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【四】
「うーん、どうしよう……」
食事をすると長谷部くんと勢いで約束をしたはいいものの、どこでどういうものを食べるとか具体的なプランを全く考えていなかったので、僕は自室でお小遣いの範囲で行けそうなグルメスポットを調べていた。
きっと高くて美味しいものは長谷部くんは食べ慣れているだろうし、かといってまたハンバーガーショップに連れて行くのは芸がない。ネットに溢れる情報の渦にぐるぐると思考が回る。
「……よし」
こういうのは自分で悩んでいても埒が明かない。僕はスマートフォンのブラウザを閉じ、こういうことに一番詳しそうな人物に連絡を取ることにした。
『鶴さん、お金持ちの子と食事に行くとしたらどこがいいと思う? 高校生のお小遣いの範囲で』
すぐに既読がついてメッセージが返ってくる。
『なんだ? 例の彼氏とデートか?』
『彼氏じゃないよ。今度黒高の友達とご飯でも食べようかって話になったんだけど、なに食べに行こうか迷ってて』
ガーン、とショックを受けた様子の鶴のスタンプが送られてくるけど、実際はそれほど気にしてないことは明らかだった。その証拠に、すぐに次の文が続いて送信されてきた。
『黒高のお坊ちゃまってことは庶民的な味に飢えてたりするんじゃないか? たこ焼きとかお好み焼きとかもんじゃ焼きとか。駄菓子屋巡りなんかも面白そうだな』
『なるほど』
さすがは鶴さん。ハンバーガーであれだけ喜んでくれる長谷部くんなのだから、たこ焼きとかお好み焼きはかなりナイスなアイディアに思えた。幸いうちの近くには馴染みのお好み焼き屋と駄菓子屋があった。今から長谷部くんの喜ぶ顔が目に浮かんで自然と頬が緩む。
『いつ行くんだ?』
『来週の土曜の夕方』
『俺も行っていいか?』
『なんで?』
疑問文の後にハテナマークを飛ばすリスのスタンプも送った。
『だってお好み焼き焼くなら人数いた方が楽しいだろう? シェアして色々食べられるし。せっかくだし伽羅坊や貞坊も呼ぼうぜ』
『えー……彼がなんて言うかな』
『そのオトモダチは人見知りなのかい』
『どうだろう。ちょっと聞いてみる』
トーク画面を切り替えて長谷部くんにメッセージを送る。
『来週の土曜、駄菓子屋とお好み焼き屋さんに行くのはどうかな? あと僕の友達も連れて行ってもいい?』
既読はすぐについて、『どちらも食べたことがないので嬉しい。友達とやらが来るのも構わない』と返ってきた。チョイスが間違ってなかったことにほっとしつつ、後半のこれは実は嫌がっているけど我慢しての「構わない」なのか、本当に気にしないという意味の「構わない」なのかがわからなくて、僕はちょっと途方に暮れた。もしなにか不満を飲み込んでの返事だったらどうしよう。五分ほどうんうん悩んでから、言葉通りに受け取ることに決めた。もし当日の反応を見て駄目そうだったら次回からは二人きりに戻せばいい。
『構わないってさ。でも彼、どっちかって言うとシャイなタイプだと思うから、お願いだから当日ドン引きさせるようなことしないでね?』
わかってるとばかりに『OK』と親指(?)を立てた鶴のスタンプが送られてきたがちっとも安心できない。鶴さんは新入生歓迎のレクリエーションで壇上にスモークを焚いて登場……すると見せかけ、体育館の二階のキャットウォークからターザンのようにロープで降りてくるという真似をして一年生たちをドン引きさせた前科がある。連帯責任で副会長の僕も反省文を書かされたのでよく覚えている。
当日なにかあったら鶴さんを叩き出すことを決意しつつ、貞ちゃんや伽羅ちゃんにも声をかけて集合の日時と場所を伝え終え、ようやくトーク画面を閉じた。
壁によりかかってふうと息を吐く。お好み焼き、当日の長谷部くんは喜んでくれるだろうか。喜んでくれるといいな。
メニューは、トッピングは、とお好み焼き屋の公式サイトを眺めながら、さっそく脳内で当日のシミュレーションをしていると、リビングの方から母さんが僕を呼ぶ声がした。
「光忠、ご飯よー」
