【ゲームブック風小説】いつだって愛してる

短編
     

 思い切って備え付けの棚に置いてあった内線を手に取り、フロントへかけることにした。

『はい。何のご用でしょうか、長船様』
「あー……何かしょっぱい物…ポテトとかあるか?」
『フレンチフライですね。他にはよろしいでしょうか?』
「……ええと、コーラとか…」

 言ってから、こんな高級ホテルのスイートルームに泊まっておいて何を注文してるんだ、と内心頭を抱えたがもう遅い。
『ご用意します。しばしお待ちを』
「……ああ、よろしく」
 電話を切って、備え付けのソファにどさりと腰かける。
「…………何やってるんだかな」
つい数カ月前までは穏やかで平凡な暮らしをしていた自分が、今はヤクザだかマフィアだかに囲われてスイートルームに泊まっている。世の中何が起こるかわからない。
わからないと言えば、光忠への気持ちもよくわからない。腹の底から煮えくり返るような憎しみや怒りの炎は今もまだ燻っている。
 好きだとは思えない。けれども、どうしても、心底嫌いにはなれない。何度も自分に嫌いだと言い聞かせなければいけない程度には、哀れみや、認めたくないが情のようなものが芽生え始めている。
 それは運命の番だからか、それとも。
「俺はどうしたらいいんだろうな……」
 ソファの背もたれに寄りかかり、力なく笑う。笑ったところで、ピンポンと玄関のドアの方からチャイム音が聞こえた。
「はい」
 ドアを開けると、スーツ姿の男が一人、ポテトを乗せたワゴンを押して現れた。
「失礼致します」
 長谷部が呆気に取られている間に、リビングのテーブルの上に無駄のない手際でポテトの皿と、瓶入りのコーラを並べていく。
「あ、ええと、ありがとう」
 こういう時はチップを渡した方がいいんだろうか、と長谷部が迷っていると、男はすっと長谷部の耳元に顔を近づけて言った。

「お静かに。我々は貴方を助けに来ました」

「っ!?」
 予想もしていなかった言葉にびくりと肩を震わせると、男は長谷部に何かを握らせる。

「我々は、長船光忠と敵対する勢力の者です。その毒薬を長船に飲ませてください。後の処理は我々が行います。飲ませるだけでいいのです。そうすれば貴方は晴れて自由の身です」

 そう早口で囁くと、男は身を離してにこりと営業用とわかる笑顔を浮かべてみせた。
「それでは、また何かご用があればお申し付けください、『長谷部』様」
 そうして男が出て行ってから、長谷部はようやっと我に返り、手のひらを開いて中の物を見た。

 それは毒々しい赤い色の錠剤だった。

「…………はは、」
 ドラマや映画じゃあるまいし、と思うにはやけに手が込んでいる。まさか鶴丸の仕掛けたサプライズか何かだろうか。
 胸を抑える。シャツの上からでもわかるくらい、鼓動が早い。
「…………嘘だろ」
 突然手の中に飛び込んできたチャンスは、たかが数ミリグラムのくせに、やけに重く感じた。

 ◆ ◆ ◆

「ただいま」
 戻ってきた光忠の声に長谷部は心臓が飛び出るかと思った。
「あ、ポテト頼んでたの?」
「ぁ、ああ」
 声がひっくり返らないように注意しながら頷き、さりげなくジーンズのポケットに手をやる。あの錠剤の感触が確実にそこにあるのを確かめながら、長谷部は俯いた。
 報告、すべきだろうか。
 番のいなくなったオメガの末路なんてたかが知れている。怪しい奴が来たんだと。こんなことを言われて、こんなものを渡されて。正直に話せば、きっとあの男は光忠に処分されるだろう。
 ――そうして長谷部はまた籠の鳥だ。

「どうしたの?」
「…………いや、あまりこういうところには慣れなくて」
「なら帰る?」
 あっさりと言われて驚いた。目を丸くする長谷部の頬をするりと撫でて、光忠が微笑む。
「君が嫌なら帰ろうか。いいよ」
「いや、勿体ないだろうが。高いんだろ、ここ」
 長谷部の言葉に光忠はおかしそうにくすくすと笑い声をあげた。
「大した額じゃないよ。近いからとりあえず寄ったけど、君が嫌なら構わない」
「……だが、」
「君が一緒ならどこだって同じだもの」
「っ……」
 何か言おうとして口を開いて、閉じる。言うべき言葉が何ひとつ見つからなくて、ただ目を泳がせる。
「どうする?」
「……………帰る」
 唇を撫でる光忠の指をやんわりと外しながら告げると、光忠はやけに嬉しそうに破顔して長谷部を抱き上げた。
「なっ、おい、」
「うん、帰ろうね。一緒に」
「っ、ん……」
 甘く唇を重ねられて思わず腰が揺れる。シャツの上からきゅっと乳首を摘まれて熱い息が溢れた。
「ふふ、かわいい。帰ったらいっぱいシようね」
「誰、がっ…」
「だーいじょうぶ、わかってるわかってる」
 そう言うと光忠は長谷部を抱えたまま鼻歌交じりにドアを開け、宿泊者専用のエレベーターに乗り込んでロビーへと向かった。

