢理車に乗せられそうになり、怖くなった少年は男の手を振り解いて家まで走って逃げた。母は見知らぬ男と絡み合っていた途中で、玄関に立つ少年を見つけると鬼のような顔になってこちらを睨みつけてきた。
「なんで帰ってきたんだ!!」
「だ、だって、僕、」
 後ずさると、少年の後ろのドアが開いた。
「元気そうだな、○○」
 そう母の名前を呼んで家に入って来たのは、先程の男だった。母は男の顔を見ると先程までの怒りはどこへやら、喜色を滲ませて立ち上がった。
「ああ、貴方! 迎えに来てくれたのね!」
 男に伸ばされた手は、しかし無情にも叩き落とされた。
「愛人、しかもオメガ風情が気安く触るな。私はこの子を迎えに来ただけだ」
「ちょうど跡継ぎがいなくて困っていた所だったんだ。この子はちょうどアルファだというじゃないか。これからは私が引き取って育てよう」
「そんな!」
「これは決定事項だ」
 母と、父と名乗る男の顔を見比べながら、少年は狼狽える。
「さあ、おいで、■■」
「行っちゃ駄目、戻りなさい! ■■!」
 悩んだ末に少年が選んだのは男の手だった。分厚くてごつごつした手をぎゅっと握ると、男は嬉しそうに目を細めた。築三十年のアパートの、錆と埃だらけの階段を大きな手に引かれながら降りていく。家の前には場違いな程ピカピカの高級車が停まっていた。
「さあ、お乗り」
 おずおずとふかふかの車内に乗り込むと、男が少年の隣に乗り込んで運転手に告げる。
「行け」
「■■!!」
 悲痛な声が後ろから聞こえる。しばらく進んだ所で、車の急ブレーキの音とドン、と鈍い音が背後で響き渡った。徐々に人の悲鳴やざわめきが聞こえてくる交差点で、父は冷たい声で「構わん、進め」と告げる。少年が一瞬だけ振り向くと、道路はトラックの下から流れる液体で赤く染まっていた。
 それが、少年が母を見た最後の姿だった。

 少年が連れて行かれた先は、大きな日本家屋で、そこで少年は父がヤクザの組長である事、アルファの跡取りを探していた事を知らされた。
「お前には期待しているよ」
 その言葉の裏には、期待に添えなかったら少年の居場所などないことがありありと感じさせられた。
 屋敷には父のアルファの正妻がいたが子供がおらず、よそにしょっちゅう愛人を作っては捨てる父との関係は冷え切っていた。それは少年に対しても同じで、これから戸籍上母になるその女性に挨拶に行った少年をぎろりと睨みつけると、「出来が悪かったら承知しませんからね」と一言言ってそれ以来無視を続けた。
 少年が屋敷で唯一心が休まる時は、世話役にとつけられた青年と話している時だった。青年は同じ組の幹部の息子で、父からの信頼も厚かった。気さくに旧知の仲のように話してくれる青年がいたおかげで、少年はすこしずつ元気を取り戻し、新しい学校でもなんとかうまくやっていく事ができた。
 そんなある日、少年が暗い顔で俯いて部屋に戻ってきたものだから、青年は驚いて少年に訳を尋ねた。少年はテストが満点でなかったから父から叱責を受けたのだと答える。
「……僕、もう嫌だ。母さんを捨てて父さんの所に来たけど、毎日毎日聞かれるのは成績のことばかり。こんな生活、もう嫌だ……!」
 ぼろり、と大きな目から涙を零れ落ちる。
「僕は結局誰にも愛されないんだ。僕も誰のことも好きになれない。こんな人生嫌だ……!」
 頭を抱えて蹲る少年に、青年はそっと屈んで少年の髪を優しく梳いた。
「……なあ、きみは運命の番というのを知っているかい?」
「運命の、番?」
「そうさ。アルファには世界中にたったひとり必ず運命のオメガがいるそうだ」
 不思議そうにこちらを見返す少年に、青年は慈愛の眼差しを向けて、おどけたように笑ってみせる。
「出会える確率は限りなく低い、けれど出会ってしまえば互いに否応無しに惹かれ合う、そんな関係だという話だ。きみがアルファなら、きっとこの空の下にきみの運命の恋人が待っている。そう考えれば、すこしは楽にならないかい?」
「……その人は、僕を愛してくれるかな」
「ああ、きっと」
「……僕は、その人を愛せるだろうか」
「ああ」
「…………それじゃあ、もうすこしだけ、頑張ってみる」
 そう言って少年は僅かに笑顔を見せると、青年に礼を言った。