匂いからして今夜はカレーだろう。「今行く」と返事をして、僕は立ち上がって自室のドアを勢いよく開けた。
長谷部くんにはすこし申し訳ないけれど、今回は僕の家の近所で待ち合わせをしてもらうことになった。最寄り駅前の定番の待ち合わせである時計台を目指して歩いていると、後ろから声をかけられる。
「長船!」
振り返るとロータリーにつけられた外車から長谷部くんがバタバタと降りてくるところだった。フロントガラス越しに目が合った野村さんと軽く目礼を交わしておく。
「おつかれ。待ったか?」
「ううん、全然。長谷部くんは学校帰り?」
土曜日だというのに長谷部くんは制服姿だった。
「ああ。ちょっと特別補講があって」
「そうなんだ。おつかれ」
「ありがとう」
ちょっとはにかむようにして笑うと、長谷部くんは僕の隣に立って歩き出した。
「今日来るっていう友達はもう来てるのか?」
言われて辺りを見渡したけれど、特にそれらしい人影は見当たらない。
「まだ来てないみたい」
「どういう人たちなんだ?」
「一人は先輩で、一人は一つ下、あと一人はまだ中学生だよ。みんな僕の幼馴染」
「へえ」
時計台の真下まで歩いて来てもう一度ぐるりと周囲を見渡してみる。土曜出勤らしいサラリーマンや、行楽帰りらしい親子連れにカップルたちが行き交う人混みの中のどこにも鶴さんたちはいないようだった。
もしこの場にいればすぐわかるくらいの存在感を放つ濃いメンバーたちなので、おそらくみんな本当にまだ来ていないのだろう。
「まだみたいだなぁ。時間に遅れるような面子でもないんだけど」
「そうなのか」
「うん。伽羅ちゃん……あ、高一の子ね。その子は特にこういう時はいつも早く来るんだけど、なにかあったのかな……」
全員最寄り駅がここなので電車の遅延が原因とも考えにくい。スマートフォンを取り出してグループトークに『今どこ?』と打ち込もうとしたその時だった。
「おい、長船、あれなんだ?」
「え?」
袖を引かれたので顔を上げて長谷部くんの視線の先を見て、僕は「げ」と思わず声を上げた。
それは、やたらギラギラした一団だった。パーティーとかで使う紙の三角帽を頭に被り、サングラスとアロハシャツを身に纏った三人組が「歓迎! 長船様御一行」と太い筆で黒々と書かれた横断幕を持って歩いている。
ヤバい。全力で他人のフリをしたい。あれは僕とは無関係なんだと長谷部くんに言い張りたいけど、長船なんて名字早々にないので言い逃れが難しい。
「長谷部くん、逃げよう」
「えっどうしたんだ急に。あれおまえの知り合いだろ?」
「やめてくれよあんなパリピ知らないよ僕は!」
「よーう、光坊!」
縁日なんかで売っている、吹くと紙がピロピロと広がったり巻き戻ったりする笛状のおもちゃを。ピロロロピロロロと軽快に吹き鳴らしながら、鶴さんはこちらへ大きく手を振ってくる。
僕らは今駅前のあらゆる人たちから注目の的だった。八十パーセント超えの驚異の高視聴率だ。
そこまでされて無視できるほど僕の心臓は図太くなかったので、僕は諦めて力なく手を振り返した。
横断幕を持った貞ちゃんがこちらへ元気よく駆け寄ってくる。
「よう、みっちゃん!」
「……やあ、貞ちゃん」
「そっちの彼が黒高のオトモダチか? 歓迎するぜ! 俺は太鼓鐘貞宗! 中学三年生だ」
「俺は高三の鶴丸国永だ! よろしくな!」
鶴さんからほら、と促されて伽羅ちゃんが渋々と言った調子で口を開いた。
「……高一、大倶利伽羅廣光だ。馴れ合うつもりはなかった……」
サングラス越しでも伽羅ちゃんの目が死んでいるのがはっきりわかった。これは間違いなく鶴さんに無理矢理付き合わされたやつだ。可哀想。とりあえずあとで鶴さんはシメよう。
僕がひそかに脳内で鶴さんへの報復を画策しているのをよそに、長谷部くんはぺこりと丁寧に頭を下げた。
「長谷部国重。黒田高校の二年だ。長船には普段から良くして貰ってる。こんなに歓迎して貰えて嬉しい。今日はよろしく頼む」
長谷部くんが本気でお礼を言っているのがわかって僕はちょっと引き気味になった。これ絶対鶴さんが僕たちを驚かせたくてやったことだし、こんな傍迷惑な歓迎で喜ぶなんて人が良すぎるよ長谷部くん……!
