「………………みつただ?」
恐る恐る名前を呼ぶと、弾かれたように光忠が顔を上げた。
「長谷部くん!?」
がばりと長谷部の肩を掴み顔を覗き込んでくる。
「大丈夫? 気分が悪いとか、体が痛いとかない?」
「あ、いや、だいじょうぶ、だ。多分……」
むしろどこかすっきりとした気分ですらある。
「良かった……」
ぎゅう、と体を抱きしめられて光忠の香りに包まれると、知らず体から力が抜けてしまう。
「長谷部くん、どうして、自殺なんて」
震える声で尋ねられる。
「そんなに僕が嫌だった……? それとも、あの男のところに行こうとした?」
「…………俺、は……」
「君が僕を殺したいって言うなら死んでもいい。君が欲しいものならなんだって買ってあげるし、君の言うことならなんでも聞くよ。僕の全部をあげる。だから、僕の前からいなくならないで……!」
置いて行かれた子供のような悲痛な声だった。事実そうなのだろう。光忠の心は、きっと母親から引き離された時から止まっているのだ。
子供故の純粋さと残酷さを持ち合わせた図体のでかい男は、ぎゅうぎゅうと長谷部の体を抱きしめて泣いた。
「ねえ、僕のこと、好きになってよ」
はせべくん、と肩に額を擦りつけられる。全身で愛してほしいと強請る男に、長谷部は溜息をついた。
「…………俺は、俺の人生をめちゃめちゃにしたおまえを許すことはできない」
びくり、と光忠の肩が跳ねる。
「おまえはきっと俺のことなんか好きじゃない。刷り込みみたいに運命の番の俺を妄信的に慕って、執着してるだけだ」
「違うよ、僕は君のことが」
「話を聞け。……俺は自殺した。昨日までの俺は死んで、今日からは新しい俺だ。だから、今日から一生かけて新しい俺のことを、惚れさせてみろ」
長谷部は光忠の肩に手を置き、その涙に濡れた金眼をじっと見返した。
「俺がおまえを好きで好きでたまらないと思うくらい、俺のことを好きになれ」
「…………何それ」
「チャンスをやると言ってるんだ。俺とおまえがきちんと恋愛するための、チャンスだ」
何もかも奪われてきた光忠と、そんな光忠に人生を狂わされた長谷部がきちんと人対人として向き合うための。
ぱちぱちと瞳を瞬かせると、光忠は「そんなんでいいの」と途方にくれた声を出した。
「もっと指を詰めたり爪を剥いだりとかそういう……」
「俺は一般人なんだぞ。極道の流儀なんぞ知るか」
言いたいことを全部言ってすっきりした。言ってしまうと、どうして今まで溜め込んでいたのか不思議なくらいだった。やはり人間修羅場を越えると強くなるものらしい。
「…………俺が、おまえの子を孕みたいと思うくらい、好きにさせてみるんだな」
最後の一言は目を泳がせながら言うと、光忠は長谷部にそっと唇を重ねた。
「…………そういう、男前な君も好きだよ」
「……言っておくが、惚れるまで性交渉はなしだぞ」
「えっ」
「えっ、じゃない。さっき俺の言うことはなんでも聞くと言っただろうが」
「発情期はどうするの?」
「うっ……それは、まあ、おいおい考える」
そんなことを言い合っていると、病室のドアがコンコンと叩かれ、医師らしき人達が入ってきて光忠は病室の外へ追い出された。
長谷部くん、と情けない声をあげる光忠の姿を見て、長谷部は久しぶりに声をあげて笑ったのだった。
◆ ◆ ◆
「よう、光坊。長谷部の様子はどうだった」
「元気だったよ。倒れた時はどうしようかと思ったけど」
「たかが鉄剤で倒れるなんざ、プラシーボってのは恐ろしいな」
「まあねえ」
鶴丸はポケットから赤い錠剤を取り出して、ペットボトルの水で喉の奥へと流し込んだ。
「長谷部くんに僕にその鉄剤を飲ませるように仕向けて、一命を取り留めてみせたら彼の罪悪感に一生つけ込むつもりだったんだけど、あてが外れちゃったな」
「…………きみのそういうところ、俺は時々恐ろしくなるぜ」
「そう? それにしても長谷部くんかわいいよねえ。僕が贔屓にしてるホテルの、しかもスイートに、敵対勢力の奴なんか入り込ませる筈ないのにさ。あんな下手な茶番信じちゃって」
「一般家庭育ちのやつにそこまでの洞察力求めるのは酷ってもんだ。……まあ、その顔見るとうまくいったんだろ?」
「うん、バッチリ。僕ね、これから長谷部くんと恋愛するんだぁ。しかも一生。すごいプロポーズ」
よかったな、と相槌を打ちながら、鶴丸は心の中で長谷部に合掌した。
「…………なあ、」
ずっと気になっていたことを問いかける。
「きみは今、幸せかい?」
光忠はにっこりと、それはもう零れんばかりの笑みを浮かべた。
「とっても幸せだよ。ありがとう、鶴さん」
★エンディング7「大団円(?)」
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