夏色センチメンタル

短編
      65862文字(全14ページ合計)

【後日談:とあるクラス会にて】

 よう、久しぶり。元気だった?
 なんか面白い話あったかって? そう、聞いてくれよ。俺の高校時代の同級生にとんでもないイケメンがいてさ。どのくらいイケメンかというと、同じ人類か? っていうくらいのイケメンなんだ。テレビで見る下手な芸能人とかよりも、よっぽど顔がいい。あそこまで抜きん出て顔がいいと、もう自分を同じ土俵に並べること自体馬鹿馬鹿しくなってくるレベルだ。これで身長が低いとか性格が悪いとか頭が悪いとかだったらよくある話なのかもしれないが、あいつは身長はバスケ選手並に高いわ体格もいいわ、おまけに性格も頭も良かった。天は二物も三物も与えるんですねって、若干十六歳で世の理不尽さを思い知ったよ、俺は。

 生徒会もやって、生徒からも教師からも人望もあって。でもそれなのにあいつは時々ちょっと冷めたような目をしてたんだ。まあそうだよな。あれだけ一人ランクの違うやつが有象無象の中に放り込まれたらつまらない気持ちになるだろうってことは俺にだって想像できる。幼馴染だっていう鶴丸先輩や、後輩の大倶利伽羅や太鼓鐘なんかとつるんでる時は結構楽しそうだったけど、クラスでいる時は、人の輪の中にいても、いつもすこしだけ退屈そうにしてたのが印象的なやつだった。

 高二の夏くらいだったかな。そんなあいつが休み時間の度にスマホ開いて、にこにこ笑顔浮かべながらなにかメッセージ打つようになったの。俺はピンと来たね。あれは絶対彼女だって。
 どうも隣町の私立高の女子と付き合いだしたらしいって噂が広まって、本人は必死に否定してたけど、多分恥ずかしかったんだな。
 俺? 俺はあいつでも恋愛するんだなー、そうだよなあいつも人間だもんなって変なところで感心したよ。言ったろ? レベルが違いすぎてやっかみとか全然起きないの。
 それがさぁ、夏休みの間にどうも別れたらしくって、スマホ取り出しては画面を眺めて溜息ばっかりついてたから、俺を含めたクラスの男子たちは可哀想になって購買の菓子パンを日替わりで差し入れたんだよ。懐かしいな。今思うと馬鹿みたいだけど、ほら、高校生って――俺もそうだったけど――そういう馬鹿を楽しんじゃうところあるだろ。そういう感じ。あいつはまあ困ったように笑って「ありがとう」っていつも律儀に受け取ってたよ。毎回残さず食べてたから、多分嫌がられてはいなかったと思う。

 ああ、そうそう、面白い話。それそれ。ここまでが前置き。長くてごめんな。俺こういうのうまく短く纏められなくってさ。
 そいつ、長船光忠って言うんだけど、そいつがこの間クラス会に来て、ちょっとした出来事があったんだ。それが、本題。


◆ ◆ ◆


「カンパーイ」

 数年ぶりに再会する元クラスメイト達とこうしてジョッキを鳴らすことに懐かしさを覚える。高校の時にも、文化祭やテストの打ち上げでファミレスのドリンクバーのグラスをガチャガチャ鳴らしまくっては、引率の教師に怒られていたことを思い出す。さすがに皆二十代も半ばとあっては分別を覚えたのか、あの頃よりは控えめにカチンカランと手の中のガラスを鳴らしている。今回は教師抜きのクラス会なので、怒られる心配はないとはいえ、だ。
 小田島康介はビールをグビリと飲みながら、居酒屋の大個室を見渡した。

「あと来てないの誰だっけ?」
「長船が仕事で遅れるって」
「あいつ今なにやってるの?」
「SNSで繋がってるやついるー?」
「あ、俺繋がってる。料理研究家とかフードコーディネーターとかやってるって」
「マジかよ、見せて見せて」