案の定鶴さんはちょっと面食らったような表情を浮かべていた。しかし、すぐににっと笑みを浮かべて長谷部くんの肩をばしばしと叩く。
「なるほど! 光坊が気にいるわけだ! ははは、いいなぁ青春だな!」
「鶴さん、そろそろいい加減にしてね?」
長谷部くんとの間に強引に割って入ると、鶴さんは「なんだ? 君もアロハ着たかったか? 予備ならあるぞ! そっちの長谷部くんのもな!」とウィンクして親指を立てた。そのままへし折ってやりたい。
「アロハシャツ……」
「長谷部くん、着なくていいからね?」
「でもそっちの長谷部くんは制服だろ? お好み焼き屋行くなら服に匂いがついちまうぜ」
鶴さんの言うことはたしかに正論だった。僕が困ったように長谷部くんの顔を見ると、長谷部くんもやはり困ったような顔で僕を見返してきた。
「……せっかくだから着てみてもいいか?」
「…………オーケー、わかった。僕も着るよ。着ればいいんだろう?」
ここで「僕は断固として着ない」と強硬に主張できるほど僕は空気が読めないやつでも心臓に毛が生えているわけでもなかった。アロハシャツの集団に囲まれて一人私服でかっこつけてるほうが、傍から見たら浮いててかっこ悪いだろう。僕はプライドを捨ててこの浮かれた集団に溶け込むことを渋々了承した。赤信号、みんなで渡ればなんとやら。
「決まりだな!」
そう言って鶴さんがにこやかに差し出してくるアロハシャツのハイビスカス模様が、なんだかとても目に染みた。
「本当にワンコインであんなに菓子が買えるんだな……」
「長谷部クン良かったなー! 楽しめたか?」
「ああ。あの紐付きの飴とかくじみたいで面白かったな。笛になるラムネとか、棒に刺さったカステラとか、ヨーグルトみたいなやつとか、見てて楽しかった」
「気に入ったなら連れてきた甲斐があったな。お好み焼き食べ終わったら、公園あたりで駄菓子パーティしようぜ!」
「そうだな。大倶利伽羅はどの駄菓子がおすすめなんだ?」
「…………黒い稲妻」
「あー、あれうまいよなー。俺も好きー」
駄菓子トークに花を咲かせているアロハ姿の四人――かくいう僕もアロハ姿なのだが――を後ろから眺めて、僕は深く深く息を吐いた。
事前に想像していたよりも長谷部くんは駄菓子屋でずっと楽しそうにしていたし、鶴さんたちともあっという間に打ち解けた。それはいい。全然いいんだけど。
長谷部くん、ちょっと馴染みすぎじゃない? 僕がハンバーガーショップで初めて会った時はもっと警戒されてた気がするんだけど、この違いはなんなんだろう。
なんとなく納得いかない気持ちを抱えながらパイン味の飴をガリガリと口の中で噛み砕き、ざらざらとした細かな破片をごくりと飲み込んだ。
「お、ここだここだ」
大きな信楽焼のタヌキの置物が置いてある店を見て、長谷部くんは首を傾げた。
「なんでお好み焼きにタヌキなんだ?」
「さあ? でもここ面白いぜー! 楽しみにしててくれよな!」
「ああ、わかった」
長谷部くんは素直に頷いてから振り返ることなく店の扉をくぐっていった。僕はなぜだかそれがとてももやもやして、そんな胸中を振り切るように店の敷居を跨ぐ。寒いくらいの冷房と店員さんの元気な声が僕たちを迎えた。
「いらっしゃいませー、ぽんぽこぽーん」
「えっ、」
店の中では店員さんから独特な挨拶をされて長谷部くんが案の定固まっていた。そんな彼をよそに貞ちゃんや鶴さんは「ぽんぽこぽーん!」と手を上げて返す。
「あ、あの、ぽんぽこぽん……?」
「長谷部くん、無理はしなくていいんだよ……」
「いや、無理じゃないんだが、予想外で驚いてしまって……」
「驚いたか? ここの店員はみんな人間に化けてるタヌキなんだぜ」
「えっ」
「鶴さん!」
にやにや笑っている鶴さんの頭に軽くチョップを落とすと、鶴さんは「ははは、だったら面白かったのにな」とあまり気にした風でもなく笑う。
「靴は横の靴箱に入れてな。そこの木札が鍵代わりになってて、抜くと鍵がかかるから、席まで自分で保管しとくんだぞー」
「わかった」
長谷部くんがきちんと靴を下足ロッカーに入れるのを確認してから、僕も靴をしまう。
「五名様ご案内しまーす、ぽんぽこぽーん」
陽気な店員さんに先導されて窓際の広い席に通された。奥側に鶴さんと伽羅ちゃんと貞ちゃん、手前側に僕と長谷部くんが並んで座る。