「ありがとう、鶴さん」

 ◆ ◆ ◆

「そしてその少年はすくすくと大きくなり、ようやくきみという運命の番を見つけた訳だ」
 鶴丸はそう締め括るとすっかり温くなったコーヒーに口をつけた。
「……それを俺に聞かせて、どうしようって言うんだ。あいつに同情して愛してやれとでも?」
「いいや? ただ、これだけは知って欲しくてな」
 光忠より幾分か明るい金色の瞳が、長谷部をじっと見つめる。
「光坊は人生で初めて心底他人を好きになって、どうしたらいいかわからないのさ。諦めたり奪われたりばかりの人生だったから、相手にもそんな形でしか与えてやれないし、きみを手に入れる為なら手段は選ばない。あんなでかい図体して、子供みたいな男なんだ」
 そう言ってかつての青年――鶴丸は立ち上がった。
「だから、憎んでも恨んでもいい。けれど、どうか光坊の側にいてやって欲しい」
 深々と頭を下げる鶴丸を、長谷部は無言で見下ろし、やがてぽつりと呟いた。
「……どうせ自由のない身だ。あいつが飽きるまで、俺はここにいるしかない」
 鶴丸はそれを聞いてくしゃりと顔を歪めると、長谷部の頭を撫でた。
「……すまないな。ありがとう」
 鶴丸の出て行った玄関の方を眺めながら、長谷部はどさりとダイニングの椅子に腰掛けた。
 光忠が自分と恋人にした事は許される事ではない。許してやるつもりも毛頭ない。けれど。 
 長谷部は光忠の事を、すこしだけ哀れに思った。

 光忠が帰ってきたのは夜の二十時を越えた頃だった。
「長谷部くん、ただいま。昼間鶴さんが来たろう。どうだった?」
「……お節介な奴だった」
「はは、まあ違いない。待っててね、すぐご飯作るから」
 光忠はそう言って長谷部に軽くキスをするとキッチンに向かう。長谷部はその後ろ姿をぼんやりと眺めた。

『僕誰かと朝食食べるなんて久しぶりだなぁ』

 初めて光忠と迎えた朝に、そう言われた事を思い出す。鶴丸から聞いた過去の話が本当なら、きっと光忠は学校や仕事以外で人と食事をした事がないのだろう。長谷部も両親が共働きだったから、一人で食べる食事の虚しさは知っていた。
 しかし、両親は休みの日には必ず長谷部と一緒に過ごす時間を作ってくれたし、食事も一緒にしてくれた。今までのそう長くない人生の中では、友人や恋人にも恵まれたと思う。だがそれらを一切与えられずに育った光忠は、一体どんな想いで過ごしてきたのだろう。そんな事を、ふと考えてしまう。
「……長谷部くん?」
 気づけばシステムキッチン越しに光忠がこちらを心配そうに見ていた。
「大丈夫? 体調が悪いなら横になっていてもいいよ」
「……平気だ。それより腹が空いた」
「本当? じゃあ急いで作るね。オムライスでいいかい?」
 長谷部の好物も何もかも調べ上げているらしい男の問いに頷いて、長谷部は思考を停止した。

 夕食の後、いつものように一緒に風呂に入り、ベッドに引きずり込まれ、ああ、また抱かれるのだなと思っていると、光忠は長谷部を抱きしめたまま動かない。
「……おい、」
「なぁに」
「…………抱かないのか」
 羞恥に耐えながら尋ねると、光忠はふわりと笑い、ゆっくりと頷いた。
「今日は君が調子悪そうだから、このまま寝よう」
 驚いてぱちぱちと目を瞬かせていると、光忠は微笑みを浮かべながら長谷部の頬を撫でた。
「ねぇ、長谷部くん。大好きだよ。こんなに人を好きになるのは、きっと生涯で君だけだ」
 あいしてる、とそう言って光忠は長谷部の額に口付ける。長谷部は光忠の腕の中動けずにいると、やがて隣から寝息が聞こえてくる。
 規則正しい呼吸音と鼓動を聞きながら、長谷部は隣で眠る男の顔を見つめる。長谷部の人生をめちゃめちゃにした、憎い男。愛し方も愛され方も知らない、哀れな男。
 それが長谷部のたったひとりの運命の相手だった。
「……お前なんか、大嫌いだ」
 言い聞かせるようにそう呟いて、長谷部は眠りについた。