 もしも、と長谷部は思う。
 もしも、あの小さな錠剤を飲ませれば、この男は死ぬのだ。

 知らず腕に力が入る。ぎゅうと抱きつく形になった長谷部に、光忠はくすりと笑う。
「なぁに?待ちきれないの?」
「…………」
 無言でいるうちにエレベーターがロビーへと到着した。すかさず駆け寄ってくるフロントマンに、「車回してきて。早く」と光忠が無造作にキーを渡す。
「長谷部くん、もう少しだからね」
 光忠が長谷部の髪にやわらかく唇を落とす。周囲から痛いほど視線を浴びているのがわかって、いっそ消えてしまいたくなった。
 せめて顔を見られまいと光忠の肩口に顔を押しつけると、香水混じりの光忠の香りがした。泣きたくなるほど甘くて安心する匂いなのが、無性に悔しくて仕方がなかった。

 ◆ ◆ ◆

「ぅあああっあ、あ――――ッ」
 四つん這いの状態でびゅくびゅくと薄くなった精子を撒き散らし、最奥にどくどくと子種を注がれる。普段飲んでいるピルのおかげで妊娠することはないだろうけれど、光忠の「新婚気分」とやらが落ち着いたら、きっと容赦なく孕まされるのだろう。
 想像に思わずぶるりと身震いしていると、背中をやわらかく撫でられた。
「大丈夫? 長谷部くん」
「は、ぁ……」
 ふわふわとした絶頂感に放心したまま僅かに頷く。光忠はそれを見てからずるりと砲身を抜いた。
「ぅあ、ん……もう、終わりか」
「煽らないでよ。名残惜しいけど、この後ちょっと仕事があってね。長谷部くんはこのまま寝てていいよ」
 いつもはこの後も何度となく求められるから不思議に思って尋ねただけなのに、これだけじゃ満足できない浅ましいやつと思われるのは心外だ。
「あと一週間は予定が詰まってるけど、クリスマスは丸一日一緒に過ごそうね」
 クリスマス。光忠に攫われてから、もうそんなに経ったのか。
 時の流れの早さに内心驚いているうちに、光忠はさっさと身支度を整え、長谷部の額に軽くキスをする。
「おやすみ。また明日」
 寝室のドアが閉められてしばらくして、玄関のドアが開閉する音が聞こえた。光忠が戻ってくる様子がないことを確認してから、長谷部はもそもそと脱がされた服を拾い集め始める。くしゃくしゃになったジーンズのポケットから震える指で取り出したのは、例の赤い錠剤だ。

『これを飲ませるだけでいいのです。そうすれば貴方は晴れて自由の身です』

 男の言葉が脳裏を過ぎる。
 長谷部だって馬鹿じゃない。きっとこの毒薬を光忠に飲ませたところで、あいつらが秘密を知っている長谷部を生かしておくわけがない。おそらく毒を飲んだ光忠ごと口封じに処分されて終わりだろう。長谷部が確実に生き延びるためには、このことを素直に光忠へ報告するしか道はないだろう。
 自分を恋人から引き離し、平穏な生活をぶち壊した光忠が憎い。大嫌いだ。恨んでいる。なのに、光忠が抱える空虚さや孤独に触れれば触れるほど、どうしてもその境遇や生き方に対して哀れみや情を覚えてしまう。自分はきっと甘いのだろう。
 光忠が、心底性根のねじ曲がった男だったら良かったのに。長谷部のことなんか道具にしか思ってなくて、乱暴に体を拓いて、あんな――あんな風に、心の底から愛おしそうに見つめてこなければ、今頃自分は躊躇いなく毒薬を飲ませていたのに。
 長谷部には毒薬を飲ませることも、光忠に毒薬のことを報告することも、どちらも選べなかった。
「…………くそ、」
 気分を紛らわせる為に、寝室のテレビをつけることにする。
 リモコンを押すと、大型の液晶テレビがパッと光り、ニュースが始まる。ちょうど早朝のニュース番組が始まったばかりのようだった。ニュースキャスターが真剣な表情でニュースの原稿を読み上げる。