 タブレットに映る色とりどりの料理の載ったマイページを見せられて、皆口々に感嘆の息を吐き出す。

「やっぱイケメンは違うわー!」
「大学で栄養士の資格取ったとは聞いたけど、こう来たかーって感じ」
「すげーよな。大学時代はダブルワークで料理学校も通ってたんだっけ?」
「でも長船、メディアに顔出ししてない……のか? これ見る限り」
「してたら今頃昼時のバラエティに引っ張りだこだろ」
「あれか。『純粋に僕の腕だけ評価してほしくて……』ってやつか」
「メンタルまでイケメンかよ……相変わらずだな……」
「もう結婚とかしてんの?」
「これ見るとパートナーがいますって書いてるな」
「パートナー! なんか言い方までかっこよくてムカつくな」
「女子的にはこういうのどうなの? 狙いに行きたい感じ?」

 ちょっとおまえそれは失礼じゃないの、と小田島が止めるよりも早く、平岡が手近にいた女子数名に尋ねる。聞かれた女子たちはと言うと、顔を見合わせて、「……ねえ、」「だよねえ」としきりに頷きあっている。

「長船くんはさぁ、顔も頭も性格もいいけど、付き合うには私にはハードル高すぎっていうか……」
「あそこまでのイケメンの隣に並ぶ資格が自分にはないっていうか」
「理想高そうで無理」
「ああいうのは観賞用観賞用。目の保養にはちょうどいいけど、彼氏とか結婚相手とかは無理だって!」

 散々な言われようで、聞いた平岡も止めようとした小田島もぽかんとしてしまった。
「え、イケメンなら無条件にモテるんじゃないの?」
「んなわけないじゃん! うちのクラスで本気で狙いに行ってたの三浦っちくらいだよー」
「三浦っちすごいアタックしてたもんね」
「ねー。あ、三浦っちも今日仕事で遅刻だっけ?」
「百貨店のBAやってるらしいね」
「えー、かっこいー!」

 そんな話題で今度は女子たちが盛り上がる。小田島と平岡は顔を見合わせて、イケメンもイケメンで大変なんだな、とアイコンタクトを交わした。今度長船に会ったらなにかいいもの食べさせてやろう。そんなことを小田島がひそかに決意していると、個室のドアが開いて人影が入ってきた。

「みんな、遅れてごめんね」

 黒のロングコートにチャコールグレーのハイネックセーター、黒のスキニーというモノトーンコーデにも関わらず華やかな印象でもって現れたのは、先程まで話題の的になっていた長船光忠その人だった。
「ほら、三浦さんも入って」
 そしてその隣から部屋に入ってきたのは、やはり噂の人物、三浦遥香だった。

「えっ二人で来たの?」
「もしかして付き合ってる!?」
 皆がわっとざわめくなか、「違うよ」と冷静に否定したのは長船だった。
「三浦さんとはお店の前でたまたま会ったんだ。僕も彼女と会うのは高校卒業以来かな。だよね?」
「うん、ホント偶然会っただけ」
 赤いルージュの塗られた唇を笑みの形にしながら答える三浦に「なーんだ」とざわついた連中が一斉に肩を落とした。
 二人がそれぞれ荷物を置いて席に座ると、すかさず飲み放題のメニューが回された。

「長船、どれ飲む?」
「とりあえずビールで」
「三浦っちはー?」
「私ハイボール」

 程なくしてコースのサラダと二人分の飲み物が運ばれてきて、それぞれがテーブルごとに自分たちの近況を報告しあう。
「今私は一児の母やってまーす」
「俺は博士課程卒業して某研究所に就職が決まったところ」
「あたし今雑誌記者やってるんだー」
「あ、僕は料理研究家を、」
「「「「知ってる」」」」
「なんで!? え、三浦さんも知ってた?」
 長船が慌てて斜め向かいに座る三浦に声をかけると、彼女もこくりと小さく頷いた。
「光忠くん、料理動画とかも出してるよね? 私よく見てるよ」
「顔出ししてなかったんだけどなぁ……いやでも知ってたら声でバレるかぁ」