おしぼりと水がすぐに運ばれてきたので、みんなで回してからメニューを開く。
「なににする? 俺はパフェもんじゃかな」
「鶴さんそれ好きだよなー」
「やっぱここに来たらこれだろ」
「……広島焼き」
「伽羅はそれ? じゃあ俺はネギ焼きにする! ド派手にどーんと焼いてやるぜ!」
「みんな、長谷部くんお好み焼き初めてなんだからもうちょっとオーソドックスなの頼もうよ。豚玉とかミックス玉とか。長谷部くん、食べたいのがあるなら遠慮せずに言ってね」
「あ、ええと、じゃあ俺はそのミックス玉と、明太チーズもんじゃを……」
「明太チーズ! もちもトッピングしようぜ! もちも!」
「いいねえ、明太もちチーズ。じゃあとりあえずそんな感じで頼むか!」
「かしこまりー!」
鶴さんが言い終わるやいなや貞ちゃんがクイズの早押しボタンのように呼び出しボタンを押す。店の奥から「ただいま参りまーす、ぽんぽこぽーん」と店員さんの声が聞こえた。
店員さんにミックス玉と広島焼きとネギ焼き、明太もちチーズもんじゃにパフェもんじゃを注文すると、再び雑談タイムだ。
「へえ、じゃあ四人は小さい頃からの付き合いなのか」
「そうそう! 昔から家も近所でさ、小学校の通学班もずっと一緒で。鶴さんが小学校卒業しちゃった時は寂しかったぜ」
「君たち全然泣いてなかったじゃないか」
「……あれはあんたがバズーカ型クラッカーを鳴らしたのが悪い」
「あれはびっくりしたよねぇ。答辞が終わったと思ったら壇上に隠してたバズーカ担いで鳴らすんだもん。鶴さん卒業して以来うちの小学校クラッカー禁止になったんだよ」
「へえ……すごいな」
「なあなあ、長谷部クンて黒高なんだろ? 黒高ってどう? 楽しい?」
「あー、校則は厳しいぞ。毎朝風紀検査があるしな。でも勉強に集中するにはいいと思う」
「風紀検査毎日あんのかよー! じゃあ俺はパス。やっぱりみっちゃんや伽羅や鶴さんのいる伊達高一択だな!」
「貞坊が入学する頃には俺は卒業だけどな」
ちぇっと頬を膨らませる貞ちゃんを見て、長谷部くんは朗らかな笑い声をあげた。
「おまえたち、本当に仲がいいんだな。俺には幼馴染ってやつがいないから羨ましい」
「長谷部くん、黒高にダチいねーの?」
「貞ちゃん、」
思わず声を上げて嗜める僕を「気にするな」と長谷部くんが制した。
「実はうちの高校の理事長が叔父なんだ。それもあって、校内じゃ俺に積極的に絡んでくるやつは家柄目当てのやつが多くて」
「へえ、変なの。理事長が叔父さんでも長谷部クンは長谷部クンじゃん?」
「だよなぁ」
「……貞は時々いいことを言うな」
うんうん、と向かいの三人が頷く。
「じゃあ、俺たち友達になろうぜ! みっちゃんが長谷部クンの友達一号だからー、俺二号もーらいっ」
「……どこぞの変身物か」
「俺も参戦するぜ! 長谷部のオトモダチ戦隊ホワイト・ザ・鶴丸だ! 頼りになる追加戦士だな」
「鶴さん、番組変わってる」
わいわいと笑い合う三人の言葉に、長谷部くんの目がすこしだけ潤むのを僕は見てしまった。何か声をかけるべきかと口を開こうとした瞬間、ドン、と目の前に皿が置かれた。
「お待たせしましたー! ぽんぽこぽーん」
ちょうどいいタイミングで店員さんがお好み焼きの生地が入った丼を運びにやって来た。みんなの視線がそっちに映った隙に、長谷部くんはごしごしと素早く目元を拭ってしまう。
「よーし、焼くぜぇ!」
「伽羅、そっち油敷いてくれ」
「ああ。鰹節と青のりは貞がやれよ」
「オーケーオーケー! ド派手に撒いてやるぜえ!」
「普通でいい」
「俺も手伝う。なにをすればいいんだ?」
「なら長谷部には名誉ある仕上げのマヨ係をやって貰おう」
努めてなんでもない風を装う長谷部くんに、僕はなんだか肩を叩いて安心させたいような、だけど「どうして」と詰ってしまいたいような矛盾した気持ちを抱えてしまう。
「みっちゃん、そっちのお好み焼きは任せたぜ!」
貞ちゃんから丼を渡されて我に返る。長谷部くんが期待に満ちた目で僕を見ている。
ここでかっこ悪い姿を見せるわけにはいかない。僕はおもむろに丼を受け取り、木のスプーンを手に取った。
「……オーケー、かっこよく決めたいよね!」
◆ ◆ ◆
「じゃあな! みっちゃん! 長谷部クン!」