『ニュースのお知らせです。昨夜未明、○○市に住む■■■■さんが遺体で発見されました』

 読み上げられた名前に、世界が凍りついた気が、した。

 ◆ ◆ ◆

 並べられた色とりどりの皿に、ひとつも手をつけない長谷部を、光忠は怪訝そうに見つめた。
「どうしたの? 食欲ない?」
「光忠、正直に答えてほしい」
 舌が乾いて喉に張り付くのをやり過ごしながら、長谷部は真剣な顔で目の前の男をじっと見据えた。
「俺の元恋人を殺したのは、おまえか」
 長谷部の問いに金の隻眼が一瞬だけ丸くなる。しかしすぐに光忠は興味をなくしたような顔をして、皿の上のトマトにざくりとフォークを刺した。
「……ふうん、死んだんだ、あの男」
「しらばっくれるなよ。ニュースで土砂崩れに巻き込まれて死んだって…! あいつは山沿いになんて住んでなかったのに!」
「……長谷部くん、何か勘違いしてるみたいだけど、その件について僕は一切手を下していない」
「っ……なら、なんで……!」
「そういえば、彼が邪魔だって愚痴なら周りに漏らしたことはあったかな? それで部下の誰かが気を利かせて”処理”をした可能性はあるね。でも、それって僕のせいなのかな?」
 光忠が珍しく行儀悪くテーブルの上に肘をつき、頬杖をついた。
「どうしても犯人を突き止めて仇を討ちたいって言うなら、部下に一人一人聞いて回ろうか? 実行犯が見つかったら君の目の前で八つ裂きに――」
「違う、そういうことじゃ……!」
「じゃあ何? 死んだ君の元カレの葬式に行って焼香や献花でもしろって?」
「ちが、」
 自分でも何が言いたいのかわからない。悲しくて、混乱していて、納得行く説明が欲しくて。でも状況は長谷部の思っていたよりももっと歪んでねじ曲がっていた。
「長谷部くん」
 ひたり、と鋭い金色の視線が針のように長谷部を射抜いた。
「ねえ、君は誰のもの?」
「……俺、は……」
「君は僕のものだよね。僕の番、僕の伴侶、僕のいとしいひと。君は僕のことだけ考えていればいいんだよ。他のことなんてどうでもいいだろう?」
「そ、んな……ちがう、俺、俺は、」
「違わないよ。ああ、最近ちょっと優しくしすぎちゃったかな。今日は君が誰のものかわかるように、とびっきり酷くしてあげる」
 そう言って、光忠は両腕を広げてやわらかく笑んだ。
「おいで」
 足がすくむ。逃げ出してしまいたい。なのに。
「おいで、長谷部くん」
 ぶわ、と自分に向けられる甘い匂いで何も考えられない。ふらふらと操り糸に導かれるように歩いて、ぽすりと光忠の腕の中へ収まる。
「うん、いい子。君は僕のものだよ。今夜はそれをたっぷりわからせてあげる」

 そこから先は嵐のようだった。最初から長谷部のうなじを噛んで強制的に発情させると、光忠はあらゆる体位で長谷部を犯しつくした。長谷部のなけなしの尊厳もプライドも何もかも踏みにじるようなセックスだった。
 もう何も出ないと泣きわめく長谷部の尻を叩いて、ナカイキを強制されて、気絶しかけた長谷部の子宮口を突いて強引に起こして、最後は光忠に許しを乞いながら光忠のペニスへ口で奉仕させられた。

「長谷部くん、君は誰のもの?」
 精も根も尽き果ててシーツにだらりと横たわる長谷部の髪を、優しい手つきで梳きながら、光忠が問う。
「ぁ、う、みつ、たら…みつたらの…」
「そうだよ。えらいね。さすがは僕の長谷部くんだ」
 口淫でべとべとになった口元を拭ってやりながら、光忠はいとおしそうに名前を呼ぶ。
「僕の長谷部くん、僕の運命のひと。ずうっとずっと一緒だよ……」

 抱えあげられて風呂に入れられて、丁寧に体中をケアされてから、二人並んでベッドに入る。光忠の体からゆるゆると力が抜け、寝息が聞こえ始めるようになった頃、長谷部はゆっくりと慎重に体を起こした。
 隣に眠る男の白い喉に指をかける。もう少し力を入れれば、きっと光忠は死ぬだろう。長谷部が毒薬を飲ますまでもない。いっそこの手で――、
「ん……」
 その時、光忠がふにゃりと笑った。子供が親に甘える時のような、力の抜けた笑みだった。
「はせべくん、だいすき……」
 腕から力が抜けた。ぱたり、とシーツの上に水滴が落ちる。ぱたり、ぱたり。
「くそ…………」
 哀れだった。まっとうな愛し方を知らずに育った光忠も、そんな光忠に執着された自分も。哀れで、惨めで、悲しくて仕方がなかった。誰のことも責めることができないのがつらかった。
 長谷部は寝室をこっそりと抜け出し、リビングへと向かった。長谷部の数少ない私物置き場から、隠しておいたあの錠剤を取り出した。錠剤は相も変わらず血のように真っ赤な色をしている。

 毒薬を
  →捨てる
  →しまう
  →光忠に飲ませる
  →自分で飲む

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