「今日は休みだし映画でも見に行こうか」
 朝食のトーストにバターを塗りながら光忠がそう言うものだから、長谷部はすこし驚いてまじまじと目の前の整った顔を見つめた。
「……いいのか」
「何が?」
「……その、外に出ても」
 長谷部はこの二週間、ろくに外に出ていなかった。光忠と、時々話しをしに訪ねてくる鶴丸以外の他人とも会っていない。それが自分に望まれた役割だと思っていたのだが。
「たまにはデートらしいデートもしてみたいと思ってね。それに、君は逃げたりなんかしない。だろう?」
 当然のようにそう言われて、長谷部は俯いた。そうだ、この男はそういう男だ。
「長谷部くん、何か見たい映画ある?」
 タブレットの画面で映画館の上映スケジュールを見せられて、長谷部は無言でひとつの映画のタイトルを指差した。
「長谷部くん、こういうの好きなんだ?」
「……悪かったな」
「ううん、可愛いと思うよ」
 そう微笑まれるとますます気まずくなって、長谷部は視線を逸らしながらサラダを咀嚼した。
 平凡なデートになるのだと、そう思っていたのに。
 
「っ……! ぅんっ、ぁ、あっ!」
「あんまり大きな声出すと気づかれちゃうよ?」
 囁かれながら耳を食まれる。
 映画は動物が主演の感動作で、ラストシーンでぼろぼろと涙を流す長谷部を、光忠はエンドロールも終わらないうちにトイレへと連れ込んだ。
「長谷部くんの泣き顔見てたら興奮してきちゃった」
 無人のトイレで、迷わず個室に連れ込まれたかと思ったら、背後から抱きすくめられて硬いものをぐりぐりと腰に押し付けられる。
「馬、鹿っ……! せめて家で、」
「駄目、我慢できない」
 番のオメガにだけわかる、濃厚なアルファのフェロモンで頭がくらくらする。
 嫌なのに、体の奥は既に光忠を受け入れる為にじわじわと濡れ始めていた。
「長谷部くんだって期待してる癖に」
 ズボンの上から尻を揉むように撫でられて、長谷部の肌が快感で粟立つ。
「ぁ、嫌だ、光忠、おねが、」
「こら、あんまり声出しちゃ駄目だよ。僕は構わないけど、君は気づかれたくないだろう?」
 そう囁かれて軽く耳に歯を立てられると、従順な体はかくりと力が抜けて光忠の腕に支えられる形になる。
「長谷部くん、そっちの壁に手をついて。お尻はこっち。そう、上手」
 言われるがままにどうにか壁に手をつくと、ベルトを外され下着ごとズボンをずり落とされる。
「……もう濡れてる」
「言うなっ……!」
 くちゅ、と既に蜜でぬかるむそこに指を含まされ、そのままぐりっとピンポイントで中のイイ所を押される。
「ッ〜〜!!」
 長谷部が必死に唇を噛み締めて快楽に耐えていると、くすりと背後で笑う気配がする。
「もうすっかり僕のものだね」
「だ、れが……っ、ぁんっ!」
 指を増やされてばらばらと中で動かされるともう駄目だった。
 長谷部の陰茎は既に立ち上がりふるふると頼りなく揺れながら先端からとろとろと雫をこぼしている。
 気持ちいい。嫌だ。嫌じゃない。違う。もっと。もっと太いのが、欲しい。
 無意識に揺らめく腰に、再び笑われる気配がして、光忠はしばらく後ろで何やらゴソゴソしていたかと思うと、突如強引に性器を押し込まれた。
「ッ〜、ァあっ……!」
 待ち望んでいた衝撃の後、いつもより何か物足りなさを感じて恐る恐る後ろを振り返ると、光忠の唇が弧を描いていた。
「一応外だからね。ゴムつけてるんだ」
 やっぱり物足りない?と笑い混じりに問いかけられ、首を横に振る。
「っ誰、がっ……! いいから、とっとと出せっ……!」
「……じゃあ、動くよ」
「んんんッ、ぁ、う、ん、ふっ、」
「っは……、人が来る前に、早めに終わらせる、ねっ!」
 言うが早いが腰を掴まれてガツガツと後ろから抜き差しされる。内壁の弱い所を光忠のモノが擦るたびにちかちかと視界が瞬いて、どうにかなってしまいそうだ。
「ぅあっ、やら、みつただっ」
 腕の力も脚の力もうまく入らなくて、光忠が腰を掴んでいる手だけでどうにか支えられている不安定な体勢だ。しかしそれ故どうしても深く奥まで入ってしまい、どうにもたまらない。
「ん、ふ、ぅんっ、ぁあっ」
 気持ちいい、と思わず口走りそうになって寸での所でこらえて唇を噛みしめる。
「長谷部くん?」
「うる、さいっ! とっととイけ、遅漏っ」
 意識して後ろを締め付けると、息が詰まる気配がした。
「……っ……なら、お望み通り出してあげる」
 ずちゅ、と音が出そうな程強引に奥までねじ込まれて、気づけば長谷部は壁に叩きつけるように精液を吐き出していた。
「ッ〜〜〜〜!!」
 しばらく遅れて、光忠がぐりぐりと腰を押し付けるように動かして、中で光忠のモノがびくびくと律動するのがわかった。イッたのだろう。
 それなのに、薄皮一枚に阻まれたせいで、来たるべき熱い飛沫が注ぎ込まれず、体は未だ熱が篭ったままだ。
「っ……ふ、ぁ」
「あは、物足りないって顔してる」
 強引に後ろを向かされ、顔を覗き込まれる。
「っ……だれ、がッ」
「待っててね、家に帰ったら溢れるくらい注ぎ込んであげるから」
 その言葉を聞いた瞬間、勝手にきゅんと奥が疼いて光忠のモノを無意識に締め付けてしまう。羞恥に俯いていると、ずるりとモノを引き抜かれ、体を反転させられ抱きしめられる。