「気をつけて帰れよー」
「……またな」
あれからお好み焼きともんじゃ焼きをお腹いっぱいになるまで貪った僕たちは、駄菓子パーティは次の機会にする約束を交わして、ついでに帰りにゲーセンを冷やかしてきてから、今日は解散することにした。
僕は長谷部くんを駅まで送ることにして、街灯のぽつぽつ灯る道を二人で歩いていく。
「…………」
「…………」
今までだったらあまり気にならなかったはずの沈黙がなぜか痛い。なにを言ったものか悩んで、僕はとりあえず口を開く。
「あー、その、今日、楽しかった?」
言ってしまってから後悔した。聞き方を間違えた。こんな尋ね方、長谷部くんの性格を考えたら「楽しかった」って言うしかないじゃないか。僕は馬鹿か。
しかし長谷部くんから返ってきたのは予想外の言葉だった。
「…………おまえの友達は、みんないいやつだな」
なんと言っていいのかわからずに長谷部くんの横顔を見る。
「初対面の俺にもこんなに良くしてくれて、友達になってくれて。駄菓子もお好み焼きももんじゃ焼きもすごく美味かった」
僕の目をまっすぐに見返して言うと、長谷部くんはちょっと悪戯っぽく笑った。
「でも、最初におまえと食べたハンバーガーが一番美味かった。今度また一緒に行ってくれ」
きゅう、と胸が締めつけられるような心地になる。
「っ……そんなの、何回でも行こうよ。夏だけじゃなくて、秋も冬も、来年だって」
「そうか、そうだな」
「そうだよ」
強く頷き返したところで、後ろからクラクションを鳴らされた。
「坊ちゃま!」
野村さんだった。ちょうど車通りの少ないタイミングで路肩に停めたらしい車から声をかけられ、長谷部くんがちょっと困ったように僕を見る。
「今日はここまでにしようか。野村さんを困らせちゃ駄目だよ」
「……ああ、またな」
「またね」
笑顔でひらひらと手を振ると、長谷部くんはようやく安心したように笑ってくれた。そのままたたっと反対車線へと渡って車のドアを開け、こちらへと叫ぶ。
「あとでトーク送るから!」
「うん! 待ってる!」
そうして長谷部くんが乗り込んだ高級車は音もなく走り去っていった。
車が見えなくなるまで見送ると、僕はひとり元来た道を戻って家へ向かう。
人通りのまばらな道で熱帯夜をかき分けるように歩いていると、じわじわと吹き出てくる汗と一緒にいらないことばかり考えてしまう。
長谷部くんに、友達が増えるのはいいことだ。そのはずだ。今日だってそう思って鶴さんたちを呼んだのだ。予想通り鶴さんたちと長谷部くんは打ち解けて、長谷部くんだって楽しんでくれた。そう思う。良かったと思うその気持ちに嘘はない。
それなのに、どうして僕はそれを手放しに喜んであげられないのだろう。心のどこかで、長谷部くんには僕だけがいればいいと思っている自分がいる。僕ってこんなに心の狭いやつだったのかな。友達ができたばかりの幼稚園児みたいで嫌だな。かっこ悪い。
はあ、と大きな溜息をつくと、ぶるぶるとポケットが震えた。この震え方はメッセージアプリの通知だ。慌ててスマートフォンをポケットから取り出すと、予想通り長谷部くんからのメッセージだった。
『今日は本当に楽しかった。ありがとう。でも、大人数はちょっと疲れるから、今度は二人で会いたい』
気を遣わせてしまったかな、申し訳ないな、という思いより先に、嬉しいと思ってしまうのだから、僕というやつはきっと自分が思っているよりもずっと子供なのだろう。
どう返そうか三十秒ほど悩んでから、僕はようやく『OK』のスタンプをひとつ送り返した。
そうしてTODOリストの食事とゲーセンの欄にチェックを入れる。共用設定してあるので、きっと今頃長谷部くんにも通知が行っているはずだ。
気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐いて、吸う。鼻から勢いよく吸い込んだ空気からは、お好み焼きの煙の香りがしてなんだかおかしかった。
「……帰ったらシャワー浴びよう」
結局鶴さんから借りっぱなしのこのお好み焼き臭の漂うアロハシャツを見たら、両親はなんと言うだろう。それを考えるとすこしばかり愉快な気持ちだった。
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