【ゲームブック風小説】いつだって愛してる

短編
     

◆ ◆ ◆

「長谷部くんが手料理を振る舞ってくれるなんて珍しいね」
 光忠からの言葉に心臓がどきりと跳ねる。
「……一応、世話になっている身ではあるからな」
「そんなこと気にしなくていいのに」
 でも嬉しい、と光忠が破顔したので、胸がずきりと痛む。声が震えないように気をつけながら、長谷部はぐつぐつとビーフシチューの煮える鍋をおたまでぐるりとかき回した。
「あともう少しでできるから、先にワインでも飲んでいてくれ」
「えー、せっかくだから一緒に飲もうよ」
「俺はデザートの用意もあるからな。まだ遠慮しておく」
 そう言うと光忠は渋々と小型ワインセラーへとワインを取りに立ち上がる。
「飲みかけのが下段に入ってるから、そっちから先に飲んでくれ」
「はーい」
 このところ光忠の帰りが遅い日は晩酌をするようにしていたから、光忠は特に疑いを抱いた様子もなく、栓の開いたワインを一本持って来て、ワイングラスにとくとくと注いだ。
 長谷部はできるだけゆっくりとバケットを切って軽くトースターで焼き始め、その間にサラダとビーフシチューを皿に盛り付ける。トレイに二人分の料理を乗せてテーブルに運ぶと、光忠はまだワインに口をつけていないようだった。
「できたぞ。さっさと食え」
 テーブルの上に皿を並べていくと、光忠がわあ、と目を輝かせた。
「誰かの手料理食べるの、久々かも。ありがとう、長谷部くん」
「……別に、」

 ただ、『最期くらいは』美味しいものを食べて欲しいから、だから。

 長谷部は自分のグラスにミネラルウォーターを注いで、光忠に向けて「ほら、乾杯」とグラスを差し出した。
 今、自分の顔は強張っていないだろうか。
 可能な限り自然な表情を心がけていると、「乾杯」と光忠から差し出されたワイングラスが長谷部のものとカチリとぶつかった。
「じゃあ、まずは長谷部くんのお手製サラダから行こうかな。美味しそう」
 予想に反して光忠はワイングラスに口をつけず、サラダに手をつけ始めた。
「うん、美味しい。このドレッシングとも相性がいいね。これもお手製?」
「いや、ネットショップでおすすめされてたのを買った」
「じゃあ長谷部くんの買い物センスがいいんだね」
 変な方向で褒められてしまって、居心地が悪い。早くワインに口をつけてくれないだろうか。長谷部は味のしないサラダをもしゃもしゃと焦燥感と共に咀嚼する。
 光忠はサラダを何口か食べると、今度はビーフシチューに手を伸ばした。
「これは何のレシピを見て作ったの?」
「……うちの母親直伝だ。ワインともよく合うぞ」
「家庭の味か。いいなぁ」
 目を細めて笑う光忠に、ずきずきと胸が痛む。早く、早く。祈りにも似た気持ちで、テーブルの下で左の拳を握った。
「……こんな風にさ、好きな人と食卓を囲めるのって、いいね」
 金色の瞳が蜂蜜のように甘くとろける。
「好きだよ、長谷部くん」
 歌うように光忠が告げて、ワイングラスに手を伸ばした。
「っ……やめろ!!」
 気づけば長谷部は光忠の腕を掴んで止めていた。ぱち、と金色の瞳を縁取る長い睫毛が上下する。

「すまん。そのワイン、古くなってるの忘れてた。だから、」
「毒が入ってるんだろう? 知ってるよ」

 当然のように言われて、世界が止まったような錯覚を得た。
「………………え、」
「あのホテルの一件以来、君の様子がおかしかったから調査させたんだ。そしたら敵対組織の奴らが君とコンタクトを取って毒薬を渡したらしいって調べがついてね」
 光忠は右腕を押さえる長谷部の指を一本一本ゆっくりと外していく。
「ああ、長谷部くん僕を殺すつもりなんだ。いつ殺してくれるのかなって、ずっと待ってたんだけど、やっと決心がついたんだね。待ちくたびれたよ」
「…………な、んで…………」
 歯がかちかちと震える。頭の中いっぱいに恐怖と困惑が広がっていく。そこまでわかっていてどうして。
 答えは長谷場が予想していたよりもずっと残酷だった。

「だって。長谷部くん、僕を殺したら、一生僕のこと忘れないだろう」

 いとおしそうに微笑みながら光忠が口を開く。
「これで君は永遠に僕のものだ」
 そこから光忠が倒れるまではスローモーションのように感じられた。傾けられるワイングラス、上下する喉仏、床に落ちて粉々になったガラスの破片。
「光忠っ……!!」
 ぐらりと傾く光忠の体に駆け寄って支える。光忠は幸せそうに笑ったままだ。
「きゅ、救急車……!」
 ポケットからスマートフォンを取り出し電話をしようとする長谷部の腕を、光忠が掴んだ。
「だめだよ。ゆるさない」
 ゆっくりとした口調で光忠が言った瞬間、ぶわりと香るフェロモンに当てられて、長谷部は動くことができなくなった。
「嫌だ、光忠、やめてくれ……」
 仕組んでいたと思ったのに、仕組まれていたのは自分の方だった。
 どんどん力の抜けていく体に、長谷部は自分がこの男に一生囚われ続けることになる予感を覚えるのだった。

★エンディング4「一生の償い」

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