「可愛い……僕の、僕だけの長谷部くん……」
 顔中にキスの雨を降らされる。
「好きだよ、大好き」
「……光忠、」
「君が僕を嫌っていても構わない。それでも僕は君が好きだし、絶対に離してなんかやらないから」

 ――それはお前の勘違いに過ぎないんじゃないか?

 鶴丸から光忠の半生を聞いた長谷部はそう思ってしまう。
 こいつは運命の番なら誰でもよくて、それがたまたま自分だっただけで、本当は、本当の意味では誰の事も好きじゃないんじゃないだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。
 しかし無理に抱かれた体は急速に睡眠を欲していて、とろとろと瞼が降りてくる。
「……とりあえずすこし寝てるといい。後のことは任せて」
「…………ん、」
 頷いて体の力を抜くと、たくましい腕にがっしりと支えられる。鼻孔をくすぐる香水混じりの光忠の体臭に悔しいほど安心してしまって、長谷部の意識はすぐに闇に落ちた。

 目を覚ますと、長谷部は見知らぬ部屋のベッドに寝かせられていた。
「……ここは、」
「近くのホテルだよ。僕はちょっと用事があって出かけるから、お腹が空いたら適当にルームサービスでも頼んでおいてくれ。すぐ戻るよ」
 光忠は長谷部の額にキスを落とすと、ひらひらと手を振って部屋を出ていった。
 相変わらず勝手な男だと溜息をつく。上等なベッドから足を床に下ろすと、ふかふかの絨毯が足裏をふわりと包む。
「……しかし広い部屋だな」
 ホテルの一室とは思えないその様子に、恐る恐る部屋のドアを開けると、そこにはまた別の部屋が広がっていて、ドアの数を見るに他にも部屋が複数あるようだった。
 もしかしなくともスイートルームというやつなのでは、と中流家庭出身の長谷部は肝が冷えたが、どうせ光忠の金だからと無理矢理に無視することにした。どうせ光忠の息のかかったホテルなのだろうから、逃げ出してもすぐ捕まるだろう。ならば、いっそのことこの状況を楽しんだ方がマシだ。
 そう考えることにして、長谷部は生まれて初めて入るスイートルームの各部屋を見学して回った。バーカウンターやピアノのあるパーティールームや薔薇の花びらの浮いたジャグジーバス。数部屋回ってようやくリビングらしき部屋に辿り着いて思わず溜息が出た。洒落たガラステーブルの上から、ウェルカムスイーツらしきチョコレートを摘んで口の中に放り入れると、芳醇なカカオの味がした。長谷部は高級チョコレートと言えばゴディバくらいしか知らないが、おそらくピエールとかジャンとかそういう名前のフランス人が作ってるのだろう。美味い。
 バリバリと高級チョコを貪っていると、長谷部は何か塩気のある物が食べたくなって来た。

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