 平岡がうるさいくらい小田島の脇腹を小突いてくる。うるさい、とはねのけると同時にスマホが震える。画面のロックを外すと、平岡が『あれ、三浦はまだ未練タラタラじゃね?』とトークを送ってきていたので、『変な首突っ込むなよ』と素早く入力して送り返した。嫌な予感しかしない。
 そんな男子サイドの気遣いなど知らずに、女子の方はぐいぐいと核心に迫っていく。

「長船くん、その指輪って結婚指輪?」
「あ、私も気になってた! それ○○○のリングだよね? 高くなかった?」
 さすが女子は目ざといらしく、その指輪の独特な金属の光り方とデザインでブランドをある程度絞り込んでしまったらしい。平岡が隣で「怖……」と呟いたので、小田島は無言で平岡の脇腹を小突いた。おまえはもう黙っていろ。

「ああ、うん。そうだよ。来月、海外で式を挙げる予定なんだ」
 きゃあ、と女子が一気に色めき立つ。どんな人、どこ大卒で、何の仕事をしてる人、出会いは、と矢継早に聞かれたものの、長船はゆったりとした笑みを浮かべながら口を開く。これが何もかもゲットした王者の余裕か、と小田島は思った。

「すごく綺麗で、優しくて、強くて、とっても素敵なひとだよ。恥ずかしがりやさんだから、あんまり詳しいことは話せないかな。出会ったのは――、」
 そこで言葉を切ったので皆が一斉に長船に注目する。全員の視線が集まったタイミングで、長船は悪戯っぽく笑って見せた。
「ハンバーガーショップ、だよ」
 またまたぁ、と長船の隣に座っていた男子がばしりと長船の肩を叩く。
「それあれだろ? ナイフとフォークで食べるオサレ系のハンバーガー屋だろ?」
「ううん、駅前のごく普通のチェーン店。ハンバーガーの食べ方知らないって言うから、食べ方を教えてあげたのがきっかけで知り合ったんだ」
「えっ……ハンバーガーの食べ方しらない人間とかこの世に存在するの……?」
「その子、すっごく箱入りなんだ」
 お嬢様だ、すごい、と皆が口々に言う中、三浦が「もしかしてさ、」と口を開いた。

「黒田高校の子?」
「…………うん。ちょっと色々あって、最近やっと交際が復活してね」

 そっか、とすこしだけ乾いた声で返事をすると、三浦はぐびりとグラスの中身を一気に飲み干した。
「私、明日早いからここで抜けるわ。小田島くん、駅まで送ってくれる?」
「お、おう」
 ここまで状況が揃っていてなにも理解できないほど、小田島も鈍くはなかった。「黒田高校出身の子」と「交際が復活」ということは、長船は例の別れたっぽい女性とよりを戻したのに違いない。つまり三浦は今、二度目の失恋をしたのだ。しかも、同じ相手に。
 修羅場の予感で内心ガチガチに緊張しながらそのまま会計をして店を出て、小田島は三浦を歩道側に寄せて駅までの道を歩き始めた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 気まずい。めちゃくちゃ気まずい。なにか話題を提供しようとして長船の名前を出しかけたので慌てて飲み込む。そのキーワードはNGすぎる。

 小田島は、長船とは出席番号がひとつ違いだった。
 だから、三浦が教室の隅から長船に授業中ずっと視線を送っていたことも、席のくじ引きで長船の前の席を当てた時に嬉しそうにいそいそと机を移動していたことも、全部見てきた。見てきて、不憫だなぁ、と思っていたのだ。

 だって、多分長船は実際のところこのクラスの誰のこともどうでもいいと思ってるって知っていたから。

「三浦さ、今BAなんだって?」
「え、あ、うん」
「なんかすごい綺麗になったよな。あ、昔が悪いってわけじゃないけどさ。垢抜けたっていうか」
「ありがと」
 三浦はくるくるとパーマのかかった髪を指に巻いて、複雑そうに笑った。
「……頑張ったんだけど、やっぱりフラれちゃったなぁ……」
 そう言って、すこし俯く三浦になにかしてやりたくて、小田島はポケットから街角で配られていたくしゃくしゃのポケットティッシュを出した。せめてこれが高級なティッシュやハンカチだったらなぁ、と苦笑しつつ、だから俺はイケメンになれないのだ、と自嘲の笑みを浮かべた。
 それでもないよりはマシだろうと、「水回りのトラブルに!」と電話番号の書かれた安っぽいティッシュを三浦に渡すと、三浦は長い睫毛をパチパチと上下させて困惑の表情を浮かべた。

「そのままだと化粧崩れちゃうだろうからさ。涙拭くのに使って」
「…………ありがと」

 三浦はすこしだけ目元を緩ませて手の中のティッシュを見ると、立ち止まって目元を押さえるようにして拭いていく。夜風に混じって、ふわりと花のような香水の香りがした。
 きっと、三浦は長船に会えると聞いて、仕事帰りに化粧を直したり、身だしなみを整えてきたのだと思う。結果は芳しくはなかったけれど、その努力は価値あるものだと思うし、いじらしいとも思う。
 誰も何も悪くないのになぁ、とそっと溜息をついていると、突然背後から声をかけられた。

「あの、大丈夫ですか?」

 そこで客観的二見たこの状況に思い当たり、小田島はざっと血の気が引いた。傍目から見たら、小田島が三浦を泣かせているようにしか見えない。
「あ、すみません。彼は知人で――」
 弁解しようとして三浦が顔を上げ、そのまま固まった。相手も「あ」と声を上げて硬直している。

「……えっと、知り合いですか?」
 話しかけてきたリーマン風の男に改めて視線をやる。長船とは違ったタイプだが、こちらもそこそこの長身で端正な顔立ちのイケメンだった。茶色と灰色の中間のような不思議な色の髪が、街灯の光を鈍く弾いていた。

「…………その、お久しぶりです。覚えてたんですね」
「そりゃね。あなたも私のこと覚えてたんだ」
「まあ、ええ」

 小田島は内心「これはこれでなんか面倒くさい匂いがするぞ!?」と叫びたかったが、空気が読めるのでひたすら傍観者に徹することにした。
「迎えに行くところ?」
「いえ、たまたまこの近くの友人宅で飲んでて」
「そっか。仲良くやってる?」
「ええ」
「……幸せになんないと、許さないからね」
「…………はい」

 そう言って、三浦は小田島の腕をぐいと引き寄せた。
「私も、この通り幸せだからさ。そっちも頑張ってね。ほら、行くよ」
 そこで三浦は足早にその場を離れ、小田島は腕を引かれるままに駅への道を進んで行った。
 ぽつぽつと街灯が灯る夜道にカツコツとヒールと革靴の足音が響く。

「三浦、」
「なに」
「ティッシュ、使えよ」
「…………わかってる」
「化粧ぐちゃぐちゃになるぞ」
「……うるさい」

 そう言ってぼろぼろと子供みたいに泣き出す三浦の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。長いこと嗚咽をこらえていたらしい彼女は、それでとうとう我慢の限界に達したらしく、わんわんと大声を上げて泣き始めた。


◆ ◆ ◆


 そう、そんなことがあってさ。あれ、きっと三浦の元彼とかだったんだろうなって思ってるんだけど、今もなんとなく聞けないでいるんだ。なんか、野暮な気がしちゃってさ。
 三浦? 元気だよ。今度一緒に野球観戦に行く約束しててさ。あいつ、全然野球とかわかんねーから色々解説してるんだけど、いっつも「うるさい」って怒られるんだよな。今度は静かに見る約束してるからそんなに怒られないと思うけど。
 あの後、長船はなんかどっかの国で式挙げてきたってクラスのグループトークで報告してきて、今度有志で集まって飲む約束してるんだ。
 ああ、あと、あの三浦の元彼(?)とは本当にそれっきり。

 え、どこが面白い話かって? 面白いだろうが!

 なんたって、俺と彼女の馴れ初め話なんだからさ!

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